第四十一話:傷跡にサヨナラを
ファス、フクちゃん、キズアトとともに部屋に戻り、キズアトをベッドに腰かけさせた。
「改めてよろしくな。キズアト」
「よろしくお願いしますね」
(ヨロシクー)
そう言うとキズアトはむにゃむちゃと口の中で言葉をかき回してから遠慮がちに言ってきた。
「えっと、キズアトってのはオラの名前じゃなくて、皆からそう呼ばれていただけなんだべ。だからヨシイ……じゃなくて旦那様に名前を付けて欲しいだ」
旦那様って、まさか一生の間でそんな風に呼ばれるとは思わなかった。
それは置いといて名前ね。確か『キズアト』ってのは顔の傷からきた蔑称だったもんな。
「奴隷になる前の名前とかはないのか?」
「無いだ。『おい』『お前』後は番号がつけられただけだな」
真顔でそんなことを言ってくる、名前がないってのはどんな気持ちなんだろうな。
「といっても、僕は常識とかわからんからな、変な名前になるかもしれない」
「奴隷に新しい名前を付けることはままあることだと本で読んだことがあります。ご主人様の思うようにつければよいと思います」
助け船を出す前にファスに言われてしまった。犬に名前を付けるのとはわけが違うぞ。
(ボクノ、ナマエモ、マスターニ、ツケテモラッタ)
「フクっていう名前だべな、とっても可愛くて良いと思うだ。ヨシイ……じゃなくて旦那様、別にどんな名前でもいいから付けて欲しいだ」
「別にヨシイでいいよ、旦那様なんてこそばゆいからな」
「いやいや、オラはヨシイの奴隷なんだからな旦那様というのは当然だべ」
なんかこだわりがあるらしい、家政婦的な意味合いが強いのだろうか?
「好きに呼べばいいけどさ。それで名前か」
「名前だべ!!」
なんかやけに押してくるな。
「ご主人様、獣人は帰属意識が強い種族です。名前に対する意味もとても大きいと思います」
「うぅ、ファス。はっきり言われると照れるだ。オラ昔から名前が欲しいけど誰にも言えなかっただ。自分で名前を決めようとかと思っただが、やっぱり誰から与えてほしくて……旦那様に付けてもらえたら嬉しいだろうなと思って」
よっぽど恥ずかしいのか尻尾がパタパタと動いている。責任は重大なようだが学校のウサギにウサミとつけてしまうような僕には荷が重いぞ。
しかし、キラキラした瞳で(顔布越しで分かりにくいが)こっちをみるキズアトをしょんぼりさせたくない。
「わかった。考えるよ、一週間ほど時間をくれ」
じっくり考える必要があるのでとりあえず時間をもらうよう提案する。
「いますぐ欲しいだ。でないと結局キズアトって呼ばれてしまうからな、そんなに難しく考えず思いついた名前でいいと思うだよ」
「ご主人様。びしっと決めるべきだと思います」
(フィーリング、ダイジ)
却下された。というか奴隷達がすでに強い結束を見せている。このパーティーでの僕の立場低くなりそうだな。
「くっ、じゃあ本当にフィーリングで考えるからな」
顎に手を当てて考える。
獣人、イヌミミ、茶髪、……等々キズアトの特徴を上げていくがぴったりとこない。
というかキズアトっていう呼び方も語感は割と好きなんだよな。
キズアト……キズ……アト……トア。
「整いました」
なぞかけが得意な芸人みたいな宣言をすると、キズアトの尻尾が一層パタパタと振られた。
ファスとフクちゃんも心なしか期待のこもった眼でこっちを見ている。
ハードルが高いなぁ。
「『トア』ってのはどうだ? 呼びやすいと思うんだが?」
恐る恐るリアクションを確認すると、キズアト(トアって呼んだ方がいいのか?)は俯いている。
ファスはジト目でこっちを見ている。
「ご主人様。『キズアト』という呼び方から連想されたのでしょうが、せっかく新しい名前なのにそれはどうかと思います」
(ボクハ、ワリトスキ)
確かに、蔑称を連想した名前は不味いか。フクちゃんは気に入ってくれたみたいだが。
キズアト(トアは不採用かなぁ)はフルフルと体を震わせている。
「あぁえーと、キズアト? 悪かったな。やっぱりもっといい名前を考え——」
「グスッ、旦那様。オラの名前はキズアトじゃねぇべ、『トア』呼びやすくてとってもいい名前だと思うだ。一生大事にするだ」
キズアト、じゃないやトアは僕の手をとって頭を下げ礼を言い続けた。
しばらくして落ち着いたトアに改めて自己紹介をする。
「それじゃあトア。改めて自己紹介をさせてもらおう。吉井 真也だ。一応転移者だけど色々あって冒険者をやろうと思っている」
「へっ? 転移者?」
トアはフリーズしているが畳みかけるようにファスが自己紹介を受け継ぐ。
