第三百七十五話:最後の一手
「シンヤ殿、止めるべきだ! ああなったファタムは私には止められない。しかし、貴殿ならファス殿を止められるだろう」
エンリさんが、眉間に皺を寄せながらまくし立てるように言う。周囲の冒険者達も流石にやりすぎだと一歩引いているようだ。
目の前の光景では、ファタムさんの魔術によって生み出された四匹の魔獣と森を染め上げるような多様な魔術をファスが防いでいる。しかし、劣勢は明らかで水の魔物は出した傍から倒され、氷の華も砕かれ魔獣達がファスに迫ろうとしている。……でも、ファスの瞳は凛と光り顔には笑みが浮かんでいる。うん、気持ちは凄く分かる。
「止める必要は無いです。ファスは初めて純粋に格上の魔術士と戦えているんです。全力で、焼かれるように脳をフル回転させて必死に戦っている。……堪らないよなぁ、頑張れファス!」
僕にとってのギースさんやヒットさんとの試合のように、これまで積み重ねた努力を存分にぶつけられる。体の動かせない時間が多かったファスにとってそれがどれほど貴重なことか、涙が出るほどにわかる。というかちょっと泣きそう。
「旦那様に似て、ファスも負けん気が強いかんな。だけんども……ちょっと強情すぎるべ。いつまで意地張って相手の間合いでやってるだ」
トアが呆れたように鼻を鳴らす。
「だよね……でも、そろそろじゃない? 真也君の応援を受けたファスさんがこのままで満足するわけないもん」
「アハハ、あいつ、強い。ボクも戦いたい」
フクちゃんもファタムさんの強さに当てられたようだ。身を乗り出して獰猛な笑みを浮かべている戦闘好きは誰に似たのか。
心配そうにしているエンリさんが不思議そうに僕等を見ていたので前を見るように促す。
「とりあえず、見てましょう。僕等の魔術士はここからが本番ですから」
「……承知した」
前を見ると、ファスの最後の氷壁が破壊されている場面だった。
「治療は聖女様がいるから安心だね。楽しかったよ姫君」
ファタムさんが、杖をファスに突き付け四匹の魔獣が角度を変えてファスを囲み、魔術で創られた槍が、剣が、矢が、斧が、槌が、ファスを飲み込んだ。
響く轟音。石畳は割れて、枝々が組み合った床が露出する。周囲から悲鳴があがるが、僕には見えたし【精霊眼】を持つファタムさんにも見えただろう。ファスは無事だった。鈴を転がしたような声が響く。
「……正直、ここまで一方的に突破されるとはおもいませんでした。流石A級冒険者といった所ですか。認めましょう、貴女は私よりも優れた魔術士のようです」
ファタムさんの視線が上を向き、周囲の悲鳴が驚きの声に上書きされる。
「フフ、賞賛は受け取るよ。しかし、驚いたな……浮かび上がっているのは風の魔術ではないようだ……王族親衛隊が使う『力場』の魔術とも違う。いや、それは魔術ですらないのか。飛び上がった時は確かに魔力の流れがあったね。魔術の系統ではないスキルの組み合わせ……それに、先程の回避……未知の知識に胸が躍るよ姫君っ!」
「意外ですね。『闇』属性の魔術は知らないのですか」
飾りのない細く真っすぐな杖の上に立つようにファスは宙に浮かんでいた。直撃の瞬間にあの魔術の奔流の間隙を縫って【空渡り】で宙へ飛び上がったのだ。【空渡り】は風船鯨からもらったスキルであり、ファスの持つスキルの中では魔術とは別なのだろう。詠唱も必要なく、最速で行える動作だ。ファスの【空渡り】は浮遊するだけなので移動は【重力域】を使う。つまり、これまでの戦いでは隠していた【闇魔術】を解禁している。……わざわざ杖の上に立っているように演出しているのはなんでだろう? ただ、杖の上に立つファスは中層の光を受けて神秘的に光を背負っていてあまりにも美しい。ただ、その身に纏う魔術の質が明らかに変わっている。胸元が光り、ファスがボタンを外すと奴隷紋が輝きを放っていた。
