第三十三話:翠眼のエルフ
二階は事務所のようになっているようで、職員が書類を読んだりタイプライターのようなもので作成をしていた。僕らは小人族と思われるお婆さんに案内されるがままに進み応接室に入る。
お婆さんが振り返り、髭のおっさん、確かライノスさんに話しかける。
「ライノ坊やはここでいいよ、下のモンが騒がないように釘を刺しといておくれ」
「坊やってのはやめてくれよ婆さん、まったくかなわねぇなぁ。おう、坊主、なんかよくわからねぇがわけありなんだろ? なんか困ったことがあったら言えよ」
ヒラヒラと背中越しに手を振り、階段の方へ歩いていく。なんかギースさんを思い出すな、ギースさんは髭どころか頭の毛もないけど。
「ありがとうございます!」
頭を下げる、この世界に来て僕は助けられてばっかりだ。隣をみるとファスも礼をしていた。
「……入りな、茶を持ってこさせるよ」
その様子を見ていたお婆さんは柔らかい笑みを浮かべ扉を開け、近くの職員に茶を持ってくるように指示をだした。
中に入り、革のソファに座る、なぜかファスは座らない。部屋を見渡すと机からその上のペンに至るまで高価なものだという印象をうける。
しかしアグーの屋敷のように過度な主張はしておらず、落ち着いた重厚な雰囲気を持ってまとまっていた。
「さてと、まずはお菓子だね。焼き菓子は好きかい?」
その顔には深いシワがあるはずなのに人なつっこい笑みを浮かべるお婆さんはどこか子供のようだった。
「あっはい。好きです」
「そっちのお嬢ちゃんは?」
「あの、私は奴隷なので結構です」
「坊やがそう言っているのかい?」
「えと、その、違いますが」
ファスがワタワタしているのを見ると、なんだか緊張が解けてしまうな。
「ファス、座りなよ。美味しいものは一緒に食べるべきだろ?」
「ご主人様、これは奴隷としての立ち居振る舞いの一つです」
「おや、良い奴隷というのは主人の命令を無視するのかい?」
いたずら猫のようにお婆さんが目を細める。僕も便乗しよう。
「そうだぞファス、僕の頼みを無視するのか?」
「あぁもうなんですか二人して、わかりました。失礼します!」
強情なファスも観念して僕の隣に座った。フクちゃんは警戒してローブの中に入っている。別に大丈夫だと思うけどな。
程なくして、お茶とお皿が運ばれた、部屋の雰囲気から紅茶だと思ったが意外や意外、緑茶だった。香りもしっかり緑茶である。ただ容器は陶器のカップだったので違和感があるが。
お婆さんが部屋の机の下からバウムクーヘンのようなお菓子を切り分けて並べてくれた。
「さぁ、遠慮せずおあがり」
進められるがままに一つ口に放りこむ。うまい、卵の風味が強く、甘さが後からソッと追ってくるような優しい味だった。お茶を飲むと、こちらも美味しく、日本茶と比べると苦みがしっかりあるように感じるがその分香りもつよく。甘い菓子によく合っている。
「美味しいです。とくにこのお茶は故郷の飲み物によく似ていて懐かしいです」
ファスはなにも言わないが、その表情から感激しているのがわかる。というかあんまり美味しそうに食べるからフクちゃんがちょいちょい顔を出していた。後で食べさせてあげよう。
「そりゃあよかった。先代の転移者もその茶を好んでいたからね」
思わず表情が強張る。これはカマかけられたかな? こういうやり取りは苦手だし見るからに老練な猛者相手に下手な嘘はついても無駄だろう。
「お察しの通り僕は転移者です。ただし【拳士】ですし、もう一つのクラスも決して強いものではありません。ここ来た理由は貴族のいざこざから逃げ、生活を成り立たせる為です」
「坊やについてはわかったよ、そこのエルフのお嬢さんはどうしてまた奴隷なんぞに?」
「なぜと言われましても……」
というわけで、観念してやけに聞き上手なお婆さんに転移してからファスと契約するまでのあらましを話すことにした。ファスの呪いに関してはファスが話されるのを嫌そうにしていたので姿が変わるような呪いとぼかして伝えた。
「まさか自分がエルフだと自覚なく奴隷にされる子がいるなんてねぇ、しかも翠眼と来たもんだ」
さっきから翠眼ってのをよく聞くけどなにか特別なのだろうか? ファスも疑問に思ったらしくお婆さんに質問を投げかけた。
「あの、すみません。……えっと」
「おやおや、あたしとしたことがまだ名乗ってなかったね、ナノウだよ、一応ここのギルマスをやってる」
ギルドマスターだったのか、偉い人だとは思っていたけど。ギルドマスターってもっとこうゴツイイメージがあったんだけどな、もしかすると強いのだろうか? 特に強い魔力を感じるわけじゃないけど。
「ナノウさん、私のこの目の色が緑色なことになにか意味があるのでしょうか?」
「それを説明する前にまずエルフについてだね、あんたエルフについてどういう風に理解してるんだい?」
「えと、本で個体数が少なく、魔力の操作に優れた種族だと読みました、あと……あ、愛玩奴隷としての価値も高いと……」
ファスさん。愛玩奴隷の件でこっちをチラリとみるの止めてくれません? どういう反応したらいいか困るから!!
