第三百七十六話:厨房という名の戦場
エンリさんの決着を告げる声が響く。
「叶さんっ。回復をっ!」
「うんっ」
ファスの突きはファタムさんの喉元に完璧に入っていた。下手すると気道が傷ついているかもしれない。
もしもの時は、僕も【吸傷】しないといけない。試合前は整然と並んでいた黒い杭はほとんど弾き飛ばされており、敷かれていた石板もグチャグチャだ。決闘場を走りながら叶さんが杖を振る。
「【星涙光】っ」
青い白い光が降り注ぐが、それが体に触れる前にファタムさんが上体を起こす。
「コホッ。おおう、これが女神の奇跡か。確かに【神官】の聖魔法とは違うようだね。美しい、ヒカリゴケと水晶松の光を混ぜたようだね」
「カナエ、ご主人様。回復は不要ですよ。私の突きは防がれています。ローブに何かあるとは思っていたので露出していた喉を狙ったのですが、意味はなかったようです。とても勉強になりましたファタムさん」
「こちらこそ、楽しい対話だったよ姫君……」
ファスが胸元のボタンを留め直しながらファタムさんに手を伸ばす。どうやらファタムさんの着ているローブに仕込まれた何らかの効果でファスの突きは防がれていたらしい。ホッと胸を撫でおろし、叶さんと目線を合わせる。二人が無事なことを確認した周囲の冒険者が歓声を挙げ、二人に喝采が降り注ぐ。
ファタムさんは杖ゆったりと降ろし帽子を摘まんで礼をして、ファスは杖を掲げて観衆に答えた後にローブの裾を掴んで礼をする。二人のエルフの仕草はあまりにも優雅で気品に溢れていた。近寄りがたい雰囲気すらして、ボーっと見惚れているとファスがこっちへ歩いて来る。
「見てくれましたかご主人様?」
「うん、凄かった」
僕がそう答えるとファスは少し照れたようにはにかむと、すっと耳元に口を寄せて。
「後で、もっと褒めてくださいね」
「真也君、顔真っ赤だよ」
と囁いた。不意打ちに硬直すると横から叶さんに脇腹を突かれて茶化される。トアとフクちゃんもこっちに来てファスに抱き着きついて健闘を称える。
「ドキドキしたべっ。流石ファスだ」
「ファス、がんばった」
「魔力を読み取るだけで凄い疲れた。でもとっても綺麗だったよファスさん! 私も派手な魔術を使いたいなぁ」
「ありがとうございます。ご主人様の一番奴隷として下手な戦いはできませんからね」
「見事な戦いだった。翠眼に相応しい精霊たちも喜ぶ戦だったと言えるだろう。……だがファタム、やはり決闘場を台無しにしてくれたな……」
エンリさんもいつの間にか来たようだ。無残な決闘場を見て深くため息をつく。
「それを言うならファスもですし……」
「シンヤ殿はこの件については責任を感じることはない。こうなることをわかってコイツは手合わせを申し込んだのだ」
イケメンのエルフが凄むと迫力があるな。しかし、ファタムさんはどこ吹く風と気にしていない様子で杖で帽子のツバを上に向けた。
「許可したのはエンリだろ? 支払いは私のギルドへの預け金から出せばいいさ。今日の『歓迎』代としては安いものだよ。さっ、ギルドへ行って姫君と感想戦をしようじゃないか。聞きたいことも教えたいことも山ほどあるからね。ヒルゼン老からの依頼はしっかりと果たさせてもらった。A級冒険者『四色の魔女』このファタムが君達を認めよう」
「うむ……ではギルドへ戻るぞ」
「一つ疑問あるんだけど、ファスさんは認められたけど、リーダーの真也君はいいんですか?」
叶さんが疑問を口にすると、エンリさんは苦笑した。
「先ほどの戦いを見て、他のリーダーの力量も示せというような命知らずはいないだろう。……そもそも決闘場がこの有り様では手合わせもできまい。ファタムはシンヤ殿をどう思う?」
「……この眼に映る情報だけならば、さほど興味をそそられないんだよね。だけど、冒険者としての勘は英雄殿が異常だと警戒を鳴らしている。姫君とは何度でも戦い知識を深めたいが、正直、英雄殿とは絶対に戦いたくないね」
なんだろう、そこはかとなくヤバイ奴扱いされてない僕? 今の戦いを見るに普通に苦戦しそうだけどなぁ。
「ということだ。では行こうか、我々にとって時間は貴重だ」
というわけで、僕等への『歓迎』はこれで終わりのようだ。ビオテコのギルド【本を探す樹】へ戻り、その入り口をくぐる。
「ようこそ、リスカントへ」
