第四百話:竜の影と呪いと祝福
巨大化したトレントや戦闘の余波で建物はほとんど倒壊していたが、王様がいる部屋は原型を保っていた。内側からは叶さんの【星魔術】の光が漏れている。
「カナエの解呪が行われているようです。建物にも結界を張ってくれていたようですね」
流石【聖女】様。解呪や防御をさせれば右に出る者はいない。扉を開けると青白い光の粒子が壁を作っていたが、僕とファスは問題なく通れるようだ。
「僕も【吸呪】で手助けしなきゃな」
「それは最後の手段です」
ファスはそう言うが、ここで【吸呪】しなくてどこでするというのだ。多少無理やりにでもしよう。
扉を開けると、中から草の汁にような匂いに微かな刺激臭がした。
「旦那様っ。外は終わったようだべな」
「お、お疲れ様。こっちも頑張るよ。ハァ、ハァ。魔力ポーションおかわりっ!」
手をついて、休憩していた叶さんは水色のポーションを一気飲みして魔力を練り上げる。
「追加の毒液はどこに置けばいいですの?」
中はまさに鉄火場という雰囲気で、トアはいくつもの小さな鍋で何かを茹でながら、その隣で薬草をみじん切りにしていた。
フクちゃんは牙から毒液を出し、ミーナがそれを小瓶で採取している。部屋の奥では簡素なベッドの上に恐らく王が寝ているのあろう。横に長髪を纏めたエルフが薬さしで液体を飲ませている。
そのエルフがこちらを振り返った。黄緑の瞳に火傷の後のような痣が顔にある壮齢のエルフだった。
「聖女、祝福を先にせよ」
喋りながら、トアの元へ行き用意された鍋から奇妙な形の匙で薬を掬い交ぜていく。
「へ? 先にそっち? 【星涙光の祝福】っ!」
喋りながら、トアの元へ行き用意された鍋から奇妙な形の匙で薬を掬い混ぜていく。叶さんから祝福を受けた薬が輝きを放ちポーションへと変わる。どういう状況なのか聞きたいが、素人が間に入っても迷惑そうだとか思っていると、薬師エルフがこちらを向く。
「小生はヨスジ コノハ、薬師ギルドのマスターである。まずは手助け感謝する人族。手短に状況を説明する。待望であった【聖女】による解呪は進んでいるが、王に掛けられたのは……強き呪い。一筋縄ではいかぬ。ここ数日、なんとか小生の薬で命を繋いでいたが、呪いにより体は弱り切っている。せめて解呪が終わるまで命を繋げればよいのだが、厳しいのだ。……主の配下は優秀だが、時が無さ過ぎる」
「すぐに解呪すれば問題ないでしょ。【星涙解呪】っ!」
叶さんがワンドを振り、光が渦巻くが、ベッドの近くで見えない何かに遮られているようだ。
四の五の言っている場合じゃないな。ファスを見ると、泣きそうな顔で頷いてくれた。
「……倒れたら後はよろしく」
「……はい、ご主人様。どうか、気を付けて」
ファスの頭を撫でて、叶さんに声をかける。
「叶さん。僕が【吸呪】するから、タイミングを合わせてくれ」
「わかったよ。……大丈夫、私達なら成功するっ」
「あとで美味しい飯を用意するから、頑張るだよ旦那様っ!」
(マスター、がんばれ)
「お父様をどうか、よろしく頼みますシンヤ殿」
強く言いきる叶さんが頼もしく、トアとフクちゃんの応援に押されて歩き出す。
ベッドの横に来ると、見えるわけでは無いけれど嫌な力の流れを感じる。眠っているエルフの王は蝋のように白い肌をしており、かすかな呼吸のみが確認できた。……どこかミーナやファスと似ている王の胸に手を当てて【吸呪】を発動する。
『…………』
誰かの声が聞こえる気がした。体が重たくなり、頭の奥にお湯が流し込まれたようにじんじんと熱が広がり、目の裏で爆ぜるような痛みが襲ってくる。
「ぐっ、痛ぅ」
「ご主人様っ!」
