第三百六十六話:ビオテコ観光②
無音蜂に乗って、木々を避けながら街を進んでいく。
「そろそろ商業区画です」
ファスが下を指さす。荷車を引いている芋虫や薪を担いでいる巨人族が多く見られるな。
後ろを見れば叶さんがあっちこっち指さしている。風船鯨の時もそうだったけど、空の移動は地面ほど酔わないらしい。というか無音蜂がほとんど揺れないというのもあるだろう。薄い羽を見えないほどの速度で動かして微かな音で自在に障害物をよけていく。
「この蜂、本当に凄いな。めちゃくちゃ快適だ」
(……ボクの方が、ツヨイ)
フクちゃんがちょっと嫉妬している。ファスがフクちゃんを撫でた。
「フクちゃん私達の大事な仲間ですから、優劣ではないのですよ」
「というか、フクちゃんは十分凄いぞ」
(エッヘン)
二人で褒めると、機嫌が直ったのかファスに乗って得意げなポーズをとる。
そうこうしているうちに、グッと高度が下がる。どうやら着いたようだ。
出発した時と同じような、巨木の中間が駅のような乗り口になっている。階段のある乗り場に籠がつけられ降りると、カランカランと鐘の音がして猿の獣人がやって来た。女性のようで足首を縛ったズボンに刺繍の入った胸当てのみのヘソ丸出しスタイルだ。腹筋が割れており、筋肉質なのがよくわかる。これ以上はファスに睨まれそうなので止めとこう。
「はい、お疲れ様っ。って人族に翠眼っ!?」
また驚かれたので、適当に言って誤魔化す。ファスとトアも乗り場に降りてきて合流した。
「楽しかっただ。乗り賃はどう払えばいいんだべ」
「あんまり酔わなかったよ。これならもっと乗っても大丈夫かも! あぁ、スマフォがあれば撮影したのに……水晶の書庫みたいなダンジョントレジャーないかなぁ」
二人も空の旅を楽しんだようだ。仕切り直して、獣人のお姉さんから説明を受ける。
「いやぁ。驚いたよ、それで乗り賃だね。四人まとめてでいいかい?」
「いや、フクちゃん……従魔がいるので五人分払います」
今はファスの頭に乗っているフクちゃんを指さす。お姉さんが視線を向けると、フクちゃんは人見知りを発動してファスのローブの中へ引っ込んだ。
「気前良いね。乗って来た無音蜂は『図書館通り前』だから……冒険者さん達なら支払いは銀貨かな? 銀貨なら2枚だよ、だから合計で銀貨10枚だね」
「じゃあ、白銀貨一枚で」
ラポーネ国と同じ通貨が使えるのはアルタリゴノで確かめている。
銀貨を渡すと、お姉さんはしげしげと銀貨を眺めた。あれ? 何かダメだったか?
