第四百七話:襲撃の理由
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真也達を襲った黒狼族は、仲間を担いで移動をしていた。その足取りは重い。
「ゼェゼェ……まだ体が動かない……糸に毒が塗ってあったのか。あの蜘蛛の従魔……普通じゃないぞ」
「【英雄】もだ。やられた仲間にポーションをかけても回復が異常に遅い。クソッ、アイツらが生きて帰ってきたら俺達はギルドを追われるぞ」
「まずは仲間と合流だ……奴らは地下に落とした。下は魔物だらけだ、急いで殺さないと……」
【枯れ葉洞窟】の床に満ちている落ち葉に足を取られながら安全な場所を目指す彼等だったが、その前に音も無く一匹の獣人が現れ、後ろからドスドスと遠慮ない足音が聞こえる。
「にゃあ、虫を辿って来てみれば……この辺に詳しい黒狼族が負傷しているのかねい。一体、誰にやられたのか聞かせてもらいたいねい」
鉤爪を装備したネムが構えをとる。そして後ろから無骨な槌を背負った巨人族の男女が数人現れた。その中でひときわ筋肉質の女性、マルゼが前に出る。
「ネム、先行は止めろって言ってるだろ。そんで……ハッ、英雄殿にやられたんだろ。馬鹿だね、伊達や酔狂ではA級は名乗れないだろうに。……でも、襲って失敗したなら逃げ切れるとも思えないね。お前等、何したか答えな。場合によってはその尻尾を引きちぎってやる」
「待てっ! 違う、我々は……」
黒狼族の男は背負っていた仲間を降ろし、降参する振りをして背中に手を伸ばす。
「なっ、本が無いっ!」
「探し物はこれかい? ずいぶん上等の魔本だねい」
ネムが自分の足元を指さすと、枯れ葉を押し分けて子犬ほどの大きさのオケラのような虫が本を持って現れる。
「【寝虫使い】のネムに【轟槌】のマルゼ……貴様等相手では分が悪いか……降参だ」
リーダー格の黒狼族がそう言って仲間達も両手を上げて膝をついた。男達はそのまま捕縛されて、ネム達によって【枯れ葉洞窟】に仮設されたベースに連れて行かれる。
そこはネムの働きで真也達の援護をしようとする冒険者の集まる場所だった。その中には襲撃者と同じ黒狼族もいたようだ。捕まっている同族を見てすぐに駆け寄って来た。
「ジグ、貴様がギルドを裏切るとはな。すまないネム。同族の恥はこのザギが雪ぐ……」
ザギと名乗った黒狼族は手斧を取り出しすがネムがそれを止める。
「裁くのはギルドだねい。その後で好きにすればいい。今は英雄殿の足取りを探すことが先だねい。ここで合流できると踏んだんだけど、こいつらのせいで当てが外れたねい」
「ケッ、【本を探す樹】の冒険者として情けないよ。先の戦争の英雄を奇襲するなんてね」
マルゼが槌を地面の先端を地面に叩きつけ周囲の冒険者も、批判の視線を襲撃者に浴びせていた。
「……図書館は奴らは作られた英雄だと言っていた……森の民が倒せなかった結晶竜を人族の……しかも【拳士】が倒せるはずはないと……」
襲撃者のリーダー格であったジグが俯いたまま言い訳を並べ、ザギが喉を鳴らして威嚇しながら髪を掴んで上を向かせる。
「何があったのか教えろ。ジグ、様子からして貴様等は負けたのだろう。であれば、なぜ英雄から逃げられたのだ。答えろ」
「……図書館から渡された【枯れ柳の魔本】を使った。地下の空洞に奴らを落としたが……その後は柳からの反応が返ってこなくなった。今はどうなっているかわからん」
「なぜ、ギルドを裏切った。……いや、理由はわかる。金だけではないな」
「……お前も感じただろう。あの茶髪の犬族だ」
「「犬族?」」
ネムとマルゼが顔を見合わせる。しかし、ザギや周囲にいる他の黒狼族は忌々しそうに喉を鳴らしている。ザギがジグの髪から手を離し、ネム達に向き直った。
「あの犬族は黒狼族の血が混じっている……ほとんど感じないほど薄いが……間違いないだろう。そして、ギルドで見せたあの料理……調理の技術も段違いだろうが、もし高レベルであるのならば、黒狼族にとって雌として迎えることは誉れだ」
「確かに英雄の一行には料理人の獣人がいるねい。でも、たかが料理の上手い雌であることがギルドを裏切る理由になるのかねい?」
「山猫族は知らないだろうが、狼族にとって飯炊きの【料理人】は儀礼的な意味を持つ。まぁ、今となっては寂れた風習だがな。はるか昔に、森の狼族は精霊に料理を捧げたという伝説がある。その話にあやかって【料理人】のクラスを持つ雌は、例え血のつながりが薄い犬族であっても迎えたいと言うわけだ。こいつらは金と雌の為に道を踏み外した。奴隷であるなら、主人さえなんとかすればものにできると思ったのだろう。英雄の雌に手を出そうとして、卑怯な手を使い敗北した。冒険者としても雄としても無様極まる」
ザギが吐き捨てるようにそう言うと、ジグと他の襲撃者は肩を落とした。話を聞いたネムが欠伸をする。
「ふぁ、とりあえず。アタシらはギルドを裏切って図書館からの裏の依頼を受けた冒険者を牽制するねい。精霊のブロスに関しては……今は英雄殿のお手並みを拝見するかねい」
ネムが小瓶を取り出し、中に入っていた虫を飛ばして他の冒険者に連絡を送る。それを見ながらマルゼは苛立たし気にため息をついた。
「……このダンジョンならあたし等の方が慣れているとはいえ、冒険者以外にもならず者がかなりの数入っている。牽制が精一杯ってのは歯がゆいね。魔本といい、図書館の奴等どれだけ幅広く声かけたんだか……イグラの姉貴に合わせる顔がないよ」
「相手がこちらより本を持っているなら奪えばいい。同族がしたことは我等が贖う」
ザギの言葉に他の黒狼族も無言で頷いた。
「そんな力まなくても何とかなるさ。何と言っても【英雄】様だからねい。とりあえずこいつらを閉じ込めておくかねい」
ネム達はベースの奥へと襲撃者達を連れて行ったのだった。
トアのスキルが【料理人】に固定されていたのも、血の影響があるのかもしれませんね。
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