第三百七十八話:鈍感な男達
ギルド中の冒険者が詰めかけてプチパニック状態の食堂だったが、食事を食べ終えたファスと叶さんがそれぞれの方法で周囲を落ち着かせ、とどめに用事を済ませて戻って来たエンリさんが、冒険者を一喝して騒ぎは収束した。このままでは話ができないということで、僕等はギルドマスターの執務室に案内されている。
「いやぁ、ごめんなさいだ。まさか、あんな騒ぎになるとは思わなかっただ」
「ギリギリまで、狼族の獣人がついて来てたもんね……トアさんを凄い眼で見てたよ」
トアが頭を掻き、叶さんがため息をつきながら襟元を正す。僕等は木製の長椅子に座っているのだが、叶さんが座ると振袖の袖が外に広がり綺麗に見える。ファスとトアも坐り姿が綺麗だし、やっぱ服装で印象って変わるんだなぁと感心してしまう。ファタムさんは自分で水球を呼び出してウォータークッションのように座っていて、ファスがそれを興味深そうに観察している。
「彼等にしてみれば、久方ぶりの濃い味付けの肉料理だろうからね。まぁ、狼族は犬族には思う所もあるのだろうけれどね」
「……ファタム、貴様は呼んでいないが?」
エンリさんがジロリとファタムさんを睨みつける。そういやしれっとついて来ていたな。
「おいおい、私はこのギルドに二人しかいない貴重なA級冒険者だぞ。何の為に姫君を見極めたと思っている? それでも文句を言うのなら、家の名を出すかい?」
「『ニグライト』の名は捨てたのではないのか?」
「捨てようと思っても捨てられるものではないよエンリが冒険者になっても『アリマ』を名乗っているようにね。……エルフとして生きる限り出生は祝福と呪いだ」
流し目でエンリさんを見るファタムさんどうみても僕等と年齢はそう変わらないように見えるが、仕草がとても艶っぽい……もしかしてかなり年上だったりするのだろうか。エンリさんは眉間に皺を寄せていたが最後にはため息を吐いて諦めた。
「わかった。では話を始めよう。まず、冒険者ギルドの立場を話そう。【ビオテコ】の冒険者は……王弟側の立場にある組織だ」
「……そうですか」
僕等がミア姫に付くと知っているのならば、残念だけどエンリさんの発言は敵対の宣言に等しい。
エンリさんの言葉にファスが目を細め周囲を警戒し、叶さんも笑みを崩さないままに結界の準備をしているのがわかる。
「コロス?」
フクちゃんがボクの横で上目遣いに聞いてくる。……ここで戦闘になるとどうなるか……流石にギルドマスターとA級冒険者と敵対すれば街での僕等の立場は悪くなるだろう。……もしかしてハメられたか。とか考えているとエンリさんが手を突き出して制止を促す。
「続きを聞いて欲しい。王弟側とは言ったが、現在はミナ姫とイワクラ家が動いてギルドに牽制をかけている……という建前で王弟側からの依頼は選ばせてもらっている。我々は現在中立として動いているのだ。どうしてそうなっているのか、説明させてもらいたい。前提として、私は特別に速い虫手紙を受け取り、鉱山砦と王弟の屋敷で起きたことを把握している。先程、改めて姫様から手紙の内容は真実であるという報せも届いた。その上で、君達に伝えなければならないことがある」
横目でファスを見ると、判断は任せますとアイコンタクトが返って来る。
「わかりました。話を聞かせてください」
「助かる。まず……この冒険者ギルドだが、この国の中で最も閉鎖的なギルドと言える。他ギルドとの連携を取ることはほとんどないし、報酬を得る主な方法は『図書館』つまり領主へダンジョンドロップである『本』を納品することだ。本の流通を『図書館』と『商業ギルド』が握っている以上、他の街のギルドとは領主との力関係が明確に違う。つまり図書樹長である兄上……ソウゲンと表だって敵対すること難しいことを理解してもらいたい」
エンリさんが続けて話そうとするが、ファタムさんが水の椅子から立ち上がり芝居がかった仕草で、話を引き継ぐ。
「その、ソウゲンが王弟側の人間というわけさ。まったく、王への暗殺疑いに権力争いとは……ダンジョンに少し潜っている間に色々状況が動いてしまったね。代々【ビオテコ】を治めてきたアリマ家は元々エンリが継ぐはずだったのだが、王弟をバックにつけたソウゲンがエンリを家から追い出したのさ。だからソウゲンは王弟に頭が上がらない。昔からこんなことばかりだ。政治ってのは嫌になるね」
「……兄上は魔力が私よりも優れていた。王弟の力添えが無くとも兄がこの街を治めてはずだ」
「だったらなぜソウゲンは君を家から追い出したんだいエンリ? 答えは明白、君に自分の立場を奪われるのを恐れたからさ。エルフでも珍しい【魔法剣士】であるジョブを持つ君をソウゲンは嫉妬したんだ。何せ彼は戦闘はからきしで、才能も――」
「そこまでだファタムっ!」
「はいはい」
怒りを含んだ叱責が飛び、ファタムさんは肩をすくませると水のソファーに倒れ込む。
「……見苦しい所をお見せした。ファタムは古い付き合いで、度々私を揶揄うのだ」
エンリさんが頭を下げる。この話題はあまり突っ込まない方が良さそうだ。というかエンリさんの発言通りならやっぱりファタムさんは大分年上っぽい。
「ええと、話を戻しますね。とりあえずギルドがソウゲンさんと敵対できないことはわかりました。それで中立というのはどういうことですか?」