「あの、何か問題がありますか?」
「うん? いんや、外の人だなぁと思ってさ。これでも問題なく使えるよ、この街では『琥珀貨』っていう。独自の通貨が流通しているからね」
ピンと長い指でコインを弾いてズボンのぽっけに器用に入れる。
「へぇ、聞いたことねぇだ。アルタリゴノでも見なかっただよ」
「図書館が『本』の売買を管理するために作ったこの街独自の通貨だからね。詳しいことは私にはわかんないや。商業ギルドへ行けば両替もしているし、『本』以外は買えるから別に気にしなくていいと思うよ。ちなみに琥珀貨だと街の移動は少し安くなる。だから、無音蜂を使うなら琥珀貨を使う奴が多いのさ。まいどあり、またご利用よろしくねー」
そう言ってお姉さんは軽快には階段を登って行った。ファスは興味深そうに今の話を考えているようだ。
「ふむ、この大陸では商業ギルドが貨幣の流通を管理していて、独自の貨幣は基本的に禁止にしていると経済の本で読んだことがあります。つまりこの街の権力者の影響力は大きいようですね。この手の独自通貨は横領の温床になるのが世の常なのですが……」
なんだかファスが難しいことを言っているが、確かに悪いことできそうだよな。
「商業ギルドへ行って、いくつか『琥珀貨』に変えるのもいいかもね。『本』は絶対に買いたいし」
「とりあえず、降りて街を見てみようか」
「ナルミが言っていた、調味料や果実が気になるだ。薬膳料理も食べてみたいべ。っとその前に服だべな」
(オナカヘッター)
皆で乗り場から階段で少し上がって幹にある、入り口から螺旋状の階段を降りて地上に出る。
相変わらず高低差の激しい街だが、地上から見る風景はこれまでとはだいぶ雰囲気が違う。露天はあんまり無いようで、一階建ての木造の建物が並んで商店街のようになっているようだ。街の入り口や大きな通りでは格式ばった貫頭着が多かったけど、この辺りは和服っぽいというか衿がある服を着ている人も多いな。合気道をしていた人間としては袴とかあるなら是非購入したい。
「この辺はエルフも結構いるな」
「そうですね。ナルミの地図では区画の中まではわからなかったので、歩きながら散策しましょう。あちらに布を売っている店を見つけました」
相変わらずの視力で遠くの店を見つけたようだ。街並みに頭上を虫が飛び、遠くにはデカい鳥も見える。街は活気もあるし、建物を見る限り違う通りには大きな建物もあるようだ。周囲の目もあるのでファスはフードをしていた。僕もフードをしたいがマントだしなぁ。叶さんもフード被りながら、周囲を楽しそうにキョロキョロしている。色々目新しいものがあってつい寄り道したくなるが、それほど歩かずに周囲の店よりは少し大きな服屋についた。暖簾がかかっており、反物がずらりと並べられ、壁には服が掛けられている。
中に入ると、まだ若いエルフの女性が二人ほど迎えてくれた。エプロンをしていて、半袖のシャツにはエキゾチックな紋様が描かれている。
「いらっしゃいませ~。あの、人族の方ですか? 初めて見ました。すごいよミッテちゃん」
マロ眉と言えばいいのだろうか? おっとりとした雰囲気のエルフが手を合わせて感心したように僕を見る。こういう反応は初めてだな。
「ちょっと、何普通に話しかけてんのよ。ツミレ、この街は人族は入れないから」
ツミレと呼ばれた鳶色の瞳を持つ背の低いエルフが、強めの口調で返答しながら僕を指さす。
「私達は冒険者としてこの街へ依頼を受けてやってきました。この方は特別A級冒険者のシンヤ ヨシイ様です」
ファスがフードを脱ぎながら、僕を紹介する。叶さんもフードを脱いで、二人を観察しているようだ。
「ヨシイ……あぁ、商業ギルドからお触れが出てました~」
「吟遊詩人が歌っている【死線の英雄】ね。……姫様にメイド服を着せたっていう。とても話に出てくるような戦士には見えないけど。それで、うちは服屋よ。冒険者の武器なら二層へ行くことね」
「えっと、服が欲しいんです。この恰好じゃ浮いちゃうと思って」
「この街の服に興味があるんだよね。このお店の服素敵だからお買い物がしたいな。というか……和風な感じですごくいいよ。千早ちゃんとか好きそう」
叶さんが棚を見て回るが、確かに羽織のような薄い上着や足袋みたいな布製の靴もあるようだ。
「棚は展示だから触らないでよね。……綺麗な髪。夜空の色みたい」
ミッテが叶さんを見て口を開けて感心している。確かに綺麗な髪だよな。
「えっ、そう? ありがとう、嬉しいな。フクちゃんの泡とトアさんの料理のおかげだね」
「エッヘン」
「そう言ってもらえると嬉しいだな」
フクちゃんも、少女の姿になって出てきた。恰好はミリタリーメイドである。
「わっ、急に出てきた。可愛い~ですね~」
「ちっこくても【隠密】持ちなんでしょ。冒険者だもんね。いいわよ、この街の服を売ればいいのね。ただし、冒険者だからって割引とかしないから、うちは明朗会計でしっかりと払ってもらうからね!」
ミッテさんがこちらを指さすが、その方がわかりやすくていい。というか冒険者割引とか要求されたりするのだろうか。
「手持ちは割とあるんで、よろしくお願いします」
店の雰囲気もいいし、僕等相手に物怖じしない所が気に入ったのでここでお願いしよう。
「……頭を下げるなんて、本当に冒険者なの? やっぱり全然強くなさそうだわ」
「むしろ、そう思ってくれてよかったです。最近はどこでも怖がられてしまって……」
戦場ではエルフの兵士に化け物扱いされるし、【英雄】扱いなのにどうしてかメイド服好きの変態になってるし……。あれ? 涙が?
