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第三十九話:路地裏の戦闘

 ファスが人気のいない場所を探り案内する。そこは奴隷市が開かれている通りと町の通りへ向かう間の路地裏、一歩入れば呻き声をあげる人や煙を吸うものが平然と転がる場所だった。

 糞尿もそこいらにまき散らされており、危なげな雰囲気だった奴隷市よりもさらに危険な場所だった。


「ご主人様、ここから進む道にはほとんど誰もいません。付けてくるものにとっては絶好のチャンスかと」


 ファスが小さな声で囁く。ここまで来れば鈍感な僕にでも付けている人間がいることがわかった。

 グニャグニャとねじれる道を進み角を曲がるたびに気配は近づいてくる。


「ファス、奇襲されないように周囲の特に上からの攻撃の警戒をよろしく。フクちゃん少し先に行ってくれ、敵と交戦する前に罠を張れるか?」

(リョウカイ、マスター)


 フクちゃんがファスのローブから出てきて、すぐに薄暗がりに紛れる。

 緊張を保ったまま歩き続けると、気配が近づいてくるのがわかる。

 体をほぐす為に息を鼻から吸い口からゆっくりと吐き出す。


「ご主人様、前からも四人来ます。後ろと合わせて八人です」

(マスター、ジュンビ、デキタ)


 人数がわかるのはありがたい。索敵ってのは戦闘において先手を取ることと同様に大事なことだと実感するよ。

 拳を握ると手汗をかいているのがわかる。勇者と戦ったときとは違う、いうならばあれは試合でこっちは路上の喧嘩だ。どっちが怖いかと聞かれればどっちも怖いのだろうが。


「ありがとうファス、この辺でいいかな」

「そうですね。……出てきなさい!!」


 あっそれ僕が言いたかった。出てこいったって向こうも気づかれているのわかってそうなもんだが。

 ファスの声を聞いて、のそのそとやけに肌色の多い男たちが出てきた。

 白いカーテンみたいな布を腰に巻いてベルトで止めただけのような服装の男が後から現れた。


「チッ、やりやすい場所に行ったと思ったが、やはりバレてたか」


 男達には体の異なる場所に同じ入れ墨を入れていた。というかあれってどこかで見たような?


「奴隷でしたか」


 ファスが疑問に答えてくれる。そうそう、昨日見たファスの首元にある奴隷紋によく似ていた。

 そんなことを考えていると、先回りしていた前側の四人も来たようで綺麗に挟まれてしまった。


「おうよ、まぁ俺達は『仕入れ』だ。朝からギルドの外で待ってたら、まんまと来たわけだ。あんたが噂のエルフか、俺的にはそこの黒髪の兄ちゃんのほうが好みだがな、顔は良くないが体はいい感じだ」


 ファ!? ニタニタと笑う男の視線に鳥肌が立つ。別の意味で緊張感が高まってきた。


「勘弁してくれ、今なら冗談で終わらせることもできるぞ」


 平和的に行こうじゃないか、まぁ無理だろうけど。


「できるわけないだろ! 野郎どもやっちまえ、顔は傷つけるなよ!」


 腰のベルトに下げた短刀に全員が手を伸ばす。


 (コッチハ、マカセテ)


 壁に張り付いていた。フクちゃんが壁から壁に飛び移り糸を張りながら進行方向にいた奴らに相対する。


 僕とフクちゃんが背中合わせ、間にファスという構図だ。


「なんだ、この糸は、切れねぇぞ!」


 細い路地ならフクちゃんの能力は十全にだせるだろう。僕は後ろから来た相手に集中しようか。

 始まる前は緊張していたが、始まってしまえばどうということはない、いつも通り戦うだけだ。


 狭い路地を利用して、先に襲ってくる男を誘導し次に襲う男と動線が重なるように立ち位置を調整する。

 この辺は森でマドモンキー相手に散々やった手法だ。僕の習った武術では多人数掛けの位置という。

 なんのことはない常に敵が一か所に集中するように動くというだけだ、コツは円をかくように先に一番前の相手を次に端の相手を巻き込むように移動するだけだ。

 向こうの世界にいた時は多人数掛けなんて高段位の武道家の技だと思っていたけど、今ならそう考えることなくできるのだから僕も少しは成長したんだな、と感慨にふける。

 

