第三百七十九話:下層で再びメイド
言われたい放題だが、それなりに心当たりもあるので言い返せない。
とりあえず、ファタムさんが部屋を飛び出してしまったので残った僕達は、エンリさんを起こすことにした。
「気付けのスキルなんて無いけど……とりあえずホッペはこれで直しとくね【星涙光】」
青白い光の粒がエンリさんの顔に降り注ぐ。イケオジエルフなので普通に絵になるな。
頬の腫れが引くと、エンリさんが呻き声を上げた。
「んん……私は……そうか、ファタムに張り飛ばされたのか」
「あっ、起きた。大丈夫ですか?」
額にてを当てて状況を把握したエンリさんは立ち上がり、横に置かれていた剣を腰に下げる。
「シンヤ殿……また醜態を見せてしまったな。まだ、色々話したいことはあるが、私はこれから王族の護衛に関する依頼があってな……ファタムに会えたのは運が良かった。アイツは考えが読めない所があるが、芯は善人だ……私よりも信頼できるだろう。先程の話にもあったが、今のギルドは表向きは兄上と協力関係を続け、王弟側の立ち場を取る。君たちの味方はできない……だが、邪魔もしない。ギルドとしても冒険者として君たちがここを利用することを妨害はしない。自由に使ってくれ」
「わかりました。元々僕は腹芸は苦手ですから、自由にやらせてもらいます」
「それでこそ冒険者である。……そしてファス殿。初代国王と同じ瞳を持つ君の眼差しは、何よりも厳しくエルフを見てくれるだろう。私とファタムは君たちを見極めようとした。次は君の番だ。この国とエルフという種族を見て欲しい」
「……もとよりそのつもりです。ご主人様の一番奴隷として、この国で生まれたかもしれない一人のエルフとして、見極めます。その上で、全部わかった上で、私の居場所はご主人様の傍だと示して見せます」
「己の居場所か……失礼する」
部屋を出るエンリさんを見送ったファスはこちらに向き直る。
「行きましょうご主人様。ギルドで情報を集められるかもしれません。街も全然調べられていませんし、やることはたくさんです」
そのまっすぐな深緑の瞳は凛と前を見ていた。自分の出生のこと、押し付けられたかもしれない呪いのこと、どれも受け止めるには重いことなのにファスは前を見ているんだ。僕も、頑張らないとな。
「わかった。皆行こう」
「むしろ、変にギルドに紐を付けられない分、動きやすいと思うよ。この状況は……大人の思惑を感じちゃうなぁ」
「まずは腰を落ち着けたいだな。そろそろ寝床の準備がしたいだ。姫様からそろそろ連絡があってもおかしくないだ」
(ファスー、入れてー)
フクちゃんは話に飽きたのか、頑張って少女の姿を続けていたのに子蜘蛛の姿になってファスのローブに潜り込む。まぁ、人見知りなのに人の多いギルドで頑張った方だと思う。
部屋を出て一階に戻ると、受付嬢のエルフに声を掛けられた。
「A級冒険者シンヤ様。ギルドの虫棚に夫婦虫が来ていました」
「えっと……どうすればいいですかね」
そういや腰のベルトに虫籠を下げたままだった。心なしかおとなしかった拳ほどの大きさの虫がソワソワしている気がする。
「夫婦虫は手紙を持っております。訓練された夫婦虫は番の虫を持つ者にしか手紙を渡しません。五階にある虫棚が置かれた部屋で直接回収してくださいませ」
「ええと、わかりました」
言われるがままに階段を登って部屋を目指す。巨大な樹の中であるこのギルドはやはり迷路のようで、階段も階ごとに位置が違うようだ。
「めっちゃめんどくさいな。ファスがいないと絶対迷うぞ」
「この国の建物はどれも、元々の姿を大事にしてるから階段も元々の木の形に沿った場所に置いているんだと思うだ。厨房もそんなふうに感じたべ」
「その分、慣れてくれば一定の法則は見えてきますね。ご主人様、ここを左です」
「ゲームのダンジョンの階段が階ごとに違うのと似ているね~」
ファスの案内でなんとか五階にたどり着く。湿った土の匂いがして、鉱山砦でもあったような虫が手紙を運ぶ部屋に出る。腰の虫がモゾモゾと動き、一匹の虫が棚から飛んでくる。顎で手紙を咥えているようで受け取ると、カゴにしがみつくので蓋を開けると中に入ってしまった。
「本当に仲がいいんだな。さて、手紙だけど……蝋印が押してるし……あれ? 開かないぞ?」
その場で開けようとするが、分厚く丈夫な封筒は開かない。四苦八苦していると、横から叶さんが顔を出して封筒を確認する。
「あっ、魔印だね。教会で何回か見たよ。蝋に指を当てて魔力を流すと開くよ」
「へぇ、やけに念入りだな」
指先に魔力を集中させると蝋の中の印が動き青く燃えて消滅した。
手紙を取り出して読んでみるが……あれ? いつものように翻訳が働かないぞ?
