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第三十七話:無責任な言葉

 キズアトに会いに行く頃合いを計ろうと思い、気を引き締めて部屋に入ると、さっそく問題が起こっていた。


「……ベッド一つじゃん」


 そうベッドが一つだったのだ。そりゃあ牢屋では一つのベッドで寝てたし、野宿でも引っ付いていたが。

 牢屋ではギースさんの稽古で疲れ切ってすぐに寝てたし、そもそも吸呪でそれどころではなかった。


 ところが諸君(誰に言っているんだ)、今の状況はそれとはまったく違う。

 今日は戦闘の一つもしてないし(チンピラに絡まれたけど)、ファスの呪いも完璧に解けている。

 そして僕らが今いるのは宿屋の一室だ。否が応でも意識してしまう。

 

 こんな時に限ってフクちゃんはキズアトの部屋を調べるためにいない。

 いや、ファスと『そういうこと』をするのが嫌ってわけじゃないが……。


「えぇ、いつも一緒に寝てましたし。これで問題ないでしょう」

「いや、ファスもいつも狭い寝床で窮屈だったんじゃないか、ここは女将に言ってベッドが二つの部屋に……」

「広いベッドですから問題ありません。それともご主人様はお嫌でしたか?」


 フード越しに潤んだ瞳でじっとこっちをみてくる。ノータイムで白旗を揚げる以外の選択肢はなかった。


「……嫌じゃない」

「キズアトを買い取るのでしょう? ですから……その……二人きりになれる時間は減るでしょうし……あの、それに……」


 そこでファスは言い淀み、俯き、そしてフードを脱ぎながら顔をあげ、僕の頬を両手で挟んだ。


「私を抱いてくださると言ってくれました」


 それは、オークデンの屋敷でファスと出会って間もない頃に僕が言った一言だった。


 そのまま僕はわずかに引き寄せられファスは真っ赤な顔で背伸びをして距離を縮める。

 ファスの目が閉じられ鼻腔をどこか柔らかな甘い香りが通り過ぎて、そっとキスをされた。


 唇が離れ、ファスの目が開く、そして僕は自分の気持ちに気付き猛烈に恥ずかしくなった。

 あぁ、でも伝えなくては。ファスを抱きしめ想いを伝える。


「ごめんなファス。なんだかさファスが遠くに行ったような気がしてたんだ。その……綺麗だし、スキルも俺よりも強いし、僕なんかとは釣り合ってないんじゃないかって思っていたんだと思う」

「私はご主人様のものです」

「うん」

「私が一番奴隷です」


 そこ大事なんだ。


「わかった」

「それなのに、ご主人様はちっとも私を求めてくれません。は、歯とかいつも磨いてたのに、口付けも最初の一回だけでしたし!」


 ……なんか僕、男としてかなりダメだったんじゃないか? 新婚なのに仕事にかまけて妻をほったらかしにして寝る亭主のイメージが頭をよぎる。


「悪かった。その、これから頑張るから」


 もうなんか顔真っ赤だ。完全にやり込められてしまっている。


「はい、頑張ってください。キズアトを買い取るのであれば三人分も頑張る必要がありますからね」


 さっきまで顔真っ赤だったファスは小悪魔のような笑みを浮かべ僕に体重を預ける。

 ……ん? 三人?


「ファス、三人って? というかキズアトとそういう関係になるって決まったわけじゃないし」

「私とフクちゃんとキズアトで三人です。あとキズアトのこともちゃんと可愛がってあげてくださいね」

「フクちゃんも入ってるのか、キズアトのことは、まぁ相手の気持ちもあるし……」

「ハァァ、ご主人様はキズアトの傷を治すんですよね?」

「そのつもりだ。その後でキズアトにどう生きていくのか聞こうと思っている」


 そう言うと、腕の中にいるファスは僕をジト目で僕を見てもう一度大きなため息をついた。


「ご主人様、自覚がないようなので言っておきますけど。私やキズアトのように異性から優しくされた経験がない女性に優しくする意味を考えてくださいね、それでなくともご主人様は魅力的ごにょごにょ」


 最後の方は聞き取れなかったが、言わんとすることはわかる。

 責任は取らないとってことだな。(少し違う気もする)

 なんてことを考えているとキズアトを追っていたフクちゃんから連絡が入った。


(ボクガ、ニバン)


 僕等の会話聴いてたんかい!! 高速でファスと距離をとる。あのこっぱずかしい会話を聴かれていたのか、死にたくない僕だけど今だけは死にたいぞ。 


「ふ、フクちゃん。邪魔はしないと約束したじゃないですか!!」


 しかもどうやらファスとフクちゃんの間で密約がなされていたらしい。いつの間にそんな話をしていたんだ。


(ゴメン、デモ、キズアトガ、アブナイ)


 どうやらキズアトに何かあったみたいだ。フクちゃんの糸はまだ指に巻き付けいるので音は聞こえるはず。


「フクちゃん、もう一度そっちの音を送ってもらえるか、それと何が起こったのか説明してくれ」


(キズアトガ、アイツノ、ヘヤ、イッテ、イジメラレテル)


 アイツというのは女将のことだろう、キズアトの背中にあった傷が思い浮かぶ。

 やはり虐待を受けているのだろうか?


『この穀潰し!! 醜い畜生が!!』

『がぁあ、あぁ、い、痛い。女将さん許してほしいだ』


 テレビのつまみを回して小さな音量を上げるように徐々に部屋の音が聞こえてくる。

 それに比例して僕等の怒りも上がっていく。肉に鈍器が叩きつけられる音と悲鳴が絶えず糸を伝って頭に響く。


「ご主人様、これは、もう聞いてられません」

「同感だファス。フクちゃん、女将に気付かれずに相手の意識を奪うことはできるか?」

(コロス?)

