第三十六話:鉄の狼亭
キズアトが働いている宿屋は『鉄の狼亭』と言うらしい、なんか強そうな名前だ。
冒険者ギルドから三十分ほどの場所に『鉄の狼亭』はあった。そこそこ大きな建物で宿の外にまで中の喧噪が聞こえる。なかなか賑わっているようだ。いい匂いもする。
「ここか、いい匂いだな」
「はい、香辛料と揚げ物の匂いです。お腹が減ってきました」
(ボクモ、オナカペコペコ)
二人とも屋台の串焼きとか果物とか食べてたはずなんだけどなぁ。まぁ僕もお腹減っているけど。
店に入ると、恰幅の良いおばさんが対応してくれた女将さんだろうか?
「いらっしゃいませー。お食事ですか? お泊りですか?」
「両方で、部屋は空いてますか?」
「あら、お客さん運がいいわね、ちょうど団体が捌けて今なら空いてますよ、どの部屋がいいですかね? といってもシングル以外はダブルかツインしかありませんけどね」
どの部屋? どういう意味だ。外泊なんて修学旅行でしかしたことないし、この世界では基本的に牢屋か野宿だったからな。とりあえずベッドが二つある部屋がいいだろう。
ファスをちらりと見ると「心得てます」とアイコンタクトを返してきた。
「ダブルでお願いします、先に食事をとりますので後で部屋に案内してください。部屋にはお湯を持ってきてもくださいね。部屋代はいくらになりますか?」
「ダブルですね、ウフフ、なるほどねー、料金は一晩で銀貨三枚だよ。青銅貨一枚追加すれば朝食と体を拭く布が付いてきますよ。湯は一日三回まで無料だからね」
さすがファス。よくわからんがちゃんと注文してくれたな。さて、冒険者としてしばらくこの町にいる予定なので数日分借りたほうが良さそうだ。とりあえず一週間ほど部屋を借りるか。
「ファス、とりあえず一週間ほど借りればいいかな」
「妥当だと思いますが、部屋の確認はよいのですか?」
「うーん、必要ないんじゃないか、野宿よりはマシだろ」
「そうですね」
というわけで一週間分の宿代を先払いした。
「おや、お客さん払いがいいね。男はそうでなくっちゃ。ではお席にご案内しますね。朝食以外は別料金ですからそのつどここでお支払いくださいね」
「了解です。ところでキズアトという獣人はいませんか?」
料理人と言っていたから厨房にいるだろうけど、来たって挨拶くらいはしたいからな。
そう言った瞬間、女将さん(暫定女将というだけで確認はしてない)はピタッと歩みを止めた。
「お客さん、どこでその名前を?」
女将さんや顔は笑っているが、目が笑ってないぞ。
「どこって……本人から聞いたんですけど」
「そうですか、うちの厨房にそんな名前の子がいたかもしれませんね」
そんな怖い顔して、いたかもしれないってことはないだろ。だがここで掘り下げても無駄そうだな。ファスはフード越しに女将さんを睨み付けている。話題を変えるべきだろう。
「そうですか、ところでこの宿の名物ってあるんですかね」
「そりゃあありますよ、『サブサラル』っていう鳥皮に芋を詰めて揚げた料理なんですけどね。そりゃあもう絶品だって言われてるんですから」
途端に調子よく女将さんが返答してきた。たしかキズアトが言ってた料理の名前だな。名物なのか楽しみだな。……女将さんの思わせぶりな態度さえなければ食事に集中できるんだが。
席に案内されると、女将さんが従業員の若い獣人(多分猫の獣人かな)の娘を呼んで自分はさっさと奥に引っ込んだ。
「ご注文をお伺いします」
「あぁ、ファス。注文を」
メニューが読めんのです。いや文字はわかるけど、どんな料理なのかわからん。
「えと、何を注文すればいいのか」
「ファスが美味しそうって思ったやつで」
「あの、ご主人様? 私奴隷なのですが」
「今更だと思うけど」
屋台の串焼き食べてたじゃん。
「それはそうですが……じゃあとりあえずこのサブサラルを、あとは麦パンをください」
「かしこまりました。飲み物はエールでいいですか?」
「ご主人様、お酒は飲まれますか?」
未成年なんですけど、いやこの世界では成人している年齢なのか? 正直どんなものか飲んでみたいが今はいいだろう。キズアトのことが気がかりだ。
「いや、いい」
「わかりました。では水をお願いします」
従業員が注文を確認し去っていく。
「ご主人様、厨房には四人ほど人がいます。おそらくキズアトもその中にいるでしょう。先ほどの女性が厨房へ向かっているようです」
すぐにファスが状況を伝えてきた。
「前々から気になってたけど透視能力でもあるのか?」
「透視能力というよりは見えるものを選択できるという感じです。上手く説明できないのですが、建物や人を伝っている魔力の流れを見定めると言えばよいのでしょうか」
恐るべし【精霊眼】一体どんな風に世界が見えているのか興味あるな。
「話を脱線させて悪い。キズアトの話をしたときの女将さんの様子どうだった」
「表情や体の強張りから察するに、あまり良い印象はもちませんでした」
(イヤナカンジ)
「フクちゃんもそう思うか、キズアトの身体には比較的新しい傷があった。関係あるかもな」
(ボクガ、ミテクル、イトデ、ツタエル)
糸で伝える? どういうことだ?