「単純な話だ。にわかには信じられんがサイゾウ殿、ヒルゼン老、そしてミナ姫が訴えているカルドウスという未知の魔王種とその信奉者による暗躍……結晶竜の出現に王弟が関わっており、さらに王に毒が盛られているとあれば、我等は冒険者ギルドとして、この国の民として、見過ごすことはできん。しかし、先程話したようにこの街でもし兄上に敵対してしまったら冒険者ギルドの動きは強く制限される。よって我々にできるのは中立というあいまいな立場をとらせてもらうということだ。王の不調が呪いのせいであり、王弟がそれに関わっていると言う確たる証拠が無い限りは冒険者ギルドとして動くことはできないだろう」
「……難しい立場であることは理解できましたが、保身をしているとも取れますね」
ファスがそう言うと、エンリさんは横に立てかけてあった剣を抜いて自分の首筋に当てた。寸止めではない、首筋から血が滴る。
「ちょ、何しているんですか!?」
「止めてください!」
「エンリっ! なにしているんだっ!?」
「我が身を案じているわけではない。必要とあらば、もとよりこの耳と首は落とすつもりだ。代々国を支えたアリマ家が魔王に拐かされ国の転覆に関わったとあっては祖霊に面目が立たない。私が今、こうして生き恥をさらしているのは、まだできることがあるからだ。冒険者ギルドが王弟側だと兄上が思っているからこそ、王への護衛を任されている。兄上の時間稼ぎを退け【聖女】殿を王の元へ連れて行くまで呪いを防ぐ為に対策を講じることもできる。実質王を人質にとられている今は、この立場を守らねばならないのだ」
手を伸ばし、剣身を掴み首筋から外す。ファタムさんが首筋に自分のローブを当てて血を止めようとする。
「叶さん。治療を頼む」
「うん【星癒光】」
エンリさんの血が止まったのを確認して剣を返す。
「命を……交渉の道具にしないでください。できることがあるなら、絶対に死んだらダメです。ギルドのことはわかりました。僕等も僕等にできることをします」
「ご主人様……エンリさん謝罪します。軽率な発言でした」
「いや、ファス殿、私が間違っていた。シンヤ殿の言う通りこのようなことはするべきではない……すまない。この数日で色々あって冷静ではないようだ」
剣を布で拭いて、鞘にしまったエンリさんは再び頭を下げ、ファタムさんがその前に葡萄酒が注がれた木樽ジョッキを置いた。
「飲みたまえ、肝が冷えたよ。君は……なんで、そこまで追い詰められていたのに私を呼ばない! 姫君も謝る必要は一切ない! こいつが馬鹿なんだっ!」
「ファタム……いや、ダンジョンにいる君に連絡を取るのは難しいだろう?」
「そういうことを言ってるんじゃない。今も、昔に家から追い出された時も、どうして私に助けを求めないかと聞いているんだ。私は天才だぞっ!」
「す、すまない」
タジタジとエンリさんと涙目で詰め寄るファタムさん。
二人のやり取りを見ていた叶さんがキュピーンと目を光らせ、手を挙げる。
「気になったんですけど今冒険者をしているけどファタムさんも生まれは貴族なんですか? ミナ姫と同じ『ニグライト』の性だし、翠眼ってエルフでも高貴な血筋に発現するって聞いたことがあるんですけど?」
エンリさんに詰め寄っていたファタムさんが振り向く。
「ん? そうだよ。というか私も王位継承権を持っているからね。確か……二十何位か忘れたけど、その辺さ、ミナ姫は又従姉妹になるのかな? まぁそんな感じだよ。もっとも、家を飛び出したからどうなっているかは知らないがね」
「貴族……幼馴染……家を飛び出したのって、追い出されたエンリさんを追いかけたからですよね?」
ズビシっと音がでそうな勢いで叶さんがファタムさんを指さす。えっ、なんでそうなるの? と僕が首を傾げていると、見る見る内にファタムさんの顔が赤くなっていく。
「…………ふぁ! そ、そんなわけないじゃないか! 私は魔女として知識の探求を目指してダンジョンを潜りたかっただけなのだよっ」
「家を捨ててまで付いて行ったのに、素直になれなくてダンジョンに籠ってたんですね。エンリさんに見てもらいたくて努力してA級冒険者にまでなったんですよね!」
「ち、ちがぁあああああう」
「そうだ【聖女】殿、ファタムは元々兄上の婚約者として家の間で話が着いていた。私と恋仲になるわけがない」
「「「「……」」」」
いや、それってソウゲンさんと結婚したくないから、着いて行ったってことなのでは?
いくら僕でもファタムさんの反応を見ればそれくらいはわかる。
「この鈍感エルフがぁああああああああ」
涙目のファタムさん張り手が炸裂し、エンリさんが椅子に叩きつけられる。
魔術士とはいえ高レベルの一撃はかなりの威力のようだ。
「ガフゥ!?」
「とにかく、勝手に死ぬことは許さないからな。私も情報を集める。エンリは真面目っ子らしく、小難しいことをして、後は天才の私に任せておけばいいのさっ! 英雄殿、また連絡を送る」
そう言ってファタムさんは部屋から飛び出して行った。
「……世の中には鈍感な人もいるんだなぁ」
そう呟くと、ファスが驚愕した目でこちらを見ていた。
「ご主人様もかなりですよ」
「うん、真也君も酷いからね」
「さっさと押し倒せばいいんじゃねぇのけ?」
「マスター、鈍感」
「そこまでっ!?」
パーティーから散々なことを言われるのだった。
今年最後の投稿になります。本年度もありがとうございました。
来年は書籍化もある……はずなので、より頑張っていこうと思います。
これからも真也君達の冒険をよろしくお願いします。
それでは皆様、良いお年をお過ごしください。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
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