第四十話:キズアトが仲間になった。
誰かに付けられてないかフクちゃんとファスに見張ってもらいながらギルドへ行くが拍子抜けするほど何もなかった。
まぁファスでもわからないほど高レベルの【隠密】のようなスキルを相手が持っていたらお手上げだが。
受付に行きアマウさんを呼び、ひっそりと先ほどあったことを伝えた。
「……なるほど、その奴隷が嘘を言っている可能性もあるのでこちらで調べさせていただきます。一旦こちらへお任せください。もしその情報の裏が取れたならギルドからお礼をだしますね。この町の治安を維持することはギルドの仕事でもありますから」
いつものように笑っているように見えて、目が笑ってない。奴隷商のアリさんがアマウさんを恐れている理由の一端がわかったような気がする。
その後は、その場で悟志と桜木さんへの手紙を書きアマウさんに渡してギルドを後にした。
まだ夕食までは時間があるが、今からギルドの仕事をするって感じじゃない。かといって襲われたばかりで観光する気も起こらないし、大人しく宿屋へ戻るか。
宿へ戻り、ファスとフクちゃんを背中にのっけて腕立てをする。うーんやっぱりファスだと軽すぎるな、フクちゃんも乗っているけどこっちはさらに軽いし、これは真面目に重り付きの装備を買うことを考えるべきか。
なんてことをファスに話しつつ腕立てをひたすら続ける。
「99、100、101、102」
(マスターファイトー)
「あのご主人様?」
「103、104、……なんだファス?」
「あのもしかしたら、私の魔術を使えば重りになるかなと思いまして」
そういや【重力域】とかいうスキルがあったな。
「そういや良さそうなスキルあったっけ【重力域】だっけ?」
「はい、まだ使ったことはありませんが名前からして物体の重さを操る術かと思いまして」
「いや、一定の場所の重力そのものを操る力なんじゃないか?」
重さを操るというのはニュアンスが違うような気がする。
ファスが首を傾げる。ちょっと可愛い。
「『重力』そのものとはどういうものでしょう」
そりゃあ重力は……そういや重力ってなんなんだろうな、物理で習った気もするが説明するとなるといい説明が思いつかないな。
「重さを作り出す力かな? そもそもこの世界での認識が地動説か天動説なのかわからないな、ファスこの世界は球体だと思うか?」
「いいえ、もしそうなら球体の下のものが全部落ちてしまいます」
この世界では引力だとか重力の概念は研究されてないらしい。いやだからと言って僕も説明できるような知識はないが。
無駄だとは思いつつ、自分の常識をファスに伝えてみる。今立っている地面は実はでっかい球体でその中心に僕らは引き寄せられてると説明するが、説明するうちになんか摩訶不思議なことを言っている気がしてきた。ニュートンに万有引力を説明された人々はどう感じたのだろうか。
フクちゃんはそうそうに聞くのを止めて森で葉っぱを着物にしたように糸を紡いでなにかを作っている。
「……ごめん。上手く説明できないや」
「いえ! とっても面白いお話でした。確かに月も太陽も丸いのです、私たちが立っている場所も丸いのかもしれません。そして大きな物体には引き寄せる力が発生しているのですね、『重力』とは物体間に存在する見えざる魔力のような力だと理解しました、なぜ闇魔術なのかはわかりませんでしたが、ちょっと試してみますね」
ファスが目を閉じて集中しスキル名をつぶやくと。ふわりと体が浮いた。
見れば周囲のベッドだとか湯を入れる桶も浮いていた。
(オー、スゴーイ)
フクちゃんが糸を吐き体を固定する。僕はバタバタと手足を動かすだけだ。
「ファ、ファス!?」
「周りの重力を限りなく弱めました。ご主人様のおかげで【重力域】というスキルの使い方が分かった気がします。そろそろ戻しますね」
ガクっと重さが戻り地面に着地する。あぁ地面って素晴らしい。
「じゃあ次は強めてみるか、僕の周りだけ重力を強められるか」
「はい【重力域】」
ファスがスキルを使うと、全身に負荷がかかる。なんていうかジェットコースターに乗っているときに感じる力に似ているかな。
「いい感じだ、もっと強められるか」
「はい」
徐々に負荷が強くなっていく。おぉこれはいい鍛錬になりそうだ。シャツを脱いで上半身裸になり、そのまま腕立てをしようと手を付くとフクちゃんが近寄ってきた。
(ボクモ、キタエル)
そう言うのでフクちゃんと一緒に重力を強めた腕立てを行った。
うん、なんかテンションあがるな。
「フンっ、フンっ、ファスいいぞ、もっとだもっと強く!!」
「も、もうダメです、私今日が初めて(【重力域】を使ったばかり)で、加減ができ……ないっ」
「大丈夫だ、もっと、思いっきり、さぁこい!!」
制御が難しいらしくファスは歯を食いしばって【重力域】を操作し続ける。
しばらくそうして声をかけあって腕立てしてると、コンコンとドアがノックされる。
スキルを解いて応答すると。どうやら宿のバイトをしているミーシャのようだ。
「あの、別にいいんだけどね……まだ日が昇っているってのにそういう大声だされちゃうと、周りのお客さんのこともあるから……」
どうやら、苦情が来たようだ。久しぶりの鍛錬で気合が入りすぎてしまったか。謝っておこう。
「ごめん。久しぶりなもんでつい気合が入っちゃって」
「い、いいよ、いいよ。冒険者だもんね。私そういうの理解あるから、じゃあ、えっとお湯は後でもってくるからごゆっくり!!」
ミーシャはそう言って去ろうとしている。振り返りファスをみると顔を真っ赤にしていた。
……もしかして筋トレの声を聞いて、俺とファスが『いたしている』と勘違いされた?