フードを脱いで耳を出して、優雅に礼をした。
「ご主人様の一番奴隷のファスと言います。よろしくお願いしますねトアさん」
「その耳、エルフ、し、しかも翠眼だべ」
顔布越しでも目を白黒させているのがわかって面白いな。
最後にフクちゃんがピョンとトアの膝に飛び乗った。
(フクデス、ヨロシクー)
「フクちゃんは喋れる魔物だものな、すごいのは知っていただ」
トアはさわさわとフクちゃんを優しく撫でながらこっちに向き直った。
「しっかし、なんていうか、すごい人にオラは買われたんだべなぁ」
「ファスはともかく僕はそれほどすごいクラスじゃないし、それほど特別じゃないけどな」
「ご主人様は転移者であるないに関わらず、すごい人です」
ファスさんハードルを上げるのやめてください。最後はトアの番だ。
「えと、トアだべ。得意なのは料理だ。というかそれしかできねぇべ。体も悪くてどこまで役に立てるかわからねぇけど、命を懸けて旦那様の役に立ってみせるだ」
曲がった背中を精いっぱい伸ばしてトアは言った。
命なんて懸けさせるもんか、心の中で誓う。強くならなくちゃならない理由がまたできてしまったような気がする。
「できることなんて、これから見つければいいさ。というか料理ができるってだけでもこのパーティーでは重宝間違いなしだから」
「トアさんの料理とっても美味しかったので楽しみです」
(オイシイハ、セイギ)
食いしん坊三人相手に頑張ってもらいたい。
「任せて欲しいだ。今夜は皆のこと色々聞かせて欲しいだ」
「もちろんそのつもりだけど、まずは治療からだな。その顔と背中の傷、今度は治させてもらえるな」
「わかっただ、でも旦那様のスキルは傷を引き受けるって言ってただ。無理はしてほしくないだ」
「あぁ、無理するつもりはない」
「…………」
(ゼッタイウソ)
ファスは無言でこちらを見つめ、フクちゃんはストレートに言ってきた。
ハッハッハ当り前じゃないか、限界まで【吸傷】するつもりだ。
「ご主人様、無理だとわかっているので止めませんが、まずフクちゃんの【回復泡】を使って負担を減らすべきだと思います。さきほどミーシャに洗濯用の一番大きなタライを貸してもらえるように頼んでおきましたので、取ってきます」
そう言って、人ひとりなら余裕で入るであろう木でできた大きなタライを持ってきた。
かなり重いはずだが片手で担いでいる。
「でかいな、というかよく片手で持てるな」
「【重力域】で軽くしてますから」
その手があったか、便利だな。タライを置いた後さらにスキルで水を張り、さらに調整したブレスで水を温めている。
「すごいだなぁ、ファスは」
「すごいんだよ、ファスは」
僕等はそれを見ているだけだ。なんだかトアは常識人枠っぽいな。
「ふぅ、このくらいですかね。フクちゃん、泡をお願いします」
(マカセテ)
フクちゃんがブクブクと泡を吐き、簡単な泡風呂の完成だ。
「さぁ、トアさん入ってください」
「わかっただ。あとオラのことは呼び捨てでいいだよ。群れの序列はファスの方が上だからな」
「わかりました」
そんな会話をしながらトアが服を脱いでいく。ちょ、待って。
「待て待て、湯あみ着とかあったほうがいいんじゃないか? トアも恥ずかしいだろう」
「オラは別に恥ずかしくねぇべ、醜い体で悪いけどもな」
「治療するのですから、患部は見えたほうがいいでしょう」
文化の違いなのか一切羞恥心は感じてないようだ。そのまま気前よく服を脱いでゆく、尻尾って本当に尾てい骨から生えてるんだなぁとか考えていると、ファスの緊張した声が響く。
「そんな……」
(スゴーイ)
「なんだべ?」
どうしたんだ? ちなみに僕は気恥ずかしさから横を向いているので(尾てい骨の件はちらっと見えただけだから!!)トアのほうは見えていない。
「猫背なので気づきませんでした。強敵です。これが、獣人の力……」
(デカーイ)
「邪魔なだけだべ、料理するときはサラシ巻いてるんだべ、あと獣人だからって別に胸が大きいわけじゃねぇと思うだ。ファスもきっと大きくなるだよ」
「エルフは、エルフは胸が大きくなりにくい種族なんです!!」
血を吐くような慟哭が聞こえた。別にファスもまったくないわけじゃないと思うぞ、ほんのり膨らんでるし。
「今言ったばかりだけど、邪魔なだけだべ、気にすることはねぇべ」
「ご主人様は胸が好きなことが昨日わかったんです!!」
「ファスさん!! お願いだから人の性癖暴露しないで!!」
(メモメモ)
大きさはそこまで大事じゃないから、おっぱいに貴賤はないから!! フクちゃんは何メモしてんの!?
