第四百二十六話:風となって
輪を串刺しにしたような奇妙な木から放たれる暴風雨のような魔術を前に二人の魔女が歩みを進める。
「道は開くよ英雄殿」
「押しつぶします。ご主人様は集中をお願いします。……ご主人様、どうかされましたか?」
ファスの声に顔を上げる。
「……ゴメン。考え事してた。了解、呼吸を整える。注意してくれ」
ファスが目で叶さんに合図を送ると、叶さんが頷き、正面の光の壁に筋が入る。
「行くよ、ファスさん、ファタムさん」
「「いつでも」」
光が一瞬消え、同時に轟音が耳朶を叩く。しかし、その中でもファスとファタムさんの詠唱ははっきりと聞こえる。まるでそこだけが世界から隔絶されたような、違う場所からの音のように感じた。ファスの周囲に氷の華と咲き誇り茨が壁になる。そして、ファタムさんの前に数十本の炎や雷の剣が展開された。
魔力は苛烈にせめぎ合い常にマジックキャンセルをしながらお互いの魔術を通しているのだ、ファタムさんの剣の内の何本かが風を纏って暴風雨を押し返し始める。
「キャンセルです」
「まずは陣取り合戦だね」
それは、僕やフクちゃんが考えたような身体能力に頼った突破とはまるで真逆の技能戦だった。お互いの魔術を叩きつけながらマジックキャンセルを打ち合って己の領域を広げる。暴風を引き裂いた剣が呪樹に切っ先を触れるとその周囲の風が弱まりその隙をファスの氷が埋め尽くす。
拮抗が崩れ、徐々に二人の魔術の範囲が広がっていく。氷の華々はその種類を増やしながら呪樹に纏わりつき、四色の剣は地面につきたてられ縄張りを主張する。なんとなく魔力が読める程度の僕にはその戦いの全てを理解することはできないが、それでもわかるほどにファスやファタムさんの魔術とカジカの魔術では精度が違いすぎた。空いた空間への魔力の干渉の差し込みに切り返し、マジックキャンセルのタイミング。魔力量が拮抗しているとしても【精霊眼】を持つ、魔女二人は僕には感じることもできない魔力の隙間から敵の領域を侵していく。
「叔父が見えましたね」
「呪樹うちの半数は薙ぎ倒した。警戒している転移者の攻撃もないね」
「では、大技を準備しましょうか。ファタムさん、5秒時間を作れますか」
「造作もないよ姫君。【四精武具創生魔術:インドラ】」
紫電が剣の形を作り宙に浮かぶ、なんだっけあれ? そうだ、確か七星剣とかいう剣だった気がする。
その剣が文字通り神の雷槌のように振り下ろされる。呪樹の間に刺さるそれは完全に魔力の流れを分断し、カジカの暴風が収まる。そしてファスが杖を構え、百メートル先の伯父に向かって杖を向けた。
「【重力域】【魔水喚】……叶、防御をお願いします【大瀑布】っ!」
上空に呼び出された何十トンもの渦巻く水の塊が炸裂した。水は木々を薙ぎ倒す。
必死で樹木を生やし防御したカジカも水流にぐちゃぐちゃにされる。水は木々の隙間から落ち、周囲には何も残っていない。その残滓が雨のように降り続け虹が架かる。周囲への建物の被害はない。空間を支配し、完全に制御した水流で全てを洗い流す。魔術の押し付け合いはあまりにも一方的にファスとファタムさんの蹂躙で決着した。
カジカは、ボロボロになりながら再度根を伸ばす。
『翠眼……フィオーナ、ノ、娘……バスカトーレン! 更ナル魔力ヲ……』
「させるかっ!」
道は開いた。次は僕の番だ。
距離をつめ腫瘍のように膨らむ根がカジカにたどり着く前に、間合いに収める。
『竜ノ後継……私ニ呪イ、ハ、通用シナイ』
「ならこれはどうだ? 【ハラワタ打ち:散華】」
強く踏み込む。図書の樹のダンジョンで学んだ『直感』の技術。トレントの根を探し出して破壊した技術だ。全力のハラワタ打ち、内部破壊の衝撃を分散させ相手の弱点で炸裂させる。バスカトーレンと繋がる腫瘍が炸裂した。
