第四百十二話:兄弟の決裂
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真也達がダンジョンで休息を取っている頃。ビオテコで最も強い権力を持っているはずの図書館の一室でソウゲンは頭を抱えて俯いていた。職人の手作りであろう美しい木目の執務机には部下たちから送られた虫手紙が無造作に積まれている。
「……魔本を使っても足止めが限界か。まぁいい、ダンジョンの底に沈めてしまえば戻ってはこれまい。王の命はあとわずか……例えA級冒険者だろうと『枯れ葉洞窟』のダンジョンを数日で攻略することは不可能……問題は王が死んだ後だ」
王がいる薬師ギルドは第一王女とその部下が固めている。仮に王が死期を悟った時、王位継承権第一位を持つミナ姫ではなく、王弟であるカジカに王位を譲る遺言を残さねばならない。本来ならば捏造するつもりであり、そのための契約紙も用意していた。しかし、肝心の王の身柄をミナ姫が抑えている現状では捏造は不可能になってしまった。王弟が王位を継承する方法は一つ。
「殺すしかない。論功行賞の前にミナ姫を何としても殺すしか……正しきエルフの在り方の為に……」
ソウゲンの独り言はノックによって遮られる。
「今は取り込み中だ!」
そう叫ぶが、扉は開けられる。焦ったソウゲンが机の手紙の束を足元に落とすことで隠そうとする。
「ぶ、無礼者っ!」
「……兄者が私を呼んだのではありませんか」
入って来たのは冒険者ギルドのギルドマスターである、エンリだった。双子である二人は同じ顔であるが、その表情はまるで違う。眉一つ動かさず無表情に立つエンリに対し顔を真っ赤にしたソウゲンが自分で落とした手紙を蹴り上げながら詰め寄る。
「エンリっ! お前か、驚かせよって。何のつもりか聞くために呼んだのだ」
「何のつもりとは?」
「冒険者共についてだっ! 図書館の依頼を受けないどころか、私の依頼を妨害する者までいるではないかっ! どんな管理をしている?」
「管理などしておりませぬ、ギルドは中立です。図書館の依頼である『精霊のブロス』調達の正式な依頼は受注し、その依頼に関して妨害があったということも聞いていませぬ。もっとも、どこからか知らぬ非正規の依頼を受けた裏切者は然るべき措置をとるつもりですが」
エンリの返答を聞いたソウゲンは大きくため息をついて、椅子に腰かけた。
「ほう、ずいぶんと生意気なことを言うようになったものだ。人族に味方する愚かな冒険者とミナ姫に依頼された薬師ギルド周辺の護衛を引き上げさせろ。そして、私が指定した冒険者を王の護衛として回せ」
「それはできませんな。我等のA級冒険者が王を救わんとダンジョンで戦っている。あろうことかそれを妨害するような裏切者をギルドは許さない。王の守護も、冒険者が必要であるという依頼があるのならば中立として全うせねばなりません」
二人はしばし口を閉じて睨み合う。
「馬鹿が。……教えてやろう。人族の冒険者はダンジョンの底に落ちた。精霊のブロスは間に合わずエリクシルは完成しない。よく聞け、王弟は価値ある知識として『水晶の書庫』よりもこの『図書館』を重要視されている。アリマがイワクラの家の上に立つのだ。私とお前が組めば、それが叶うのだ弟よ。アリマの家の悲願ではないか」
「……アリマの家は本の樹の知識を守ることが使命です。かつて、貴方がそう言ったのです。そして……私にそう言った兄はもうおらぬようです。それでは図書樹長殿、用事があるので失礼します」
「待てエンリ、いいのか? 図書館を敵に回せば、本を納品して生活するこの町の冒険者は何もできなくなるぞ。そのことをわからぬわけでもあるまい」
「我々は図書館を敵に回してはおりませぬ。あくまで中立……もし、図書館が不当に冒険者を陥れようとするのならば王が正しき沙汰を下すでしょう」
「……言ったはずだ王は死ぬ」
「王の安否がわからぬ状況ではそのことを考慮して、図書館に従っていました。しかし、今は違います。王は治療を受けており、冒険者は王を助ける為にダンジョンを探索しています。もう、権力争いの道具を演じる必要はなくなったというわけです……王の護衛をミナ姫より依頼されておりますので、失礼」
「待てっ、話は終わって……ヒッ」
礼をして踵を返すエンリの肩をソウゲンが掴もうとするが、叩きつけられた殺気と魔力にその手を止める。それは身内に向けるものではない、本気の殺気であった。断罪する立ち場はあくまで王ゆえにここでは切らぬだけ。細剣の柄に置いた手がそう告げていた。押し黙るソウゲンを置いてエンリは部屋を後にする。
残されたソウゲンは力なく座り込んだ。
「知識を持たぬ愚か者が……エルフは呪われているのだ……王弟ならば……【竜の呪い】を克服することができる。他種族に頼ることのない完全なエルフだけの国を作ることができるのだ……」
その言葉は誰にも届くことなく、虚ろに部屋に響いたのだった。
エンリが図書館を出ると門の所で見慣れた円錐の帽子が見える。【四色の魔女】ファタムが立っていた。
「いいのかい?」
四色の魔女がツバで表情を隠しながら、尋ねる。
「ギルドとしては中立の姿勢だ。問題ない。それよりも王の護衛を頼んだはずだが?」
「この翠眼で見ているさ。ソウゲンとは、ばっちり敵対するじゃないか、アリマの家は取り潰しかもね」
ツバを上げて猫のように細めた目でエンリを見るファタム。
「……そうなっても構わない。ファタム、君に力を貸してほしい」
「はいはい。しょうがないなぁ……。頑固者め、もっと早くそう言えばいいのさ。幼馴染のよしみだ。この天才が力を貸してあげよう」
「シンヤ殿は精霊のブロスを持って戻って来る。少なくとも姫様はそう信じた。ならば私達はそれまで王と姫様をなんとしても守り切る。場合によっては……久方ぶりに暴れるぞ」
「アハハ、わかりやすくていいね。そうこなくちゃ」
二人の冒険者は散歩でもするように軽やかな足取りで、薬師ギルドに向けて歩き出すのだった。
短くてすみません。次回はダンジョンマスターとの対決です!
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