 突き出した短剣を持つ手を掴み脇をくぐり抜けるとそれだけで関節が極まる、そのまま敵をすぐ前の相手の足元へ転がす。

 残りの三人は転がった仲間のせいで一瞬足が止まる、渋滞の完成だ。倒れた相手を踏み抜き思いきり拳を振りぬく。


「おいっ邪魔だ! げぶぅ」


 太った男だったが、面白いように吹っ飛んだ。ボス猿に比べりゃ体重も迫力も軽いものだ。

 残り二人、最初に話しかけてきた男が腰を落として溜めを作る。


「【三日月斬り】」


 ゲ、短刀のスキルか、次の瞬間、短刀による切り上げが炸裂した。地を這うように下段から三日月を描くような軌道を描き短刀が上に振られる。


「!?速いな」


 なんとか【ふんばり】で踏みとどまり体を開いて躱すがすぐ横は壁だ、男はその勢いのまま一回転してもう一度構える。

 最初と違い、技自体が繋がっているので溜めが完成していた。


「【三日月斬り】」


 一回目よりさらに早い斬撃が僕を襲う。なにが『顔は傷つけるな』だ、普通に死ねるわ。

 もう一人の男は逆手に持った短刀を振りかぶっている。逃げ道はない。

 身体をひねりながら飛び上がり、壁に足をつける、そのまま【ふんばり】で強化される体幹に頼り壁に立つ。

 ちょうど首あたりを通ろうとする目の前の短剣に正面から相対する。

 加速する時間の中で爺ちゃんの言葉を思い出す。


『真也、短刀取りの型はな、どんなに怖くても——』


「前に進み距離を潰す」


 落下するよりもさらに早く、壁を蹴り短刀の刃のその内側へ上腕を掴み刃を止める。

 そしてその無防備になった横っ面に拳を叩きこんだ。倒れる僕に最後の男が逆手に持った短剣を突き刺そうとする。座技(正座した状態の技)の型で対応しようと起坐をするとファスの声が響く。


「【魔水喚】【魔水弾】」


 突き出した両手にスイカ大の水の塊が浮かんだかと思うと、銃弾のような尖った形になり今まさに僕を刺そうと構えた男に向かって発射された。とんでもない速さで発射された水弾はそのまま男にぶつかり人体からはしてはいけない音が周囲に響いた。


 うわぁ、痛そう。水と人体が衝突した音じゃないぞ。車に轢かれたような音だったぞ。

 さて最初の敵の手を掴んでから十秒も経っていないくらいか。こっちは片付いたからフクちゃんの加勢に行かないと。


(オワッター?)


 ……横をみると四人の男達を完全に捕縛したフクちゃんが所在なげにこっちを見ていた。

 マジかよ、こっちはファスを含め二人がかりなのに……フクちゃん恐ろしい子。


「あ、あぁ、まぁスキルとか使われたからな。少し時間がかかったけど終わったぞ。そっちはどうだったケガはないか?」

(ヨワカッタ、カラ、ダイジョウブ)


 いや多分、君が強すぎる。フクちゃんの戦闘がみられなかったのが残念だ。


「すみませんご主人様。あまりに速い展開で攻撃が遅れました。フクちゃんはあっという間に戦闘を終わらせてますし」


 さて、糸で捕縛されている、奴隷の男に話を聞いてみる。尋問のためにフクちゃんはわざわざ一人だけ意識がある状態にしていた。


「クソッ、離せ! おい、お前こんなことしてどうなってもいいのか! 俺たちのバックにはヤバイ奴がいるんだぞ!」

「じゃあそのヤバイ奴ってだれ? そいつにお前を届けてやるよ」

「はっ? 言うわけねぇだろ、とにかくヤバイ奴だよ」


 うーん。面倒くさい、どうにかしてさっさと話しを進められないものか。

 すると後ろからファスがスッと前に出る。


「ご主人様ここは私とフクちゃんにおまかせください」

(マカセテ)


 そういうので一歩下がって観察することにする。

 

「フクちゃん、屋敷にあった毒を再現できますか?」

(リョウカイ)


「おい、その蜘蛛を近づけるな、あっガッ」


 フクちゃんが首筋に牙を突き立てる。屋敷にあったってのはあれか? 感情を高ぶらせて判断力を鈍らせるっていう転移者に盛られていた薬かな。


(イレタ)


 そのフクちゃんの声が聞こえると同時にファスが男の耳を引っ掴み耳元で喋る。

 あの二人ともすごく怖いんですけど……。


「一度しか言いませんよ、いいですか? 喋りたくなったら首を縦に振りなさい【魔水喚】」


 呼び出された水球は空中で静止している。ファスはその水球を男の頭に被せた。


「ガブゥ、ウブゥゴボゴボゴボ」


 身体をねじって暴れるがファスが調整しているのか水球は頭部を覆ったまま外れない。

 男がパニックになって空気を吐き出す。ファスさん? べ、別にそこまでしなくてもいいんじゃないかな? なんて言うわけにもいかず、ただ見ている。あっ足が震えてきた。


 男は空気を吐き出した後にすぐに首を縦に振った。しかしファスは水球を解こうとはしない。

 無表情に男を見下ろしている。許すどころかファスの身体から強い殺気のような気配が伝わってくる。

 こ、怖いんだけど、というかこれってもしかして新しいスキルの【恐怖】か? 