「まってくれミーシャ違うんだ。これは筋トレで——」
ドアを開け誤解を解こうと叫ぶとミーシャが廊下からこっちを見る。
ちなみに僕の姿だが汗まみれで上半身裸であることを付け加えておこう。
「キャアアアアアアア、この宿はそういうサービスしてないからああああああ」
その後なんとか誤解を解いたが、叫び声を聞いた他の客におかしな目で見られてしまった。いやもう慣れたけどね……。
紆余曲折ありながらも夕食の時間になり、隙を見て女将に話しかける。
「女将さん。すまないけど、話があるんだ後で時間を貰えますか?」
「おや、何かあったのかい。宿代なら返金できないよ」
こうして話している分には人当たりのよい人でキズアトに虐待をしている人には思えないな。
「いや、キズアトのことです」
「……お客さん、森であの子に何言われたか知らないけど。奴隷をどう使おうが私の勝手だろ余計な詮索をいれるっていうんなら——」
「キズアトを買い取りたいと思っている。かなりいい条件でだ」
「あの子を引き抜いて何するつもりだい。この店の名物料理を奪う気ならただじゃ置かないよ」
「僕は冒険者だ。宿を開く予定はない、料理ならレシピを残していればいい。それにキズアトはもう限界だ。そろそろ料理を作ることすらできなくなる、その前に新しい奴隷を買うつもりですか?」
「あの子がどうなろうとあんたには関係ないよっ!」
思った通り、しぶといな。
(ドクイレル?)
フクちゃんから念話が飛んでくるが、それは最後の手段にしたい。
こんな交渉、学校じゃあ習わなかったからなぁ。でもやるしかない。
白銀貨を取り出して女将に半ば無理やり握らす。
「卓についてくれればそれだけでこれを一枚を差し上げます。あなたにとってもいい条件になると思っています。お話だけでも聞いてみてくれませんか」
「……ふん、なんであんなボロクズの獣人に執着するのかわかんないね、食堂が捌けたら少しだけ話を聞いてやるよ」
「ありがとうございます」
ふぅ、とりあえず交渉ができる段階まではこれたな。しばらく食堂の隅で待っていると奴隷商のアリがやってきた。
「こんばんわヨシイ様、遅れましたかな?」
「いえ、早いくらいです。晩御飯は食べましたか? ここの料理は美味しいですよ、ご馳走します」
サブサラルを注文し、アリがそれを平らげるころには注文は片付き食堂には人はほとんど残っていなかった。
女将がやってくる。どかりと行儀悪く僕の前に座った。
「早く終わらせとくれ」
アリの紹介をして本題に入る。
「キズアトを買い取りたい、いくらになる?」
「……いくら出せるんだい?」
「ホッホッホ、まず商品を見ませんとな」
アリが割って入る。こっそりとこっちに目配せをしてきた。
「聞けば、ヨシイ様はここの奴隷を相場よりもずっと高く買い取るおつもりのようです。私は奴隷の目利きには自信がありますので」
女将は少し考え、大声で人を呼び食堂を閉めるように指示をだしたあとキズアトを連れてくるように言った。
しばらくすると、背筋を曲げ足を引きずりながらキズアトがやってきた。
「あ、あの……」
何を言っていいのかわからないようでキズアトは沈黙する。
「ホッホ、顔を見せてもらいますかな」
「顔を見せな」
女将の声にビクつきながらキズアトが顔布を外す。ミミズが這うような歪な傷跡のある顔が露わになった。
「ホッホ、ヨシイ様はこの奴隷にいくら出すつもりですかな?」
「金貨二枚から話をするつもりです」
ファスは何も言わず僕の後ろに立っている。女将は驚いたように口をあけ、アリはでっぷりとした腹を愉快げに撫でた。
「ホッホッホッホ、なんとまぁ酔狂な。あなた【獣化】持ちですかな?」
