第四百二十七話:【勇者】の逃走
脱走した宙野達のことも含め詳しい話を聞きたかったのだが、浴槽にナルミが飛び込んで来た。巻頭着に七分ほどのズボンを履いている。いつもと違うのは腕輪や耳かざりをつけ女性っぽい化粧もしていた。
「おい、お前等。のんびり風呂に入っている場合か。シンヤが起きたのなら薬師ギルドへ来い。今後の予定を話すぞっ!」
「……今、入浴中なんだけど」
今さらだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。むしろ、なんで皆は体を隠すこともなく普通なんだよ。
「女をそれだけ侍らせといて、恥ずかしがることもないだろう。さっさと来い」
そう言うとさっさと行ってしまった。ファスと顔を見合わせる。
「ゆっくりしたかったのですが……仕方がないですね。出ましょうかご主人様」
「だな」
「んー、オラもやっと目が覚めてきただ」
「えー、もっと浸かりたかったなぁ」
風呂から上がると、いつものフクちゃん製の下着とシャツを着る。その上にエルフの国で買った狩り装束を着る。和装っぽいから割とお気に入りなんだよな。他のメンバーもエルフの国で買った服を着ていた。
外へ出ると昨日の戦いの後でいたるところがボロボロだ。というか、昨日の戦いの前からかなりひどかったか。
エルフ達に混じり巨人族も復興に動いているようだ。芋虫が引く荷車で石材が運ばれているし、エルフ達が木を生やし建物を補強していた。高所の作業には猿の獣人が活躍している。
「昨日の今日だってのにたくましいもんだ」
「あれだけ血だらけだったのに、すぐに回復した真也君も大概だと思うけど……でも、確かにたくましいね」
「この街は図書の樹に合わせて街を変化させる文化があるので、建築は得意なのでしょう」
そんな話をしているうちに中央の建物に到着する。ミナ姫や王様がいるので、兵が見張りしているがファスを見ると槍を下げて敬礼をした。
「私は奴隷です。敬礼ならばご主人様へしてください」
えぇ……また、角が立ちそうなことを言うなぁ。と思ったが、兵は僕に向かっても礼をする。
「ど、どうも」
……慣れないな。中へ入ると今度はメイド達が右へ左へ走り回っていた。指示を出していたハルカゼさんが僕等を見つける。
「シンヤ殿。起きたのかっ! 良かった。王と姫様が待っている。案内しよう」
フードをしたエルフが厳重に結界を張っている場所に案内される。部屋に入ると、精気の抜けた虚ろな表情で書類にサインをしているミナ姫と横で書類の束を抱えるメレアさん。そして奥に病衣ではなく、金の刺繍がされた貫頭着を来た王様が座っていた。
「失礼します。英雄達をお連れしました」
ハルカゼさんは入り口までのようだ。一礼をして、出て行ってしまった。
「おぉ……よく来てくれた。シンヤ殿、体は良いのか?」
「大丈夫です。薬師ギルドの薬も飲みましたし」
トアに視線を送ると、誤魔化すように逸らされた。マジで不味かったからなあの薬。
「うむ、そうか。……ファスもよく来た」
「……ご主人様の行くところが私の居場所ですから」
ギクシャクした様子で王様とファスが会話をする。お互い、距離感がわからないようだ。
まぁ、立場もあるしおいおい慣れて行けばいいだろう。そして、横からミナ姫が情けない声をあげる。
「書類ばかり嫌ですわ~。指が痛いですの。そうだ、ファスさんも王族なのですから一緒にサインすればいいのですわっ!」
「ダメに決まっているでしょう。……シンヤ様も参られましたので、今後の予定を話しましょう」
「というか、昨日の気を失っていた時のことを含めてまだ説明を受けていないんですよね」
「うむ、ではそこから説明しよう。メレア、例の物を」
「かしこまりました」
王様に指示されたメレアさんがベルを取り出して鳴らすと、扉が開き。メイドさん達が何かを持ってきた。そこにあるだけで空気がひりつくような、檻の中にいる猛獣をみるような言い知れぬ恐怖を感じる。
「……竜の武具か」
「はい、白竜の素材で作られた杖と、黒竜の素材で作られた弓です。昨日の襲撃者が使用したものです」
