第三十四話:言いたいことは言える時に言おう。
冒険者の登録には少し時間がかかるらしいので、先に解体場にボス猿の素材を持っていくことにした。
ジロジロと遠慮のない視線を感じながら解体場を目指す。
解体場は一階の食堂とは反対方向の奥に行った所にあった。外から直接素材を運ぶためのでかい扉があり、やたら声のでかい爺さんが若手のスタッフに指示を飛ばしていた。とりあえず責任者だと思われる爺さんに話しかけてみる。
「あの、すみません」
「おう、来たか。話はナノウ婆さんから聞いてるよ。俺はマジロってもんだ。一応この現場の責任者をやってる。聞くところによると珍しい素材があるそうじゃねぇか。向こうにある特別処置室なら人目もないから全部出してもらおうか」
「はい、よろしくお願いします。僕は吉井 真也といいます。こっちはファス」
「よろしくお願いします」
ファスはフードを被ったまま一礼をする。
「おう、エルフらしいな。まぁ深くは聞かんよ、それより素材だ。ほら、さっさと行くぞ」
奥の閉め切られた部屋に行き、アイテムボックスからボス猿の素材を取り出す。
マジロと名乗った解体場の爺さんはゴツイ手袋をして慎重に肉や皮を調べている。
「驚いたぜ、カースモンキーの変異種だな。耐呪のスキルか装備、もしくは浄化のスキルを持っていなければ触れられただけで呪いをかけられる魔物だぜ。
冒険者なら聖水をダースで持ってなきゃ戦闘にすらならない相手だぞ」
そんな魔物だったのか、スキルを使ってこないなぁとか思っていたけど、実はずっと使っていたのかもしれないな、呪いに強い耐性がある僕らは相性が良かったのか。
「心臓は無いみたいだな、あといくつかの部位も無いようだ」
「内臓はうちの従魔が全部食べました。それ以外の肉は僕らもけっこう食べましたし」
「食べたのかよ!? 耐性スキル持ちなんだろうが、無茶苦茶なやつだな」
「割と美味しかったです」
「えぇ、大変美味でした」
ファスもうんうんと頷いている。ローブの中にいて見えないけどフクちゃんも同意してるんじゃないかな。
「頭が痛くなってきたぜ……とりあえず、素材に関してはそれなりに高額で買い取りできると思うぜ。特にこの皮はいい。すぐに職人ギルドへ持って行って加工してもらおう。というかお前さんはこの皮で装備作らないのかい?」
「なるほど、そんなことができるんですか。うーん」
マジロさんは僕の装備を見てそう言った。今身に着けている装備は勇者やボス猿との戦闘でボロボロで防具としての機能は最低だろう、手入れもしてないしな。せめて手甲はしっかりしたものが欲しいな。ファスにもローブの下に胸当てくらいはしてもらいたいし。
「お願いしたいのですが、いいですか?」
「おう、というか冒険者なら当然そうしているぞ、あとで寸法測ってもらいな。このギルドお抱えの防具屋なら支払いの手続きも楽だぞ。
とりあえずここでの見積もり作るから飯でも食ってな。
すぐに終わらせるから。おっと一文無しだったか、そんなら先に少し金を渡しておくか。もちろん買い取りの金額から引いとくからな」
そう言って、マジロさんは作業に没頭し始めたので布の袋に入ったお金を貰って、邪魔しないように食堂に向かう。
ニンニクや玉ねぎなど精が付きそうな食材の臭いがするな。お腹が減ってきた。
「といっても、後でキズアトの宿に行くしな」
「なら、先に宝石商のもとへ行くのがよいのではないでしょうか?」
なるほど、その方が時間の活用になるかもな。
「じゃあそうするか」
「はい」
ファスの提案に乗って、食堂を後にしようすると。数人の男たちが立ちふさがる。
「おい、どこ行くんだよ」
ニヤニヤ笑いながら絡んできた。あぁ面倒くさい。周りを見ても皆傍観を決め込んでいるらしく無言でこっちを見ている人ばかりだった。ちなみにライノスさんの姿はない。『自分のことは自分でやる』というナノウさんの言葉が脳裏によぎる。
そりゃそうだ。当たり前だ、気合を入れて正面の大柄の男を睨みつけ不意打ちに備え【拳骨】を発動させる。