「お願いしますフクちゃん。ご飯はちゃんととっておきますからね。ご主人様、フクちゃんの糸を指に巻き付けてください、糸越しにフクちゃんが聞いた音を念話として伝えることができるんです」
高性能の糸電話みたいなものか、なにそれ便利、というか僕がいない時にそんな技を編み出していたのか。フクちゃん……恐ろしい子。
(イッテキマス)
【隠密】を使っているのかフクちゃんはすぐに人混みに紛れて行った。フクちゃんの念話を聴く要領で頭の中に音が伝わってくる、変な感じだな。
先に置かれたお冷を飲みながら待っていると、先ほどの女将さんの声が聞こえてきた。
『なに勝手に、うちの名前をだしているんだい! あんたみたいな醜女が料理を作っているなんてことがばれたら客が逃げるじゃないか! いくら顔を隠していてもこっちには外聞ってもんがあるんだ、客商売なんだよ!』
『も、もうしわけねぇだ、女将さん。でもヨシイ達は芋を分けてくれて……それで嬉しくて……』
『関係ないよそんなこと!! 飯炊きしか能のない奴隷のクズが、なに言い訳してんだい。森で死ねば少しは溜飲も下がったものを、布越しだろうとその醜い面をみるだけでイライラするんだよ!!』
バキッ、と音がする方をみると握っていたコップを握りつぶしていた。頭の中には途切れることのない罵声が続いている。
「ご主人様、抑えてください。周りには冒険者もいます」
そう言うファスも抑えてはいるが魔力の高まりを感じる。
「……なぁファス。こういうことってどこにでもあることなのかな?」
「私は世間知らずではありますが、それでもこういったことはそう珍しくないと思います」
「彼女を今の状況から助けることは自己満足の偽善かな? 彼女をもっと不幸にしてしまうかもしれない」
「私にはわかりません。でもそんなことは重要ではないと思います」
ファスはその深緑の目で僕を見てこういった。
「誰に偽善と罵られようと、ご主人様が何をしようとも、私はご主人様のお傍にいます」
へっ? なんだそれ……最初意味が分からなかったがその言葉を噛み砕いて呑み込むと理解してきた。キズアトの気持ちも体裁も無視して無責任に、僕がしたいようにしても傍にいてくれる人がいる。
というか自分が傍にいることが重要だなんてファスもすごいこと言ってくれる。
ファスを見れば、さすがに恥ずかしいこと言ったと思ったのかちょっと頬が赤い。
「そうだな、それが重要だ。せっかく異世界に来たのにどうも小さく考えてしまいがちになってたな」
「そこがご主人様のいい所だと思います」
「よし、フクちゃん。聞こえるか? キズアトを助けるぞ」
(リョウカイ、コノオンナ、コロス?)
