第三十五話:魔術士に憧れて
神殿というより教会と表現したほうがしっくりくる建物に入り、物珍しさに辺りを見回していると修道服によく似た格好の女性に話しかけられた。
「何か御用ですか?」
「すみません。クラスを付けてもらいたいのですがどうすればよいのでしょうか?」
元居た世界では修道服(ディティールは違うが)なんて直接見る機会なんてなかったので、思わずジロジロ眺めてしまう。
「まぁ、それでしたら、ちょうど司祭様の手が空いていたのですぐにできると思いますわ。お二人ともでしょうか?」
「いえ、僕はしません。彼女だけです」
そう言ってファスを掌で示す。ファスはフードを被ったまま一礼をした。
「そうでしたか、クラス付けには白銀貨五枚がかかりますが払えますか? 分割もできますし、教会の仕事を手伝ってもらえるのであれば、それで結構ですよ」
「全額払えます。この場で払いましょうか?」
魔石のおかげで小金持ちなので余裕で払えるな。
その場で払うと少し驚かれた。やっぱり僕はみすぼらしく見えるのだろうか?
そのまま、修道女さんに神殿の奥の部屋へ案内され入ると、これまた牧師っぽい黒を基調とした服を着た人の好さそうな三十代ほどの男性がいた。この人が司祭なのだろう。
修道女さんが司祭に簡単に僕らのことを紹介し、そのまま部屋を出て行った。
「よく、おいでくださいました。クラスを付けたい方は私の前に座ってください」
「は、はい」
ファスが緊張した面持ち(フードで顔は見えないけど)で司祭の前に座る。ちなみに僕は後ろから覗く形だ。
司祭は机の下から、銀色の丸い盆を取り出し手をかざした。
「【魔水喚】」
静かにそうつぶやくと水が呼び出され、盆を満たす。
「神よ、この者の力を示したまえ。さぁ手を出して」
ファスが手を出すと、司祭がその手を取りゆっくりと盆の中に誘導する。
ファスの手が盆の底につくと、盆の底から象形文字のような記号が次々と浮かびあがってきた。司祭はその文字を観察しファスに告げる。
「あなたに今示されている職はどうやら二つあるようです。一つは【魔術師】、もう一つは【巫女】ですね。どちらにしますか?」
「えと、ご主人様どうしましょう?」
ファスがこっちを見る。
「ファスの好きなように決めればいい。どっちになったってファスなら大丈夫だ」
そう答えると、ファスは微笑み司祭に向き直った。
「……【魔術師】でお願いします」
司祭はその様子をみて満足そうに頷き、銀盤の上に手をかざし再び神に祈りを捧げると、浮かび上がってくる文字が水の中で活発に動きファスの手に張り付き染み込むように消えていった。司祭はその様子を確認しファスから離れる。
窓から気持ちの良い日が入り、銀の盆に当たってキラキラと跳ねる。盆の底から浮かび上がる文字が次々とファスの腕に張り付き消えていく。ファスはそれをどこか心地よさそうに受け入れていた。
盆の底から浮かぶ文字はすぐに収まった。ファスが盆から手を引き上げ、司祭がファスにタオルを渡した。
「はい、これで終わりです。クラスの鑑定もここでできますが、どうしますか?」
【竜魔法】のこともあるし、人に見られるのは不味いだろう。幸い僕等には鑑定紙があるしな。ファスをみると同じ考えだったようで、目で頷いていた。
「いえ、結構です」
「見たところ冒険者のようなので、そう言われると思っておりました」
そうなのか、まぁ手の内を簡単に人に見せるのは抵抗あるよな。
司祭にお礼を言い、神殿を後にする。すぐに人気のない場所に移動し、鑑定紙を取り出しファスを鑑定することにした。
「いくぞファス」
「……緊張します」
(ファスナラ、ダイジョウブ)
――――――――――――――――――――――――
名前:ファス
性別:女性 年齢:16
クラス▼
【魔術師LV.1】
スキル▼
【魔術師】▼
【精霊眼LV.12】【耐毒LV.15】【耐呪LV.50】
【同時詠唱LV.1】
【竜魔法(黒竜)】▼
【息吹LV.15】【恐怖LV.1】【生命吸収Lv.1】
【闇魔法】▼
【闇衣LV.1】【重力域LV.1】
【水魔法】▼
【魔水喚LV.1】【魔水弾LV.1】
――――――――――――――――――――――――
……なにこれ強そう。新しいスキルは全部レベル1だけど、どれも字面からして使えそうだ。
「ご主人様、ど、どうでしたか?」
クリスマスのプレゼントを見る子供のような目でファスが詰め寄ってくる。気持ちはよくわかるぞ。
ということで鑑定紙を見せると、てっきり飛び上がって喜ぶものだと思っていたがファスは紙を見つめ、泣いていた。
「ファス、どうした?」
闇魔法とかがこの世界じゃ悪い印象なのだろうか?
