第三十八話:奴隷市場
「じゃあなキズアト、また明日」
「あぁまた明日だ、ヨシイ。なんて言っていいのかわからないだが、オラ待ってるからな」
「あぁ、迎えに来る。フクちゃんも戻るぞ」
(キョウハ、キズアトトイル)
「よっぽどキズアトのことが気に入ったんだな。じゃあキズアト、フクちゃんのこと頼んだ」
「いやいや、オラがフクちゃんの世話になってるだよ」
(ブクブクー)
「ちょ、フクちゃん、お、溺れてしまうだ~」
泡だらけになっているキズアトをフクちゃんに任せて、僕は女将を別室へ投げ入れた。
フクちゃんの毒は大したもので全く起きる気配はない。起きた時には少し混乱するだろうが、その辺は自分で納得してもらおう。
今日も色々あったなぁ、この世界に来てから暇な日なんてなかった。
明日もどんなことがあるのか想像もつかない。
そんなことを考えながら元居た部屋に窓から戻るとそこには……
星明りと蝋燭の明かりの中でシーツだけを頼りなさげにまとった完全臨戦態勢のファスさんがいた。
ダメだ。勝てる気が一切しない。静かに寄ってくるファスに対してせめてもの抵抗を試みる。
「まてファス。か、体を洗わないと」
シーツをまるでヴェールを脱ぐようにおろし、ファスは裸体を晒し僕の前に立つ。
ご飯をしっかり食べるようになったおかげかその体はいまだ細身ながらも病的なと言うほどの印象は受けない。
ほっそりとした体に女性を意識させる最低限の肉がついている。その手足は長く、その肌は透き通るように瑞々しい。
女ではなく少女、美しい少女としか形容できない存在がそこにあった。
「必要ありません」
白桃のような柔らかな頬がより紅く染まるのを見た。そのまま手を引かれ僕らはベッドに倒れこみ、ファスが下に僕が上になっていた。ファスが手を伸ばし僕を引き寄せ耳元で囁く。
「あの、私、頑張りますから……可愛がってくださいね……」
————その後のことを結果だけ言うと、マジですごかったです。最初はお互いぎこちなかったが途中からはとにかく必死で記憶すら曖昧なほどだ、とにかく気持ちよかったとしか思い出せない。
いやホント、気をしっかり持っていないとこれは溺れてしまいそうだ。それほどに魅力的な体験だった。
朝の陽ざしで目覚めると隣には穏やかに眠るファスがいた。クーと可愛いいびきをかいている。まぁ昨日はすごかったからな、この世界に来て飛躍的に体力が上昇した僕ですらついて行くので精一杯だった。
視線を感じたのか身じろぎさせファスが起きる。
「ん、ご主人様……おはようございます」
「おはようファス」
なんか照れ臭い、目を逸らすと頬にキスをされた。
「チュ、起きましょう。今日も忙しくなります」
「あぁ、ところで体は大丈夫なのか? あー、その、激しかったから」
「問題ありません。少し歩きづらい程度です」
「それならいいけど、……責任は取るから」
子供ができることもあるだろうしな、そうなるとハーフエルフになるのか?
「責任? ……あぁ、ご主人様は知らないのですね、エルフと人間のように種族が違う者が子を成すためには神殿に行き神の祝福を受け、神殿の秘薬を飲んだうえで子作りをする必要があります、そこまでやってもできる可能性はかなり低いようですが」
そうなのか、色々考えたのだが杞憂だったようだ。
「でもそれとは別の意味でもしっかり責任はとらなきゃな」
「はい、よろしくお願いしますね」
(サクバンハ、オタノシミデシタネ)
いつの間にか戻ってきたフクちゃんが頭に乗ってくる。昨晩のこと絶対聴いてたな。
「二人きりにしてくれてありがとうございますフクちゃん。次はフクちゃんですね、例の計画を進めましょう」
(オー!)
