第三百七十四話:翠眼の戦い
黒い杭で囲まれ、白い石板の上で相対した二人の魔女の戦いは恐ろしく静かな始まりだった。
ファタムさんとファスはお互い杖を掲げて睨み合っているだけで一切の動きがない……ように見える。だけど、そういうわけではないことは今の僕にはかろうじてわかった。
「ふむ、シンヤ殿。見えますかな?」
横に立つエンリさんが腕を組んで闘技場を凝視している。エルフの彼には僕とは違う光景が見えているのだろうか?
「最近魔力の感じ方が変わったので、かろうじてわかります……お互い魔術をキャンセルし合ってますよね。攻防が激しくて目で全てを追えませんけど」
「オラにはさっぱりだべ」
「私は……かろうじてわかるかな。魔力が収束しては弾けて……アハハ、やばいね。キャンセルから次の魔術の発動までが早すぎるよ」
「ボク、見える。……ファス、楽しそう」
フクちゃんがニコニコで二人の戦いを見ていた。フクちゃんは魔力にも敏感だから二人が何をしているのかを正しく認識できるのだろう。
マジックキャンセルによる攻防は唐突に終わりを告げた。干渉されやすい大技や相手の空間での魔術の発動を狙いつつ、発動が早く自分に近い位置での魔術を撃ち始める。
「流石に陣取り合戦では勝負はつきませんか【魔水弾】」
「【魔水弾】。水を召喚していない……いや、【同時詠唱】か。私と同じことができるとはね」
空中で衝突した水の塊は跳ね上がり、周囲に降り注ぐ。中層独特の奇妙な光が水に反射して奇妙な色彩の虹を描き出す。空間に飽和した魔力は結界にぶつかりバチバチと音を立てる。ファスは無表情のままに杖の柄を打ち据えた。宙にスイカほどの水球が三十程、浮かび上がる。
「どこまで同じかみせてください」
「同じ程度では面白味がないだろう? 【魔水弾】【火矢羽根】まずはこの辺かな」
「……なるほど」
ファタムさんが装飾された杖を撫でると、同じように水球が浮かびあがり、さらに炎が矢をつがえた弓の様な形で宙に浮かび上がる。
お互いが杖を振ると、再び魔術が宙でぶつかり合う。しかし、結果は先程と違う。ファスの水弾をファタムさんは同じ水弾で受け止め、水弾の隙間を狙い撃つように弓から炎の矢が射られる。
「ッチ【魔氷壁】」
ファスが氷の壁で防ぐも、炎の矢は消えることなく燃え続け氷の壁を壊した所で消える。
視界が通った状態でファタムさんは興味深そうにファスを見て目を細めた。
「氷の属性か……姫君、貴女は魔術について学んだことはあるかい?」
「……基本部分について本で読んだ程度です」
ファタムさんはツバ広帽子を被り直して、舞台俳優のように掌をファスに向けた。
「そうか、であれば説明しよう。無数に存在する魔術は研究の為に属性を分けられて語られることが多い。魔術士はその中で通常は己に合った属性の魔術を一つ身につけるが、優れた魔術士は基本属性に追加する形でもう一つ魔術を習得する」
「その程度なら知っています」
ファスが応えるとファタムさんはニッコリと笑った。
「そうかい。ではささやかな自慢をしよう」
鼻歌のような軽やかな旋律をファタムがさんが紡ぐ。倍音のように重なり響いた旋律は魔術を顕現する。
渦巻く水、木の葉を巻き込む竜巻、つがえられた火矢、石でできた投石器。それらが、一瞬でファスに向けられる。
「私は地・水・火・風。そしてそれに連なる属性の魔術を扱える。大体十六属性ほどかな? この国でもっとも多くの魔術を習得していると自負しているのだよ」
「……『四色の魔女』ですか。ひねりのない由来ですね」
「わかりやすさとは想像の容易さに直結するのさ。では、防げるかな姫君」
獰猛な笑みを浮かべたファタムさんが杖をファスに向ける。
「対応します。【水亀】【氷華:カズラ】」
ファスが呼び出した水が大きなリクガメの形となり、もう一方が氷でできた大きな葉と蔓となり壁を作る。蔓が岩や竜巻を飲み込み。リクガメがその図体に見合わぬ素早さで首を伸ばし火矢を噛み砕き、甲羅で攻撃を弾く。
