第三百七十七話:新メニューと食事の効果
食堂に良い匂いが漂うと言ったが……いつものような『肉』という香ばしい匂いだけではなく、どこか甘苦いというか……チョコ? ナッツ? 昔爺ちゃんが飲んでいた洋酒っぽい感じが近いかもしれない。そんな普段経験したことのない香りが漂っている。
「フム、薬膳で嗅ぐ匂いだな……先の戦いで呪いを退けた料理人か。興味が湧いて来たね。それにしても姫君、先程の杖での突きは見事だった」
ファタムさんはすでに何杯目かわからないほどに葡萄酒を木樽ジョッキでおかわりしていた。その細い胴のどこにそんなに入るんだろう? まぁ、ファスも細いけどかなり食べるしな。魔術士というのはカロリーの消費が激しいのかもしれない。ちなみにファスも僕の横に座り、チビチビと葡萄酒を飲んでいる。叶さんはフクちゃんと一緒にギルドの一階を探索しに行っている。
「いい加減、その姫君というのは止めませんか? 先程披露したのはご主人様に教えてもらった杖を使った戦闘術です」
「すばらしい技術だが、乱暴に扱うと魔力制御の調整がずれるだろう……杖を見せてくれるかい? こう見えて、付与の調整は得意なんだ。手合わせで杖を壊したとあっては申し訳がたたない」
「構いませんよ。手入れは必要ないと思いますが」
「必要ない? ……これは……」
僕も葡萄酒を口に含む、渋い……でも確かに旨味と言うかコクが深い。アルタリゴノでも飲んだけど、質が良い酒ということが良くわかる。体質のせいで全然酔わないけどね。目の前ではファタムさんがファスの杖に驚愕していた。
「魔力の調整の機能も、スキルの補助も一切が施されていないぞ!? 呪いの文字のように強度の増幅がかけられている……」
「その杖は砂漠の職人があつらえたもので、武器としても使えるように重心を整え、魔力の流れを阻害しないこと以外の特徴としては、ひたすら丈夫になるように工夫されています。武器以外にもつっかえ棒や肉叩き、テントの固定に物干し竿としても使えるお気に入りなんですよ」
うん、偶に肉を叩いてるね。物干し竿として使ってるのも見たことあるな。
「ちゃんとした杖をいらないと言われた職人がヤケクソ気味に強度マシマシに作ったからなぁ。普通の魔術士はやっぱり補助として杖を使うんですか?」
「フフフ……アッハッハッハ、いや失礼。杖を肉叩き、プクク……魔力の操作に優れたエルフでさえ、杖を使わない場合でも最低限指輪や腕輪を装備してある程度操作を省略させるものだ……しかし、姫君は全て自分で操作している。負担は通常の倍近いだろう……試しに私の杖を持って、水を操って見てくれ」
雑な杖の扱いはファタムさんのツボに入ったようだ。ゲラゲラと笑いながら自分の杖をファスに差し出す。
「わかりました【水鳥】」
ファスが杖を振るとファタムさんが持っているジョッキから葡萄酒が形を変えた小さな鳥が食堂の天井を飛んだかと思ったら形が崩れる。水球の姿に戻った葡萄酒をコップに戻すと、ファスは杖を返した。
「……扱いづらいです。下手に補助が入るので私の意志を邪魔される感じがします。これならない方がマシですね」
「はぁ、笑いすぎた。なるほど……魔力に対して感度が高すぎる為に、補正があると邪魔なわけか、姫君が装備を整えるなら純粋に出力を強めたり、あるいは魔力を保存して必要時に扱えるものの方が良さそうだね。しかし、装備無しでも魔術の練度に差が出ないのは強みだ。他には遅延詠唱とマジックキャンセルについてだが――」
「参考になります――」
二人の魔術談義は続きそうだ。割と興味あるけど、叶さんとフクちゃんが戻って来た。
「ただいまー。いやぁ、これは探索しがいがあるね。解体場とか見たことない魔物がめっちゃいたよ。わーいい匂い」
「獲物、おいしそうだった」
ピョンとフクちゃんが少女の姿のまま膝に乗って来る。フワフワの髪の毛を撫でていると、景気よく厨房の扉が開く。
「飯ができただ! 欲しい奴は横のカウンターに銀貨三枚だべ、琥珀貨だと……ええと、何枚だべ?」
後ろのエルフに話しかけると、たっぷり間を置いてエルフが応える。
「……飴色の琥珀貨一枚でいい」
「だ、そうだべ。とっとと食べるだ。熊と鳥のホロホロ煮と薬膳キノコの炊き込みだべっ!」
どんと大皿と鍋が机に置かれ、食器が置かれていく。腹を減らした獣人達が中心にその後にエルフが向かっていく。当然僕は先頭に並んでいますともファスもファタムさんを置き去りにして並んでいる。奥から巨人族も来たようだ。
「巨人族は別に調理しているから待って欲しいだ!」
そう叫んだトアが木製のお玉で器用に料理を器に盛りつけていく。トロットロの薬草と崩れそうな鶏肉が骨ごと器に入れられ、皿には大盛の炊き込みご飯がデンと乗っけられている。
「ほい、旦那様。いいとこよそうだ。ファスもさっき頑張ったからタンと食べるだよ」
