第四百十五話:地上へ
爆炎が壁を食い破り、喉笛に喰いつかんとする爪のごとくアルラウネの根に食い込み浸蝕しさらに爆発を繰り返す。木々がこすれるような音が断末魔のように響き、露出していたアルラウネの上半身が崩れて何枚もの紙片が周囲に降り注ぐ。アルラウネが倒されドロップ品としてページが出たのだろうが、今は気にする余裕がない。
根が爆ぜて破片が消えてもなおも広がり破壊を止めない炎。両手には炎が繋がっている感触があるが、濁流のような暴走をしており制御ができない。……あっ、ヤバいわこれ。
「ファス、ダメだ。止まらない!」
竜の墓場ではある程度収まるまで放置していたが、ここで黒い炎が暴れたら下手したらダンジョントレジャーが壊れる。両手に繋がる炎を【掴む】を使って抑えようとするが、暴れる力に腕の方が押されて出血してきた。モスマンが自分から根を破壊しつくそうとする炎に突っ込んでは燃やされて消えていっている。
「前回よりは抑えれていますが。グッ、あと少し……」
ファスも懸命に抑えてくれるが、濁流のような力は今にも手から離れて暴れ出しそうだ。
「ダンジョンが壊れるだよっ!」
「……破壊できないはずのダンジョンが……これが竜の力か」
手の爪が剥がれ始め指の骨にヒビが……ダメだ。このままでは抑えきれない。他のメンバーに逃げるように指示を出そうとした時、白と青の光による星図が描かれる。
「【星辰の竜刻】。60秒後に星図が揃った瞬間が最大の強化になるよ。フィニッシュに合わせれば良かったね……」
「いや、叶さんそんなに持たない……」
バフとして纏っている光の鱗が呼応して力が湧いてくるが、それでも竜の炎の勢いの方が強い。
「私が持たせる。真也君とファスさんは制御に集中して! 【破邪の星壁】」
制御から外れようとする炎を結界が押し戻す。そして、星図の動きと共に力が増してくる。これなら何とか持たせられるか。
「うっし、気合入れるぞファス!」
「もちろんです。ご主人様」
気合を入れて、両手に力を込めて意識を集中させる。
「がんばれマスター、ファス」
「二人共、頑張るだ! オラにもできることがあれば……」
「ここであの炎が暴れたら、お前等はともかく私は多分死ぬぞ」
他のメンバー達からも応援を受けて、長い一分が過ぎて星の位置が揃い。光が一気に強くなる。
「星辰は揃えり! 今が最大だよっ!」
「おうっ!」
「抑えきります!」
イメージではあるが僕等から離れようとする炎を引き寄せる。そして近づけるごとにファスの意志が炎に干渉し爆発が小さくなってきた。そして拳を握ることで最後に小爆発をして炎は消えた。
「……結局こうなるのか……」
後ろに倒れ込む。竜の墓場での修行で炎に負けることは無くなったかと思ったが、吐き出された炎のコントロールにはまだ修行が必要なようだ。寝転がりながら剥がれた爪を指に押し付けると引っ付いていた。ヒビも治っているし……この体、便利だけど流石にちょっと怖いな。皆が走り寄って来る。
「真也君大丈夫?【星涙癒光】」
「すみませんご主人様。私の炎のせいで……」
泣きそうになっているファスの頬に触れる。血がついてしまうことに気づいて止めるが、ファスから手を自らの頬に当てた。
「大丈夫。というか、一回目よりもずっと良かったろ。この感じを極めれば、相手の弱点に連続して爆発とかできそうだし、応用もずっと効きそうだ。よっと」
叶さんの光のおかげで手の傷は元通りだ。
「……むしろ、あの馬鹿げた炎を掴んで叩きつけてその程度の傷ですんでいることが異常だろ。ミナが見たら新しい詩が誕生するぞ」
「それは勘弁。それで『精霊のブロス』はどうなった? それに、なんかページが舞ってるし」
体を起こしてトアからタオルを受け取ってモスマンや自分の血を拭きとる。壁には盛大に穴が開いてしまっていた。周囲に浅く張られた水の上にはアルラウネからドロップしたページが数十枚も浮かんでいる。
「行くしかないですね。動けますかご主人様?」
「あぁ、叶さんのおかげで完全回復したよ」
「マスター、じょうぶ」
「……というか、私の回復が無くてもほぼ治っていたよね。私はダンジョンが崩れる前にこっちの紙片を回収しとくよ」
「オラもそっちを回収するだ。『精霊のブロス』は任せるだよ」
叶さんの呆れ声が聞こえるが、まぁ今は置いておこう。炎で粉砕された穴に入ると破壊されたアルラウネの根から液体が滴っていた。強く甘い匂いがする。フクちゃんも興味深そうにあたりをキョロキョロしていた。
「あれが『精霊のブロス』か?」
「いえ、アルラウネの体液ですね。ダンジョントレジャーは宝箱に入っているはずです」
「一応回収しておこう。貴重なものに間違いはないだろう」
ナルミが小瓶にアルラウネの体液を回収していた。周囲を探るがそれらしいものはないな。
と思っていると、地面から木の根と透明な膜で作られた箱が盛り上がって来た。
「うぉ! これじゃないか! 絶対これだ!」
「急に出てきましたね……」
「開けてみろシンヤ! 頼む、『精霊のブロス』であってくれ……」
箱そのものがガラスの芸術品みたいだ。蓋部分に手を描けると抵抗なくそれは開いた。中には、両の掌程度の花が一輪入っていた。薄いピンク色で可憐な印象を受ける。
「花?」
「花托に蜜が入っているな……水晶の書庫で確認した。これが『精霊のブロス』だ慎重に扱えよ」