「わぁお、創生魔法か。魔術に仮初の命を吹き込む上位魔術……【スキル】があろうとも、軽々に扱えるものではないのだけどね。まっ【精霊眼】を持つならば、これくらいはしてもらわないとね。さて、とりあえず今の四倍くらいでいこうか【魔風鎌】【魔水剣】【魔炎槍】【魔岩盾】」
「ここからが本番ですね。【氷華:ホウセンカ】【氷花:オウカ】【水大蛇】【水海月】」
巨大な種子を形どった氷弾が発射され、数本の炎の槍で貫かれ迎撃される。そこからはファスの創生魔法と圧倒的な手数で多属性の魔術を打ち込んでくるファタムさんの戦いだった。手数はファタムさんの方が上だが、ファスの魔術は意志を持つように自在に動くことで相手の手数に対抗している。
「……翠眼同士の戦い……これほどとはな……だがファタムはまだ本気を出していないぞ」
エンリさんを始め周囲のエルフも愕然としている。魔力に長けた一族だからこそ、二人の戦いに衝撃をうけているようだ。
「それを言うならファスだってそうです。がんばれーファスっ!」
「ファスが手数で負けてるの初めて見ただ。でも、質なら負けてねぇだよ。女を見せるだファスっ!」
「ファスさーん。がんばって! 全然押してるよー!」
「ファス、がんば」
他のメンバー応援している。すると、ギルドの冒険者達も声を上げ始めた。
「魔女っ、この街の代表の力を見せてみろ!」
「怖いけど、お前が負けるところなんか見たくねぇぞー」
「人族に仕えるエルフに負けるなっ!」
巨人族や獣人だけでなくエルフも声をあげてファタムさんを応援している。
うん、これは僕等も負けてらんないな。声を張り上げて応援する。その声援に答えるように戦いは苛烈さを増して結界は悲鳴を挙げて杭の数本が吹っ飛とび、石畳は砕ける。
「ハハハ、私ってば人気者だったのだね。応援なんてされるのは何年ぶりだろう。普段は怖がられているからね」
「そうですか。私も皆から応援されていますから、一番奴隷として負けていられませんっ」
ファスが放った水の大蛇が炎の断頭台で首を切られ、ファタムさんの投石器を氷の杭が貫き、攻防が一時止まる。僕が驚いたのはファスは肩で息をしているが、ファタムさんは息を切らさずまだまだ余裕の表情を保っていることだ。
「創生魔法は消費が激しいだろう? 特に、常にマジックキャンセルをしながら相手の近くで魔術を発動しようとしているならその疲労は大変なものになる。……と言うつもりだったが、姫君の魔力はまだまだ尽きる気配すらないね。単純な魔力量ならば姫君は私よりも遥かに上だろう。だが、無駄が多すぎる」
「悔しいですが、魔力量で私が上でも貴女の方が発動までの時間が短く効率が良い……勉強になりますね」
「お互い、目が良すぎるせいで隠し事ができないね。だが、膠着状態が続くのは私としても好ましくない……決闘場を壊しすぎるとエンリに怒られるからね。そろそろ終わらせようか『――――』」
「あれは……ファタム、それは使ってはならん!」
エンリさんが叫ぶが、詠唱は止まらずファタムさんはエンリさんにウインクをした。
「させませんっ【ホウセンカ】っ!」
ファタムさんが詠唱を始め、ファスが妨害しようとするが氷弾は現れつつある存在に吹き飛ばされる。それらは、ファスと同じ意思をもった魔術だった。紫電の猫、空気を歪ませる風の鷲、雄々しい角と体を持つ鉄の鹿、長い尾を持つ樹木の猿。それぞれが殺意を持ってファスの前に立っている。
「【雷猫】【嵐鳥】【鉄鹿】【樹猿】。さて、これが私の創生魔法だ。言っておくが簡単に消えるとは思わない方がいい」
そして、さらに魔術による武具がファタムさんの周囲に展開される。四色どころではない、極彩色の魔術の数々。それらが、ファスに向かって打ち出された。
それまでよりも濃い密度の魔術。傍からみると絶対絶命なのにファスは……無表情を崩して微かに笑っていた。
この話で400部分です。話数がずれていますが、閑話も含めると400という区切りなわけです。
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