「殺しちゃダメだ。正式にキズアトを買い取ってないからな。眠らせるくらいでいい」

(ワカッタ)


 キズアトと話をするなら今だろう。ファスにキズアトがいる場所を聞き大まかな場所を教えてもらう。


「じゃあ行ってくる」

「はい、キズアトのこと助けてあげてください」


 その言葉を背に窓から外にでて【ふんばり】と【掴む】を駆使して壁を伝い移動する。まるでスパイダーマンにでもなった気分だ。

 夜の暗闇に紛れ女将がいる場所の近くの窓から中に入り、通路を通りキズアトの下を目指す。

 その間にも女将の罵声とキズアトの悲鳴は途切れることなく続いてた。


(ネムラセタ)

『ハァ、ハア、女将さん? フクちゃん、どうしてここにいるんだべか?』


 フクちゃんからの念話が入り、悲鳴が止む。周囲に人がいないことを確認しながら進むと、奥まった場所に隠れるように部屋が一つあった。

 入ると、そこには倒れている女将とフクちゃんの泡まみれになったキズアト(多分上半身裸)の姿があった。

 部屋に窓はなく扉も壁も分厚いこれなら音は漏れにくいだろう、壁には拘束具とブラックジャックのような鈍器に焼きごてまで置いてあった。


「まるで拷問部屋だな。大丈夫か?」


 その言葉にキズアトは一瞬相好を崩すが、すぐに怒りの表情を浮かべ僕に食って掛かる。


「ヨシイ……よ、余計なことはしなくていいべ。いつものことだ」

「なおさらほうっておけないな、そのうち死ぬぞ」

「うるさい!! じゃあ死ぬべ!! そうなりゃ楽になる。そうだべ、オラなんか生きていてもいいことなんてなくて、それで良かったのに……それが全てだったのに、ヨシイがオラを助けるから!! 今だってそうだべ、こんな、こんな惨めなところ見られて、オラはどうすれば……」


 キズアトは項垂れて、嗚咽を漏らす。フクちゃんは何も言わず泡を吐き続けている。

 僕はなんて声をかければよいのだろう。優しい言葉で励ますのか、厳しい言葉で叱咤激励するのか、言いたいことはあったはずなのに、暗い部屋で冷たい床に引っ掻くように縋るキズアトを前にしてかける言葉を失ってしまった。

 正しい言葉なんてわからない。でも気持ちは決まっていた。


「キズアト、僕は今日ここに君の思いを聞くために来たんだ。もし君が自由を望むならそうするつもりだったし、そうでないにしてもキズアトの気持ちに沿ったように努力しようと思っていたんだ」

「じゃあ、ほうっておいてくれ、それがオラの望みだべ」


 森で傷を治す提案をしたときに見せた投げやりな笑みを浮かべながら、犬が唸るようにキズアトがそう言う。


「思って『いた』って言ったろ、今は違う。キズアト、初めて会った時から思っていたことがあるんだ」

「……なんだべ?」

「その顔さ、そっくりなんだよ。諦めて、楽になって、逃げていた、僕の顔にそっくりだ。死ぬことばかりを考えていた時の僕そのものだ。だからなのかほうっておけないんだ」

「……何が言いたいんだべ?」

「もし死にたいなら殺してあげるけどどうしてほしい? なんて聞きはしない。キズアト、君は生きるべきだ」

「意味がわからないだ、ヨシイ、殺してくれるなら死んだ方がましだってオラは思うだ」

「ダメだキズアト、だって、僕が君に生きていて欲しいんだ。サブサラル美味しかった。君の他の料理も食べてみたい、その顔や体の傷だって治したい、だから生きてもらわないと困るんだ」

(キズアト、シンジャイヤ)


 泡を吐き終わったフクちゃんがそう言ってキズアトの頭に乗る。


「……なんだべ、それ、無茶苦茶だヨシイ。勝手すぎるべ」

「そうともさ、勝手で無責任な僕の気持ちだ。だからキズアト、止めたって無駄だからな嫌だって言っても僕は君をこの場所から引き抜く。そんで我がパーティーの料理人として働いてもらう。だから絶対怪我は治すからな」

(サンセイ)

「フクちゃんまで……でもきっとオラなんか怪我がなくてもきっと足手まといで……」

「僕が勝手にするんだから、キズアトが何を思っても関係ないな」

「フ、フフフ、ヨシイ、なんてひどい男だ。オラの気持ちは無視だべか」

「そうだな、森で僕等と出会ったのが運の尽きだ」


 床につっぷしたままキズアトは涙を流しそしてコテンと横に倒れ仰向けになり僕を見る。

その顔には張り付けたような笑みは消え、グシャグシャの泣き笑いの表情が浮かんでいた。


「ホント、オラはついてないべ。きっと一生分の運をあの森で使ってしまったんだべな」 


 その言葉が暗い牢屋の中に月明かりのように、静かに響いた。

遅れてすみません。すべてはすぐにいちゃつくバカップルのせいです(違う)。ここにフクちゃんとキズアトも加わるのか……。

というわけで次回予告です。次回、女将に札束ビンタします、お札がないので金貨ビンタかな?


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[良い点] この話一番好き [気になる点] 言い出したら止まらないのでやめておきます
[良い点] ここで主人公がヘタレずに行ったのはいいぞ! ここからの展開がさらに楽しみになってきた。 [気になる点] 全く無し [一言] 読む事に面白くなってくる作品の執筆ありがとうございます。
[一言] ツインをダブルで間違えた若気の至り…。
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