第三百三十話:竜の逆鱗
「すぐに行く!! 無事でいてくれ!!」
潜入なんかしてる場合じゃない、フクちゃんのピンチ以上の問題なんてあるはずが無かった。【位置捕捉】で大体の位置に目星をつけた後、天井を蹴りぬこうと踏み込むが壊れない。破壊しようとすると見えないクッションが間に入り込んで邪魔するような感じだ。
「固い!? なんだこの感触」
原因はわからないが、屋敷から変な気配がする。この香りも影響してるのか?
でも……外からは入れたよな。一度外へでて屋根を殴ると普通に壊れた。外からは破壊できると。
「なら、外から行けばいい」
飛び上がり、屋根を走り一階の奥の部屋を目指す。発煙筒を取り出して、紐を引いた。
細く長い煙があがる。緊急事態、総戦力で戦う必要がある。
(ご主人様!? 【位置把握】ができなくなりました。一体何が?)
(フクちゃんからSOS。全力で救助に行く、退路の準備と援護をよろしく)
最低限伝えて意識を切り替える。飛び降りて、フクちゃんがいる部屋の窓を殴る。
弾かれる……。なるほど、屋根と違って窓や壁は強化していると……。
「【呪拳:浸蝕】」
大事なのは一撃ではなく、呪いを積み重ねる連打。待ってろフクちゃん!!
※※※※※
フクは痺れの残る体で糸を揺り動かす。【転移者】につけた糸のおかげである程度糸は展開できている。毒を分解するまで時間稼ぎ……するわけがない。
「コロス」
この蛇女は必ず殺す。しかし、部屋に糸を展開する前に、セルペンティヌが毒液を牙から噴射した。
「死ねぇ!」
倒れるように回避、少し吸ったがこれくらいなら構わない。糸を張って妨害しようとするが、蛇行して躱される。接近された距離、勝ち誇った顔で拳を振り上げるセルペンティヌ。蛇の体は筋肉の塊であり、おそらく膂力はセルペンティヌの方が数段上だろう。
「終わりね」
「どこが?」
あっかんべーと舌を出す、セルペンティヌは大口をあげて拳を振った。
『対角線を意識して相手の攻撃圏を意識するとやりやすいぞ』
倒れ込むように、相手の外側に回る。上腕に手を当てて振り返ろうとする相手の力を利用して、回転に巻き込んで一度頭を下げさせ、スペースを作り、体を差し込み勢いを誘導する。
「呼吸投げ」
幾度となく見た、マスターの技をここで体現する。相手の力を利用する戦闘技術。
勢いよくセルペンティヌは壁に激突するが、香りの結界により強化された壁は壊れず、その分衝撃が自分に返って来る。
「ガハッ、奇妙な【スキル】を!」
「違う、アイキドウ」
すぐに蛇の下半身を纏めて、バネのように突撃するセルペンティヌをフクは体裁きで躱す。
躱した後に姿勢を正し、尻尾による殴打。筋肉の塊である蛇の尾の先端は音速を越えて破裂音を響かせる。
『速い攻撃や武器は相手の手元から肩を意識して『起こり』を読むんだ』
上半身からの流れは欠伸をするほどにゆるやかだ。脱力を利用して屈み、張っていた糸を引き寄せて相手に接敵する。
「自分から近づいて!?」
『く』の字を書くような軌道から、同手同足のままに右手を突き出す。
「送り突き」
真也の【ふんばり】のように、力の入らない足を自身の糸で床に固定して、相手の尻尾を振った勢いの方向に手を置くようなイメージで突きを繰り出す。尻尾を振ったセルペンティヌは躱すことはできず、わかっていながら自分からフクの拳に吸い込まれるように激突した。
結果、体を固定したフクは動かずセルペンティヌのみが再び吹っ飛ばされることになる。
「ブフゥ。た、体術? 魔物が……」
肉体の優位と【スキル】の強さを叩きつける、魔物同士の戦いに脆弱な人間の技術を持ち込む発想はセルペンティヌにはなかった。
「ウケミ、から練習したほうがいいね。オバサン」
魔人の体を持つ前から練習していた真也の真似事は技術となり、フクの体に息づいていた。
糸を使うフクに対して接近戦を試みたセルペンティヌの企みは完全に失敗する。
そして、間に合ってしまった。ビリビリと空間が震え、外界の衝撃を伝え始める。
「……外部には別の結界が仕込んであるはずなのに!」
「……遅い」
しだいに音は大きくなり、建物を揺らすほどの衝撃が響き、壁が破壊された。外気が流れ込み、毒霧が外に流れる。
半泣きになりながら壁を破壊した真也は、フクを見つけると駆け寄り抱きしめた。
「大丈夫かフクちゃん、怪我はないか? 【吸傷】」
「マスター、毒だから無理」
【吸傷】により疲労は楽になり、体も軽くなるがまだ毒の影響は残っている。痺れる腕を背に回してフクは抱き返した。その力の無い抱擁を感じ、真也は優しくフクちゃんの頭を撫でた。
「【竜の後継】!!」
セルペンティヌが真也の背後から、尾を振って攻撃。
「おい」
膝を引く座技の体裁きで振り返りざまに真也は【手刀】を振った。尻尾の先端から1mほどが切り落とされる。
「ぎゃぁあああああああああああああ」
美女の風貌を投げ捨てセルペンティヌは痛みに叫ぶ。外気で薄まったとはいえ毒を充満させているはずなのにいささかの影響もないように真也はセルペンティヌを睨みつけた。
「フクちゃんに何をした?」
ここに来てセルペンティヌは実感する。自分は蜘蛛の女王と同時に、竜の逆鱗に触れてしまったのだ。
普段からフクちゃんを溺愛している真也君でした。
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