ファスの声が遠い。耳鳴りがして、視界が揺らぐ。目を閉じて呼吸を整える。流れ込んでくる呪いはまるで血の様で鉄の匂いが鼻の奥でした。いや、これは僕の鼻血か。もう、ファス達の声は聞こえない。
失いそうになる意識を繋ぎとめる。まだだ、呪いを取り込むまでは意識を保て、呼吸を、痛みに耐える呼吸を……。
――影が見える。形を変える竜の影が。
またここか、例によって言葉は発せないが、いつもよりも意識がはっきりしている気がする。
『忌々しい……奴の匂いがする……』
影のはずなのにガチガチと牙が噛み合う音がする。腐黒竜、森を支配していた竜。
聞きたいことあるんだ。
どうして、ファスは呪われていたんだ。
どうして、僕は貴方達の『後継』と呼ばれるんだ。
動かない体、発せない言葉。せめて伝わるようにと目で懸命に訴える。影が変化して大きな翼と角を持つ竜へと変わる。
『祝福は呪いとなり、呪いは祝福となる。『奴』はそれを利用した』
また影が変わる柔らかな羽毛の羽を持つ竜。
『わらわ達がかつて世界に授けた祝福は呪いとなり、女神を侵す毒となってしまったのです』
そして棘だらけの背ビレと歪な牙を持つ影となる。
『ゆえに賢者は竜を殺した。吾輩の祝福は呪詛である。できそこないの矮小な器よ、毒を飲め、飲み干し、喰らえ……リヴィルの子にもそう伝えよ』
影が消えて、周囲が黒く染まる。そして暗転する景色の中で言葉が聞こえた。
ずっと聞こえていた幻聴はいつか聞いた祈りの言葉。
『私は竜の止まり木、どうか安らかに女神の詩を紡ぎ眠っておくれ、愛おしい竜達よ、いつかきっと……きっと……』
「――様っ、ご主人様!」
目を開けるとファスが泣いていた。指で拭うとファスが抱き着かれる。
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃありません。強い呪いが王の体から流れたのです。本当に強い呪いが……」
「あー、呪いは祝福らしいぞ」
「……?」
キョトンとするファスの頭を撫でる。夢の内容は覚えられているようだ。体を起こすとヨスジさんによって口に小瓶が突っ込まれる。うぉ、苦い。でも急速に意識がはっきりしてくる。
「……人族なれど、主は英雄。王はひとまずは一命をとりとめた」
「大丈夫だか旦那様」
「あー、私は無理かも。魔力がすっからかん……」
叶さんは地面に突っ伏していた。部屋には光の粒子が舞っており彼女がどれだけ力を振り絞っていたかわかる。立ち上がるとベッドの横で手を握っていたミーナが声を上げる。
「お父様っ!」
見ると、王の目が開かれていた。ファスと同じ深い緑の瞳だった。
「ミナ……余は……生きているのか」
意識を取り戻せたのか、一安心だファスと顔を見合わせて頷く。ファスに支えられながら王の様子を見ようと近づくと、王の視線がファスに固定される。
「フィオーナ? ……君なのか? いや……まさか……」
「いえ、私は……そんな……」
王の手が延ばされる。ファスの耳を触り、翠眼の視線が交差し息を飲む。おそらく二人は同時に気づいたのだ。
「……私の父なのですか?」
震える声でファスがそう問いかけると、王は涙を流した。
「……すまない。余は君に許されないことを……」
弱弱しい言葉が形になる前に王は再び気を失い。ファスはただ茫然と立っていた。
話数がずれているので、正しい数ではないですがとりあえず四百話です。ありがとうございます!!
書籍化に関しても嬉しい続報が発表できそうです。今後とも真也君達の冒険をよろしくお願いします!!
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