「めっちゃ繊細そうだな。何か入れ物があればいいけど……」
「アイテムボックスなら大丈夫なはずです。そして、ダンジョントレジャーが出たと言うことは……崩壊が始まります。急いで避難しましょう」
「わかった」
『精霊のブロス』をアイテムボックスにしまい。横穴を出ると、トアと叶さんが紙束を抱えて寄って来た。
「こっちは回収できたよ。しかも、これエリクシルのレシピっぽい!」
「こうしてみると薬とはいえ、料理にも通じるだなぁ。っとそっちは大丈夫だったべ?」
「バッチリ回収できたよ。ところで、僕等はどうやって上に行けばいいんだ?」
叩き落とされたからなぁ。来た道を戻っても行き止まりだ。
「上に向かうしかないが……その前にダンジョンの崩壊が始まるだろう。すでに、木々が緩んできている」
足元の水が揺れはじめ、木々がギシギシと音を立てて解けるように壁のあちこちに隙間ができ始める。
「これ大丈夫? 一気に崩れるとかない?」
不安げに叶さんがナルミに尋ねる。
「大丈夫だ。ここは複数のダンジョンが重なっている場所だからな。『枯れ葉洞窟』が攻略されれば、再発生するまでの間、隣接する他のダンジョンに上書きされるだけだ」
「なるほど、じゃあそのダンジョンから脱出すればいいわけだ」
「そういうことだ。といっても、上を目指して間違いはないだろう」
「であれば、まだ効力があるようなので枯れ柳の魔本を使いましょう」
(れっつごー)
ファスが魔本を取り出して、触手のように生えてくる柳の枝を使い上層へ上ることにした。フクちゃんは大蜘蛛の姿になり叶さんとナルミを背中に固定して移動してくれるようだ。
登りながらも周囲の景色が少しずつ変化していく。一面の木々が直角に傾いた地面に変わり、そうかと思えば上からは樽のような胴回りを持つ蛇が降って来る。ダンジョンの上書きって足場から変わってしまうのか……厄介だな。
「おー、大蛇だ」
(タベル?)
「今は『精霊のブロス』を運ぶのが先だべ」
「どうやら、『岩蛇の沼地』のダンジョンへ繋がったようだな」
「道は見えていますし、問題はありません。が、上から蛇が襲ってきますね」
「対応するよ。フクちゃん皆を頼んだ」
(イエス、マスター)
【ふんばり】で壁に立ち、上から降って来る蛇と相対しようとすると、蛇の首が切り落とされる。
「冒険者です!」
ファスが宙に浮かびながら警告を飛ばし、トアが斧を構える。冒険者が仲間とは限らないからな。
現れたのはまた黒狼族だった。チッ、急いでいるってのに。構えると、黒狼族の男性が武器をしまう。この不安定な足場でも彼らは問題なく移動できるようだ。蛇の首を一瞬で切り落とした腕といい手練れで間違いないだろう。
「止せ、敵対するつもりはない。出口までの道は他の冒険者が確保してある。いくら翠眼と言えども変化するダンジョンを見通すのは困難だ。我等が案内する。……同族が面倒をかけた。貴様等は必ず我等が地上まで届けよう」
腰の虫籠を取り出す。どうやら夫婦虫を使って道を誘導してくれるようだ。
「どうしますご主人様?」
ファスが尋ねてくる。
「警戒しながらついて行こう。罠と判断したらすぐ撤退で」
「それがいいだな」
「信用には応える……ついてこい英雄」
するすると変化していく壁を黒狼族達は登っていく。皆で顔を見合わせて頷きついていく。
しばらく登ると横穴があり、そこからは坂道を走りながら登っていく。道中に蛇が出てくるが。
「ぬんっ【連空爪】」
「援護します【魔氷弾】」
「旦那様は休んでるだよ【飛竜斧】っ!」
黒狼族達とファス、トア達により出て傍から片付けられていく。うーん、こうなると本当に僕って出番がないな。ほどなくして地上に出ると、異臭に顔をしかめる。生臭さと埃っぽい匂いだ。背の低い草が生えており、天井はかなり高い。草の下はぬかるみとなっていた。出てきてすぐ、巨大なものが倒れるような音がする。フクちゃんが叶さんとナルミを降ろして子蜘蛛の姿になってファスの頭に乗る。
「巨人族の冒険者が道を作っている。行くぞ」
「助かりました。あの、名前を教えてもらってもいいですか?」
ここまで案内してもらったし、お礼を言っておこう。
「……B級冒険者、黒狼族のザギだ」
「ザギさん案内ありがとうございました」
「まだ案内は終わっていない。最後まで見送ろう英雄」
その英雄っての止めて欲しいんだけど。ついていくと、巨木が何本も倒されて丸太の道になっていた。
周囲には巨人族の冒険者が丸太を運んでいる。僕等を見た巨人族の中からマルゼさんがやってきた。
「おう、英雄殿。別のダンジョンから木材を持ってきたんだ。ぬかるみは底なしだったり蛇がいるからよ。ヤバそうな所には丸太を置いたからそれを目印に上を行けば出口までいけるはずだぜ。ネムの奴はすでに出てるよ。それにしても本当に二日もかからずにダンジョンを攻略するとはねぇ。上も色々あったみたいだ。詳しいことはネムに聞いてくれ!」
なるほど、沼地の攻略法らしい。『色々』あったってどういうことだ? 気になるが、今は早く行けと他の冒険者達にも促されている。
「わかりました」
とにかく今は地上へ戻ろう。
そろそろ、ファスの出生について色々わかりそうです。
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