第三百五十九話:泉にてプカプカ
「……何やってんだお前」
「す、すごいですわ。『ドリュアードと旅人の悲恋』の詩で出てくるアイラノートですわ。本物初めて見ましたわっ! ナルちゃん、【水晶の書庫】で記録してくださいましっ! お城で画家に絵をかかせますのっ!」
泉から戻った僕を見て、呆れたナルミさんと興奮するメイド服のミナ姫である。
「……僕が聞きたいです」
泉から離れると小さくなり、少女の姿になった水の魔物『アイラノート』は僕の腕にぶら下がっていた。身長はフクちゃんの少女姿ほどで、赤い鉱石の瞳と身体の部位ごとに色の濃淡がある。髪と思われる部分は腰まで伸びており、前髪も長い。ただし、透けているので目は見えると言うちょっと不思議な感じだった。泉で飛びついてきてから、一向に離れてくれないのだ。敵意が無いので様子を見ている。ファスとフクちゃんは警戒し、トアはいつも通り、叶さんは嬉々として考察を始めていた。
「ミー!」
「攻撃されなかったとはいえ、察知できなかったのは不覚です……移動による接近ではありませんでした。本当に急にそこに現れたのです。【転移】系のスキルを持っていると考えるのが妥当でしょう。私の【精霊眼】の弱点の一つですね。ところでご主人様、そろそろ力付くで引き剥がしてもよろしいでしょうか?」
「さんせいー」
「いや、なんか離そうとすると泣きそうな表情になるから、心が痛むんだよ」
アイラノートに対抗して少女姿になったフクちゃんが反対の腕に抱き着いてくる。フクちゃんの瞳も赤なので、この二人の印象がちょっと似ているな。フクちゃんの瞳の方が深い赤なのだが。
「フクちゃんはアイラちゃんの言っていることはわからないの?」
「んー、わかりづらい。『ご飯ちょうだい』? みたいなこと言ってる」
どうやら、アイラノートはフクちゃんでも意思疎通が難しいようだ。
「『ご飯』だべか。何を食べるんだべ。オラに作れるならご馳走するだ」
「いいえ、この魔物は体のほとんどが水です。スライムのように酸で吸収するようでもないですし、おそらく食料は体を維持するための水と魔力でしょう。どうやって食べるのかはわかりませんが」
ファスの言葉を聞いて、叶さんが顔を寄せてくる。
「お約束だと、真也君が前にもらった魔石とか関係ありそうじゃない?」
「なるほど、試してみようか?」
アイテムボックスをゴソゴソしていると、ナルミが泉の方に歩き出す。
「私達は水を補充するぞ、ファスの【水魔術】があるが、泉の水があるならそっちで補充した方が楽だろう。逃走で体が汚れた者もいるしな、沐浴ができるならそれにこしたことはない」
「私はアイラノートを見てますわ。本当に不思議な魔物です」
ミナ姫が撫でても、拒否感なく受けいれるアイラノート、人に慣れているのか敵意を見極められるのかわからないが、確かにここまで無抵抗な魔物は珍しいかもな。
アイテムボックスから、青色の魔石を取り出すとアイラノートは露骨に反応して僕に石を握らせる動作を繰り返す。
「ミー、ミミッ」
「これは……魔石に魔力を込めればいいのか?」
ぶっちゃけ、体内の魔力のコントロールとかは割とできるようになったけど、体外に出すのは苦手なんだよな。呪いのコントロールのおかげでちょっとはできる。
「ほいっ」
【呪拳】を使うイメージで魔力を石に入れようとすると、わりと簡単に魔力が流れ込んでいった。
「ミーっ!」
おっ、なんか喜んでいる。……これ、僕を餌として見ていたのか?