「ちょっと町を見に行こうと思って。何か用ですか?」
「おめぇに用事はねぇよ、そっちのローブがエルフって聞いて本当かと思ってな。ちょっとフード外して見せてみろ」
正面の男がファスに手を伸ばしたのでその手を【掴む】。
「手前ェ、離し……なんつう力だ、イテテ、おい!」
正直なところ僕も驚いていた。自分より体の大きい相手に対してまるで力負けする気がしない。それどころかミシミシという男の骨が軋む音が手から伝わってくる。全力で力をこめれば飴細工のように折れてしまうだろう。スキルの力もあるのだろうが一体どれほどの握力なのか。
ダンジョンでのマドモンキー狩りやボス猿との戦闘は確実に僕の力になっていた。
「ご主人様、その辺でおやめください。骨を折ってしまいます」
ファスに言われハッとして手を放す。あんまりやり過ぎて遺恨を残すのは良くない。
ファスはフードを脱ぎ男たちをその翠眼で見つめる。それだけで周囲でため息が漏れ、目が合った男は石になったように動かない。
「フードは脱ぎました。これでよろしいでしょうか? ここで騒ぎを起こすのは双方にとって良い結果にならないでしょう。それではご主人様行きましょうか」
「え、ああ、うん」
ちなみに僕も見惚れていました。すぐにフードを被りなおしたファスに促され歩き始める。
男達も止まっていたが、魔法が解けたように気が付き騒ぐ。
「ちょ、ちょっと待て。うわっと」
(マタ、ツマラヌモノヲ、ムスンデシマッタ)
が、すぐに倒れてしまう。見ると足に細い糸が結ばれていた。ファスが気を引いたときにフクちゃんがひっそりと糸を結びつけたらしい。なるほどそういう作戦だったのか。
三十六計逃げるにしかず、さっさとギルドを出る。これからこういうことは増えていくだろうってのにファスに助けられてしまったな。
「助かったファス」
「本当ですよ、あと少し遅かったら本当に骨を折っていました」
「げっ、そんなやばかったのか。手加減を覚えないとなぁ」
「急激な成長はある意味転移者の特徴とも言えると思います。制御できるように練習しないといけませんね」
「まったくだ、それには日々の鍛錬が必要だな。ギースさんの所(厳密にはアグーの屋敷だが)にいたみたいに走り込みしたくなってきたよ」
「私も走り込みしたいです! 重りをつけて!」
(ファス、ガンバ)
なんで走り込みに食いついたの!? ファスは目をランランと輝やかせ言ってきたけど最初は普通に走った方がいいぞ。
「まぁ、その辺はおいおいな。ところで宝石商ってどこだっけ? キズアトに教えて貰ったのはこの辺のはずだけど?」
「多分、あそこに見える店です。看板に宝石と書いてありますし」
やっとか、流石に屋台じゃなくて普通の建物だった。割と大きな建物だ、店員も何人かいるのが見える。
正直こんなボロボロの恰好(フクちゃんの泡で清潔にはしてます)で入ってしまって大丈夫だろうかと思ってしまう。
そうは言ってもいくしかないので入ると、すぐに店員がやってきて用事を聞いてきた。
「いらっしゃいませ。買い取りでしょうか?」
一発で買い取りと言われた。まぁこの身なりで買い物ではないよな。
「そうです。宝石をいくつか買い取っていただきたいのですが」
「そうですか、鑑定もこちらでいたしましょうか? そうなると鑑定料がかかりますが」
それで了承して、先に鑑定料を払う。
はいここでファス先生に教えて貰ったこの世界のお金について簡単に解説すると。
青銅貨=一枚百円くらい
銅貨 =一枚五百円くらい
銀貨 =一枚千円くらい
白銀貨=一枚壱万円くらい
金貨 =一枚十万円くらい
白金貨=一枚百万くらい
と言った具合。ちなみにどうやって日本円に例えたかというと、屋台の食べ物を観察して青銅貨がいくらくらいの価値か独断と偏見で判断した。細かい部分は間違えてそうだけど、そんなに外れてもないはず。
ギルドでもらったお金は白銀貨一枚と銀貨、銅貨が五枚ずつだった。足りるかな?