「助かる。めっちゃ美味しそうだ」
「近くで嗅ぐと匂いの印象が変わりますね。いただきますね、トア」
「新しい食材ばかりで探り探りだかんな、皆の感想を聞かせて欲しいだ」
フクちゃんと叶さんも皿を持って席に戻る。乾燥果物を齧っていたファタムさんが僕等の料理を見た瞬間身を乗り出す。
「……料理に魔力……ではないな。付与? いや、食材そのもののが調理という工程を経て変化している? 実に興味深い。食事にこだわりないが、姫君のを一口――」
バキンっと氷が割れる音がして、ファタムさんの手に持った樽ジョッキが割れて凍った葡萄酒がゴトリと落ちる。
「食事が欲しいのなら並んでください」
「見えなかった……うん、そうするよ」
両手を上げて降参のポーズを取ったままファタムさんが列に走っていった。なまじ牢屋生活を送った僕等にとって食事は大事な時間だからね。それがトアの新メニューなら絶対に他の人に渡したくない気持ちは痛いほどわかる。
「じゃあ、食べるか。いただきます」
「そうですね。いただきます」
ファスも僕の真似をしていただきますと言う。
「おなかぺこぺこー」
「私もお腹減った! この匂い絶対美味しいよ。いただきます」
木製の匙を持ち、まずは炊き込みご飯から口に入れる。細目のパサパサした米にはハーブというか薬草? がたっぷりと入っているようだ。マッシュルームによく似たキノコと一緒に大口で喰らいつく。
「……優勝した」
思わず天を仰ぐ。何だこれ? 出汁が……出汁が違う。数時間前に食べた薬膳とは全く別の薬草を使ったアプローチだ。香辛料のような刺激は無いが、独特な苦味と甘味を鳥ガラベースで纏めている。いや、これ肉の旨味は感じるのに凄い優しいと言うか薬草を引き立てるための味の下地に肉がいる印象だ。ガツンとくるような強い味付けが多いいつものトアの料理とは違う、非常に繊細な味だった。
「優勝? 美味しいですね。おそらく炊き込みの方は薬草とキノコだけで出汁を作り、鶏肉の旨味だけを追加したのではないでしょうか? これなら脂が苦手なエルフでも食べやすいですから」
「日本人で良かった。優勝できる……」
ファスが味を分析している横で叶さんも優勝していた。日本のお米とは違うけど、米というだけで日本人には刺さるよなぁ。
「おいしー」
フクちゃんは、肉の煮込みを炊き込みご飯に乗せて食べていた。何て罪なことを……。フクちゃん、恐ろしい子。僕も真似したいけど、まずは煮込み単体で食べてみる。
「あむ……あっ、これ、昼に食べたやたら旨い薬湯のスープに似てるな」
「トアさん、もう再現したんだ……そして、具沢山なのが最高だよ。色んな薬草が入っているけど、食材としても美味しい。クセのあるお肉をクセのある薬草で合わせる発想……天才じゃったか……」
「とても美味しいです。肉が柔らかすぎるのが難点ですね」
「エルフに合わせたんじゃないか?」
他のテーブルを見ると、何人かのエルフが匙を持ったままフリーズしていた。食べたことのない料理に衝撃を受けているようだ。獣人達はフクちゃんと同じように炊き込みご飯に煮込みをぶっかけて一気にかっ込んでいる。エルフも汁だけを炊き込みご飯にかけて出汁茶漬けにしているようだ。
「……そのようですね。ですが、獣人には物足りないでしょう」
確かに、と思っていると再びトアの声が厨房に響く。
「追加だべ倉庫にあった羊肉のハチミツ焼きだ。肉食べたい奴はこっちで食べるだよ。肉が苦手なもんは薬草三種の漬物と、火を通した果物があるだ。それぞれ炊き込みにも煮込みにも合わせれるだよ! 巨人族も大鍋で炊き込みご飯ができたから、ガンガン持ってくだ。さぁさ、代金はそこのカウンターだよっ」
追加メニュー……だと。食堂に衝撃走る。
「行くぞ、全メニューを制覇する」
「無論ですご主人様。手分けしましょう」
「トアさん、久しぶりの厨房で楽しかったんだね。私、果物持ってくるね」
「おかわりー」
全員で列に並びなおそうと立ち上がる。
「いやぁ、やっと持ってこれたよ……まさか、エルフが食事に並ぶ光景がギルドで見られるとはね……それにしても……これ、少し食べるだけでめちゃくちゃ魔力が充実するのだが……心なしか戦闘の疲労も癒えるような……」
ファタムさんがなんか言っているが、正直それどころじゃない。全員でおかわり+新メニューの獲得に動く必要があった。いつの間にか食堂には冒険者が詰め寄り、その喧噪がさらに人を呼んだ結果食堂から人があふれることになった。後から聞いた話だが、今日の食堂の売り上げは新記録を樹立したらしい。
トア視点での仕込みとかも書きたいけど、いよいよ話が進まないのでそろそろ物語を進めます。
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