第三百二十九話:離れても傍に
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客車に隠れたフクは、糸で目印を残しながら隙を窺ったが移動中に戦闘をすることはできなかった。
(ムゥ、ヤルジャン)
原因はやはりセルペンティヌの存在だった。油断なく周囲を警戒しており、隙が無い。フクの知らない未知の索敵能力を持っている可能性が高い。客車の横にいる二体の蛇と、客車にて痛みにのたうち回る宙野以外の【転移者】の存在もあり。息を潜めるのみだった。
洞窟を抜け、屋敷にたどり着くと、そのまま荷物に紛れ込み内部へ侵入した。
(ヤラレタ)
フクは自らの失敗を悟った。外観からは普通に見えた屋敷の内部は異形に支配された空間だった。フクの体の柔らかな毛は空気の流れを敏感に察知し、匂いさえ感じ取る特別製の『感覚毛』と呼ばれるセンサーである。その感覚がこの空間が罠であると示していた。
おそらく、空気そのものを操る類の【スキル】か特殊な道具。閉じられた空間は敵の巣穴であり、フクはまんまと虎穴に入ってしまったのだ。【位置把握】も【念話】も手ごたえが無く、外への連絡手段が絶たれてしまった。香りは結界としての役割も果たしているようだ。
空気は粘度を持つかのように纏わりつく。動けば空気の流れを察知して居場所がバレるだろう。
ここで戦うことは敵の体内で戦うに等しい……本来ならば逃げの一手ではあるが、フクはニタリと嗤う。
体内に例えるほどに大事な巣であるなら。めちゃくちゃにしてやろう。
どこまでも傲慢な蜘蛛の女王は画策する。まずは、支配領域を広げる。
客車にいた【転移者】に糸をつけ、自分の領域を拡大していく、ファスならば自分の糸を辿ることが出来る。時がくれば、かならず機会は訪れる。最悪、何日でも潜むことも覚悟しフクは荷物の影に隠れる。外では宙野の治療が必死に行われていた。ポーションを飲ませ、回復の【スキル】をかけて薬を塗布する。
(イイキミ♪)
応急処置が終わり二階の奥へ案内される宙野を見てフクは上機嫌になる。普段真也と修行をするフクは宙野に撃ち込まれた【ハラワタ打ち】の性質を理解していた。あれは『傷』であり『呪い』なのだ、【解呪】を併用した治療でなければ傷が塞がってもすぐにぶり返す。ポーションで回復すればまた、治った内臓を引き裂かれる痛みにのたうち回ることになる。
無論いずれは塞がるだろうが、それでも痛みの記憶は癒えることなく奴を苛み続けるだろう。
それまでせいぜい苦しめばいい。今は手を出せないことは悔しいが、そのことを考えると多少は溜飲が下がる思いだった。そうして隠れていると、いらいらした調子でセルペンティヌが部屋に入って来た。どうやら荷物にさわるようだ。後ろに、フクが見たことが無いルイスとは違う教会騎士を連れている。
「王は順調に弱っているか?」
「はい、表だって毒を盛ることはできませんでしたが、極弱い毒ならば毒見役をすり抜けて届けられます。王城は結界がはられていますがカルドウス様の【呪い】も少しずつ効いています。後一年もすれば亡くなるでしょう」
「……腐っても【賢者】の血か、耐性を持っているせいか効きが遅い。かといってすぐに殺せばミナ姫が次の王になってしまう。ミナ姫を失脚させた後に弟の『カジカ』様を王にすえようと思っていたのに……生贄になっていればいいものを……【勇者】の回復を急がせなさい、それと砦の発掘作業への妨害はどうなっています?」
「それが……冒険者ギルドにより手駒の拠点を潰され、モーグ族を攫う計画も失敗しています」
「シャアアアアアアアアアアア」
シスター服の下から現れた尻尾が騎士を吹っ飛ばす。そのまま騎士はポタポタと血を垂らし動かなくなった。
「使えない! こうなる前にギルドに信奉者を送って骨抜きにしていたのに……【竜の後継】め、どこまで知っている!」
(ナニモシラナイ)
真也と行動しているフクだから知っているが、行き当たりばったりで動いている。
ただ、あまりにも出来すぎではある。マスターは時々、妙に勘がするどかったりするから、何か意味があるのかもなとフクは思った。
「カルドウス様の眠りが深くなっている……急がなければ……【夢蛇器】に毒を補充しないと」
(!?)