メレアさんがメイド達に下がるように指示をだす。竜の武具は机に置かれた。
「襲撃者はどうなったんですか?」
「完全に魔人化していたから私が浄化したよ。多分、屋敷から逃げた転移者達だと思う。砂漠の時よりもひどくって、正気を失ってたんだ」
叶さんが竜の武具に手を当ててそう言う。日本から転移した同学年の人間がまた死んでしまった。
「では、ご主人様が気を失った所から説明しましょう」
※※※※※
真也がバスカトーレンと一体化したカジカに手を当てて静止する。【吸呪】を始めたと理解したファスはすぐに動いた。
「ご主人様を中心に防御陣形っ!」
「わかっただ! フクちゃん」
「あいあいさー」
「王様、ごめんなさい。移動するよ」
「うむ」
「ひぃいいいい、どうなっていますの!? シンヤ殿は大丈夫ですの?」
「シンヤ君なら大丈夫。いつものことだから! むしろ前衛がいない私達の方が危険なんだよね」
真也が何をしているのか察した他のメンバーもファスの意図を察知して動き出す。
奇襲に備えて、動けない真也を中心に陣形を組みなおそうしているようだ。一番最初に真也の元にたどり着いたフクが糸を張り巡らせる。空中に糸を固定するフクの【空渡り】を使って警戒範囲を広げる。次にたどり着いたトアが叶と合流し、エンリとファタムに護衛されながら王様とミナ姫がフクの糸の範囲に入る。ファスは浮かび上がり索敵をしていた。
(……これは? 敵襲です! やはり来ました。虫に乗っています!)
【念話】でファスが警告を飛ばす。
巨大な虫が飛んでくる。その背には黒装束を着たエルフが乗っていた。
「あいつら……薬師ギルドでオラとカナエを襲った奴らと同じだべ」
「カジカ側の私兵ってところかな? ファタムさん。見える?」
カジカと真也を背にして叶がワンドを構えながらファタムに尋ねる。
「無論だ。この距離ならば【隠密】しようがはっきりと見える。魔術を飛ばしてくるな。聖女様、結界の準備をお願いできるかい?」
「ひつよう、ないよー」
「……この糸は、そんな馬鹿な」
とんがり帽子を傾けて空を見ていたファタムが少女姿のフクちゃんの言葉に糸を見る。
薄紫のその糸を見て頬を引きつらせた。敵が魔術を打って来るがファスも迎撃する様子はない。そして魔術が真也に向かって飛んでいくがその途中に固定された糸に触れると何もなかったかのように霧散する。
「【結晶糸】。マスターはボクらが守るの」
「結晶竜と同じ能力を持つ糸……ハハッ、エルフの天敵の力を使うのか」
フクちゃんが周囲に張り巡らせた糸の内の数本は先の戦いで簒奪した【結晶糸】。あらゆる魔術を無効化する力を持つ糸により敵エルフの攻撃を弾く。
「流石フクちゃんですね。では、目障りな虫を落としますか【重力域】」
魔力量にものを言わせマジックキャンセルを塗りつぶし【重力域】を発動。背に乗ったエルフごと地面に叩きつける。瀕死の重傷だろうが容赦はない。ファスは油断なく警戒を続ける。これが本命であるとは思えない。そして、その眼に魔力の揺らぎを見つける。
「やっと来ましたか【転移】です。来ますっ!」
【隠密】を付与した黒い外套を来た人影が出てくる。バレたことを把握したのか外套を脱ぎ捨てた。
「あぁ、あれは無理だね……真也君が見なくて良かったよ」
叶がため息をつく。現れたのは褐色の肌、白髪、紅瞳の異形。小太りの少年が二人だった。
到底鍛えているとはいいがたいその体は、異世界に来てからもてはやされた不摂生がたたったものだろう。パワーレベリングと魔人化による強化はあるだろうが、まともに竜の武具が使えるとは考えづらい。二人は武器を構え【スキル】を発動しようとしていた。
「自爆だべっ! 叶、防御を頼むだ。【飛竜斧】」
「任せて【星涙光壁】」
「迎え打ちます【氷華:オウカ】」
「ぼうぎょ」
「エンリ、防御を【四精霊壁】」
「ないよりはマシか。王、姫様、下がってくだされ【炎刃壁】」
魔人となった転移者の少年が【スキル】を使おうとするが、破綻し、何かが破れるような不快な音が響く。次の瞬間、大爆発が起きた。
