第三百八十一話:トアのレシピ帳
「正式な依頼文だ。姫の為にここの最高品質の紙を用意して欲しい。複製ができないような作りであるとなお助かる」
わちゃわちゃとした出会いだったが、巨人族のオジサンは外の休憩所を指さし、そこへ移動する。巨大な切り株をテーブルに見立てた場所でナルミが依頼書を前に置き開口一番で注文していた。巨人族は髭を撫でると、次の瞬間。腕を振りかぶって切り株を叩く。
「!?」
重い音が響き、ナルミが腰のナイフに手を抜こうとするが、巨人族が僕を睨みつけていることに気づき止まる。……なんでこっち見てるの?
「ヨシイだかシンヤだか知らねぇが、テメェが頭か?」
一応ミナ姫を見るが、腰を抜かして座り込んでいた。……ここは僕が代表でいいな。
「はい、真也と呼んでください」
「シンヤ、こんな場所までご苦労だな。俺はジガク、エルフの姫への品物を頼まれるとは、大した仕事だ。喜んで引き受けるぜ! ウハハハハハハ」
……あっ、この人いい人だ。なんか変なポーズを取って興奮している巨人族のオジサンを見て胸を撫でおろす。
「どうも。ちなみに、どうして机を叩いたんですか?」
ジカクさんはナルミ、ファス、ミナ姫と順番に指さす。
「感動したからに決まっているだろうが! エルフのお偉方が直接こんな場所に買い物に来るなんてな。すぐに用意させるが、最高品質となるとちょっと時間がかかる。できるまでに俺っちの工場を見てくれ」
羊皮紙を作る工場か……ちょっと興味あるな。メンバーを見るがナルミはやや不服そうだが全員興味がありそうだ。
「是非、お願いします」
「おうよっ、入ってくれ」
乱暴に開けられた扉から入ると、中の広さに驚く。ランタンのようなものが天井に下げられており中はわりと明るい。二階建てのようで水の音が響いていた。しかし、何より衝撃を受けたのが……。
「おえっ」→僕
「うぷっ」→叶さん
「あ˝ぁ」→ナルミ
「ふぅううわ」→ミナ姫
と三人が強烈な匂いに鼻を塞ぐ。外でも匂っていたけどその比ではない肉が腐ったような獣臭さを煮詰めたような強力な匂いで立ち眩みがするほどだった。鼻の奥がツーンと痺れる。
「ウハハハハハ、上層のエルフ様がここにこない理由がこれだ。強烈だろう? ここにいる連中は慣れている……ヒゼンっ! 聞こえたらこっち来い」
ジガクさんが大声を挙げるが、すぐ横のデカい何かの機械の陰から一人のエルフが出てくる。
エプロンと長靴姿でひょろりとした年配のエルフだった。
「うるさい、聞こえている……なんだ?」
「驚け、お前以外のエルフがここに来たぜ、A級の冒険者でミナ姫の使いだっ! デカ角山羊の紙を所望だ。用意しろっ」
「……第一王女の使い……そこにいるのは翠眼か? 驚いたな、他の連中は悶えているが平気なのか」
ヒゼンと呼ばれたエルフが尋ねるとファスは首を傾げる。
「別に気になりません。よく飲んでいた薬の方が酷い匂いでした。トアは鼻の方は大丈夫ですか?」
「こういう類の匂いは平気だべ。料理してりゃ、こんな匂いにも遭遇するだ。昔は腐った食材を食べさせられてたかんな。どっちかと言えば香水とか、森の香りの方が鼻にくるべ」
ファスとトアは平気な顔をしている。二人共、過酷な生い立ちをしているせいか、こういった刺激にはなれているようだ。ちなみに、フクちゃんもなんともないようでファスのローブの中で平静としている。
「お貴族様ばかりというわけではないようだ。……グレートゴートの羊皮紙は加工前の保存方法が特殊でな、用意するのに一時間はかかる」
「時間のことは話してある。俺っちは見学させるから用意を頼む」
「……わかった。しっかり金は請求しとけよジガク」
「ウハハハハ、わかっている」
ヒゼンさんが二階へ向かい、ジガクさんが振り向いた。ニヤニヤと挑発的な表情をしている。
「お嬢ちゃんと犬っころが平気なのは驚いたが、他はギブアップして外で待つか?」
「いや、大丈夫。慣れてきました」
「わ、私も本好きとして興味あるから頑張るよ。服に匂いが着いても【スキル】で洗い流せるしね」
「私は外で待ちますわ!」
「アホ、護衛がいないだろうが。気絶してでも着いてこい」
ナルミに頭をはたかれて涙目になるミナ姫。というわけで全員見学は続行だ。