アリがキズアトに話しかける。キズアトが答える前に女将が答える。
「そんな上等なスキル持っているわけないだろう。【料理人】のクラスのスキルだけだよ」
「でしょうな、私の査定では買い取り拒否ですな、一文にもなりません。それをヨシイ様は金貨二枚だすという。考えるまでもなく売りだと思いますが」
「この子はうちの料理のレシピを全部知っているんだ。やすやすと外に出すわけにはいかないよ」
『やすやす』という言葉がでた。つまりキズアトを売る気持ちが全くないってわけじゃないってことだ。
「女将さん、そろそろ答えてくださいよ。僕はもう金額を言いました、女将さんはいくらなら売るというんです?」
女将は考え込むと、僕を見ながら言ってきた。
「金貨八枚なら売るよ」
「ホッホ、あり得ませんな。その金があれば私の店ならもっと上等な奴隷が買えますぞ」
「だ、ダメだヨシイ。オラにそんな価値なんて無いだ!」
ずっと黙っていたキズアトが叫ぶ。そうか僕は今キズアトという一人の女性に値を付けているのか。
こうして、交渉すること自体が馬鹿らしい。さっさとこの話を終わらせよう。
「金貨八枚なんて切りが悪いと思いませんか?」
「まけようってのかい? 金貨五枚じゃあ——」
「金貨十枚、つまり白金貨一枚で買いましょう」
懐から一番大きな金貨を取り出し女将の前へ置いた。
「ホッホッホ、ヨシイ様、私の店なら同じ値段でもっとよい品を用意できますが?」
「ヨシイ、取り消すだ。白金貨なんてオラが百人いてもお釣りがくるだ」
二人が止めるが、ファスは何も言わず立っていた。多分笑っていると思う。
「ダメならこの白金貨は下げますが」
わざとゆっくり金貨に手を伸ばすとさっと女将が金貨を取った。
「さっさと契約をしな」
口がニヤけてるぞ女将。女将は金貨を大事そうに抱える。
「では、契約を始めますかな、奴隷紋はどこですかな?」
キズアトは腕をまくって入れ墨のような紋が浮かび上がる。ファスは胸元だったがキズアトは右腕に奴隷紋があるらしい。任意で消したり出したりできるみたいだ。
「ではまず、契約の破棄を行いますかな、女将さんは手をこちらに」
アリがキズアトの奴隷紋の上に女将の腕を置く。
「この者の奴隷契約の破棄を認めるか?」
「認めるよ、さっさとどこへでも行きな」
女将がそう言うと、紋がウネウネと動き形を変えていく。
「では今度はヨシイ様こちらへ腕を置いてください。指先を切ってもらえますかな」
渡された針で人差し指を刺し、その手をキズアトの紋の上に置く
「宣誓は不要ですな、血を持ってこの者は主であることを示した。奴隷商人、アリ・モヌランが奴隷契約が完了したことを保証します」
紋が新たな形を描き止まると、キズアトが猫背をさらに曲げて女将に礼をする。
「女将さんお世話になりましただ」
女将は無言で金貨を見つめながら食堂を出ていく。
そしてキズアトはこっちを向いてさらに低く頭を下げた。
「ヨシイ、いや旦那様。なにもできねぇオラだけれども必死でお仕えしますだ。どうかよろしくお願いします」
その笑顔は傷歪ではあったものの、森でみた諦めたような笑みではなかった。
人懐っこい、キズアトと呼ばれた女性の魅力的な笑顔だった。
僕もそんな風に笑えているだろうか。今度聞いてみるかな。
「あぁ、よろしくなキズアト」
(ヨロシクー)
「よろしくお願いしますね、キズアトさん」
こうして、キズアトは僕らの仲間になった。
というわけでキズアトが仲間になりました。
次回予告:キズアトの名前を決めよう。
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