「……何の話だ?」
なんかろくでもない計画が水面下で進行している気がする。
「ふふふ、秘密です」
(オタノシミニ)
くっ、なんか疎外感を覚えて寂しい。とにかく気持ちを切り替えよう。
ファスに昨日、拷問部屋であったことを話しキズアトを買い取るつもりだということを今一度伝える。
「それで、女将と交渉したいんだけど奴隷の売買って個人でできるのか?」
「奴隷商を通して譲渡の契約を結ぶ必要があります。しっかりとした商人なら仲介料を払えば問題ないでしょう」
「なるほど、じゃあ。まず仲介をしてくれる奴隷商を探そう、ついでにキズアトの奴隷としての相場を知っておきたい、でないと交渉がしづらいだろうし」
ファスを見ると目をぱちくりさせてこちらを見つめている。
「どうしたファス?」
「ご主人様は向こうの世界で学生だというお話でしたが、商いの勉強をされていたのですか? 交渉ごとに慣れているように感じます」
まさか、こちとらゆとり真っただ中の高校生だ。
「交渉ごとなんてできる器じゃないよ、騙し合いは苦手だしな、だから交渉の場はファスにも手伝ってもらわなきゃな」
「私は、交渉どころか人と話をした経験もあまりないのですけれど」
「ファスは頭いいから大丈夫だよ。なんとか話がまとまればいいけどなぁ」
とりあえず、宿のサービスの朝食(麦パンにトウモロコシのスープだった)を食べて、信頼できる奴隷商を知るために冒険者ギルドへ向かう。
キズアトを買い取るための資金も手に入れなきゃな。
ジロジロと遠慮の無い視線を受けながら、受付にいくとアマウさんがすぐに出てきてくれた。
小柄なので台を持ってきてその上に立っている。
「いらっしゃいませー。お手紙の件ですか? それとも素材の件ですか?」
しまった。色々あって手紙のことを忘れてた。
「手紙はすぐに持ってきます。ちょっと聞きたいことがあるのですけど」
「はいはい、なんでしょう。私でよければなんでも答えますよ。ただし年齢とスリーサイズはダメですよーお姉さんのトップシークレットですから」
何言ってんだこの見た目小学生の受付嬢は。無視して話を進める。
「実は訳あって買いとりたい奴隷がいまして、譲渡の契約をしてもらえる奴隷商を探しているんです。信頼できる奴隷商について知りませんか? あとその為の資金として素材の売買のお金も欲しいのですが」
「それなら、ギルドとも商売をしている奴隷商人を紹介しますねー。町の規約を破った人やギルドから借りたお金を踏み倒そうとする不届き者が時々いまして、奴隷として引き渡すことがあるんですよー、じゃあ紹介状を書いておきますね、これがあれば断られることはないでしょう。それとお金の件ですが昨日のうちに装備の代金の見積もりができていたので、差し引きした白金貨一枚をお渡ししますねー」
にこやかにヘビーなことをいうアマウさんにどん引きながらもメモと紹介状を貰う。アリという商人がギルドと商売をするほどに信頼できる人物らしい。
メモを見ながら店を目指していくと、町の本通りから外れた通りに入った。
本通りにも負けない、賑わいを見せるその通りの商品は人間だった。
「これが奴隷市か」
「そのようです、警戒して進みましょう」
(オリガ、イッパイ)
店先や露店には鎖でつながれた年端も行かない子供や頑健そうな獣人の男性がボロ布をまとった状態で並べられている。
中には綺麗に着飾った奴隷もいるようで店によってずいぶん扱いが違うようだ。
現代日本で育った身としては、嫌悪感とまではいかないものの受け入れ切れない感情を持った。
奴隷を持っていて、これからさらに奴隷を買い取ろうとしている人間の癖にずいぶん身勝手な奴だと自分でも思う。
「ファス、アリとかいう商人の店はどこかな?」
「メモだと通りしか書いてないので、わからないですね」
「じゃあ聞いてみるか」
近くにいた、ターバンを巻いて歯の抜けた奴隷商に話かけてみる。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」
「おや、お客さん。ウチの商品に目をつけるとは良い趣味をしていらっしゃる。どうだい丈夫な獣人の雌だ。他なら金貨二枚はくだらないが、お客さんになら金貨一枚で売るよ」
歯抜けの奴隷商が手で示す先にはそれなりに綺麗な服を来た奴隷が並んでいた。どの子も獣人のようだ。キズアトが何歳なのかは知らないが彼女達よりかは年上だと思う。
他の店を見てみても大体獣人は金貨一枚、二枚で売り買いされているようだ。
「いえ、買いたいわけではなくて、アリという商人を探しているのですが」
「チッ、なんだい客じゃないのかい、アリさんの店に行くにしては随分みすぼらしい恰好だね。あの店は物はいいが高いよ」
埒が明かないので銀貨を一枚握らせる。
「場所を教えてくれませんか?」
「ヒヒっ、なんだい。若いのに物事の道理ってのがわかってるじゃないか、アリの店ならあそこに見えるとんがった屋根の店を左に曲がった先にある屋敷だよ、少し奥まっているからわかりづらいんだ」
「どうも」
少し遠くに見える屋敷がどうやらアリの店のようだ。それなりに大きく娼館と言われたほうが納得できる出で立ちだ。
目指す場所はわかったので歩き出そうとすると、フクちゃんから念話が飛んできた。
(マスター、ツケテクル、ヒトガイル)
ファスも同調する。
「やはりそうでしたか、複数の人間が入れ替わり立ち代わりで私たちをつけています。見つけるのが遅れてしまい申し訳ありません」
エルフであるファスがいる以上狙われることもあるとは思っていたが、実際にその状況になると緊張するな。
「入れ替わり立ち代わりってことは相手は多いのか」
普通に歩きだしながら会話を続ける。
とりあえずアリの店に向かっていけばいいだろう。ギルドから信頼できると紹介されたアリが首謀ということはないだろうし。
「四人ほどです。顔は全員覚えました」
(カル?)
