第三百八十三話:獣人街へ
乱雑な髪を纏めた狼の獣人は、油断なく大振りのナイフや弓を構えながら立ち位置を調整している。
ネムさん以外は全員男のようで、防具は弓道の使うような胸当てのみと動きやすさを優先しているようだ。ネムさんが鉤爪で叶さんを指し示す。
「聖女様と翠眼様さえ置いて行けば、他は見逃してもいいねい。飯の礼があるから他は見逃すよ」
「待て、犬は俺達でもらうぞ。あの料理は絶品だった。一族の飯焚きとして持って帰りたい」
「悪いけんど、オラは旦那様の専属だべ」
前傾姿勢のまま狼の獣人がトアを睨め付け、トアが手斧を構える。そういや、狼の獣人達はギルドでもトアの後を追っていたなぁ。
話しながらもこちらの動きに注意を払っているし、素人ではないことが良く分かる。
このまま戦闘に入っても良いのだが、フクちゃんがだらりと垂らした腕の指先を動かしている。糸を張っているようだ……守るべきミナ姫がいる以上、準備が整うまで時間稼ぎがした方が良いだろう。他のメンバーもそう思っているようで、叶さんがわざとらしく自分を指さして注目を集める。
「ふぅん、メインの狙いはファスさんと私ね……何が狙いなのかなぁ?」
ミナ姫が『えっ、私じゃないんですの?』とキョロキョロしている。いや、多分姫だってバレてないんですから、そのまま大人しくしといてください。
「見た所、それなりの腕を持つ者を集めたようですが、私達を相手にできるとでも?」
ファスが睨みつけると、ネムさんは肩をすくませる。
「伝説の翠眼様を相手にするのは分が悪い。でも、流石に四色の魔女と戦った後なら魔力も減ったんじゃないのかねい? ってそこの男が言ってたよ」
「見当外れですね。残念ですが、すでに回復しています。お腹いっぱいご飯を食べましたから」
「いや、それで回復するファスさんがおかしいよ……」
話をしているうちフクちゃんがピースサインを出す。どうやら糸を周囲に張ったようだ。これで逃げられる心配もないだろう。
「じゃあ、行こうか」
叶さんを中心にミナ姫を守れるように立ち位置を調整しながら【竜の威嚇】を発動。
周囲の虫がボトボトと地面に落ち、獣人達がたじろぐ。
「まっ、A級は伊達じゃないよねい……それじゃ……」
「!?」
ネムさんの鉤爪による横薙ぎが、隣の獣人の脇腹を抉る。
「ガッ! ネムっ、貴様ぁ!」
「ニハハ、アタシはこっちにつくねい! 【連空爪】!」
ネムさんの攻撃に陣形が崩れる。この機を逃す手は無い。
「【氷華:アヤメ】」
「バフ撒くよ【星光竜鱗】」
「ガァル!」
「応っ!」
鋭く剣状に尖った氷の葉が幾人かの獣人の足を切り裂くが、ほとんどは飛び上がって回避する。
トアと僕が【空渡り】で追いかけて追撃。弓を放たれるが、この距離なら問題ならないし、そもそも叶さんのバフである青白いうろこ状の光を突破できない。
「はい、終わりー」
斧と拳でぶっ飛ばした獣人が行く先はフクちゃんの糸だ。一瞬で全員の捕縛を完了する。
逃げようとした獣人も用意していた糸でまとめて捕まえられていた。まぁ、初見でフクちゃんの糸から逃げるのは不可能だよな。
「ありゃりゃ、アタシはいらないねい」
鉤爪を外して腰のベルトに付けるとネムさんは、両手を上げて敵意が無いことをアピールしている。
「いえ、いいタイミングでした。えーと、これってどういう状況ですかね?」
「うにゃ? なんかアホみたいな金額で、聖女様と翠眼様を攫ってこいって非正規の依頼が流れているねい。詳しいことは、そこいらの奴等に直接聞けばいいと思うよぉ」
「わかりました。助けてくれたんですよね? ありがとうございます」
「別にアタシの助けいらないだろうけどねい。まぁ、それでも同じギルドの仲間を裏切る行為は、家族を大事にする獣人として許せないねい。それと、アンタはマルゼの姉貴分の恩人だからねい。友達の恩人は大事にしたいのさ」
マルゼさんってのは確かギルドであった、イグラさんを慕っていた巨人族の女性だな。
ギルドでも仲良さそうだったし、友達なのだろう。
「ギルドの全員が敵じゃないってだけでも、少し救われます」
「ご主人様。信用しすぎるのはダメですよ。まずは狼達を尋問しましょう」
「そうだね。情報は鮮度が命だよっ」
「お前等、ここは通りだから少し場所を変えるぞ……」
ナルミの提案で、まとめて糸に絡まった獣人達を引きずって、近い場所に生えていた樹の傍まで連れて行く。そして始まるのは、もはやおなじみとなったごうも……尋問だ。
「俺達は獣人だ。お前等子供に何かされた所で口を割ると思うか?」
