第四百二十四話:王弟の望み
ゆっくりと王様とファスの抱擁が解かれる。
「ファス。そなたが望むなら王族として……いや、愚問であったな」
「はい、私はご主人様と共にいます。この国に来て、母のことを知れて良かった」
ファスは王様に向かって優雅に礼をする。その姿は確かにお姫様のように見えた。そして、顔を上げると僕の横に並んでくれた。
「……グス、私が元気なのもフィオーナ様のおかげでしたのね」
「そうだろう。特にミナは記録に存在するどの王族よりも健康な体であった。かわりに王族に強く現れていた【翠眼】に近い瞳は現れなくなっていたがな。思えば、強い呪いは同時に強い魔力を与えていたのかもしれん……さて、次はファスと人族の冒険者殿の番だ。そなた達の話を聞かせてもらいたいものだ」
「僕等の話ですか?」
「あぁ、我が子が異国でどのように育ったのか。これまでの冒険を直接聞きたいのだ……といっても、その前にすることがある」
そこまで王様が話したところで横からヨスジさん吸い飲みを間に割って入って来た。
「王よ、そこまでです。霊薬の効果を過信召されるな。体はまだ弱り切っているはずですからな。今は眠りが何よりの薬です」
「待てヨスジ……大事な話が残っている……」
ゾワリ。
その時、産毛が逆立った。直感が告げるのは危機。ここじゃない……少し離れた場所だ。何かが起きようとしている。
「ご主人様! この気配は……」
「あぁ、何かヤバイ感じがする」
(……へんなかんじー)
フクちゃんも異常を感じたのかファスのローブから出て頭に乗っていた。
「やはり動くか、弟よ……ヨスジ、ポーションを持ってまいれ」
「王、無茶ですっ!」
「呼んでおるのだ。決着を付けねばならん。冒険者殿、名前を教えてくれぬか。直接聞きたいのだ」
王様が体を起こし僕を見る。王というよりはファスの父親として僕を見ているように思う。
精一杯胸を張って答えよう。
「吉井 真也と申します。ファスは……僕が幸せにします!」
ってなんか変なこと言ってしまった気がする。
「クハハハハ、幸せか……よい、まっこと良い。若きことのなんと眩しいことか。では婿殿を冒険者と見込んで一つ依頼をしたい」
「依頼ですか?」
不穏な気配はジリジリと近づいてくる。トアは手斧を刺しているベルトの留め金を外し、叶さんはワンドを取りだしてアイテムボックスから防具を準備している。
「弟を……カジカを止めてくれ。真也殿」
「叔父様は何をするつもりですの? ここまで派手に動いて王座を奪うことは不可能ですの」
「それがわからぬほど奴は愚かではない。さりとて、止まれるほど賢くも無いのだ。我等兄弟は、政をするには不器用すぎる」
「王、まだ動くことはできませぬぞ」
「見届けるだけだ。ミナ、支えてくれるか」
「はい、お父様。エンリ、護衛をお願いします」
ミナ姫が声をかけ、エンリさんが剣を腰に差しながら立ち上がる。
「……命に代えても」
杖とミナを支えにして王様が立ち上がる。僕にはトアが皮鎧を渡してくれた。手早く装備を整える。冒険者としての服装ではないが、防具を付ければあまり気にならない。
最後に手甲を締める。ギチギチと音がして、空気が張り詰めていく。扉を開けると、喧噪が飛び込んで来た。異常は確認するまでもない。薬師ギルドの前に出ると、人影が一つだけ立っていた。
否、影は複数あった。真っ黒な影が複数立っている。
「兄上、壮健なようで……残念です」
カジカが前に出てきた。金髪は白髪になり、緑に近かった瞳は紅く輝いている。
完全に魔人になってしまっているようだ。地面から根のようなものが伸びており背中に繋がっていた。
顔にはひび割れたような痣が広がっており、痛々しい。
「カジカ……なんという姿だ」
「竜を滅する為です。フィオーナが命をかけて地脈に還したはずの竜は忌々しい人族に姿を変えてこの国に戻ってきた。カルドウス様は今日の日を予言しておられました……もう少し早く私が玉座に座ればこんなことにはならなかったでしょうに……私が玉座に座ることはもうできない、ならば……全部壊れてしまえばいい」
「もうやめてください。母はこのようなことをは望んでいません!」
ファスが前に出てフードを脱ぐ。カジカは目を見開いて口を開けて静止した。
「……そうか、赤子は生きていたのか。であるならば話は早い、君の名は?」
「ファスです。母が名付けてくれた名前です」
「そうか……ソウゲンはこのことを隠していたのだな。小悪党め……ファス、君の母は竜に呪い殺された。無念を晴らしたくはないか? リヴィル様の直系である君が望むならこの大森林の全てを手に入れることができる。私はもうこの様だが、君の力になることはできる。全ての知識が欲しくはないか? 望むだけの富も思うがままに手に入るぞ」
「私が欲しいものはただ一つ。ご主人様の傍にいることだけです」
カジカの目が見開かれる。強い殺意を僕にぶつけてきた。
「竜の後継……私からフィオーナを奪った時のように今度はその子も奪うのか」
「貴方とファスのお母さんとの間にあったことをとやかく言うつもりはない。だけど、ファスと一緒にいると決めたんだ。これは『竜の後継』とか知らない内に決められたことじゃない、僕がファスと誓ったことなんだ」
『竜の後継』なんて意味の分からないシンボルなんかじゃない。一人の男として、隣に立つと決めたんだ。
「……貴様なら譲ることはないな。では歴史を繰り返そう。来いバスカトーレンっ!」
背中から伸びた根が瘤のように膨らみ、ズルリと何かがカジカの体に入り込んだ。枝が骨のようにカジカに絡みつきついには内側からも姿が変わっていく。変化した姿はそれほど大きくはなく巨人族程度だ。ただ瘤が集合してひょろりと長く歪な人型になる。トレントじゃない……まるで木が無理やり人の姿を取ったような歪な化け物だった。自分の体を引きちぎってこん棒にして握ると横向きに口が開き、耳障りな声でしゃべり始める。
『かつて図書の樹を取り込もうとしたトレントの魔王種、バスカトーレンの死骸でできた収容所。そこに【転移者】を入れてもらえたおかげで、潤沢な魔力を吸い取ることができた。これは魔人となった私とバスカトーレンが融合した姿だ。兄上、これも研究の賜物ですなっ! バスカトーレンも竜への復讐に歓喜しているぞ』
調子の外れた声ではしゃぐカジカ、完全に狂っている。
「……シンヤ殿。依頼を受けてくれるか?」
渇いた声で、静かに王様はそう告げた。変わり果てた弟を前に何を思っているのだろう。
その気持ちを推し量ることはできないが、やるべきことは明白だ。僕は僕にできることするしかできない。
「お請けします。ギース・グラヴォが弟子、吉井 真也、推して参る」
「これ以上お母さんとお父さん、そして……叔父さんの思い出の場所を壊させるわけにはいきません。シンヤ様が一番奴隷、【氷華の魔女】ファスがお供します」
「コロスっ! 二番奴隷【蜘蛛の女王】フクだよ」
「三番奴隷、旦那様の専属料理人、【野風】トアだべ」
「バフ撒くね【星光竜鱗】。四番奴隷【聖女】桜木 叶です」
名乗りを終わりと同時にカジカがこん棒を振りかぶり、僕等に叩きつけた。
ビオテコ編の最終戦になります。
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