「向こうから仕掛けてきたらな、フクちゃんファスを頼むぞ」
(マカセテ)
「ご主人様、私も守られてばかりではないですよ?」
不服そうにファスがそう言うが、装備も整ってないし不安なものは不安だ。
「わかってるが、敵の狙いはファスである可能性が高いからな、我慢してくれ」
「わかっています。フクちゃんお願いしますね」
(ダイジョウブ)
この頼もしさである。フクちゃん……恐ろしい子。
話しているうちに、アリの店の門まで来た。やはり高級娼館と言われたほうが納得できる屋敷だ。
強い香水の匂いがここまで届いている。
門番に紹介状を見せると、すぐに中まで案内された。
付けてきた奴らは案の定この店の中までは入ってこないようだ。帰り道で決着をつけようか。
中東風のカーペットや飾りをつけられた部屋に案内されるとすぐに、腹のでた人間の男がやってきた。
「やぁやぁ、お待たせしましたな。私がこの店の主をしております。奴隷商のアリと申します」
過剰なまでに慇懃にアリと名乗る商人が挨拶をしてきた。
「ご丁寧にありがとうございます。ヨシイと申します。こっちはファス。ただ僕らは一介の冒険者ですのでそこまでへりくだる必要はないと思いますが」
「なにをおっしゃる。アマウさんからの紹介状を持ってこられる方に無礼があってはこの町で商売はできなくなってしまいます」
……いったい何者なんだあの受付嬢。
「それで、今日はなんのご用件でしょうか? 当店の奴隷をお買い上げになりたいのでしたらすぐに要望通りの品を並べさせてもらいますが」
「いえ、言いづらいのですが今日来たのは契約のことについてでして」
アリに引き取りたい奴隷がいることを伝えキズアトのことを簡単に話す。
「そうでしたか、それならば私自らが出向いて契約の更新をいたしましょう。もちろんお代は結構です」
「いえ、正規の手数料を払わせてください。信頼を得るために必要なことです」
ただより高いものはない。元の世界で借金まみれになった身としてはお金のことはうやむやにしたくなかった。
「ホッホッホ、やはり貴方は上客のようだ。わかりましたお代は請求させてもらいます」
どうやら試されていたらしい、油断も隙もあったもんじゃない。
これだから金の話は苦手だ。
「それで聞きたいのですが、さきほど話した獣人のことなのですが、いくらくらいが適正な価格だとみますか」
「そうですな、顔と体に大きな傷がある獣人というだけなら私なら買いませんが、あえて値を付けるなら白銀貨一枚ですかな。しかし話を聞くとその奴隷は宿の料理を作るようだ、それならば味を守るためにだとか言って値を吊り上げるでしょう。金貨三枚と言われたなら、ふっかけられたとみて値下げの交渉をすればよろしいでしょう」
「つまり高くても金貨三枚だと?」
「ふっかけられて金貨三枚です。その値で買うなら大損でしょうな。その奴隷が【獣化】などの特殊なスキルを持っていれば話はべつでしょうが、【料理人】のクラスというなら【獣化】のスキルはでないはずですから」
【獣化】が一体どんなスキルなのかは気になるが、ファスが知っている風だったので後で聞いてみることにしよう。
「なるほど、参考になりました。ありがとうございます」
アリさんに店が落ち着くころ合いの時間を伝えその時間帯にくるようにお願いした。
ちなみに代金は白銀貨三枚だった。安いのか高いのかよくわからん。
門番に見送られ外の通りへ戻る。
「ファス、フクちゃん。まださっきの奴らはいるか?」
確認をしていみると、ファスが頷く。
「はい、まだいます。どうなさいますか?」
「後顧の憂いは断つべきだ。どういうつもりかはっきりさせよう」
(カル)
人と戦うのは勇者以来だな。どうなることやら。
拳を固め、魔力を練り上げる。
「ファス、人気のない所へ案内してくれ。そうすりゃ出てきやすいだろう」
「かしこまりました」
覚悟しろよ、ファスを狙うというのなら容赦はしない。
金貨ビンタまで進みませんでした。すみませんでした。
さぁあてにならない次回予告です。次回:金貨ビンタ炸裂です!! 流石にそこまでは進むはず!!
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