「やっと、ファスの間合いだべ」
「うん、ここからが本番だね」
足元にいる魔獣の内の一匹である竜巻で作られた鷲が飛び上がり、複数の岩の弾丸がファスに向かって発射される。
「【重力域】」
「キャンセル……近場は間に合わないか。厄介だね」
発動した重力により決闘場内の重力が何倍にも増大し、鷲と弾丸が地面に叩きつけられる。
他の魔獣は飛びのいてファタムさんがキャンセルをかけた場所に避難していた。
周囲には水球が浮かび上がり、ファスからは滴るように冷気のような恐怖が滴り落ちて広がっていく。
「……これは幻覚系、いや精神に影響を与える魔術? なかなか厄介だね」
「一般的な魔術の捌き合いでは貴女に勝てないことがわかりました。なのでここからは私の戦い方を試させてもらいます」
重力の壁を張りながらファスが空中から氷弾を一斉にファタムさんに発射する。先程までは軽々対応していたはずの氷弾だったはずが、ファタムさんはやりずらそうに魔獣を操って対応している。幾合の打ち合いの末、ファスの氷弾が一発抜けてファタムさんの横に着弾した。命中こそはしてないものの、形勢を五分にまで戻したと見てもいいだろう。
「よっし! いいぞファス!」
「英雄殿、すまんが私にはさっぱり起きていることがわからない。解説をお願いしてもよろしいか? ファス殿は【威圧】系のスキルを使っているように感じるのだが、これは一体?」
「僕も体験した視点でしか言えないですけど。あれは自分の存在感を増大させる【威圧】とは全くの別物で、相手の恐怖心を引き出すスキルです。ファスと戦う時は基本的にあの【恐怖】への対応を前提に立ちまわる必要があります。ファスが【恐怖】を振りまくと攻撃に対して適切な防御がしづらくなるんです。だからファタムさんは余分にリソースを切らされているんです」
「あの極限の打ち合いで心を削って来るのか……恐ろしいな」
「えぇ、本当に怖いんですよあれ」
例え完全に見切ってギリギリで躱せるとしても、着弾してしまうかもしれないという恐怖が増し、多めにマージンを取ってしまう。一発で相殺できるのに二発で相殺したくなる。感覚に訴えられるあのスキルの恐ろしさは誰よりも僕が知っている。だが、見る限りファタムさんは徐々に勢いを取り戻しているようだ。この短い時間で【恐怖】下での気組みを練り直したのか、凄いな。
「驚きました。このまま押し切れれば良かったのですが、そうはいかないようですね」
「ダンジョンでは精神に訴えかける罠もあるからね……とはいえ、冒険者としての勘を狂わされると流石にキツイね。正直、この眼が無ければ対応は不可能だったよ。そろそろ、決めさせてもらおう」
ファスの【重力域】が途切れ、数発の魔術が迫るがファスは蝶のようにふわりと躱す。
その動きを読み切ったように四匹の魔獣が飛び上がりファスに攻撃をしかけるが、乗っていた杖を掴んでフワリと逆さまになったファスがそのまま杖を振る。
「まだ、終わりませんよ……【闇穴】」
宙に黒い球体のようなものが発生し、グンっと魔獣達が引き寄せられる。球体を中心にひっついた魔獣達は逃れようとするがファスが杖を優しく当てる。
「そういえば、この魔術も封印を解かれていましたね……【生命吸収】」
「なっ!」
与えられた仮初の命を吸い取られ、糸が切れた人形の様に魔獣達が落下しその体が崩れた。……そういやそれがあったな。
「創生魔術は私とは相性が悪いようですね。魔力も吸収させてもらいましょう」
あまりにも理不尽な出来事にファタムさんも笑うしかないと肩をすくめた。
「恐怖を振りまいたかと思えば、命を吸い取る魔術……規格外すぎやしないかい? なるほどこれはジリ貧だね。一応、まだ奥の手はいくつかあるけど……見たいかい?」