提示された金額は銀貨一枚だった。
支払うと、奥の個室に案内されお茶が出された。すぐに先ほどとは別の店員が訪れ前に座る。ちなみにファスの分の茶も出されたがファスは手を出さず座る僕の横に座っている。
「それで、鑑定する石はどんなものですかな」
店員に言われ目の前のさらにトレジャーとして手に入れた宝石を置く。
店員は最初は余裕たっぷりに宝石を見ていたが、急に眼の色が変わり部下を呼び鑑定紙を持ってこさせ鑑定を始めた。
「ほぉ、これは。魔石ですな」
なんですかねそれ? ファスに目配せを送ると視線で頷き店員に言葉を返す。
「魔力を秘めた宝石ですね。武具につけることで特別な性能を発揮するという」
店員に話してはいるが僕に説明してくれているのだろう。なるほどただの宝石ってわけじゃないのか。
「その通りです。どのような効果かは武具の素材とも関係するために鑑定では大まかな判断しかできませんが……お客様はどこでこれを?」
「何か問題でも?」
「いえ、盗品だということもありますので」
あぁなるほど、それもそうか。と納得したがファスさんは怒ってしまったようだ。
「ご主人様が盗賊だと?」
(コロス?)
殺さないでください(念話なのでフクちゃんの声は店員には聞こえていない)。まぁこんな身なりの人間が高価な宝石を持ってきた時点で当然の考えだよな。口にだすのはどうかと思うけど。店員は顔を青くさせているのでフォローいれとこう。
「落ち着けファス。そちらで盗品でないか確認できるならしてください。もし買い取りができないのであれば、別の店に行くだけですので」
「た、大変失礼いたしました。従者をお持ちで、話しぶりもご立派でいらっしゃる。そんな御仁が盗賊であるはずがありませんでしたな。あまりに貴重な物を前にして動転してしまいました」
嘘つけ、さっき店で並んでいた商品の中に似たような宝石あったぞ。まぁ突っ込まないけど。
「もちろんそうでしょうとも。気にしないでください。
この店は誠実な所だと知人から聞きました。良い取引ができる場所だと」
できれば高く買い取ってほしいので適当に持ち上げとこう。交渉は苦手だしな。
「そう言っていただけると助かります。では鑑定の結果ですが、この四つある小さな魔石は大体一つあたり金貨五枚ですな。そしてこの赤い魔石は非常に魔力の保有量が高い。これなら白金貨二枚は固いでしょうな。当店でお売りいただくなら小さな魔石は一つ金貨七枚、この赤い魔石は白金貨二枚と金貨五枚で買い取ります」
ど、どうなんだろ。なんかすごい金額提示されたぞ。ファスを見ると少し考えているようだ。
「ご主人様、すぐにお金が必要というわけではありません。当面の資金として小さい魔石だけ売れば十分ではないでしょうか? 高い方の魔石は装備に使うこともあるでしょうし」
「そうだな。じゃあ小さい魔石を売ります」
「ありがとうございます。先ほど無礼を働いたお詫びに金貨を一枚追加して買い取らせていただきます」
おっラッキー。キズアトの言う通りかなり良心的な店のようだ。そのまま滞りなくお金を手に入れ、ギルドへの道を戻る。
「まったく失礼な店です。あの店で取引するのはもうやめた方がいいのでは」
ファスはまだ怒っているようだ。
「実際、かなりみすぼらしい格好だし仕方ないさ」
「ご主人様は、優しすぎます」
(ソウダ、ソウダ)
「二人が怒ってくれて、嬉しかったから怒りがわかないんだよ」
「……そういう言い方はずるいと思います」
(……)
念話で無言を伝えるのすごいな、フクちゃん……恐ろしい子。
まぁ自分でも恥ずかしいこと言ったと思うけど、感情は言葉にしないとな、言いたいときに言えないってのはもう十分だ。
お金が手に入ったので、屋台の串焼きを買って食べながら歩いていると、ファスが何かを見つけたようだ。
「ご主人様、来るときには気づかなかったのですが。看板を見るにどうやらこの道を向こうへ行くと神殿があるようです。それで、あの、もしよろしければ後でいいので私のクラスを――」
「よし、すぐ行こう。今すぐ行こう」
(レッツゴー)
前々から魔術師になりたくて瞑想や魔力操作の訓練を積んでいるのを見ている。しかもそれが僕の役に立ちたいという思いから来ているということを知っているのに、行かないという選択肢があるだろうか? いや、ない!
ファスの手を掴んで走り出す。
「ちょ、ちょっとご主人様!? く、串焼きをまだ食べきってませんのに」
「アッハッハ、急ぐぞファス」
(ボクガ、タベテアゲル)
フクちゃんがパクリと串にささった最後の肉をむしり取る。
「あー!! フクちゃんひどいです!!」
ファスの叫び声を聞きながら神殿を目指す。さてどんなクラスが出るのか楽しみだ。
はい、予告通りまで進めませんでした。展開が遅くてすみません。
次回:ファスのクラスが解放されます。
ブックマーク&評価ありがとうございます。本当に励みなります。






