第四百十五話:天与の料理人
「うぉ! 来た、道を開けろ!」
「英雄が通るぞ!」
蛇の魔物の首が斧で切り落とされて景気よく飛ぶ。
巨人族や獣人の冒険者が丸太の道を身を張って守り、出口までの道を確保してくれているらしい。頭を下げて走り抜ける。
ちなみに、ファスと叶さんはそれぞれ僕とトアで背負っている。トアに背負われている叶さんの顔がどんどん青くなってきているが今は時間がない。ナルミは叶さんのバフありで何とかついて来ていた。
「ご主人様。出口です」
ファスが先を指さし、上に続く横穴が見える。飛び込むとグラリと空間が歪んだ。石畳と沼地の木々がせめぎ合ってこの瞬間にもお互いを塗り潰そうとしているようだ。すごい光景だな。
「気味悪い道だな」
「一つのダンジョンを攻略したせいで、他のダンジョンも移動しているようですね。しかし、このまま進めば出れそうです。何かあった時の為に歩きましょう」
「や、やっと降りれたよ」
「カナエ、大丈夫だべか?」
通路は歪な螺旋状に上に続いているようだ。登りきると、もう見慣れた中層の天井の光が目に飛び込んでくる。複数ある出入り口の一つから外に出られたようだ。
「出れた……。急いで薬師ギルドに向かおう。ネムさんがいるって話だけど」
「無音蜂を連れてこちらに向かって来ていますね。……何か変な雰囲気です。冒険者だけでなく、商人達も慌ただしく移動しているようです」
ファスが翠眼で周囲を探ってくれる。上を見ると籠を吊っている二匹の無音蜂とその上にネムさんが見えた。あっという間に僕等の前に着陸した。
「直通便さ、乗りねい」
急かされるままに、籠に乗るとすぐに飛び立つ。
「ありがとうございます。『精霊のブロス』は手に入れました」
「たいしたもんだねい。ギルドの面子で盛大に迎えようとしたんだけど、ちょっと問題があったのさ」
ネムさんが装備している鉤爪にはまだ乾いていない血がついていた。
「問題?」
「薬師ギルドが襲撃されたんだよ。護衛に当たっていた冒険者が大勢やられたのさ、ギルドマスターとファタムが『敵』を退けたらしいけどね」
「なんだとっ!」
ナルミが叫ぶ。
「まっ、狙ってくるよね。でもファタムさんは当然としてギルマスのエンリさんも強いよね。被害が出るほどの相手だったの?」
叶さんの質問にネムさんが頷く。無音蜂は中層の天井に到達し、その隙間の空間を登り始める。上層まではすぐだろう。
「あんた等の不在を狙って薬師ギルドを襲ったのは『竜の武具を持った転移者』だねい」
「「「!?」」」
「宙野が牢獄を脱出したのか?」
「いいや違うよ。襲ってきた転移者は赤黒い肌に、紅い眼をしていたと聞いているねい。そいつらが最低でも四人、そのうちの二人が『竜の武具』を持って奇襲したのさ。蛇の頭に蝙蝠の羽を付けた巨大な魔物に乗っていたという話だねい」
「……魔人化。砂漠でみた時と同じだ」
カルドウスによって変化したデルモ、そして三人の転移者達を思い出す。そして蛇の魔物……多分王弟が知っていると言う『精霊の小道』を使ってフクちゃんが倒した蛇の魔王種もこの街の近くまで来ているのかもしれない。……かなり不味い状況だ。
「牢獄にいる翔太君達でないなら……王弟の屋敷から逃げた冒険者達だね。そっか、魔人になっちゃったか……もう、人には戻せないね」
叶さんが真剣な表情でワンドを握る。砂漠での顛末は叶さんから聞いたのだが、魔人化した人間は実質死人のようなもので、浄化のスキルでも死体に戻るだけらしい。
「上の状況はどうなったのですか?」
「幸い、相手は『竜の武具』を操り切れなかったようで、スキルを暴発させて勝手に自爆したねい。ただ、冒険者側もダメージが酷く、特に竜の武具による攻撃を正面から防いだファタムが負傷してね。その後に襲ってきたリザードマンに薬師ギルドは押し込まれた。ギルマスの奮戦でどうにか事なきを得たらしいけど、中層の探索に人を割いていたことが仇となったねい。ちなみに図書館は卑劣な人族の奇襲としたよ。もちろんミナ姫が否定したけどねい」
いや、それめっちゃヤバイじゃん。
「王弟……この国を亡ぼすつもりか……」
ナルミが絶句している。
「ミナ姫や王様は無事なんですか?」
「一応は無事っぽいけど、虫経由の情報だから詳しいことは実際に行ってみてみないとわからないねい。王族親衛隊のメイドがなんとか片付けたよ。そろそろ天井を抜けるねい。すぐにギルドだよ」
複雑な通路を抜けると青空が見えた。上昇し周囲を確認すると至る所から煙が上がっている。
「……これは」
戦いの余波は深刻で、一帯の地面が焼け焦げており建物も多く破壊されているようだった。
怪我人が搬送されているのが見える。爆発が複数あったようで、薬師ギルド以外の場所も火災が起きていた。生臭く煙っぽい戦場の匂いがしている。
「綺麗な町だったのに……」
「ここまで……しないといけないのですか。図書館の人間にとっては自分の街のはずです。王弟にとっては自分の国のはずです! そこまでして王を殺して一体何になると言うのですか! 私はこの国になんの思い入れもありませんが……それでも……あまりにも、ひどい」
「ファス……」
思い入れはないと口では言うが、ファスにとっては生まれ故郷なのだ。歯を食いしばるファスを抱きしめる。トアがファスの背中をさすり、フクちゃんが頭を撫でて慰める。