ヒゼンさんがいた機械に手を当てたジガクさんがその大きな体で、機械を回す。これ、あれだ。福引の抽選とかで回すやつのデカい感じだ。
「こいつは洗濯機だ。運ばれた皮は別の場所で皮に張り付いた肉を虫達に喰わせる。そして魔物の胃液を薄めた洗濯液で一週間かけて残った肉と毛を剥がしやすい状態にするってわけだ。これが一番臭いのよ、ウハハッハハ」
「はいっ! 質問です。皮は魔物の素材を使ってるの?」
叶さんが手を挙げて質問するとジガクさんはビシっと指さしをしたて答える。
「良い質問だ人族の嬢ちゃん。基本的には羊皮紙には家畜の皮を使うから家畜化できない魔物の素材は使わん。が、稀に冒険者や街の衛兵経由で魔物が狩られると魔物の皮を使うこともある。そういうのは特別な処理が必要で職人の腕が試される。今日用意するのも、希少な魔物の素材ってわけだ」
「なるほど~」
「そういや、牧場には普通の羊がいたっけ。魔物じゃない動物の方が見る機会が少ない気がするな」
「冒険ばかりすればそうなるだ。魔物が魔物を生むこともあるから、魔力で変化した魔物ばかりじゃねぇけんど、大体は動物が変化した姿だべ」
「ウハハハハ、次行くぞ」
次に案内されたのは、先程の液につけた皮が運ばれる場所のようだ。他の巨人族も二人いて作業していた。ジガクさんは初めて会った時に持っていた各端に持ち手のついた湾曲した刃を取り出す。斜めにした木の柱にドロドロになった毛皮を乗せて固定する。
「こいつの刃で毛を削ぎ落す。見てな」
皮を傷つけないように慎重に毛が落とされていく。見ていて気持ちいいな。かなり大きな毛皮だがみるみる内に毛が落ちて行った。
「裏返して、残った肉の筋もこいつで削り落とす」
「見事なもんだべ……」
「やってみっか?」
「解体の勉強になるだ。挑戦してみるだよ」
「僕もやってみたい」
他のメンバーはパスしたので、僕とトアが挑戦する。まずはトアがジガクさんが持っていた刃より小さめの刃を貸してもらう。
「よっと、薬で皮が滑るだ……」
「上手いじゃねぇか。犬っころは革職人か?」
「料理人だべ」
トアはすぐにコツを掴んだらしく、手際良く毛を削ぎ落していた。じゃあ次は僕だな。
「僕は素手の方がやりやすいな」
【手刀】を発動させ、ギリギリで毛を削ぎ落す。うん、いい感じだ。匂いは慣れないが、こういう作業は嫌いじゃない。
「……シンヤがなにやってるのか全然わからんが。二人共大したもんだ。ちょい荒いところもあるが、少し練習すれば他の職人にも引けをとらんぞ。冒険者を辞めたらウチで雇ってやるウハハハハハ」
トアと二人で一枚を綺麗に仕上げると他の巨人族からも拍手してもらった。
「ここで綺麗に毛と肉を剥いだ皮は、外の小川で洗い物なんかに使う木の葉と一緒に洗って綺麗にするわけだ。するとこうなる」
ジガクさんが奥に行って持って来たのは綺麗な白い皮だった。柔らかくちょっとぶよぶよとしている。
「ここからは職人の技だな。依頼によって皮の染色する。基本このまんま白だがな。湿っているうちにこいつを木の枠に張って乾かす。そんでさらにこいつが乾くとより鋭い刃で皮の膜を取り除く、最後に研磨して紙として完成ってわけよ」
「「おぉ~」」
僕と叶さんで拍手、ファスとトアも感心しているようだ。ミナ姫? ずっと青い顔で口元を抑えているのでわからん。ナルミも匂いに苦しんでいるようだった。
「一枚完成させるのに凄い手間がかかることがわかりました」
「言っとくが、見せたのはまだまだ一部だ。部外秘の製法もあるからな。完成品は二階にあるから見せてやる」
二階へ案内されると獣人達が羊皮紙の端を鋏で切り、大きな巻紙にしていた。棚にはびっしりと紙が入っている。
「こうしてみるとすっかり紙ですね」
「二階は二階で変な匂いがするだな……ちょっと薬臭いだ」
「大分マシですわ。でも、臭くて涙が止まりませんの」
「お前は泣きすぎだ」
「ナルちゃんもちょっと泣いていましたわ!」
二階の職人たちはファスの眼や叶さんを見て少し驚いているが、すぐに作業に戻って紙を整えている。
興味深そうにそれを見ていた叶さんが一か所を指さす。
「真也君見て、本があるよ。ジガクさん、あれって全部羊皮紙なんですか?」
「そうだぜ。仕上げをしているのはここじゃなくて別の職人だが……」
