第三百六十八話:ビオテコ観光④
「なぁ、ファス」
「何でしょうかご主人様?」
青空の下、枝と蔓が複雑に絡まった樹上都市。服装も整えて、皆と楽しく観光に行こうとしていたはずだ。
「どうしてこうなった?」
「私に言われましても……」
「みんな、隠れるの下手」
現在僕等は商業区の街をそれなりの速度で走っている。どうしてこうなかったかというと、単純に皆が可愛すぎた。服屋を出た瞬間に街の男どもに囲まれることになったのだ。
『なぁ、犬族の姉ちゃん。ちょっと付き合いなよ。エライべっぴんだな』『そこの黒髪の君、立ち姿が綺麗だな。人族だが話をしてもいいぞ。ついてこい』『翠眼、いや、なんと可憐な……是非屋敷へ』『あのエルフは一体どこの貴族だ。噂の翠眼? 馬鹿言うな、鉱山砦からここまでどれだけ離れていると思っておるのだ』『そこの男が付き人か、嬢ちゃん達俺の方が頼りになるぜ』『人族が森で狩り何てできるのかよ』『あいつ、お触れではA級冒険者らしいぞ』『嘘つけっ。どう見たって、チンピラじゃねぇか』
「今、私のご主人様に対してチンピラと言いましたか? 出てきなさいっ! 氷漬けに――」
「ファス、相手にするな。逃げるぞっ!」
と、獣人、エルフ、巨人族とわらわらと寄って来たので走って逃走している。ちなみに走力で劣る叶さんとほっといたら街中で暴れようとするファスを両肩に担いでいます。
「うんうん、今まで見るからに外の人って感じの格好だったから話しかけづらかったのかもね。それが今風の街の格好しているから一気に話しかけやすくなったと。あっ、真也君もうちょい揺れを抑えて……酔いそう」
「もうちょっとで撒くから我慢してくれっ」
叶さんが顔を青くし始めたので、街の高低差のある街の構造を利用して【空渡り】で移動することで追手を振り切った。わりと長時間追いかけてきたな……。僕らのことを知らない街の住人もいるようで、単純にファス達の容姿に惹かれて集まった者ほとんどだ。街で感じた視線の半分は皆とお近づきになりたかったということか……。二人を降ろして辺りを見渡す。目立ってはいるが、出待ちされていた先程のように寄って来る人はいないようだ。僕らが店に入ってからずっと待ってたんだろうな。
「とりあえず逃げ切ったか。これでやっと、街が見れるな」
背筋を伸ばす。走って実感したが調整された衣服は快適だ。気分も一心して街歩きと行こう。
「本も見たいですし、『琥珀貨』もいくらか両替したいです」
「まずは食材巡りと飯屋だべ。それにしても、ファスはともかくオラや叶にも雄から声がかかるなんてな」
いや、普通にトアも美人だけどね。
「容姿については自信があるけど、この国に来てこの扱いは初めてだね。差別意識はカルドウスの影響を受けていたアルタリゴノより全然緩いかも」
着替えの影響か皆テンションが高い。マップを記憶しているファスにどうするか聞いてみよう。
「えっと、ファス。色々見て回るならどこを目指せばいいかわかるか?」
ファスが周囲を見渡して建物を把握する。【精霊眼】でそれっぽい建物を見つけたようだ。
「幸い商業ギルドへ向かって走っていたようですので、そこを目指しながら観光しましょう。いくまでにきっと食材や色々なものを見ることができます」
「おなかへったー」
ミニ浴衣スパッツのフクちゃんが元気よく手を挙げる。確かに僕もお腹減ったな。
「よっし、じゃあ食べ物を見つけながら歩いていくか」
「では、西に進めばよいです。外週近くの物流の拠点近くにギルドがありますから」
ということで歩き始めるが、すぐに異変に気付く。周囲から視線を感じるのだ、すれ違う和装っぽいエルフや猿や鳥っぽい獣人、巨人族が僕らをじろじろと見ている。
「やっぱ、皆が目立つのか」
「そうですね。私は別に気になりませんが」
「なんか、オラも珍しがられているような気がするだ。犬の獣人なんて珍しくもなんともねぇんだけどなぁ。アルタリゴノでもポツポツいたべ」
「アルタリゴノはラポーネに近いから、ビオテコでは感じ方も違うのかもね」