「ダメだ、とりあえず。今晩キズアトと話をしよう。今は我慢だ。そろそろご飯もくるだろうから戻っておいで」
(ゴハンハ、アトデイイ、キズアトヲ、ミテル)
「そうか、頼んだ」
ずいぶんキズアトのことが気に入ったんだな。でもフクちゃんが見てくれるなら安心できる。
女将の罵声は止んで今は調理の音だけが聞こえてくる。というか指示を出しているのはどうやらキズアトのようだ。
『女将さんがああ言うからにはヨシイ達が来てくれただな、さぁ頑張るだよ。ミーシャ、この皿を持って行って欲しいだ。森でオラを助けてくれた人が来てるだよ、オラはここから出れないから代わりに礼を言って欲しいだ』
そんな声が聞こえ、しばらくするとカゴに入ったパンと大きな鳥皮餃子ようなものが盛られた皿が目の前に置かれた。
「パンとサブサラルね」
料理を持ってきた獣人の子、多分ミーシャという名前だろう。ミーシャは机に料理を置いた後周囲をキョロキョロと見渡しそっと顔を寄せてきた。
「あんた達、キズアトの知り合いね、お礼を言って欲しいって伝えられたわ。こっそり大盛りにしてるからね」
そう言ってウィンクしてきた。
「キズアトのことを聞きたいんだけどいいかな?」
「ダメよ、女将さんに見られると怒られちゃう、ここのバイト結構割がいいんだから辞めさせられたくないわ」
「ファス、女将は今どの辺にいる?」
「厨房からさらに奥の部屋です。私達が話しているところを見られることはないでしょう」
ファスがそう言うと給仕のミーシャは感心したように僕等を見て、横に座った。
「森に入る冒険者だけのことはあるわね、いいわ、少しだけなら話してあげる。といっても私もあんまりしらないんだけどね」
「とりあえず、キズアトの現状が知りたい」
「そりゃあ、ひどいものよ。奴隷商の所の方がよっぽどいいわね。実質厨房を仕切って身を粉にして働いているのにご飯は残飯を一日一回だけ、気に入らないことがあれば関係ないことでもすぐにキズアトに当たるんだから。森の一件だって、本当は女将が芋の注文をするのを忘れてたからなのに、全部キズアトのせいにしてるんだから、しかも他の子が言うには夜ごとキズアトを砂袋で叩いているそうよ」
あの背中の怪我はそのせいか、体が歪むほどの怪我だ恐らくは長期間虐待を受けているのだろう。
ミーシャは女将に対する鬱憤が溜まっていたのか堰を切ったように喋ってくれた。
「そりゃあひどいな、奴隷はキズアトだけなのか?」
「いいえ、他にも何人かいるけど、酷い扱い受けているのはキズアトだけね。そうだその料理食べてみてよ」
そう言って、サブサラルと呼ばれている料理を勧められる。
「いや、今は話を——」
「いいから、その話にも関係してるんだから」
言われるがままにサブサラルを食べてみる。鳥皮に包まれていたのは蒸かした芋だった。鳥の肉汁がよく染みており、さらに芋にもスパイスによる味付けがしており芋本来の甘味にピリッとした刺激が食欲をそそる。これはご飯で頂きたいな。名物と言われて納得の美味しさだった。
「旨いな、味付けが絶妙だ」
「はい、美味しいです」
「でしょー、その料理考えたのキズアトなのよ? それで店が繁盛して私みたいなバイトを雇うほどに大きくなったってのにキズアトにはなんの見返りも無しなのよ! おかしいと思わない?」
「まったくだな、ところでミーシャさん」
「呼び捨てでいいわよ、あれ? 私名乗ったっけ、まぁいいわそれで何?」
「ぶっちゃけキズアトをこの宿から引き抜いたら困る?」
「ぶっちゃけ困る。でもいいわよ、キズアトを助けてくれるんなら。というかそう思っている従業員結構いると思うわ。最近腕のいい料理人を雇うらしくてキズアトのことをいよいよどうにかするって噂があったから心配してたの」
キズアトのことを気にかけている人がいることがなんか嬉しいな。
「まだどうなるかわからないけど、キズアトは助けるつもりだ」
「そう、どういうつもりかわからないけど、応援してる、じゃあ私は戻るわね」
「あぁ、話してくれてありがとう」
チップに銀貨を一枚渡すと見せつけるように胸元に挟み込むようにしまった。エロイっすミーシャさん。
ミーシャが去ってアイテムボックスにこっそりフクちゃんの分のサブサラルを入れながらファスと話をする。
「モグモグ…それでご主人様どうするつもりですか?」
「普通に奴隷として買い取るつもりだ、多少無理してでもな」
「それが一番平和的ですが、もやもやします」
「勿論あの女将になにもしないわけじゃあないよ、でもまずはキズアトと話をしてからだな」
そして僕は女性の部屋(キズアトの部屋ね)に忍び込む算段をファスとフクちゃんと立てていった。
芋とかいう万能食材。ちなみにサブサラルは近所のインド料理屋さんにある料理を参考してます。美味しいです。
次回:主人公がキズアトの寝室に侵入します。
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