「……私を育ててくれたお婆さんが【魔術師】だったんです。こんな私に優しくしてくれた人で、私ずっとお婆さんと同じ【魔術師】に憧れてて……本当に嬉しくて……」
鼻をすするファスを抱きしめ頭を撫でる。なんかもらい泣きしてしまいそうだ。
「そうか、良かったな。そのお婆さんのこと、また話してくれないか?」
(ボクモ、キキタイ)
「はい、今度ゆっくり話しますね」
しばらく抱きしめているとファスが落ち着いてきたので、話しながらギルドを目指す。
「——なるほど、つまり同じ魔術師でも出現する属性は違うし、さらに同じ属性の魔術でもその内容は人によって違うと」
「はい、スキルというのは個人差が大きくて例えばご主人様の【拳士】のクラスも人によって出現するスキルは違うはずです」
(ボクモ?)
「魔物は人ほどスキルに違いはないですがそれでも個体差はありますね」
(フムフム)
なんて話していると、すぐに冒険者ギルドに着いた。一応警戒しながら外を回って解体部屋に向かう。
中へ入るとすぐにマジロさんがやってきた。
「おう、いいところにきたな。ちょうど見積もりが終わったところだぜ。かなりいい素材だが傷もあったからな白金貨一枚と金貨四枚てのが俺の見立てだ。もし装備を作るんならそこからさっぴくけどな」
「えぇ、お願いしたいと思っています」
というわけで、ファスともども職人さんに採寸され、とりあえず僕は籠手と動きやすさを重視した革の鎧そして靴、ファスはローブの下につける胸当てと靴を注文した。
金額は大体金貨二枚から三枚ほどかかるとのこと。
採寸ってのはどうも苦手で終わるころには疲れ果ててしまった、ファスはウキウキだったようだが。
帰りに受付に寄るようにとマジロさんに言われたので、帰る前に寄ってみると。
「あっもしもーし!」
そんな声がして、ナノウさんよりは身長が高い大きな帽子を目深にかぶった小柄な女性が話しかけてきた。ギルドの制服を着ているので職員で間違いないだろう。
「やっと、来てくれましたねー。私ギルドマスターからヨシイさんの専属受付を頼まれましたアマウと申します。これから依頼の報告やギルドのサービスについては私に話してくださいね」
転移者というちょっとやっかいな身の上の僕に対する便宜としてナノウさんが専属で受付を付けるって言ってたな。
しかしこんな小さい子で大丈夫なのだろうか?
「こう見えて、このギルドではかなりの古株なんで、なんでも聞いてくださいねー。とりあえずお二人にギルドカードをお渡ししますねー。お二人の等級は最低のFになっています。これは言うならば補欠というか仮免許みたいなもので、極基本的な依頼しか受けることができませんのでご注意ください。ある程度依頼をこなせば上の等級に移れますので頑張ってくださいねー」
古株だと? どう見ても中学生くらいにしか見えないが。流石異世界なんでもありだな。ギルドカードは薄い金属の板でファスに聞いたところ僕の名前とどこで登録したかが書いてあるらしい。
「ありがとうございます。色々ご迷惑かけると思いますがよろしくお願いします」
「あらあらー、聞いてはいましたけど丁寧な方ですねー。こちらこそ、よろしくお願いします。……あっ忘れるところでした。【聖女】様と【魔弓士】の転移者の方に連絡を取る算段が付いたそうなのでまた明日にでも手紙を書いて持ってきてくださいね」
そう言って、筆記用具一式渡された。アマウさんには丁寧にお礼を言って。ギルドを出る。
「あとやり残したことないよな?」
「ないと思います」
「じゃあキズアトの宿に向かうか」
「はい、もうお腹ペコペコです」
「僕もだ」
(ボクモー)
さてと、この町で一番気がかりな場所へ行くとしますか。
遅くなってすみません。
次回予告:芋を食べます。
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