というかこれ明らかに文字というより記号なんだが?
「偽装の魔術が施されています……私の眼なら問題なく読めますね。……ナルミからですね、どうやら王弟側の勢力がすでに妨害工作をしかけているようです。予定は変更して私達は上層では合流しない方がいいですね。待ち合わせ場所が書いてあります。下層で待ち合わせをしたいとのことでした。場所は覚えたのでこれは燃やしましょう……ガォ」
ファスが白い炎を吐いて手紙を灰にする。ふぅんこれだけ警戒するってことは、何かあったのだろうか、キナ臭くなってきたな。
「下層か、意識したわけじゃないけど上層、中層、下層と全部見ることになったな。すぐに行こうと思うけどギルドでやっておくことあるかな?」
「オラは特に思いつかないだ」
「うーん、一応できることはしようかな? 出る前に受付によってもいい?」
叶さんが顎に指先を当てて、少し考え事をしながら提案してきた。特に断る理由も無いので一階に戻る。受付に行くと先程の受付嬢が対応してくれた。
「手紙は受け取られましたか?」
と言われると叶さんがニコニコと笑顔で答える。
「うん、受けました。それでなんだけど、宿を取りたくて……どこの辺りに宿が多くありますか?」
「宿なら……やはり上層の商業区の近くがおすすめです。中層は獣人街がある為、治安がよくありません。それでも中層で宿を探すならギルドで手配もできますが、ご利用されますか?」
「ううん、アドバイス通りに上層で探すことにします。ありがとう」
そう言って、叶さんがこちらに戻って来る。ギルドを出ると、ファスが周囲を見渡す。
「見られてはいないようです。……ただ、虫等を全て注意することは難しいです」
(ダイジョブ、ボクが牽制する)
フクちゃんが【威圧】系のスキルで虫を払ってくれるらしい。
「じゃあこれで話ができるべな。とりあえず歩きながら話すだ。カナエ、さっきの発言は陽動だべか?」
「うん、しないよりはした方がいいかなって……冒険者ギルドも一枚岩じゃないようだし、エンリさんがわざと間違った情報を王弟側に教えてくれたりとかしないかなーって下心もあるけどね。ミナさんと合流できないかもだから、今日の宿は中層か下層で探そうね」
「受付嬢は獣人街と言っていましたね。ナルミが見せてくれた地図にそれっぽい場所がありました」
「ダンジョンの入り口も中層だっていうし、観光目的とは別に色々見て回った方が良さそうだけど、今はナルミとの合流を目指すか」
「そうですね。下層へは来た道を戻って通路を下がっていけばよいだけです」
上層から通って来た道に戻り下に向かって歩き出す。進むたびに道が太くなり荷車を引く虫達が多くなるようだ。巨人族もよくすれ違っており、背負子を付けて何十冊も本や巻かれた紙を運んでいる光景が続いていた。
「下層は畑や農場があり、この街の生産業を担っているようです」
「なるほど、そう言えば巨人族は建築が得意ってどこかで聞いたけど、あんな大きいのに手先が器用なのか?」
「はい、ラポーネにも巨人族はいますがほとんどが大工をしているようです。力があり、見かけによらず細かな作業もできるので『建築なら巨人族、彫金なら小人族』という言葉があるほどです」
「へぇ、面白いな。確かに砂漠の職人には小人族が多かったしな」
砂漠の思い出が脳裏をよぎる。マイセル、元気かなぁ。
「まぁ、体の細いエルフが大きな建築をするのは大変だよね」
「適材適所だべ……ん、出口が見えたべ。そろそろ下層につきそうだな」
「やっとか。思ったより暗くなくて助かるけど、光源が多くて混乱するな……」
「オラはもうこの匂いには慣れただ……」
「幻想的じゃない? ワクワクするよっ」
「生き物の気配が多くて、警戒が難しいですね。注意して進みましょう」
中層と違い日光はほとんど感じないが、下を見れば地面の石から生えた苔が光っており、見上げると中層の底からも月光のような光が降り注いでいる。
