第四百一話:禁じられた情報
口元を抑えて後ずさりするファスの肩を持って支える。
誰も何も喋れなかった。ファスがこの薬師ギルドで生まれて、父親はエルフの王様だという。
沈黙を破ったのは、意識の無い王様の咳だった。
「ゴホッ……う……」
「下がれ人族の英雄、王は未だ予断を許さぬ」
ヨスジさんが前に出て、脈を計りすぐに部屋に備え付けてあった棚へ薬を取りに行く。
そうしているうちに雪崩れ込むように人、いや、エルフ達が入ってきた。叶さんの魔力が切れたので結界も消えてしまったようだ。
「父上っ!」
先頭は中性的な容姿の頬に火傷の後があるエルフだった。トアの話にあったヨスジさんの息子で間違いないだろう……いや、男性には見えないなぁ。耽美って感じの顔立ちだ。ヨスジさんは歯を食いしばり敵意を剥きだした表情でイッサさんを睨みつけていた。
「イッサ……愚物め……貴様の裏切りは許しがたい。森の民の枝葉を名乗る資格は無い」
「私は、父上の命の為に王弟に嘆願をしたのですっ!」
「黙れ、小生が知らぬと思っておるのか。王を守るためにこの場を閉じたのは貴様が薬学を用い、呪いを麻薬として蔓延させる研究をしている事を知ったからよ。王にも呪いを『処方』していることに気づいた時はいっそ毒を飲もうと思ったわ。よもや我が子が図書の樹の知を悪用しようとは……我が耳を落とし、毒を飲んでも悔やみきれぬ……王の治療が終われば我らは、森の外で死のうぞ」
「……父上……違うのです。あれは【竜の呪い】の研究を王弟が勝手に使ったのです。私は……父上の名誉の為に……」
「黙れ、貴様は死ぬべきである。親の情けだ、苦しまぬよう毒は作ってやる」
これ以上は見てられない。二人を止めようとすると、先にミーナが前に出る。
「そこまでですわっ。この場はニグナウーズ国第一王女である。ミナ・コルヴィ・ニグライトが預かります。まずは、ここは色々崩れて危険ですからお父様を安全な場所に移します。イッサは伯父様の罪を証明する生き証人ですから身柄は私が預かります。図書館の私兵はギルド周辺の警戒をしてくださいまし」
「姫様っ、なぜような恰好をして……我等はソウゲン様のご命令で――」
「この緊急時に私の命令を聞けないということですの?」
図書館の兵の言葉はミーナが一睨みで黙らせる。普段の泣き虫っぷりを知っていると違う人物みたいだな。
メイド服のままミーナがそう宣言し、詰めかけていた薬師ギルドと図書館の私兵たちが一瞬、口を開けて間の抜けた顔をするがすぐに指示に従う。イッサさんは抵抗することも無く両手を縛られた。証拠隠滅で誰かに狙われないように警戒するが、今のところ王弟の手下が襲ってくる気配はないな。
「……父が無事ならば、抵抗はしません」
「小生は王の治療を続ける」
こうしてひとまず王の救出は成功したのだった。
別の建物に王様を移していると、メレアさん達が到着した。どうやら、近くまで来ていたのを囮になったナルミが見つけたらしい。
「こっちに来ていたのを案内して連れてきただけだ」
「見るのですメレア、ハルカゼ、お父様の救出はばっちりですわっ。しかも王弟の悪事を暴く証拠をみつ……け……」
青筋を浮かべたメレアさんとハルカゼさんの形相と言ったら……エルフは美形なぶん、キレると怒りに説得力がでるというか、ファスが怒っている場面を思い出して僕も怖いぞ。
「……姫様、まずメイド服から着替えてください。その後にたっぷりとお話があります」
「次は逃がしません。あの狙われ放題の屋敷は放棄して薬師ギルドを拠点にします。も・ち・ろ・ん、姫様にはこの場で指揮をとっていただきます」
「ぴぃ……し、シンヤ殿。助け……」
「すみません。メレアさんハルカゼさん、ミナ姫と話をしたいことがあるんです」
「シンヤ殿っ! それでこそ私の英雄ですの」
「その後、好きなようにしてください」
「ひどいですわっ!」
というわけで、パーティーとミーナ、ナルミでギルドの一室を借りる。
話したい内容が内容なので、フクちゃんに糸で警戒してもらいながら話を始める。
「ファス。王様とのことだけど……」
「はい、エルフの王は私の父です。母のように瞳が記憶していたわけではないのです。ただ、確信に近い感覚がありました」
ファスの言葉にナルミは額を抑える。
「……王には現王妃と側室が二名いる。その内のだれかとの間の子供がファスということか?」
「ありえませんわ、ナルちゃん。他ならぬイワクラ家が王族の記録をしているはずですの……ましてやファスさんは完全な翠眼です。生まれの順に関係なく第一位の継承権を持つことになるでしょうし、お母様や他の側室が生んだとしたら主張をしないわけがありません」
「単純に考えて、王様がファスさんを見て口にした『フィオーナ』って名前の女性がファスさんのお母さんなんじゃないかな?」
魔力が少し回復した叶さんがそう言って、僕も思い出した。
「そういや、王弟もフィオーナって言ってたな。『憐れな君』とか『復讐』とか言っていたような……」
「王弟も知っている名前だべか。ますますわかんねぇだ」
「瞳に記録された母は私と同じ翠眼で竜の呪いに侵されていました。そのせいで存在を認められなかったのかもしれません」
ファスの言葉で『呪いとは祝福』夢での言葉が反芻される。一応夢でのことも話しておくか。
「ゴメン皆。本筋とはそれるかもしれないけど、王様の呪いを引き受けた時に気になる夢を見たんだ」
夢の内容を語り終えると、叶さんはこめかみをグリグリと揉み込みながら頭を捻る。
「おおう、ここに来て情報過多……真也君が呪いを引き取る時にたまに見る夢にファスさんの出生、謎が謎を呼んでどうすればいいかわからないよ」
「リヴィルの子というのは……私のことをさすのでしょうか?」
「『竜の呪い』……伝説や伝聞では人に討たれた竜王達の呪いが世界中に散り、稀に現れては人々を苦しめるというものだ。呪いについて……水晶の書庫には記録は残っているようだが……情報を引き出すことを禁止されているな。ミナっ、解除できるか試してみてくれ」
「わかりましたの。王位継承権第一位、ミナ・コルヴィ・ニグライトの名に置いて情報の閲覧を申請しますわ」
水晶の書庫から呼び出されたウィスプ達が、困ったようにウロウロしてまた書庫に戻っていく。
「ダメだな。ミナで閲覧が通らないとなると……王が秘密にしていると見て間違いないな」
「むむ、お父様は一体何を隠したんですの?」
「この場ではわからないことが多すぎるだよ。それにしても、今の段階ではミーナとファスは親戚どころか腹違いの姉妹の可能性が高いんだべか」
ファスとミーナが顔を見合わせる。うん、確かに似ているよなぁ。
「……変な感じです」
「私もですわ」
そんな話をしていると、フクちゃんが反応する。
(メレア、きた)
部屋がノックされたので扉をあけるとフクちゃんの言う通りメレアさんが立っていた。
「王の治療についてヨスジ殿から皆さんにお話があるそうです」
どうやら、王様の治療について何か進展があったようだ。
次回、図書の樹のダンジョンへ突入。
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