 フクちゃんも無言で男をじっと見ている。あの、もうそのへんでいいんじゃないか、死んでしまうのでは?

 ファスの【恐怖】は男にも伝わっているようで、必死に何度も首を振っている。

 そしていよいよ首を振る力も尽きかけた時にファスは水球を解いた。


「次はありません、貴方たちは私達のご主人様の貞操を奪おうとしたのです」

(バンシニ、アタイスル)


 そこ!? そこなの!? それでそんなに怒ってるの? 色んな意味で戦慄する僕を置いて尋問は進められる。


「ゲホッゴホォッ、許してくれ。悪かった、なんでも話す、なんでも話すから」

「それでは、あなたたちの主人は誰ですか?」

「キスカっつう商人だ」

「キスカ……奴隷商人ですか?」


 キスカか聞いたことないな、無いよな? というかファスさん【恐怖】解いてくれないと怖いんですけど。


「いや、宝石商だ」

「大通りの宝石店ですか? 看板のかかった大きな建物の」

「あぁ多分それだ」


 それって僕らが魔石を持ち込んだ店か、対応してくれたのは店員だから店長には会ってはいないが。


「そのキスカはなぜ私達を襲ったのですか?」

「お前らが上等の魔石を持ち込んでいたから、まだあるなら奪ってこいって言われただけだ、まともな装備もなかったから簡単な仕事だってな。なぁもう勘弁してくれよ、俺は奴隷紋のせいでキスカには嘘がつけないんだ、これ以上喋っちまったら殺されちまう」


 ここまで喋ればもう関係ないと思うけどな。男が情に訴えるように許しを乞うてきたがファスの【恐怖】は収まる様子がない。

 流石に止めるべきだろう。これからは何があってもファスを怒らせないようにしようと誓いながらファスに話しかける。


「ファス。もういい、やりすぎると遺恨を残すからな。もう遅いかもしれんが。なぁあんた」

「なんだ、許してくれるのか?」

「もういいから、そのキスカさんに失敗したと伝えてこい。このことはギルドへは黙ってやるから二度と関わるなと伝えろ」

「いいのか?」

「仲間も連れて帰れよ、行くぞ二人とも」

「おい、待て糸を解いてくれよ」


 無視して歩き出す。ファスとフクちゃんも後からついてくる。


「よろしいのですか。ここでとどめを刺しておくべきかと」

(コロサナイノ?)


 殺す気だったのか、この世界じゃあそれが正解なんだろうか?


「ここであいつらを殺したらなにか罪になったかな?」

「まさか、襲ってきたのは彼らです。なにも問題はありません。もしそのことで何か聞かれても真実を言えばよいだけです。嘘を見抜く魔道具があるので潔白は証明されます」


 そんな便利な方法があるのか流石異世界。やはりこの世界は命は軽いようだ。


「必要があれば、僕が殺すよ。これで相手が手を引いてくれたらいいのだけど」

「ギルドへは本当に報告をしないつもりですか?」

「まさか、するに決まってる。その上でどうするかナノウさんかアマウさんに聞かなきゃな、ただ報告はしてないという体で通すだけだ」

「……ご主人様が人を殺すことに抵抗があるなら、私が殺します」

「抵抗がないっていったら嘘になるな、それでも必要なら殺すよ、僕がためらったせいでファスを危険に陥らせるわけにはいかないからな、さっきも殺しとけばよかったかもな」

「ご主人様が殺すべきでないと思ったなら、それでよいと思います」


 あの奴隷の男達を攻撃する際、殺さないように手加減をしていた。異世界に来た以上殺人に対して覚悟をしなきゃならないだろうけど、正直まだそこまで割り切れなかった。


「時間を喰ったな。ギルドへ今の件をこっそり報告に行ったらすぐに宿へ行って夜には女将と交渉だ」

「はい、そうだ。ギルドへ行きながら昨日食べられなかった屋台へ行きましょう。私、甘いものが食べたいです」

(ボクハジュース)


 次に人と戦うときに殺す覚悟を持てているか、そんなことを考えながら屋台を見つつギルドへと足を進めた。


予定では数行のモノローグで終わらせるはずだった戦闘をがっつり書いたせいでまさかまさかの前回の予告まで進めなかった事態です。書くのがつい楽しくて……というわけで予告です。

次回キズアトを引き取ります(震え声)


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― 新着の感想 ―
彼は、一人を除いて全員を殺し、残った一人に、誰が自分たちを送り込んだか知っているというメッセージを付けて送り返すべきだった。
一度逃がすと対策取られた上で襲われるから やっとくべき
散々服装の件で不利益被ってるのに、なんで一向に服買わないんだろ
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