第三百六十三話:時間稼ぎ
高位のエルフにしか現れない翠眼。完全な翠眼はもう大分現れてないと言う。ファスに似たニグナウーズ初代国王がその瞳を持ち、おとぎ話の中の存在のような存在となってしまっている。そのエルフが現れ、しかも人族に従っていると言う。誇り高いエルフ達は姿勢こそ崩さないものの、血走った目でこちらを見た。
百の視線を受け止めてファスは揺るがない。凛と胸を張って前に立つ。
トアは不敵に嗤い、叶さんはこちらを見て頷いた。
(コロス?)
「大丈夫だフクちゃん。ありがとう」
ファスのローブの中にいるフクちゃんにお礼を言って、蜥蜴から降りて前にでる。
「特別A級冒険者……いや、ファスの主の吉井 真也です」
宣言を受けて、ソウゲンさんが腰の剣に手を乗せる。
「ソウゲン、彼は私が雇った冒険者ですの。無礼は許しません」
ミナ姫の言葉を受けてもソウゲンさんの剣から手が離れない。
「人族は信用なりません。過去の経緯はご存じでしょう?」
「王位継承権第一位の私、そしてイワクラ家、さらに冒険者ギルドの推薦がある以上、問答は不要ですわ」
「いいえ、姫様。私の進退を賭けて進言させていただきたい。これがただのエルフならば、他国のことと枝を食み精霊に黙して、目を逸らしましょう。【ビオテコ】での活動ももちろん認めます。しかし、彼女は翠眼です。その瞳が本物であれば……森の加護を受けた高位のエルフなのです。何があったか知る由もありませぬが、人族に買われた種族の宝を見過ごすわけにはいきませぬ。信用にたる人物であると示してもらわねば民が納得しませぬ」
「であるならどうすると? 腕試しでもするのですか?」
「……僕は構いませんよ。アルタリゴノでも冒険者ギルドでやりましたから」
またか、という気持ちもあるが僕としてはこの方が話が早い。
「ご主人様だけが試されるのは納得できません。私も自分の意思でご主人様と共にいることを証明します」
ファスもロッドを構える。ソウゲンさんは僕等を向く。
「ふん、ならば証明してもらおう。貴殿が冒険者であることを加味して依頼という形式でその力を示してもらう。内容は【月光熊】の討伐だ。最近、近くの森で暴れていてな。B級討伐の魔物だが力をつけてA級にも匹敵するかもしれん。【死線の英雄】と祭り上げられている貴殿ならば余裕だろう?」
「「「……」」」
全員がなんとも言えない表情で沈黙する。えーと、確か昨日の晩御飯は……。
誰が言う? みたいな空気になってしまったので、一応僕が手を挙げる。
「あの、一ついいですか?」
「なんだ? 森について土地勘が無ければ冒険者ギルドから応援を雇ってもいい」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「……はっきり言っていただきたいのだが?」
「月光熊っていっても、アルタリゴノの街の近くでも見ましたし、色んな個体がいると思うんですけど? 何体かいるんですか?」
ワンチャン違う個体かもしれない。アルタリゴノでも狩ったし。
「奴らは縄張り意識が強い。この辺りには一頭しかおらん」
(おいしかったー)
うん、だよね。昨日フクちゃんが狩ったやつだよね。
「……トア、証明できる部位はあるか?」
「皮を取ってるだ。肉もあるだよ、後で調理しようと思った熊の手もあるべ」
トアがアイテムボックスから体長3メートルほどの熊の毛皮をドスンと取り出し、枝肉やでかい肉球を並べた。ちなみにナルミは必死で笑いをこらえており、ミナ姫はすでにドヤ顔をしていた。
「はっ? これは……月光熊……」
「すみません。その熊、昨日パーティーのメンバーが狩っちゃって……」
「……」→ソウゲンさん。
き、気まずい。こっちも主としてとか気合を入れていただけにいたたまれない。
「ソウゲン。これはもうシンヤ殿を認めるしかないと思いますの。貴方の非礼も許します。民への理解なら街に入り口のあるダンジョンに入ればすぐにでもシンヤ殿の力は証明されます」
ドヤ顔のミナ姫がそう提案すると同時に、ギルドマスターのエンリさんも木の葉を散らして現れる。
「兄者、その辺でよいであろう。元より月光熊程度ではシンヤ殿の力は計れん。ギルドにとって特別A級冒険者の称号は軽くはない。かの【結晶竜】は魔王種の中でも上位であることは明らか、それを倒した御仁に対してB級討伐程度で力量を計るということは彼に依頼をしたサイゾウ殿を始め冒険者ギルドに対する信頼を疑う行為になりかねん。そうなるとギルドマスターとして抗議せねばならない」
エンリさんの言葉を受けて、ソウゲンさんはミナ姫に深く頭を下げる。
「……申し訳ありません姫様。私が間違っておりました。どうぞ、宴の準備ができております」
一瞬鋭い視線を僕の方に向け、その後ファスを見た後ソウゲンさんが慇懃無礼に礼をして兵士達に指示を出す為に踵を返した。エンリさんも目を離した隙に消えている。サイゾウさんといい、この国のギルドマスターは忍者みたいなエルフなのか? 二人がいなくなったのを確認してナルミはため息をついた。
「はぁ……ミナ。いくらなんでもお前、舐められすぎだろ」
「見え透いた時間稼ぎですの。挑発にのるだけ時間の無駄ですわ」
「時間稼ぎ?」
気になって聞き返すとファスが目を細めながら耳打ちをしてきた。
「周囲に隠れているエルフが数名います。月光熊を狩に出れば妨害されたかもしれません」
「……へぇ」
「私達が戦場からここまで数日で移動してきたのは、予想外だろうからな。色々あるんだろうさ」
僕等がこの街に入ることをよほど嫌っているらしい。
「よくあることですの、まずはお父様の治療を優先して動きます。安心できる場所を確保しましょう。シンヤ殿も拠点ができるまでは注意してくださいまし」
「わかりました」
そして、兵達の準備も整い蔓の道を進み樹木で出来た門を潜り、僕等は【ビオテコ】へと入ったのだった。
進行が遅くてすみません。さっさと街に入りたかったのに、挨拶で一話使ってしまいました。次回は街の様子をしっかりと描いていきます。
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