第三話:豚とローブと甲冑
「何たる体たらく。一撃でのされて、まだ目覚めないというではないか。ソヴィン、本当に奴は転移者なのか?ワシをたばかっているのではなかろうな」
吉井が気絶して無様に救護室に運ばれた少しあと、アグー子爵の書斎ではローブの男と甲冑を着た男が呼ばれていた。ローブの男がソヴィンという名前のようで主に問われ、ビクビクと震えながら返答した。
「ま、間違いはありません。実際に召喚の際に莫大な魔力が地脈から消費されております。な、なので彼が転移者であることは疑いようがありません。まさかあれほどに弱いクラスをもって召喚されるとは……」
オークデンの血走った眼を避けるようにせわしなく周囲に視線を移しながらソヴィンは答える。
その横で甲冑の男は無精髭を撫でながらソヴィンに話しかける。
「いや、一概にそうとはいえんぞ。手加減したとはいえ、この俺の一太刀を躱しおった。それだけではなく反撃をしようとしていたな。鍛えれば一端の騎士になるやもしれん」
その言葉を聴いて激昂したのはオークデンだった。机を叩き一息にまくし立てる。
「剣も持てん騎士がおるものか! それにワシは騎士なんぞを呼ぶために莫大な金を使ったわけではない! 聞くところによると、教会では聖女のクラスを持った者が、隣のリーン伯爵領では魔弓士クラスを持ったものが召喚されたというではないか。このコスタ伯爵領においては、転移者の召喚に成功したのはこのワシだけだというのに、それがあんな使えないクズとは、何のためにわざわざ装備を集めた! 従魔まで揃えたというのにすべてが無駄だ。ソヴィン、新たに転移者を召喚しろ!!」
「オークデン様。そ、それはいくら何でも無理でございます。転移者が呼べるほどの魔力が地脈を伝うのは数十年に一度、そしてその一度のチャンスはもう使ってしまいました。この領地ではもう召喚は行えません」
顔を真っ赤にしたアグー子爵はほとんど残ってない髪をかきむしり再度机を叩いた。
「……どうすればいい。転移者の召喚に成功したことはすでに伯爵に伝えてしまった。ということは次の諸侯会議には転移者を連れて行かねばなるまい。あんな者を連れて行けばよい笑いものだ。……こうなれば、殺すしかあるまい」
その言葉に先に反応したのはローブを着た男ソヴィンだった。
「それは危険でございます。転移者は保護されるべきという法があります。もし殺したことがばれればこの家は破滅です」
「確か一度、伯爵から監査もあるのでは? やはりここは鍛えてそれなりの戦士にすればよいと思うが」
同調するように甲冑を着た男も言葉を重ねる。
「うるさい!! ならばばれないように殺せばよいのだ、監査は資料を作り直接会わせないようにすれば問題あるまい。そのあとで病気や事故で死んだということにすればよい。ソヴィン、上等の毒を用意しろ。
すぐに死なれては怪しまれる。徐々に弱ってゆくような毒だ。諸侯会議までには死ぬように調整しろ、これは命令だ。ギース、お前は指導という名目であの忌まわしい転移者をいたぶれ。でないとワシの気がすまん」
「それは……」
「命令だと言っておるだろうが!!」
「……承知いたしました」
肩で息をしながら目を血走らせてアグー子爵は椅子に座りなおし、しばらく息を整えていたがまるで名案を思いついたとでもいうように指を鳴らし、ソヴィンに話しかけた。
「ソヴィン。確か転移者には専属の従者をあてがわせるという決まりがあったな?」
「は、はい。おっしゃる通りでございます。当家が契約した従者を貸すかたちにすれば紐をつけられると選りすぐりの奴隷を揃えておりましたが、あの者にはもったいなくはありませんか?」
その言葉を聞きアグー子爵はニタリと脂っこく笑い、言葉を返した。
「勿論、まっとうな奴隷なぞ与えるものか。今から奴隷商のもとへいって最低の、ただ質の悪いというわけではない例えば病気であったり呪われた者を安く買ってあてがってやれ。あぁ、そんな存在を屋敷には入れてはいかんぞ。離れに座敷牢があったであろう、そこの部屋に一緒にいれてやれ。それであの転移者が病気だの呪いだのが移れば幾分かこの怒りもすくわい」
脂汗を吹き出しながらニヤニヤとオークデンがソヴィンに指示をだす。
「それはよい考えです、直ちに最低の奴隷を探して買ってくるよう指示をだしましょう。そんな無様な奴隷を当家が抱えるわけにはいきませんので奴隷商を連れてきて直接契約を結ばせましょう。無論毒の手配もしておきます」
ソヴィンはアグー子爵の怒りが自分でなく吉井に向かったことに安堵しているのかそのあと二人でどうやって吉井を殺すかを楽しそうに話し合っていた。甲冑の男、ギースはそんな二人の話をまるで虫の羽音のように耳障りに思いながら無表情を保ち聞いていた。
主人公の霊圧が消えました。次回ヒロインがでるはず