二体の蛇がまぐわう、趣味の悪い金属製の入れ物にセルペンティヌが牙を出して毒を入れる。
(アレガ、カオリノホンタイ)
この屋敷に充満し、外界との壁を作っているのがあの道具と毒。香りの正体を見たフクは道具を破壊しようと考えた。セルペンティヌが部屋から出て行き、部屋へは甘い香りが強まっていく。
屋敷の建材である木材が呼吸し、香りを屋敷全体に伝えているようだ。それが木の性質なのか、【夢蛇器】の効果なのかは判断できないが、あの道具がなければこの厄介な結界も消えるはずだ。
部屋にはピクリとも動かない騎士と【夢蛇器】のみ、このチャンスを逃す手はない。子蜘蛛の姿のまま【夢蛇器】に【切断糸】を放とうと体を荷物の影から出した瞬間。
「ゲロォオオオオオオオオオオオ!」
つんざくような鳴き声、声の主は倒れていたはずの騎士だった。否、それは騎士でもなければ人ですらない、金髪の偉丈夫だった騎士はドロリと粘液を纏うカエルになっていた。
(……チェ)
「やっと姿をだしたわね」
扉が開けられ、牙を完全に露出させ蛇の体を露わにしたセルペンティヌが現れる。
フクも人の姿になり、挑発的な笑みを浮かべる。
「かくれんぼに飽きたの。遊んでくれる? オバサン」
「まさか私の索敵を潜り抜け、香りの結界下でここまで隠れられるとは……」
「……でも、わざわざ芝居した?」
カエルの魔物とのやり取りはフクを炙り出す為の茶番であることは間違いない。
であるならば、少なくともフクが侵入したことは知っていたことになる。
「おバカさん。転移の宝珠は使用回数があるの、人数以上が使ったらわかるのよ。貴方のおかげで貴重なトレジャーが回数上限で壊れちゃったわ」
「なにそれずるい」
話しながら、壁を破壊しようとするが手ごたえは無い。目ざとくそれを察知したセルペンティヌはニタリと頬を引き上げる。
「フフフ、やっと楽しい気持ちになったわ。言っておくけど無駄よ、【夢蛇器】の香りに満たされた空間は内部の人間の魔力を吸収して異界として機能するわ」
「ダンジョン化?」
「違うけど、似たようなものよ。アナタに会えてよかったわ。カルドウス様が次に目覚める前に殺せるもの」
セルペンティヌの胴が伸びる。下半身は蛇、上半身は牙の生えた毒婦の姿となる。
「無理だね」
ビリビリと本能が警戒を告げる。間違いなく魔王種と同等の強さ。しかし、今は【転移者】はいない。一対一ならば勝機は……。グラリとフクの視界が歪む。
「時間稼ぎをしていたのはアナタだけじゃないわ。ここのお話で一つ嘘があるの……その【夢蛇器】は偽物よ、本物は屋敷のどこかに隠しているわ。そこにあるのは私の毒を広める塗香器。人なら一瞬で死ぬほどの毒なんだけど、流石にしぶといわね」
「ボクに毒が効くとでも?」
強がるが、足元が定まらない。これほど明確に毒物に侵されるのは牢屋生活で真也とファスの毒を引き受けた時以来である。【劇薬毒生成】の【スキル】で毒の分解を試みるが、分解するまで時間がかかる。
「いいわね。さて、ここで殺すのもいいけど、一応利用できるか試すわね」
パチンと毒婦が指を鳴らすと背後から虚ろな目の黒髪の少年が現れた。
「レンタロウ シオタ……【調教師】【魔物使い】の【クラス】持ちよ。人間を契約で縛るために連れてきたのだけど、本来は魔物を隷属させる為の【転移者】なの。さて、またエルフを抱く夢でも見てもらおうかしら」
分かれたしたでチロチロと【調教師】の耳を舐めると、シオタは手を差し出した。
「……【隷属の首輪】」
持っていた鎖付きの首輪が動けないフクの首に繋がれる。
「……この!」
とっさに子蜘蛛状態に戻ろうとするが、変身ができない。
「【強制隷属】【従魔契約】……フヒヒ、これで俺の物……」
鎖を魔力が伝い、首輪に回る。が、魔力が弾けてシオタを弾き飛ばす。
「ギャバァ!!」
「……マスター」
フクの前に顕現したのは真也の奴隷紋。自分とマスターの絆が自分を守ってくれている事実に胸が温かくなる。そしてこのタイミングで脳内に声が響いた。
(フクちゃん、いるか?)
「マスター……ありがとう……」
セルペンティヌはぞっとした。毒で動けないはずの小娘から発せられるのは死の予感。
ふざけた調子でSOSを求めたフクは、まだ満足に動けない指先を操作して糸をだして首輪を断ち切る。
「よくも、このボクに、マスター以外の首輪をかけたな……コロス、だけじゃ足りないや。コロシツクス」
「生意気な小娘が、満足に動けぬその体で私に勝てるとでも? 私は偉大なるカルドウス様の9番目の妻、アゼル・ラミアの魔王種、セルペンティヌ。格が違うのよ」
「ボクはマスターの『番』で二番奴隷、格下はオマエ」
二匹の女王は己の番を誇り、片や糸、片や牙、を取り出して相対した。
前話で真也君との【念話】でノイズが走った部分は、そう言っていたということです。
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