第三百九十話:王弟の画策
茶釜に竹の柄杓が入り、お茶を三つの湯飲みに注ぎ渡される。
おかわり分のお茶を飲み干したトアと叶は湯呑をそっと置いた。
「結構なお手前で、ってこの言い方であってるのかな」
「オラの知らない言い回しだべな。フクちゃん、美味しかっただか?」
お茶を飲むために店員に近づいたフクは湯呑に牙を入れてお茶を吸い上げた後、いそいそと叶のローブの中に戻る。
(……ドク、ナイ)
味見というよりは、毒の有無を確認したらしい。フクちゃんをみていた店員は茶釜の上に柄杓を置いて、再び二人に向き直る。朱色の入った長髪に火傷こそあるが整った顔立ちの美しいエルフだった。
「毒味ができる従魔を連れておられるのですね。……私の名前は、イッサ コノハともうします。薬師ギルドの長であるヨスジ コノハの息子です」
「……雄だべか。匂いも甘くて雌かと思っただ」
「エルフって中性的だし、年齢も分かりにくいよね。それで、わざわざ私達をここまで誘導した理由を聞かせてくれるかな?」
イッサは顔の傷を指先でひと撫ででして、胸に手を当てた。
「あなた方は王弟に逆らっていると商業ギルドから情報を渡されました。そして、王を訪ねてくるであろうことも聞かされておりました」
「ふーん、商業ギルドね。……王弟の勢力に敵対していることがわかって、私達をここに誘導したってことは薬師ギルドは王弟に何かされたの?」
「はい、王弟……カジカ様はすでにこの街に訪れているのです。……その姿は我々の知るカジカ様ではありませんでした。三日前の晩、図書館の衛兵と共に訪れたカジカ様は葉脈のような黒い痣を顔に浮かばせ、肌も黒く、誰かわからないほどに痩せていてとても驚きました。カジカ様は焦っていた様子で、父に王の容態を確認されたのです。父は治療は芳しくないことを伝えました。するとカジカ様は……安堵のため息をついて座り込み、衛兵に命じて父を拘束したのです。曰く、治療が上手く行かないのは父のせいであると……。父は今、幽閉されているのです。カジカ様はおかしくなってしまった。貴方方ならば父を助け出せます。どうかお力をお貸しください」
涙を流しながら訴えるイッサの話を聞き、トアと叶はしばし思案する。実際のところは【念話】を用いて、話し合っているのだがイッサは心配そうに二人を見つめている。
「ヨスジさんは今どこにいるの?」
叶の問いかけにイッサが顔をあげる。
「地図をお渡しします。ここから近い場所です!」
「ふぅん、わかっただ。だけどもオラ達は冒険者である旦那様の奴隷だべ。依頼料はしっかりといただくだ」
「最高級の薬草と、薬膳の為の食材や香辛料をお渡しします。私達に用意できるものでしたら、何でもします」
「わふー。話が早いだ」
売り場に戻ると、イッサは棚にある薬草や薬膳の為の香辛料を差し出し、トアがそれをアイテムボックスに入れる。
「オラ達としては王様も助けねぇといけねぇから、すぐには助けられねぇだ。だけんども、地図にある場所は確かめとくだよ」
「うん、安心してね」
地図を見ながら、去っていく二人を見てイッサは深いため息をついた。そして、二人が見えなくなると、踵を返して走りだす。向かった先は売り場から離れた薬草を乾燥させる室の一つだった。その中には複数人が身を潜めており、その奥で座っていた影がイッサに声をかける。その瞳は薄い緑色だった。
「聖女に地図を渡したか?」
影がそう尋ねると、イッサは頷いた。
「これで、父を許してくれるのですか?」
「あぁ、許すとも。腕の良い薬師の知識は大いに役立つからな……呪いを麻薬として蔓延させる考えは実に見事だった。砂海からラポーネ国中に蔓延させるつもりだったが、竜の後継のせいで大損だ。しかも、その後に我が国へやってくるとは……忌々しい人族が、結晶竜も蛇姫も私の計画も、全てが台無しだっ! よりによってあの役立たずの引きこもりが生き残るとは……」
ブツブツと呟いているが、イッサはその言葉を気に留めず膝をついて頭を下げた。
「……父をお許しください。あの方々には毒と勘づかれないように注意して、鼻の効きが鈍くなる茶を飲ませています。今ならあの獣人にも気づかれず罠に誘い込むことができます」
影が立ち上がり、他の影が道を開ける。
「そうか。では、様子を見るとしよう。【聖女】を始末できたのなら返してやる。王の部屋に誰も入れないように貴様の父が結界を張ったことも不問にしよう」
「ありがとうございます……カジカ様」
カジカが手を振ると、影が室から飛び出してトア達の方へ飛んでいく。
「クックック、まさかこれほど上手く行くとはな。ヨスジのせいで兄上を殺し損ねたと思ったが、呪いに蝕まれていることは確か、部屋の封印も時間をかければ問題なく解除できる。聖女さえいなければどうとでもなるわい……グッ、まだカルドウス様の恩寵がなじんでおらんか。おい、痛み止めを寄こせ」
「……かしこまりました」
葉脈のような痣が脈動し、カジカは光を避けるように影の中に戻っていく。
イッサは命じられるがままに、薬を持ってこようと室を出る。その足首には細い糸が巻きついていた。
(……ダッテサ)
地図を読む叶の肩に乗ったフクが【念話】で盗聴したカジカとイッサの会話を二人に伝えていた。
イッサの足に巻かれた糸は【念話】の範囲内であれば盗聴することができる。フクはお茶を飲むためではなく、イッサに糸の輪を付ける為に近づいていたのだ。
「ニシシ、やっとこさ王弟を見つけられたよ。やっぱり、カルドウスの信奉者になってるっぽいね」
叶が地図でニヤケ顔を隠しながらそう告げると、トアも深く頷いた。
「念のため、フクちゃんの糸を巻き付けて正解だったべな。この街の状況もわかってきただ」
「うんうん、こっちは上出来じゃないかな? 真也君達はうまくやってるかなぁ」
「旦那様のことも気になるけんど、まずはこっちに来ている追手をどうにかするべ。地図の場所は罠があるかんな。手前で相手するだ」
(コロスっ!)
三人は、獰猛な笑みを浮かべて追っ手が来るのを待ち構えるのだった。
フクちゃん……恐ろしい子。
次回は真也君視点にもどります。登場人物が増えてきたので間違えないように気を付けます。
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