「……図書館は襲撃には関わっていないと言っているけど、貴族達も流石にミナ姫へついたねい。ここまで来て王弟を庇えば国賊のそしりは免れない。っと、そろそろつくねい」
薬師ギルドへ着地する。僕等が来ることを知っていたのかすぐにメイド服姿のハルカゼさんが迎えてくれた。防具と一体になったメイド服はボロボロで彼女も戦っていたことがわかる。
「待っていたぞ、案内する。聖女、回復は後でいい。建物の奥に重傷者を運んでいるそこで回復をしてくれ」
「……わかったよ」
回復をしようとする叶さんを制止しハルカゼさんは速足で歩き始める。
「あたしはここまでだねい。残党の掃討をするよ。行方をくらました魔人化した転移者も探らないとだしねい」
「わかりました。ありがとうございます」
「あんたの依頼を受けただけさ。また後でねい」
そう言って無音蜂に乗って去っていった。すぐにハルカゼさんを追う。
ギルドの内部も騒然としており、運ばれてくる怪我人の治療や様々な人が行き交っていた。何度か警備されている扉をくぐって、王が治療を受けている場所へ案内される。
「うわぁああああああん。待っていましたのおおおおお。ジンヤ˝どのぉおおおおおお」
「姫様、落ち着いてください。今は泣いている場合ではありません」
ミナ姫は動きやすい軽装で、メレアさんはハルカゼさんと同じメイド服にプレートが付いたような服装である。奥の部屋に入るとローブを脱いでシャツだけのファタムさんが包帯まみれで横たわり奥のベッドには王様がいるのがわかる。すぐに叶さんが前に出て、アイテムボックスからポーションを取り出して一気に呷り、瓶を投げ捨てる。
「もういいよね。近くに怪我人が集まっているし、最大範囲で……【星涙大癒光】」
魔力の奔流に髪が靡き、青白い光が叶さんを中心に広がっていく。圧倒的な範囲と回復量。聖女の本領発揮だった。
「外まで光が届いていますね。怪我人もひとまずは大丈夫でしょう」
ファタムさんが上半身を起こす。
「ハハハ、感謝するよ聖女様。さて、英雄殿。見苦しい所を見せたね」
「いえ、竜の武具の威力は僕達も知っています。よくこの場を守ってくれました」
「肝心の転移者達は取り逃がしたけどね。……エンリは図書館へ向かったよ。決着をつけてくることだろう。王の治療を頼むよ。私はしばらく眠ることにする……すっかり魔力切れ……さ……」
そう言って、ファタムさんは再び横になった。僕等が来るまで翠眼で見張りをしていてくれていたようだ。王様が眠っているベッドの影から薬師ギルドのギルドマスターであるヨスジさんが歩み寄って来た。
「よく来た人族の英雄。『精霊のブロス』は手に入れたか?」
「はい」
頷いてアイテムボックスから花を取り出す。この花弁にブロスが入っているはずだ。
「……」
しかし、ヨスジさんは差し出した花を受け取らなかった。
「すまぬ英雄。小生は手が動かぬ。襲撃の際、敵に紛れた子蛇が王へ噛みつこうとした。それを庇ってこの様よ。解毒剤も効果がないようだ」
服をまくって見せたその腕は紫色に変色しており、酷く爛れていた。叶さんの回復を受けているはずなのに深刻そうだ。
「毒なら治療できるよ。【星涙癒光】」
(ボクも手伝う)
叶さんが再び回復のスキルを使う。先程と違って集中された光を受けて紫に変色部分が薄くなり、幾分か治ったようだ。フクちゃんも牙を突き立てて解毒を始め、指先がピクピクと動き始めた。
「……未知の猛毒のはず。ここまで回復できるとは……しかし、まだ満足には動かせぬようだ。エリクシルの調合は……この手ではできん。時間がない、王の命が尽きる前にエリクシルを完成させる。……姫様、愚息をこの場にお呼びいただきたい」
ヨスジさんが重々しくそういい。すぐに拘束された姿でイッサさんが連れてこられた。
「イッサ。貴様の罪を幾分か償う時が来た。小生に代わり霊薬を作るのだ」
「……そんな、私では無理です! 父上しかエリクシルは作れませぬ」
「作れるなら私が作る。しかし、今、このギルドで霊薬を作れる可能性があるのは貴様だけだ」
ミナ姫が頷き、メレアさんが拘束を外す。イッサさんは震える手で机の前に立ち『精霊のブロス』が入った花にメスを入れようとするがその手は震え定まらない。そしてメスを落とし、うずくまってしまった。
「ええい! イッサ、何をしている! 立てっ! 工程は山ほどあるのだぞ。繊維に沿って花を分解しブロスを抽出するのだ」
ヨスジさんの怒号が響くが、イッサさんは涙を流すばかり。
「無理です。私では調合はおろか『精霊のブロス』の抽出すら……」
部屋を静寂が満たす。その重々しい空気の中、トアが一歩前に出る。
「オラが手伝うだっ! ここにエリクシルのレシピがあるべ」
手に持っているのはアルラウネからドロップした紙片の束。そして、トアは机の前に立ちレシピを脇に置いて、自分の包丁を持つ。
「霊薬なんて作れねぇけんども……エリクシルってのは精霊様に捧げる料理と聞いただ。そんなら、オラの……【料理人】の領分だべ」
トアが包丁を振ると、桃の薄皮を剥くように花托が解体され、美しい黄金の液体が用意された皿の上に注がれたのだった。
描写と物語の進行のバランスに悩んでいます。
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