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
「……これで魔力の補給はできないだろ」
『マダダ……』
死に体となったカジカの体が膨張と破裂を繰り返す。その度に紙片が周囲に降り注ぐ。もう脅威はない、それでもカジカは苦しみ続けている。それどころか、まだ根が伸びてバスカトーレンの死体と繋がろうとしているようだ。ファスが、後ろから【空渡り】で飛んでくる。
「ご主人様……叔父はもう死ぬことすら自らは選べません。かつて、黒竜がそうしたように竜の息吹で焼き尽くしましょう。私達以外が防御に徹すれば、転移者の奇襲も問題ありません」
『竜、竜ノ後継ィイイイイイ』
狂ったように悶えるカジカ。そして、竜の息吹を使おうとするファス。
その肩をに手を置く。
「いや、それじゃダメだ」
「え?」
「すまん。ファス、後で罰なら受けるよ。奇襲が来たら任せた」
僕の言葉がわからず唖然とするファス。スマン、でもカジカを見た時から考えていたことだ。
「王様の依頼は、弟を止めてくれだもんな」
ファスはそこで僕が何をするつもりなのかわかったようだ。
「まさかっ! いけませんご主人様! カジカは完全に魔物になっています。もう、戻れません!」
「だからって、このままってのは無しだ。死に場所を探している奴に協力なんてまっぴらだ」
暴れるカジカだった樹木の幹に手を当てる。さぁ、行こうか。
「【吸呪】」
視界が暗転した。
……一発で意識を失うとは思わなかったな。というかこれはまた夢か。目の前には黒く棘だらけの影が大口を開けていた。
『吾輩の力を貸してやる。今の貴様等ならば使えるだろう。忌々しい枯れ木なぞ、灰すら残らず燃やしてやろう。ほぅら、呪いに身をゆだねよ。竜の力さえあれば、全てを焼き尽くせるぞ』
影が僕を飲み込む。この空間では僕は喋れない。だけど、意志は示せる。
立ち上がり、影とは反対に歩き出す。今、必要なのは全部を壊す力じゃない。
『チッ、やはり、貴様は出来損ない。人は竜には成れぬ……リヴィルの言った通りだ』
その声は心底不服そうで、どこか嬉しそうにも感じた。
情景が変わる。竜の影はもうそこにはない。目の前にはやつれたエルフが一人座り込んでいる。カジカだろう。
「なぜ竜の息吹を使わなかった? 貴様がそれを使えることは知っているぞ竜の後継。黒竜の炎ならばバスカトーレンの力ごとすべてを焼き尽くせたはずだ」
質問されても喋れない……と思ったら、声が出せる。どうやらここでは喋れるのか。
「あー、ここは貴方の心の中ってことでいいのかな。カジカさん」
「どうだろうな? こんなことは初めてだ。呪いを通じて心象世界に侵入いや、浸蝕したのか……質問に答えろ竜の後継。なぜ竜の息吹を使わなかった?」
真っ白な空間でカジカの前に座る。
「僕の名前は竜の後継じゃなくて、真也っていいます。自分の気持ちに嘘ついて死に場所を探しているわからずやに腹が立ったからです」
「何を言っている……違う。私は竜の呪いを憎み……王族の使命を……果たさんと」
「こんな心の奥底で嘘つく必要があるんですか?……貴方は逃げて、目を背けて、適当な理由に縋って。死に場所を探しているだけだ。でなければこんな捨て身な戦いなんてしない。わかっていてカルドウスが用意したクソみたいな神輿に乗ったんだ」
カジカの薄い緑色の瞳がこちらを見る。