「……旦那様。体が治ったら、オラ頑張るべな」
「いいから、さっさと治療を始めるぞ!!」
このままだとファスが暴走しかねないのでさっさとトアをタライ風呂に入れる。
泡で体が隠れたのでファスも落ち着いたようだ。
「すみません、取り乱しました」
「落ち着いてくれたようで何よりだ」
本当にね。トアはゆったりとタライ風呂に入り息を吐いている。
「ふぃー、痛みが抜けていくようだべ。ありがとなファス、フクちゃん」
(ドウイタシマシテ)
「私達ができるのはここまでです。あとはご主人様にお任せします」
「十分だ、ありがとうな二人とも」
トアの背中に回ると泡の間から青黒い痣がいくつも見え、長年にわたり虐待されてきたダメージが身体を歪ませているのがよくわかる。
こんな体にされた挙句森に入らされたのか、あの女将ただじゃおかん。
心の中で女将への復讐を誓い。手を当てる。
獣人の体温は高いのかトアの背中は温かかった。
ゆっくりと息をすい、細く長く吐く。フクちゃんにしてあげた時のように痛みを引き受けるようなイメージを強く持つ。
背中に当てた両手からドロドロとしたコールタールのようなものが流れてくる。そして僕の背中にそのコールタールがたどり着いたかと思うと、燃えるように熱くなった。
「がぁあああああああ」
出すまいと思っていた声が出る。炸裂するように痛みが背骨を駆け巡る。
「だ、旦那様。大丈夫だべか?」
「ご主人様、頑張ってください」
(マスター、ファイトー)
三人の励ましの声もどこか遠くに聞こえるが、ファスの呪いを初めて受けた時ほどじゃない。
あの頃と比べ、少しは強くなったはずだ。痛みも乗り越えてきたはずだ。
グングンとトアのダメージを吸い取っていくと、ゴキリという音が聞こえた。僕の背骨かと思ったが、そうではない、手を当てたトアの背中から断続的に骨が動く音が聞こえてきた。
「うぅ、背中の骨が動いているべ」
大丈夫だ。と言いたいが歯を食いしばっているので声をかけることができない。
背中に温かいものが伝う、どうやら出血しているようだ。でもまだ意識はある、息を吐きながらダメージを引き受けていく。
さらに【吸傷】を続けると、ファスの時のように強い抵抗を感じた。栓をされているようにダメージがこちらへ来るのを邪魔している。
ここが踏ん張りどころだ。気合を入れて【吸傷】を強める。
「だ、旦那様。なんか変な感じだべ、引っ張られるような……うぅ」
「頑張ってください!!」
(ダイジョウブ、デキルデキル)
ファスが抱き着いてくる。大丈夫だってば、心配性だなファスは。
下腹に力をいれ【吸傷】を行っていると。キュポンと栓が抜けるようにトアのダメージが一気にこちらへやってくる。
ゴキリという一際大きなトアの背骨の音を聞きながら。
ファスに抱かれ僕の意識は沈んでいった。
というわけでキズアトの名前はトアになりました。展開が遅くてすみません。
次回予告:トアさんの有能さが炸裂!! 初めてのギルドミッション!!
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