「是非に」
「では答えよう。創生魔術の禁域たる私の可愛い子、出ておいで」
ファタムさんの持つ杖の装飾が不規則に動き、空間から火や水、砂や土が落ちて地面の木々も手を伸ばすように寄り集まる。徐々に形作られるその姿は巨大であまりにも禍々しい。
獅子と山羊の双頭、尾は蛇で体には鷲の翼が生えていた。
「キマイラっ、キマイラだよ真也君っ! すごっ! 可愛い!!」
叶さんが飛び跳ねていた。そう、それは僕等の世界でも有名な化け物であった。
「【混沌魔獣】これが奥の手の一つだが……このままでは生命を奪われるからね。ちょっと無理をしようか【精霊鎧】」
魔術で創られた魔獣の体にさらに鎧が作られていく。今まで呼び出していた武具を装備品としてキマイラに装備しているのだ。
「なるほど、確かに【生命吸収】してもある程度は耐えられそうです」
「そうでないと困るよ。これを対処されたら私の負けでいいよ」
「私も真似しましょう【水蜥蜴】そして……【氷竜鱗】」
えっ、何それ知らない? なんかファスが知らない魔術を唱えた。
呼びされたのはスライムのように中心と外皮で色の違うキマイラと同じ体躯を持つ蜥蜴、その表に氷の逆立つ鱗がびっしりと生え、さらに爪と牙が氷となって生えている。その容貌はまるで……。
「竜みたい……綺麗……」
叶さんが嬉しそうに呟く。相対する二匹の魔獣、そしてファタムさんの周りに様々な属性の武具がずらりとならび、ファスの周囲には氷の果樹が並ぶ。
「一見で奥義を真似されるとはね。では姫君、最後の対話といこうか」
「はい、全力で行きます。叶、結界をお願いします」
「もう張っているよー。皆、下がった方がいいかも」
もはやほとんど壊れかかっている結界を叶さんが補強する。青白い光の粒がボロボロの決闘場の周りに展開されており、ファスの周りの重力が強まりミシミシと木々が悲鳴を挙げていた。
合図も無く、二人の魔女は杖を振り降ろし魔獣と周囲の魔術が激突した。
「ルゥウオロオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「シィァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
咆哮し、組み合う魔獣を操作しながら二人の魔女は魔術を放ち続ける。ファスは防御を捨て、宙を飛び回り回避しながら攻撃に集中し、ファタムさんはその圧倒的な魔術の速度で魔術を放ち続ける。
それは刹那のやり取りだった。マジックキャンセルを潜り抜けたファスの【重力域】でキマイラの下半身が潰されるも、山羊の角が氷の蜥蜴を貫く。その二匹を乗り越えるように四色の魔術の剣がファスに向かって放たれると【重力域】と氷弾を突破して数本がファスに切りかかる。ファスが【闇穴】で数本を吸い込み、追撃の魔術を避ける為に急降下し、地面を凍らしながらファタムさんに接近、氷の杭で攻撃。ファタムさんが炎の槍で杭を迎撃して爆発。目の前に相対する二人。
魔術の発動が早いファタムさんが勝利を確信して次の魔術を唱えようとする。が、ファスはすでに行動をしていた。
「セイヤァ!」
それは、あまりにも意外かつ見覚えのある一手。半身の体捌きに杖は胸の位置、雑巾を絞るように前に得物を突き出す。僕が教えた仗術の基本技である『直突き』だった。
「えっ? ガッぁ!?」
ファタムさんの喉元にファスの杖が深く突き刺さり、もんどりを打ってひっくり返る。
「そこまでっ!」
エンリさんが間髪入れずに声を上げ、魔女同士の試合は幕を閉じたのだった。
それありなんだとなっている周囲の冒険者達でした。
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