第四百二十八話:月の城
王城へ向かうと言われてからの展開は目まぐるしいものだった。思えば、メイド達が慌ただしく建物内で動いていたのも移動の準備の為だったのだろう。僕等もナルミに急かされながら荷物をまとめて、昼には出発することになった。
「うぅ、ビオテコの古本市を回りたかったよぉ」
騎乗蜥蜴の上で叶さんが名残惜しそうにビオテコの上層を見上げている。王族用にあつらえられた大きな客車の列の前を進んでいるわけだ。僕等にも客車が用意されたが、何かあったときに対応できないので、ハルカゼさんにお願いして直接蜥蜴に乗れるように手配してもらっていた。トアと叶さん、ファスと僕という組み分けだ。乗っている蜥蜴は角が生えていてこれまで見た騎乗蜥蜴よりも二回りほど大きい。乗り心地もよく最初から二人乗り用の鞍と鐙がついていた。
「気を落とすでねぇだカナエ。王城にも本はあるだろうし、なんならまた戻ってくればいいべ」
「そうですね。私も図書館の蔵書を拝見したかったです。残念です。前図書館長は禁書を持って逃げようとしたところを捕まったそうですが……」
「あの雑多な市場でお宝を探すことにロマンがあるんだよ。まだ、町にいる虫達も見れてなかったのに……真也君もそう思うでしょ?」
「確かに、結局初日くらいしか店を回れなかったからな」
食事処も見て回りたかったし、革製品もまだまだ見れていない。
(カリ、スル)
ファスのローブの中にいるフクちゃんは久しぶりの移動が嬉しいようだ。町の中は人が多くて落ち着かなかったのかもしれない。ファスがフクちゃんを撫でる。
「フクちゃん、狩りは今度にしましょう。小道を使えば王城へは今日中に着くとのことですので」
(ザンネン)
螺旋状の通路を降りて中層に着くと、何やら人混みが出来ている。見れば冒険者達のようだ。
振り返ると、全体の運行の指示を出しているハルカゼさんが停止を宣言した。風が吹き、ファタムさんが飛び上がって来る。
「やぁ、英雄殿。早い出発だね」
「論功行賞に出るからって急な出発になったんです。挨拶もできずすみません」
「ハハハ、君達の都合は知っているよ。ただ、町を救ってくれた英雄を見送りもなく送り出すのも忍びないだろう。復興に追われる上層と違って中層は比較的無事だからね。暇な冒険者が集まったと言うわけだ」
「別れの挨拶だけしてもいいですか?」
「あぁ、もとよりここで護衛の為に冒険者と合流する予定だったのだ。だが、手短に頼む」
「ありがとうございます。行こう皆」
ハルカゼさんから許可も出たので蜥蜴から飛び降りる。ネムさんやマルゼさん、それに黒狼族もいるようだ。
「早い出発だねい。英雄、ふぁ、まだ寝て居たいよ」
「ネムっ! 欠伸してんじゃないよ。英雄殿、結晶竜に続いてこの町まで世話になっちまってなんと礼を言えばいいか。もし、大森林で何かあったら頼っておくれ。アタシ等巨人族が必ず役に立つよ」
「……護衛は黒狼族が受けることになった。『小道』まで我らが守る」
ジグさんと後ろの黒狼族が護衛をしてくれるようだ。その後、巨人族からかわるがわる見送りをされる。最後にエンリさんが冒険者をかき分けるようにやって来た。
「すまないシンヤ殿。本来なら私が護衛に付ければよいのだが、兄の後始末に追われていてな。アリマの家は管理していた森と図書館を王家に一度返すことになりそうだ。当分は私が図書館の管理をするが、ことが落ち着けばまた冒険者ギルドに戻るつもりだ。私にはこっちの方が性に合っている」
「ふむ、私もそう思うよ。しょうがない。エンリが図書館の仕事をしている間は、この天才がギルドの面倒をみてあげようじゃないか。もう一人のA級冒険者は役に立たないだろうからね」
ファタムさんが胸をはるが、その言葉に違和感を覚えた。
「A級冒険者ってファタムさんとエンリさんじゃないんですか?」
「私もそう思っていました。『本を探す樹』には二人のA級冒険者がいると聞いていたのでお二人だとばかり……」
ファスも同じように思ったようだ。すると、周囲の冒険者が露骨に顔をそらす。ファタムさんが唇を尖らせ。エンリさんが言いづらそうに口を開く。
「……いや、私はB級だ。A級の冒険者はファタムの他に一人いたのだが、定期的に問題を起こすので今は北の森で未確認のダンジョンの捜索や魔物の退治をしてもらっている。腕は確かだが色々困った奴なのだ」
「他のギルドも所属を拒否しているからリスカントに名前が残っているだけさ。知性の欠片もない蛮族だから関わらない方がいいよ」
ファタムさんは話すのも嫌そうだ。気になるけど、別れの場所で追及することでもないだろう。
お世話になった冒険者達にお別れを済ませて、再び出発する。中層を降りて下層へ。