鋭い目で縛られている獣人が睨みつけてくるが、これから起きることを考えると同情を禁じ得ない。
ファスが無表情に杖でその横っ面を殴る。
「グブッ」
「ピィ!」
ミナ姫がブルブル震えながらナルミの背中に隠れる。
「とりあえず、カルドウスの呪いで操られていると言うわけではないようですね。ご主人様、全員に【鈍麻】をお願いします」
「あぁ、うん……」
「やめろっ、人族が我らに何を……こ、これは……頭が、痺れ……」
全員に【鈍麻】を掛ける。少し哀れだが、先に仕掛けてきたのは彼等だし僕等の状況を知るためには必要なことだ。
「ちなみに、そこの尻尾が長いのがリーダーだねい」
「では、その人と念のためもう一人ほどお話を聞きましょう。他は邪魔なので眠らせますか」
「毒、入れるねー」
「前にも見ましたけど、容赦ないですわ……」
「情けは無用だ。私達も命がかかっているからな。まぁ、こいつらが異常に手際が良いのはどうかと思うが」
というわけで、数分後ファス達の手によって獣人達は知っていることを洗いざらい吐いたのだった。
「……結局大した情報はないかなぁ。高額の依頼に飛びついたってことと、私とファスさんが狙いってことだけだね。依頼主も徹底して素性を隠していて、虫手紙経由で指示を出して前金も虫を使って現物を渡している……王弟の一派なのは間違いないと思うけどここまで堂々と冒険者を差し向けてくるってのは意外だね。ミナ姫と正面から対立するつもりってこと?」
叶さんが腕を組んで獣人達の情報を纏める。ちなみに獣人達はフクちゃんの毒で眠っている。
「考えている所悪いけど、一応、アタシが敵じゃないってのは信じてもらえるかねい?」
「聞き出した情報では、ネムさんは勝手について来ただけってことだけど、真也君はどう思う?」
「信用してもいいと思う。というより、信用したいって感じかな」
イグラさんが結んでくれた縁だ。大事にしたい。
「うんうん、話がわかるねい。後、マルゼは信用してもいいと思うよ。アイツはバカだけど恩人を裏切るような奴じゃないからねい。今のところ、A級冒険者を襲うような馬鹿はこいつらだけだねい。まぁ、アタシが知らない所で他にも話に乗った冒険者はいるかもしれないけど」
「土地勘が無い場所で、襲われるのは面倒だべな。ギルドの中の敵もわかんねぇし、どうすっかなぁ。ギルドマスターも手放しで頼れるような感じでもねぇしな」
トアがゲンナリと舌を出す。その横でナルミが考え事をしていた。
「……むしろ、この奇襲は失敗前提でミナが冒険者ギルドに対して不信感を持つように仕向けたと言う方がしっくりくるな。聖女を狙ったことについては王への治療をさせない為だろう。上で有ったことも合わせて今後のことを決めたいが……まずは安全の確保が優先だな」
「私の眼でも【転移】や高度な【隠密】である程度接近を許しますしね。それに今は、非戦闘員もいます。急いで移動した方が良いでしょう」
「ファス殿、私も戦えますわ。こう見えて火の魔術では家庭教師の先生にも『思ったよりできる』と褒められておりますの」
それ、多分褒められてないと思うけど、それを言うと話がまた脱線しそうだから黙っておこう。
「当初の予定通り、上層の用意された屋敷に行けばいいんじゃないのか?」
「いや、実はお前等にしてもらいたいことがあってな。別行動の方が都合がいいんだ。正直、宿に関してはギルドを当てにしていたんだが……こうなると、誰が味方か判断するのが難しいな。思ったよりも事態は厳しいようだ」
「よくわかんねぃけど、宿に困ってんならいい場所があるよ」
ネムさんが胸を叩く。ちなみにそれなりに大きい。
「アタシの家に来るといい。借金取りから逃げる為に見つけづらいところに住んでいるからねい」
「それはどこですか?」
「中層の貧民街……つまり、獣人街だねい」
眠そうな目をしたまま、ネムさんはそう言って尻尾を軽く振った。
2000万PV達成しました!! ありがとうございます。
なかなか書籍化の続報が出せませんが作業はしっかりと進んでいますので、お待ちいただければと思います。これからも真也君達の冒険をよろしくお願いします!!
ビオテコでの話が想定よりかなり長くなりつつあるので、頑張って話を進めようと思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
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