※※※※※
「というわけで、私達はフクちゃんの糸と重ねた防御でなんとか防いだってわけ。転移者の二人は意味のある言葉を喋れない状態で見つけたから……私が浄化したわ。その後は呪いを引き受けすぎてダメージが出てきた真也君の回復に専念してたってわけ」
「叶さん……その……」
「言っとくけど。私は大丈夫だから。今だって真也君の方が辛そうだし」
「ご主人様。この話には続きがあります。竜の武具の暴走はなんとか防ぐことができましたが、私達も少なからずダメージを負いました。その隙に、ミナ姫が保管していた赤い剣が自ら動き出し消失したようです。壁が内側から壊されていました」
「えっと、それって確か宙野が使っていた剣だよな?」
「そうです。恐らくですが、今回の襲撃は勇者の脱走に加え、あの剣を取り戻そうとしていたのだと思います。二振りの竜の武具を差し出すほど重要度が高い理由があるのかもしれません」
「あの赤い剣。勇者の装備だけあって特別だったのかもな。こうなると宙野が襲ってこないかが心配だ」
もしカルドウスに利用でもされて魔人化した宙野とか厄介極まりないぞ。
「その心配はないですの。【勇者】宙野を捕えることはできていませんが、かなり雑に痕跡をのこしていましたわ。彼等は必死で逃げているようです。目撃情報もありますの、ビオテコからラポーネ国の方角へ移動しているようですわ。問題は移動方法が不明で、目撃場所に行ってもそこから追うことができていません。もしかしたら私達の知らない『小道』を使っているのか、あるいは未知の手段で移動しているのかもしれませんわ……」
ミナ姫が何枚かの地図を見せてくれる。そこには宙野の目撃情報が書かれていた。僕が寝ている間にもなんどか目撃されていたようだ。確かにラポーネ国方面へ移動しているようだ。
「逃げた? 潜伏してこっちを狙ってるんじゃないのか?」
叶さんへあれだけ執着していたのに逃げたのか?
「旦那様にやられたら逃げるのも無理ねぇだ」
「うん。自覚無いかもしれないけど。呪いをまき散らしながら、素手で殴って来る真也君って敵からしたら相当怖いからね。私も味方で良かったっていつも思うもん」
「ご主人様の【ハラワタ打ち】の痛みは想像を絶します。敗北の記憶と合わせて、体の傷は言えても心までは癒えることはないでしょう。……しかし、カルドウスの手駒にされると厄介です。放置するのは危険では?」
ファスがそう言うがミナ姫は首を横に振る。
「冒険者ギルドにも協力を要請しますの。国内が混乱している今は、捕まえられるかどうかわからない【勇者】をシンヤ殿に相手をさせるわけにはいきませんの。なにせ相手は全力で逃げていますから」
あれだけ僕を恨んでいた相手が逃げ出すくらいに僕って怖いのか。
「僕等ならミナ姫が知っている小道を使って宙野に追いつけるんじゃないか? 野放しにはしたくないな」
「時間があればそうなのですが……問題がありますの……」
ミナ姫がため息をつき、メレアが前に出る。
「えぇ、論功行賞が近づいています。カジカ様のことがありますので、日程を遅らせてはいますが。王城での儀式がありますので、すぐに移動しなければなりません。一刻も早くミナ姫の王位の継承権を盤石なものにする必要があります。逃げ出した【勇者】にかまけて国内の混乱が広がればそれこそ、その隙をカルドウスに突かれかねません」
「作法を覚えるのが地獄ですの」
「もちろん、今回の式典には英雄であるシンヤ様にも参加してもらう必要があるので【勇者】に関しては兵や賞金目的の冒険者に任せるしかありません。姫様はもちろんのこと、シンヤ様にもしっかりと作法をお教えしますので、その為にも王城へ移動していただく必要があります」
「えぇ! 僕もですか?」
「……フフフ、シンヤ殿も一緒に苦しめばいいのですわっ!」
濁った眼のミナ姫に肩を掴まれるのだった。
次回:エルフ達の王城にファスをつれていく人族の真也君。
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