第三百八十五話:王弟の妨害
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「何でシンヤ殿がいないのですかっ!?」
巨人族の粋を結集した王族用の屋敷の前でミナ姫は大声を挙げていた。人払いはすませており、周囲にはメイド達しかいないが、場所が場所である。ハルカゼがうんざりした顔で一度した説明を再び繰り返す。
「ですから、冒険者殿が一緒ですとあらぬ因縁を付けられかねないのです!」
「諦めろミナ、私もハルカゼとメレアに捕まったんだ。合流したいなら、先に中を見ているメレアが戻り次第屋敷を改めろ」
銀髪を染色された絹の糸で縛りながらナルミが周囲を観察する。権謀術策が飛び交う貴族の世界、ここはもしかすると敵の胃袋の中かもしれないのだ。先に屋敷に入ったメレアが数人のメイドを連れて屋敷から出てきた。
「中を見ましたが……盗聴用の虫や魔道具の反応はありませんでした。一つでもあれば、それをとっかかりに交渉を有利にできたのですが……ハルカゼ、ここは私とナルミ様で調べます。貴方は今晩開かれるであろう宴の為の準備をお願いします。……蓄えがありませんが必要とあれば宝石を売ってください」
「わかった。ついでに貴族たちの動向を探っておきましょう。それでは姫様、行って参ります」
「私もお買い物……」
「行ってまいります」
スルーされて置いて行かれるミナ。ナルミがその肩をポンポンと叩く。
「次は私の番だな。【狩人】として庭を調査する。ミナは内部を調べろ……変な物を見つけても触るなよ」
「子供じゃありませんわ。早く屋敷を調べて真也殿を招待しましょう」
屋敷は二階建てで正面に大きな階段があり、多くの部屋があるようだ。ミナは初見の屋敷であるにも関わらず、迷うことなく一階にある部屋の一つに入った。付き人用の部屋のようだ。ベッドと洋服ダンスのみが置かれている。
「ミナ様、主賓用の部屋は二階にありますが?」
「この建築様式は城で学びました。私の知識が間違っていなければ……」
エルフの民族衣装のまま四つん這いになったミナが木製の床の隙間を注意深く観察する。
そして何かを見つけたように床板をカリカリと引っ掻いた後に振り返った。
「メレア、ここに弱めの衝撃を与えてくださいまし。下の空間に通るように制御して欲しいですの」
「かしこまりました【衝波】」
大気が波打ち、床板が跳ね上がる。開かれた床板の下には人一人が通れる程度の通路があった。
後ろで見ていた数人のメイドが息を飲む。
「下からの衝撃で開く隠し扉ですわ。一階の端から二、五、七番目の部屋にあるはずです。外に繋がっていますから罠を張ってくださいですの……メレア、屋敷の図面を持って来なさい。場所は……執務室がいいでしょう。私の荷物もそこへ運び込みましょう」
「かしこまりましたミナ様、お茶もお持ちいたしましょうか?」
真剣な表情の主を見てメレアは柔らかに微笑んだ。
「えぇ、熱めのお茶をお願いね」
執務室に入ったミナは作業を始める。カップを脇に置いて持ってきた図面にものさしを使い線を引いているようだ。その間にもメイド達から入れ替わり立ち代わり情報が送られてくる。それを聞き流しながらミナは作業を進めていた。
「メレア、この図面はどこから?」
「図書樹長、ソウゲン・アリマの元から警護の為に事前に渡されたものです」
「……わかっていましたけれど、ソウゲンは叔父様側ですわね。それも、この屋敷を見るに敵意マシマシですの。命を狙って来てもおかしくないですわ」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「この屋敷は外観から巨人族の伝統建築であることがわかりますわ。木材を掛け合わせ強度を上げるものです。その組み合わせの関係上、床板や壁板の長さが細かく決まっていますの。でも、図面は明らかに付け足された空間がありますし、数字も書き換えられています。この通りに作ったらお屋敷が崩れてしまいますわ。付け足された空間は凡そ隠し通路と毒虫や毒花粉を流して暗殺するためのパイプでしょうね。これも貴族の争いではよく使われた技法ですわ。本物を見るのは初めてですけれど……」
「お見事ですミナ様。このことは王弟側を糾弾する材料になるでしょうか?」
「弱いですわ。叔父様とソウゲンを関係づける証拠ではないですの。毒でも見つかればソウゲンだけは糾弾できるでしょうけど、それもこの段階では屋敷の手入れや虫よけに使っていたとか言われて、白を切られるのが落ちですの。図面を修正して違和感のある場所を書き出していくので、片っ端から調べるよう指示を出してくださいまし」
「かしこまりました。……敵もまさか、一国の姫が建築の知識に優れているとは夢にも思わないでしょうね」
「メレア……他に人もいないのだから、ミナでもミーナでもよろしくてよ?」
「ここは敵地のようですから、そういうわけにはいきません……折角なのですから、そのまま真面目になさっていてください。美味しいお菓子を用意しますから」
わがままな妹に言い聞かせるようにメレアがそう言った。
「……さっさと終わらせますの」
お菓子と聞いて図面に向き合うミナ姫に一礼をしたメレアは部屋を出て、待機しているメイド達に指示を出す。
程なくして、庭を調べていたナルミがうんざりした表情で戻って来る。椅子に座り、メレアが持ってきたお茶を一気に飲み干す。
「虫よけの香は焚いたが、どこまで効果があるか……お前が見つけた隠し通路は庭以外にも外にも繋がっていたな。メイドと確認したが、もし何もしらなかったら夜にでも侵入され放題だな」