「貴様の言う通りだとしても、私はどうすれば良かった? 短命の呪いを恐れ、兄やフィオーナの様に儀式を完遂する気概も無い……貴様に何がわかる……私にはフィオーナの命を奪った竜を憎むことしかなかった……カルドウス様はくれたのだ。私が最も欲していたものを……憎しみだけが生きる糧だった……いつか憎しみすら忘れてしまうことが恐ろしかった。フィオーナへの想いも失う気がして、それが、心のそこから恐ろしかった。カルドウス様は決して冷めることのない怒りを与えてくれた。とても、心地よかった」
「傀儡の玉座に座れなくなったから、使い捨てられる。それでいいんですか?」
「竜に一矢報いるなら本望だ」
「嘘ですよね。言いたくて、言えなかった気持ちから今も逃げているだけだ」
「……何がわかる」
「僕も大事な人に伝えたい言葉を渡す前に別れたからです」
爺ちゃんに一緒にいてくれてありがとうと言えなかった。逃げて、逃げてあの林に入り首をくくろうとした。
「今さら何が言える? 私は死ぬ……最後まで逃げてばかりの、惨めな生だった」
「じゃあ、最後に立ち向かってください。ファスならそう言います。フィオーナさんだってそう言うんじゃないんですか?」
ファスはきっと僕に諦めることを許さない。
だから勝手な気持ちだけど、自分勝手なことはわかっているけどカジカさんにも諦めて欲しくなかった。
「……そうかフィオーナの子は彼女に似ているのだな」
景色が歪む。途端に体中から激痛が信号として送られ、大きく前かがみに倒れ込む。
腕が掴まれていた。
「……その辺にしておけ、死ぬぞ」
人の姿に戻ったカジカが横たわっていた。その手が僕の手を掴んでいたのだ。胸には黒い宝珠が露出し体はひび割れている。やはり、残された時間はもうないのだろう。
「ガハッ」
呼吸ができておらず、咳をすると血の塊が出てきた。
「ご主人様っ」
ファスが抱き着いてくる。あー、顔の穴という穴から血が出ているようだ。体に力も入らない。
周囲をみるとフクちゃん、トア、叶さんがジト目でこちらを睨みつけていた。後で絶対怒られるな。周囲をみると、やはり襲撃があったのか新しい戦いの後が残っていた。
「真也君に解呪と回復をかけまくったからね。まったく、無茶しすぎだよ。カジカさんの呪いを引き受けるなんて、私がいなかったら確実に死んでたからね」
「旦那様、次からこういうことするときは言って欲しいべ」
「マスターのあほー」
見ればトアの装備もボロボロでフクちゃんも髪がボサボサだ。何があったのか後で聞こう。
「カジカ……」
「兄上……」
僕を掴んでいたカジカの腕を王様が受け取る。ファスが動けない僕を引き寄せた。
「兄上、シンヤが時間を作ってくれました。言いたいことがあります」
「何でも言ってくれ」
「……私はフィオーナを愛していました」
「あぁ知っていた」
「フィオーナを失った悲しみを貴方に押し付けて、憎むことで自分を守ったのです」
王様は涙を流しながら首を横に振る。
「余の罪だ」
「いいえ、私達の罪だったのです。それを認められなかった……醜い己の嫉妬が邪魔をした。兄上を殺そうとした……申し訳ありません。……今更、許されようとも思いませぬ」
「カジカ、もうよい。よいのだ」
王様がカジカを抱きしめる。
「あぁ……兄上……フィオーナ、あの冒険の記憶だけは、憎しみの日々の中で輝いていました」
「余も同じだカジカよ。あの日々こそが宝だ」
カジカさんがこちらを見る。
「シンヤ。フィオーナの子を頼む」
「……はい、ファスは僕が守ります」
「……」
カジカからの返答はなかった。ただ最期に空を見上げて目を閉じた。その身は乾き崩れ、灰となって風にのり消えて行った。
これでビオテコ編の戦闘は終わりです!
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