「……ボクは隠れる」
フクちゃんは【隠密】を使って存在感を弱めているので、注目は集まらず僕の手を握って上機嫌に歩いている。便利だな……。人見知りをするフクちゃんは人が多いといつもは子蜘蛛の姿で隠れているが、折角の服を着たいらしく【隠密】を使って視線をかわしているようだ。
ファスの案内で街を進むと、甘い匂いがする。見回すとズラリと果実やキノコが並ぶ店が続いていた。
「この辺りが、食材を取り扱っているようですね。果実やキノコ、後は葉物が多いようです」
「旦那様、覗いてもいいだか?」
犬耳をピコピコ動かして尻尾をブンブンと振りまわすトア。鋭く冷静な印象の和装美人なのに、子供の様に目を輝かせている。
「もちろん。僕も興味あるしな」
言い切る前にトアはすでに品物に釘付けだ。苦笑しながらついて行くとズラリと並ぶ品物に目を奪われる。甘い香りの果実が目立つが色々あるな。すぐに店の奥から獣人が出てきた。
茶髪に黄色の猫耳、尻尾も耳も先は黒い。これは……猫? みるからに猫っぽい女性の獣人だ。
「ニャム……寝てた。いらっしゃい。うん? 狼族……じゃない、犬族? 珍しいねい。山猫族のネムだよ」
「カナエの言う通り犬族は珍しいんだな。犬族のトアだべ。いくつか品物を見たいだ」
獣人の名乗りをトアがするとパチクリとネムと名乗った猫の獣人が目を見開く。
「犬族はビオテコじゃあ、見たことないよ。狼族ならよくいるけどね。後ろには人族に……よくわかんねい子もいるね。旅人かい? まぁ、どうでもいいけどさ。品物は自由にみていいよ。興味があるなら古いものを試食してもいいねい」
「助かるだ。見たことないこれと、それと、これも見たことないだ。おすすめの調理方や味を知りたいだ。あと薬膳が食べられるお店も知りたいだよ」
「……肉以外はあんま食べないからわかんねい。果物は獣人なら、果肉が赤いのがおすすめだねい」
「店員なのに、品物のこと知らないのは問題でねぇか?」
「ネムは雇われだからねい。店長は一層に仕入れだねい」
なんか脱力するやり取りをしている。肉という単語にファスがピクリと反応していた。そういえば少しお腹が減ったなぁ。トアがしばらく店員とやり取りをして大量に食材を買い込んで通路側からは見えないようにいくつかの野菜をアイテムボックスいれて残りはリュックに詰めていた。小腹が減ったのでトアに教えてもらって果実を全員分購入。生食用の果実らしい。ぶよぶよした柔らかい感触だ。
「……結局果物以外の食材に関しては全然説明が聞けなかっただ。後で色々試してみるだよ」
ややげっそりした様子のトア、ネムさんはすでに店の奥の畳で座って寝ている。猫の様にマイペースな人だな。手に持った果実を食べると固いグミのような噛み応えで、味は柿に近い。前に食べたエルフが好む品種とは違い、ほんのりとした甘みだ。
「美味しい。グニグニして食感が不思議だね。これ、凍らせたらどうなるんだろう?」
「このくらいの甘味が丁度いいですね。凍らせますかカナエ?」
「うん、お願い……って、普通に固い……舐めるしかないか」
「マスター、食べさせてー」
フクちゃんに果物を食べさせながら店を出る。
「果物もいいけど、そろそろちゃんとした昼食が食べたくなってきた」
「だべな。一応薬膳料理の店を何件か聞いただ。どうするだ?」
トアがこちらを見てくる。
「僕はお腹減っているから行きたいな。皆はどう思う?」
「ご主人様の行きたいところが私の行くべきところです」
「私も少し減ったかな。この街の料理も気になるし、行こうよ」
「ごはん-」
フクちゃんはご飯モードのようだ。ファスもああは言っているがお腹を押さえているし、空腹っぽい。
「じゃあ、飯にしようか」
時折声を掛けられながら、街歩きを再開するのだった。
街を描くのが楽しすぎて、進みませんが、いっそこのまま観光を楽しみたいと思います(錯乱。
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