「ご主人様は単純な魔力量なら私より多いですからね」
「ファスさんと同じとか……私よりも遥かに多いんだけど。でも確かに真也君は広範囲にフクちゃんの【念話】を使った通話出来たもんね。あれ、普通はすごく疲れるから」
え? そうなの? 魔力切れとかしたことないからわからんかった。
「……知らなかった。まぁ普段は自分の魔力は意識しないからなぁ。敵の魔力はわりと見えるようになったんだけど」
魔力の使い先があればよいが、そもそも今のところ持っている【スキル】で魔力を多量に消費するものないし。
しばらく、魔力を流すと魔石に魔力が入らななくなった。アイラノートを見ると、お腹を押さえていた。どうやらこれで一杯らしい。
「ミ……ミミっ。ミミー!」
何かを訴えてくるが、当然内容ははわからない。
「『竜、お礼、水、呼んで』だって、後はわかんない」
「竜の単語が出るなら、何かありそうだね。考察が捗るよ」
フクちゃんがわかるところだけ翻訳すると、アイラノートは満足したのかグニグニと姿を変えてよく見るスライムの形になって僕の頭にのった。例によって体積とか質量とかどこいったのかは謎である。
「むっ、ボクも」
子蜘蛛状態になったフクちゃんが肩に昇って来る。同じ魔物ということで張り合っているが、どことなく楽しそうだ。
「考えるのもいいけんど、そろそろキャンプの準備もするだ。急な移動に備えてテントは使えないから、竈だけ作っとくだよ。フクちゃんも周囲の警戒を頼むだ」
(あいさいさー)
「沐浴がしたいですね。飲み水を確保したら見張りをしながら泉に入りましょう」
「お任せくださいですの。こう見えて火おこしは得意ですのよ、鉱山砦で横穴を掘る時に習得しましたの」
「……ガォ」
ファスが白い火を吹く。そして、ドヤ顔でミナ姫を見ていた。
「それはズルですわっ!」
何てやっているうちにハルカゼさん達が水の補充を終え、僕等のアイテムボックスに入れていた干し肉を水で薄めたスープと保存のきく固いパンをちぎって全員に配る。少ないが、食料を運んでいた客車を置いて来たのでしょうがない。一応、【転移者】達にもスープを渡しているが空腹で騒ぎ始めていたのでフクちゃんが毒霧で眠らせていた。
そして、沐浴なのだが……。
「今はミーナですの。メイドなのですから、ご主人様と入っても何もおかしくはないですわ」
「顔真っ赤にして何言ってんだ。さっさと行くぞミーナ。シンヤ、私達が先で良いか?」
「ナルちゃん、ここで下がったら女がすたりますことよ。確かにまだ恥ずかしいですけれど、いずれ……てっ、ちょっと引っ張らないでくださいまし」
「どうぞどうぞ、なんなら僕は体を拭くだけでいいよ」
ナルミがミナ姫と護衛のメイドを連れて細い割れ目の向こうの泉に向かっていく。僕以外は女性ばかりなので肩身がせまいぜ。
「耐性があるとはいえ、鱗粉を被ったのですから念のため水で流すのは大事です」
「照れなくていいだよ旦那様。アイラも泉に行きたそうだし、メイドさん達が入ったらみんなで行くだよ」
すっかりなじんだアイラノートは『アイラ』という愛称で呼ばれることとなった。今は、子蜘蛛状態のフクちゃんとミニスライムの姿でじゃれ合っている。
「綺麗な泉を汚すのは心苦しいけど……『小道』の水は入れ替わりがあるらしいし、しょうがないよね。あっ、もちろん真也君も一緒だからね」
「……わかってる。別に……嫌ってわけじゃないんだ。少し恥ずかしいだけで……」
皆の主人として頑張ると決めたのだ。いつまでも照れてる場合じゃないよな。
ナルミ達が戻って来たので、入れ替わりで亀裂に入り泉に前まで移動する。これ? 下着も脱ぐのか? とか思ったら皆は景気よく脱いで水に入って布で体を拭き始めた。覚悟を決めて、僕も全裸になって泉に入る。冷たい水に肺から息がもれるがすぐになれる。アイラは体を変えて大人の女性の姿になる。丸みのある女性らしい体系だった。
(ずるい)
「……同感です」
平たい二人が豊満になったアイラにジトっとした視線を向ける。アイラは得意げに自由に泉を泳いでいた。
水に溶けるってわけでもないんだな。アイラを見ていると、簡単に体を拭いた皆が寄って来る。
「ご主人様、お拭きします」
「自分でできるけど?」
「お体を拭くのは私の仕事ですよ?」
イタズラっ子のような表情でファスが布を持った。
牢屋で動けなくなるまで修行をしていた時は、よくファスには体を拭いてもらっていたな。
「じゅんばん」
真っ白な肌を晒しながらぴょんとフクちゃんが手を挙げる。その後ろにはトアと叶さんが並ぶ。
ということで、皆に交互に身体を布で拭かれたのだった。アイラに確認してからフクちゃんの泡をつかって肌のケアをして、その後はせっかくなので泉の深い所で泳ぐ。
……うん、ここまで僕が全力で平静を装っているのがわかっただろうか?
泉で戯れる皆の姿は蠱惑的で、そりゃあもう眼福なわけだが。こんな場所で何かをするわけにもいかないので我慢するしかないのだ。これが安全な森とかなら皆に接近された時に奇声の一つでもあげるところだった。もう皆には僕がムッツリだとはバレているだろうけど、男にはバレているとわかっていてもオープンにできないことがあるのだ。
落ち着くために、冷たい泉に浸かって必死に頭を冷やす。
「わっぷ、オラ。みずかきしかできねぇんだ」
「私は泳げますよ」
「それ、魔術で水を操っているだけじゃない? でも、気持ちいいねー。レベル上げと【竜人の眷属】で体が丈夫になってるから普通なら冷たい位の水でも全然平気だよ」
「ぷかぷかー」
「ミーっ!」
アイラが水流を動かしてくれたので、沐浴だけだったはずなのに、皆で流れプールのように泉を楽しんだのだった。うん、次はもっと安全な状況で楽しもう。
心の中でそう誓って、今は生殺しを耐えたのだった。
展開が遅くてすみません。次回はいよいよ新しい街に着きます。
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