黒狼族が周囲を警戒しながら並走してくれている。なんなら僕も走ってもいいけどな。
「ダメですよ。ご主人様はこの国の英雄なのですから。今はこうしているのが良いのです」
「なんで僕の考えてることがわかるんだ?」
「一番奴隷ですから」
そんな会話をしながら、下層からいよい図書の樹の外へ向かう。枝が絡みつきながら虫や光る苔の灯りを頼りに進んでいく。この国に来て、それなりの時間が過ぎたけどこの光景はいつ見ても神秘的で心が躍る。叶さんも大はしゃぎだ。……後で酔ってもしらないぞ。
森を進んでいくと、様々な生き物の気配が強くなる。フクちゃんがファスのローブから飛び出して僕の頭に飛び乗って来た。
「何かいるのかフクちゃん?」
(弱いやつバッカ)
「少し離れた場所に魔物もいますが、警戒して近寄ってこないですね。危険な動物や魔物は先んじて黒狼族が倒しているようです」
さらに進むと、隊列が整備された道を外れていく。
「ここまでだな。失礼する。英雄、そして犬族のトア。もし機会があれば、また料理を食べたい」
「オラは旦那様の専属だけんど、ビオテコに寄った時は声をかけるだよ」
「……感謝する」
音もなく黒狼族が離れていく。道なき道と思いきや、多少は凸凹しているものの地面は整備されているようだ。
「幻で隠された道です。中に入らなければ道があるとは誰も思わないでしょう」
ファスの解説が入る。『小道』は国の機密の一つだけあって悪用されないように対策されているのだろう。巨木の洞が見え、その中に石造りの扉があった。ミナ姫が出てくる。
「うぅ、客車の中でもお勉強ばかり……私もシンヤ殿とのんびりお話したいですのに……【エガコ・プルヴィ・ブルセット】」
ミナ姫が呪文を唱えると、石の扉が開かれる。中は広い通路が広がっていた。地面は乾いた砂だが、壁が異様だ。まるで水族館のように水が横に流れている。
「うわっ! どうなってるんだあれ?」
「魔力を感じます。透明な壁が張ってあるようですね」
「まったく原理はわからないですが、河が横を流れていますの。私もこっちでシンヤ殿とのんびり蜥蜴で……」
「姫様、まだ儀礼の作法について終わっておりません」
「いやですのぉおおおお。私には冒険を詩にして吟遊詩人に伝えると言う使命が……」
「作法を身につけてからです」
「メレア、時には休憩というものが必要……」
「問答無用です」
メレアさんがあらわれてミナ姫を連れて行ってしまった。うん、頑張ってほしい。というか今更だけどミナ姫が次の女王で大丈夫なのだろうか?
扉をくぐる。横の水の壁はかなり奥行きがあるようで、綺麗だが見ていると不安になるな。
「奥に巨大な魚がいますね。いったいこの場所はどこと繋がっているのでしょうか? 明るいですし、地下の水脈とも違うようです。河と言われても地上にこんな大きな河は流れていませんでしたし、謎です」
「海だったりしてな」
「海ですか、本で読んだことしかありません。本当に海だとしたら……不思議な気分です」
「僕にして見たら、この世界の色んな光景が不思議だよ」
「わー、真也君。すごいね。トアさんもっと壁に寄ってよ」
「蜥蜴が怖がって近寄らねぇだ。オラもちょっと怖いべ……水が流れてきたら溺れるだよ」
トアは水を怖がっているようだ。叶さんのテンションがあがりっぱなしだ。水の壁を見ながら通路を進むこと数時間。出口にたどりつく。ミナ姫が再び呪文を唱えて扉が開かれると坂道に出た。そこを登ると、月明かりが差し込んで来る。この出入口は隠されているというよりは管理されているようで。出入口を守るように櫓が立っていた。ラッパが鳴り、僕等が到着したことが知らされる。
「見えました。あれが城のようですね」
「僕には見えないな」
「すぐにご主人様にも見えると思います」
石材で舗装された坂道を進むと、森の中に大きな湖と白い壁の城が姿を現した。一本の巨木が巻き付くように生えている。城にも見えるし塔のようにも見える美しい建物だった。月明かりの中、湖から浮かび上がるように見えるそれは、絶景と言ってもいいだろう。
「おぉ、凄いな」
「はい、綺麗です。城の向こう側には城下町もあるようですね」
景色を眺めていると、ミナ姫がメイド達をつれて客車から降りてくる。
「どうですかシンヤ殿、これがニグナーズ国の王城【ルナ・カステロ】ですのっ!」
ミナ姫は自慢げに腕を広げて城を示したのだった。
コミカライズについて、話が進んでいます!!
皆様に早く発表できたらとそわそわしています。
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