ファタムさんが振かえりギルドの中を差ししめす。
「おぉ、見たことない感じだよっ。アルタリゴノのギルドも複雑だったけどここも色々ありそう」
叶さんが身を乗り出す。中は中央に窓口があるカウンターがあり、上にも下にも階段が続いている。掲示板や食堂があるのはどこのギルドも同じだが、本棚が至る所に置かれており琥珀貨が乗せられた秤など、この街独特のものも多くあるようだ。
「シンヤ殿達は二階の私の部屋へ案内……なんだ?」
エンリさんの元に虫が手紙を運んでくる。
「……なるほど、急ぎらしい。まったく、次から次へと……申しわないシンヤ殿。すぐに返送するから待っていてくれ」
「はい、わかりました」
エンリさんが二階へ行ってしまった。どうしようと皆で顔を見合わせる。するとファタムさんが食堂を杖で指し示す。
「食堂で何か摘まめばいいだろう? ここは獣人も多いから果実から肉まで揃っているよ。葡萄酒でも飲みながら感想戦をしようよ」
「どうしますかご主人様? 私は、少しお腹が減ってしまいました」
「あれだけ戦えばそうなるよな。折角のお誘いだし、食堂へ行こうか。お昼ご飯が少な目だったし、僕もちょっとお腹減ってるんだよな」
「ボクもー」
「オラはゆっくり、食材のより分けとか調味料の確認とかしたいべ」
「色々見たいけど、確かに少し疲れたかもね」
ファスも疲れているだろうしエンリさんが来るまで、食堂で休憩していようか。
食堂へ行くと、数人の冒険者が酒を飲んでいた。その中にはネムさんもいるようだが、力なく机につっぷしている。良く見れば他の冒険者達、特に獣人や巨人の冒険者の元気がないようだ。
「あぁ、さきほどは凄かったねぃ……うぅ、お腹減った」
「どうしたネム? いつもなら肉を食べているだろうに」
ファタムさんが問いかけると、ネムさんは食堂のカウンターを指さす。そこには看板が立てかかっていた。
『本日、王族のもてなしの為にシェフがいないので食堂はお休みします。スタッフに声かけをしてもらえれば乾燥果物を売ります』
と書かれている。
「……なるほど。では、乾燥果物を肴に酒を飲もうかな」
「酒ではお腹は膨れないねぃ……」
ファタムさんや他のエルフは特に気にしていないが、食堂にいる獣人達からは腹の虫の訴えが聞こえてくる。食べられないとわかったら僕もお腹減って来たな。
「旦那様……いいだべか?」
トアがキュピーンと目を光らせてこっちを見てくる。
「いいぞ、存分にやってくれ」
「わかったべ!」
ブンブンと尻尾を振ったトアが食堂のスタッフに声を掛け、すぐに戻って来る。
「許可をもらったべ。オラが調理をするだっ! カナエ、体を洗って欲しいだ」
「オッケー、【星女神の洗浄】。頑張ってねトアさん」
叶さんが光の泡でトアの体を清める。それを確認してトアはタスキを解くと袖を挙げてもう一度タスキを結ぶ。アイテムボックスからバンダナを取り出すと犬耳だけ出るように結んで準備を整えた。なんだろう日本人としてそのスタイルめっちゃカッコよく感じる。
「旦那様、食堂の残りの食材で足りなかったら月光熊の肉を使っていいだか?」
「もちろん、使い切るくらいでもいいよ。というか手伝えることがあったら手伝うぞ。砕くとか切る作業なら任せてくれ」
「いんや、大丈夫だべ。ファスが頑張ったかんな。オラもオラの戦場で旦那様の奴隷としてバッチリ働いて見せるだよ」
ニカっと笑ってトアが厨房へ入っていく。
「……獣人の料理か……私の口には合わないだろうけど、ネム達のような獣人達は喜ぶだろうね」
ファタムさんが座って葡萄酒を木製のコップに注いでいる。何もわかっていないようだ。
「トアの料理はエルフも絶賛ですよ。楽しみにしていてください」
「へぇ、それは良い知識になりそうだ。姫君と感想戦をしながら待つとするよ」
「はい、私も聞きたい技術が多くあります。……いい加減姫君というのは止めてくれませんか?」
「お腹……減った。早く……」
呻くネムさんの横で魔女達が会話を始め、程なくして食堂には香ばしい匂いが漂い始めるのだった。
更新遅れてすみません。ならべく週一更新は守っていきますのでよろしくお願いします。
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