第三百六十九話:ビオテコの商業ギルド
お店から出て歩き出すと、体の調子が違うことに気づく。
「なんか……暖かいような?」
「確かに、お腹からじんわりと温かいです」
「血流が改善されているだな。むぅ薬膳、侮りがたしだべ」
「私としては、もうちょっと食べたかったかな?」
叶さんがお腹を撫でる。ファスも指先の感覚を確かめているようだ。
「確かに、量が少なかったな……」
「もっと、食べたいのー」
粥をおかわりしても、後は具の無いスープと乾燥した果物だ。味は悪くないが、量は寂しい。
「他の卓を見る限り、エルフや巨人族も満腹と言う感じでは無かっただ。多分、消化に負担を掛けないように腹八分目にしてるだよ。エルフで腹八分目なら、食事量の多いオラ達なら少なくなるだな。実際、栄養価の高い食事を少な目に食べることは理にかなってるだ。だけんど、食い溜めをする獣人や消化力の強い人には合わないだな。少ない量で栄養価を多く摂取するエルフという種族が土台にあることだよ。だけんど、とっても勉強になっただ。冒険ではこういった食事の形態もきっと必要になるだ」
トアは顎に手を当てて、食事について考察を深めている。なるほど、色々気づきがあるもんだなぁ。
口をもごもご動かして味を思い出しているようだ。我らが料理人の新しい創作料理が楽しみだ。
「……確かに、昔の体の弱かった私なら先程の食事はありがたかったかもしれません。エルフについて思うことはありますが、頭ごなしに否定するのは良くないことです。折角なのですから、楽しまなければ損ですよねご主人様」
「そうそう。薬膳は他にもありそうだし、きっとそれ以外のご飯もあるから街にいる間は色々見て回ろう」
郷に入っては郷に従え、そんな言葉が思い浮かぶ。旅をすると実感できるな。
「うんうん、じゃあ次はどうする? そろそろ中層に行ってみる?」
「その前に商業ギルドで『琥珀貨』を両替しに行かないとな」
「はい、ここからそう遠くない場所にあります。地図にはギルドの位置は描かれていましたので案内はお任せください」
というわけで、商業ギルドへ向かう。芋虫が引く荷車や頭上を飛ぶ鳥たちの数が目に見えて増えてくるようだ。物資が集まってきているのだろう。体育館ほどの建物もいくつもあるし、グッと規模が大きくなってきた。
「ご主人様、つきました。ここが商業ギルドです」
ファスが足を止める。皆が辺りをキョロキョロするが、周囲にあるのはデカい建物ばかり。いつも冒険者ギルドで見るようなわかりやすい建物は見当たらない。
「えと、どの建物だ?」
「全てです。ここが商業ギルドの中心で、周りにある建物が全てギルドの運営の為に使われている建物です。商業区画の大きな割合を占めています」
「「「……」」」
しばらくの沈黙の後、何となく理解できた。ここまでに見た荷車や鳥たちはギルド内での品物のやり取りをしていただけだったのか。
「デカくない? ここ木の上なんだよな。それなのにちょっとした遊園地くらい広いとかいうか……」
「鳥が集まって、小さな空港みたいになってる。すごっ」
「オラの住んでいた、交易の街の半分の半分はあるだな。これがギルドだべか」
「すごいの? 森よりずっと小さい」
フクちゃんはコテンと首を傾けている。確かに、大森林と比べれば小さい。フクちゃんにして見れば、ここは森の一部なのだろう。
「とりあえず、人が多く出入りしている建物に入りましょう」
とりあえず、4階だてほどの大きな建物に入る。下層にもつながっているらしく、いくつかの樹木が合体した部分や人口の部分が足されたツギハギの建物だ。
中に入ると、所せましと看板が並べられ、至る所で情報交換や手続きが行われている。冒険者ギルドは大体無秩序で騒がしい感じだったけど、ここはかなり整理された空間のようだ。そういえば商業ギルドに来るのが初めてか。この街に来てすぐにエルフの軍隊に囲まれた時以外では一番多くエルフがいるな。利用者は獣人が多いようだけど。
「とりあえず両替だな。どこに行けばいいんだろ?」
「看板を見てみます」
「その必要は不要です。翠眼の姫君」
低く、ちょっと湿っぽいねっとりとした声が後ろから掛けられる。
振り返ると、長髪を複雑に編み込んだエルフの男性が立っていた。細身の体に和装を纏い金色の刺繍がされた白く裾の長い外套を着ている。派手な宣教師といういで立ちで見るからに金持ちオーラが出ている。
「私は姫ではありません。挨拶ならば、私の主にしてください」
「おおう、姫君の美しさに目がくらんでおりました。『死線の英雄』……かの結晶竜を打ち取った特別A級冒険者様。私の名前はオウミ ハマクラと申します。オウミとお呼びください。この商業ギルドのギルド長の一人であります」
「シンヤ ヨシイです。詳しいことは……もう知っていそうですね」
「商人は情報が命ですから」
皆を見ると、フクちゃん以外は僕に紹介をしてもらうつもりのようだ。
なんで叶さんまでそういう立ち振る舞いを身につけてるんですかね。
「えと、こちらがメンバーの……」
なんて紹介すればいいんだ?