「お疲れ様ですナルちゃん。よくもまぁ、ここまで屋敷を改造したものです。歴史ある建物だったでしょうに……残念ですの」
「ナルミ様、お疲れ様です。とりあえず屋敷の隠し通路と罠は対応が完了しました。ハルカゼが戻る前に聖女様による王への治療を迅速に行うように働きかけましょう。貴族達と顔合わせをする今宵の宴まで時間がありません。……というわけでミナ様、早く書簡を完成させてください」
用意された卵菓子を口に入れながら、ミナはガリガリとビオテコの有力者に向けた手紙を書いていた。
「うぅ、何で自分の父に会うのにこんなにお手紙が必要なんですの……」
「日和見主義の貴族達が、一人でも敵に回らないように牽制する必要がありますので」
冷ややかに追加の紙を横に置くメレア。ミナが絶望の表情をしたタイミングで執務室の扉がノックされる。メレアが扉を開けるとメイドが何か持ってきたようだ。封筒を持ってミナの元へ戻る。
「虫手紙が届きました。念の為私が開けます」
ナイフで封を切って手紙を取り出し危険がないことを確認してミナに渡す。
「……図書樹長からですわ……え? なんですのこれ?」
「なんだ?……おいおい」
ナルミが横から覗く。手紙には仰々しい文体で
『聖女による治療に関しては認めることができない。王の不調が呪いであるという姫の主張は薬師ギルドが否定している。また、聖女が所属しているパーティーには王弟の屋敷を襲撃した容疑がかかっており、調査中であることから危険な人族を王に会わせられない』
という内容が書かれていた。ブチっと何かが切れる音がする。
「ふざけたことを……強行突破しますわっ!」
「姫様お待ちください。薬師ギルドと図書館がここまで露骨な王弟側の主張を認める以上、王は実質、人質です。姫様が騒ぎを起こせば最悪の場合王に何かあった場合に罪をなすりつけられます」
「グッ……それならば、冒険者ギルドに問い合わせをしますのっ! 叔父様の屋敷には魔王種がいましたわっ、死体(抜け殻)は冒険者ギルドが確認していますの。冒険者ギルドから圧力をかけて薬師ギルドを説得しますわっ!」
怒りのままに手紙を書き上げ、用意できる中で最も早く飛ぶ虫に手紙を託す。ビオテコは場所によって虫だけが通れる枝の隙間があり、その手紙はすぐに中層の冒険者ギルドへと届けられた。ギルドではファスとファタムの試合が終わり、一団が戻って来たところである。
「……なるほど、急ぎらしい。まったく、次から次へと……申しわけないシンヤ殿。すぐに返送するから待っていてくれ」
手紙が来ていることを知らされたギルド長のエンリは真也達にそう言ってその場を離れる。二階でミナからの手紙を確認すると、苦々しい顔のまま羽ペンを手に取った。程なくして、エンリからの返信が姫の元に届く。
内容は『現時点ではギルドとして正式な連絡がビオテコまで届いておらず、中立として動くことは難しい』というもの。それを読んで声にならない叫びをあげたミナは机にツップした。それを見たナルミが服を脱いで着替え始める。
「……『精霊の小道』を通った私達が速すぎてギルド間の連携が追い付いていないか。こうなると、正攻法は無理だな。メレア、信用できる貴族はいそうか?」
「わかりません。……カルドウスの影響も考慮するならば、誰が裏切ってもおかしくはありませんから」
「いよいよ正攻法では王と聖女を会わせられないということか……あいつらの出番だな……」
ナルミの言葉にミナが反応する。
「シンヤ殿達に頼るしかありませんわっ!」
「そうなるとあいつ等には自由に動けるよう、ここでない場所で合流したほうがいいだろう。どこにするか……ギルドのある中層よりも下層の方がいいか、夫婦虫を使って手紙を飛ばすぞ」
「ナルミ様、それであれば一つお願いがあります。王族として正式な書類を用意するための契約紙が足りません。下層で注文していただいてもよろしいでしょうか? 念を入れて複製できない最高級の物が望ましいです。……お金がほとんど残っていませんが……」
「後払いにしてシンヤに立て替えてもらおう。変装して下層に向かうぞ」
「私も行きますわっ!」
「危険ですミナ様。屋敷は罠も潰し、結界を張る準備もできていますから、ここで手紙を書いて少しでも味方を増やしてください」
「手紙なら私の字を真似できるメレアでも大丈夫ですわ。私もナルちゃんと一緒にいきますのっ! お父様の危機に娘の私が何もしないなんて嫌ですわ」
「なりません。姫様の身が一番大事です」
強い口調のメレアをしばらく睨みつけた後、ミナは俯いて返事をした。
「……わかりました。ちゃんとお手紙を書きますから、お菓子のおかわりですの」
「かしこまりました。菓子代もないのでそれほど量はありませんよ」
「じゃあ、私は行ってくる」
男装に着替え、髪を纏めたナルミが装備を整える。
「すみませんナルミ様、本来ならばイワクラ家の貴方にこのようなことをお願いしてはいけないのですが……」
「気にするな。庭いじりよりもこっちの方が性にあっている。ミナ大人しくしておけよ」
「……つーん、ですわ」
「姫様、お菓子を持って来ますから、手紙を書いてくださいね」
ぐぬぬ、と悔しがるミナを尻目に着替えたナルミとお菓子をとりにメレアが部屋を出る。二人が消えたことを確認したミナは運ばれた荷物からメイド服を取り出して、ニヤリと笑った。
正攻法でない方法……いつも通りだな。
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