そう言って高い場所にある本を一冊取り出す。受け取った叶さんが広げると、森の匂いと革独特の匂いがした。
中は真っ白なページであり触ってみるとすこしザラザラしている。だけどそれがとても触り心地が良い。表紙も木の板に革張りで美術品のようだ。本好きの叶さんとファスは興奮しながら紙の触感を確かめている。僕もわりと本が好きなので、こういうのを見るとテンションがあがるな。元の世界でこんなしっかりとした本なんて見たことないし。
「仕上がりの確認で何冊か仕入れているからな。それは写本用のもんだ」
「写本? もしかしてダンジョンで発見された本を写本しているのですか?」
「もしかしても何も、ダンジョンの本は気まぐれだからな。文字が変わったり、本自体が逃げ出したりすることもある。貴重な知識を保存するために原本と写本はセットになってるぞ。図書館が許可した書物なら街の外へ写本を売りだしてもいるからな。本そのものも含めてこの街の貴重な収入源だ」
「なるほど、丈夫な皮の本ならば写本しても長期間保存できますものね」
「それもあるが、癖の強い図書の樹の本は写本の際に素材を選ぶ。一口に紙と言っても木の葉から作られた本だったりパルプの本でもよかったり、羊皮紙じゃないとダメだったりな。中には鉱物に刻む必要があるものまであるらしい。だから街全体で色んな紙を作ってんのさ。適正な素材に知識を詰めないと、折角内容を写してもしばらくしたら白紙になることもあるからな」
「知識そのものが意思を持ってるみたいだね……めっちゃロマンだよっ!」
「いやカナエ、普通に怖いだよ。それって、頭に記憶するだけでなんかありそうだべ」
「……不完全な写本」
ファスは何かが気になるように首を捻っている。どうしたんだろう?
「ウハハハハ、よほど特殊な本でもない限りそんなことはないけどな。露天で売っているような読めなかったり意味のない本はそんな性質持っちゃいない。どうだ、白紙の本を一冊買っていくか?」
「うーん、ちょっと欲しいけど。これは大きすぎるし、これからダンジョンの本を一杯買うからいいかな」
「私は読むのは好きですが、書くことが思い浮かばないです」
「……オラはちょっと欲しいだ」
トアが恥ずかしそうに耳をペタンをして俯きながらそう言った。
「へぇ、トアが書き物をしているイメージないけど何書くんだ?」
「……レシピだべ。旅で出会った食材やその土地の料理を書いておけば、振り返ってその料理を皆で食べれば色々思い出せると思って……い、いや、やっぱりいいだ。オラみたいな学のねぇ獣人がこんなちゃんとした本にレシピ書くのは変だべな」
「えっ、めっちゃいいじゃん。買おうよ」
恥ずかしがる必要なんてないよな。
「素敵っ! 私達だけの旅の記録だね」
「トア、恥ずかしがることはありません。貴女の料理は私達の旅の思い出であることは間違いありません。とても素敵なレシピ帳になるでしょう」
カナエさんとファスも大賛成をしている。
「そういうことだ。ジガクさん、一番いい奴を一冊ください」
「ウハハハハ、いいぜ。冒険者用に水にも炎にも強い丈夫な一冊をくれてやる」
棚から取り出されたのは何も書かれていない無地の本だった。角には金属の細工が施されており無骨ながら丁寧な仕事をされていることがわかる。かなり大きく、縦は五十センチはありそうだ。
「り、立派な本だべ。本当にレシピ帳にするのは勿体ないだ」
「いいんだって、トアなら大事にしてくれることを皆知ってるし、いくらですか?」
「【付与】もかかっているからな、金貨三枚、ちなみにもう一枚金貨を付ければ最高級の木製のペンとインクをくれてやる」
「買った!」
「旦那様。高すぎだべ!」
「まぁ、あの過程を見れば納得の値段だよね」
「今思ったのですが、高く買わせるためにわざわざ手間を見せたのでは?」
遠慮するトアだったが、尻尾がブンブン振られているので喜んでいるのはよくわかる。いやぁ、いい買い物をした。
遅くなってすみません。この描写を何度も書き直していました。
羊皮紙の本ってちょっと憧れますね。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
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