トアが気にならないと言った湿気に混じる土と森の匂いは僕の鼻では微かに感じる程度だ。
出口に着くと、荷物を運ぶ巨人族やそれを管理するエルフでにぎわっており、ちょっとした市場のようだった。やっぱり巨人族が目立つな。中層の床が天井になっていて、かなり広い範囲まで伸びている。見える範囲は街だが、どこかに森との境界があるのだろう。
「行きましょう。ナルミとの待ち合わせは少し離れた、農場兼、製紙をしている巨人族の工場らしいです」
「農場と製紙って一緒にするものなのか?」
「農場で羊や牛の皮が取れるから、紙を作る工場と一緒にしているのは割とある組み合わせだべ」
「あぁ、なるほど。そう言えば羊皮紙とかこっちでは良く見るもんなぁ」
こちらの世界では羊皮紙は現役だったことを忘れていた。いや、元の世界でも現役なのかもしれないけど。少なくとも身の回りにはないし。
「この世界ってパルプっぽい本もあるけど、皮の本も多いよね。白星教会でサインとかする時は基本的に皮の紙だったし」
「物に寄りますが、一般的には魔力を通すのは羊皮紙などの動物を素材にしたものの方が良いとされています。つまり衣服の様に本に何らかの【付与】をする場合は羊皮紙が主流です。無論木の紙でも使われますが、伝統的な側面もあり契約書は羊皮紙であることが普通ですね」
「へぇ、なるほどなぁ。あれ? この街の本ってダンジョンからドロップするのに、わざわざ紙を作る意味ってあるのかな?」
「確かにそうですね。でも、見る限りではかなり盛んに紙を作っているようです」
ファスの視線の先には様々な材質の紙を丸められ運ばれている荷車があった。
「うん、いろんな紙があるね。私、ノートとかあれば買いたいかも」
「オラも……ちょっと、興味あるだ」
耳をペタンと指せながら、トアが遠慮がちに言ってきた。
「トアも興味あるんだ?」
「ま、まぁ、興味があるって話だ。ファス、まだナルミとの合流先は着かないのけ?」
露骨に誤魔化して、ワタワタとファスに話を振るとファスが杖で前を差す。
「少し歩くようです。周囲を警戒しながら急ぎましょう。虫を利用できればよいのですが、この辺では無音蜂をつかった移動はないようですね」
「歩くのもいいもんだよ。なんなら重りをつけて鍛錬しながら歩いてもいいな」
「ご主人様、今は急いでいるのですよ?」
「はい、ごめんなさい」
最近色々ありすぎて腰を据えて鍛錬できてないんだよなぁ。時間が落ち着けばしっかりと今の体の状態で修行したいもんだ。
そんなことを考えながら歩き出す。荷物が集まる場所を抜けて、材木置き場やちょっとした食材が並ぶ場所を過ぎると嗅いだことのある動物っぽい匂いが風にのってやってくる。何度か道を曲がり、三十分ほど歩くと目的地が見えてきた。かなり大きな木造の建物が二個ほどくっついている。
「でっか、木造校舎みたいだな」
「巨人族が利用するから必然的に建物も大きくなるよね」
畑と柵で区切られた放牧場の間を進むと、騎乗蜥蜴とその横にメイド服が二人並んでいる。
「あれは……フクちゃん、周囲の警戒を強めてください」
ファスがフクちゃんに警戒を促していた。どうしたんだ? 近づくとややゲンナリしたナルミが手を挙げて答えてくれた。
「遅かったな。私達の方が後に着くと思っていたが」
「待っていましたの! 大変だったんですのよ!」
一人はナルミだが、もう一人の金髪のメイドは……。
「なんでいるんですか?」
「ひどいですわっ!」
お姫様として上層にいるはずのミナ姫がメイド姿でそこに立っていた。
あけましておめでとうございます。本年も真也君達の冒険をよろしくお願いします!!
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