「く、苦労してんのね。とりあえず、男性服は私がみるから、ツミレは女性服をお願い」
「わかりました~。どうぞこちらへ~」
「あんたはこっち。ちょっと待ってて」
暖簾が外され、引き戸が締められる。そして、店の奥に案内されると懐かしいイグサの香り、畳によくにた敷物が敷かれた部屋に案内された。習慣的に靴を脱いだがミッテさんも靴を脱いだので正しいようだ。
「ほら、採寸するから鎧を脱いで」
「あぁ、はい」
マントを脱いでモーグ族に直してもらった革鎧を外す。
「……A級だけあって、とんでもない質の服を着ているのね。このシャツなんて一体どんな素材でできてるのよ。軽くて光沢があって絹みたいだけど、複雑に織り込まれてる。職人の仕事ね……」
シャツや肌着はフクちゃんが作ってくれたものを着てるからな。軽いし、とんでもなく丈夫だ。
「うちで一番高い品物でも、このシャツには足元にも及ばないわ……」
「えと、この街の衣服であればいいので」
「そうね。性能よりもデザインを優先するわ、装備とも合わせる形で考えましょう。といってもエルフの民族衣装は悪目立ちするでしょうし、冒険者なら狩装束はどうかしら? 街歩きなら羽織がいるわね」
渡されたのは藍色の羽織だった。シンプルなデザインだがしっくりくる。
「いいですね。でも袖が長いと急な時に動けないので前腕は出せる形にして欲しいです。あと袴はありますか?」
「垂らす感じね。ハカマ? 聞いたことないわ。どんな服なの?」
説明すると、似たような服があるとのことやったぜ。すぐに用意してもらう。
「【付与】をつけるサービスするわよ。花粉対策に【防塵】あたりがおすすめね。」
「お願いします」
ミッテさんも砂漠の職人のように服に【付与】ができるのか、元の世界でもあればいいと思うくらいには便利だよなぁ。10分くらいで【付与】が終わり、出された服に着替える。
「……強くなさそうって言ったけど、こうしてみると凄い筋肉。岩みたいな体をしているのね。大斧もはじき返しそうだわ」
着替えを手伝ってもらい感心される。鍛えているけど、あんまり太くならないんだよなぁ。
ファス曰く、体重は上がっているらしいので骨や肉の密度が上がっているのだろうか?
上は剣道着の様に下前と上前を重ね合わせて紐で結び、下はグレーの袴なのだが、サイゾウさんが着ているような裾を詰めているようだ。合気道的には足先を見せないことに意味があるんだけど。動きやすさならこっちのがいいだろう。靴は愛用の靴のままで十分だ。最後に羽織をゆるく着る。サイゾウさんが着ていた衣装に似てるな。
「……普通に和装みたいだ」
忍者服に羽織を着ている感じだ。日本人としてはしっくりくるし、道着を思い出して身が引き締まるな。後でフクちゃんに再現してもらおう。
「黒髪と藍色があってるわね。エルフの民族衣装によせるよりもこっちの方がいいわね。流石私っ、じゃあ女性陣の手伝いに行くから待ってなさい」
そういってミッテさんは奥に引っ込んでしまった。ファス達の服装も楽しみだ。
次回は女性陣の服です。
追記:投稿時間間違え……いいねしてくださった方がいるので、このまま公開します!!
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
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