(一番奴隷のファスでお願いします。『自分の』をつけていただければなお良しです)
なんか念話が飛んできた。
「……僕の一番奴隷のファスです」
ファスが裾を摘まんで優雅に一例をする。おおう、絵になる。横から見るその顔は得意げだ。
ファスの言葉に周囲がザワめくが、オウミさんに動じた様子はない。
(つぎ、ボク。二番!)
(旦那様に群れの雌として紹介されるの、グっとくるだ)
(わかるっ。私も好き)
と次々と念話が飛んでくるので、順番に紹介をする。一通り紹介した後に気になったことを聞いてみた。
「ギルド長の一人というのは、他にもギルド長がいるような言い方ですけど……」
「ええ、取り扱う品物が多岐にわたるもので、役割を分けているのです」
なぜか手を宙に差し出すようなポーズで語るオウミさん。
「指揮系統の頂点が複数人いると戦いで不都合がある冒険者ギルドや、知識の秘匿が必要な職人がいるギルドと違って商業ギルドは利権が複雑に絡むので代表が数人いることが普通です」
横からファスのツッコミが入る。ポーズを取ったままオウミさんの目が細められた。
「世間知らずの人族とは違い、姫君は価値ある知識を我が物にされているようだ」
なんだろう。言われていることに怒ってもいいんだろうけど、大仰な仕草のせいで力が抜ける。
残念なイケメンオヤジ……いや、これも商人としての擬態なのだろうか?
「ご主人様への不敬は許しません」
「これは文化ですよ姫君、冗談とでもお思いください。さて、英雄一行がここにはどのような御用ですかな?」
「琥珀貨の両替に来ました。あとダンジョンで拾えると言う『本』にも興味があります」
ファスが端的に答えるが、オウミさんは踊りでも踊るかのように体を大きく動かす。
「あぁ、それはそれは、もちろん両替はできますよ。銀貨一枚から可能ですが、本を買うのであれば金貨を両替することをお勧めします。有用な知識は何よりも高い価値で取引されますので。ギルド長である私自らがご案内しましょう。さぁ姫君、お手をどうぞ」
ファスに掌を見せるオウミさんの手に僕の手を重ねる。
「是非、案内してください」
「おや、英雄様を案内できるとは光栄です」
笑顔で握り返されてしまった。いまいち雰囲気が掴めない人だな。あと、微かに……魔力の揺らぎを感じる。これは……。
(ファス、なんか魔力を感じるけどスキルを使ってるっぽい?)
(はい、装備で誤魔化していますが、おそらく鑑定系のスキルを私達に使用して失敗したかと思います)
(周りのエルフもこっちを見ているしね。ミナ姫のこともあるし、ちょっと警戒した方が良いかもね)
叶さんもはしゃいでいた雰囲気を抑えて、オウミさんを警戒しているようだ。
「では、どうぞヨシイ様」
「……」
そしてそのまま手を繋ぎ、僕らは商業ギルドの奥へと歩き出した。
なんでおじさんエルフと手を繋いでいるんだろう……。
奴隷として紹介されて嬉しそうなファスさんでした。
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