「こらこら、ここでイチャつくんじゃないよ。とりあえずエルフについての理解は大体あってるよ。簡単に補足すると、奴隷としての価値は『高い』じゃなくて『尋常じゃないほどに高い』だ。
一般の高級奴隷を百人抱き合わせたって足りないくらいには高いだろうね、私が知る限りエルフを奴隷にできているのは極々一部の貴族か商人、もしくは最高ランクの冒険者くらいだろうね。
そんなエルフの中でも翠眼ってのは特別でね、平たく言うとエルフの中でも特に魔力の強い者に現れる特徴なのさ。おとぎ話で出てくるエルフはみーんな、翠眼でね。エルフ以外の種族でもそれが特別ってことはこの国の人間なら大半は知っているだろうね」
「た、確かに絵本に出てくるエルフはみんな緑色の眼をしていました。私てっきりエルフは皆、翠眼が当たり前だとばかり思っていました」
自分がエルフだと知らない上に他のエルフと会ったことが無いならそんな勘違いもするだろうな。というか薄々そんな予感はしていたけど、やっぱりファスにはとんでもない素養があったのか、【息吹】に込める魔力とか尋常じゃないもんな。操作も緻密だし。
「公爵位を持つエルフの貴族でさえ、翠眼の者が生まれるのは稀だよ。うちの受付はてっきり貴族の令嬢が戯れに来たのかと思ったんだろうね」
受付さんには悪いことしたな、いきなりおとぎ話のキャラクターが目の前に来て、しかも奴隷だなんてカミングアウトされれば卒倒もやむなしだろう。
「それで、どうするんだい?」
お婆さん、えーと、ナノウさんがこっちを見て話しかけてきた。
「できれば冒険者をしたいと思っています」
素直に答える。ファスもこくりと頷く。
「私は生まれがどうであろうとご主人様についていくだけですから」
「そりゃ、翠眼のエルフがいりゃあ冒険者として心強いだろうね。坊やも曲がりなりにも転移者なら成長も早いだろう。だけどエルフということはすでに他の冒険者にも知られているわけだ。確実に狙われるだろうね、エルフの貴族や集落にでも保護してもらうってのも手だと思うがね」
柔和な笑みは消え、鋭い双眸でこちらを見据えてくる。その圧力に思わず冷汗がでるが隣をみると一切揺るがない新緑の瞳がこっちを見ていた。冷汗なんてかいてる場合じゃない、その信頼に応えなきゃならない。
「ファスを手放すことはありえません。彼女は僕が守ります」
ナノウさんの眼を受け止めてそう返した。
(ボクモー)
フクちゃんも(多分ナノウさんには念話を行ってない)そう言っている。
「フフフ、どうしてなかなか気骨のありそうなことを言うじゃないか、それほどまでに言うならなにも言わないよ。奴隷契約もとりあえずはそのままでいいだろうね、それがある以上手を出す馬鹿は少しは減るだろう。ところで貴族から逃げ出してきたなら何もないんだろう? 先輩のよしみだ可愛い後輩にちょっとだけ便宜を図ろうじゃないか」
「先輩?」
なんだ先輩って。
「あたしゃ、前回召喚された転移者の一人に買われた奴隷なのさ、もっともそのまま結婚したがね」
「師匠と呼ばせてください!!」
ファスが食いついた。
(ハジメマシテ、フクト、イイマス、シショウ)
フクちゃんまで食いついただと!? というかさっきまで極力隠れていたはずなのに……。
「【念話】持ちの魔物とはずいぶん優秀な従魔を持っているね。よしよし、いいかい大事なのは押して押して押しまくることさね。転移者は向こうの価値観があるからなかなか私に手を出さなくてねぇ、そこであたしゃ――」
「変なこと二人に教えないでください! それで便宜ってのはなんですか?」
脱線しそうな話を戻す。
「すみません。その話あとで詳しく教えてください」
(サイブマデ、ミッチリト)
二人は脱線したまま突っ走るようだ。
「おお、そうさね。とりあえず、冒険者の登録はあたしがやっとくよ。それと専属の受付嬢をつけなきゃねぇ。でないと面倒が起こりそうだ。とりあえずはこのくらいかね、冒険者の基本は『自分のことは自分でやる』だからね、特別扱いはあんたらの為にならないだろうからね。他になんかあるかい?」
うーん、この場で頼めることか、この際だから言えるだけ言ってしまおう。ダメならダメと言うだろう。
「すみません、実はここに来る前にダンジョンを踏破しまして、そのトレジャーを売って当面の資金にしたいのですけど」
「ダンジョンを踏破!? こりゃあ驚いた。いくら転移者だからって出来すぎさね」
というわけで、アイテムボックスに入っている猿革と猿肉について説明すると、この状態でアイテムボックスを持っていることまで情報が広がるのは流石に目立ちすぎということで、解体と引き取りのスタッフに話を通してくれるとのこと。あとで直接行って素材を渡せばいいらしい。
あとは貴族の動きについてかな? 貴族のことを質問し桜木さんと悟志に連絡を取りたいと言ってみた。
「あたし等の時はそんなことなかったように思うけどねぇ。とりあえず白星教会の聖女と【魔弓士】の転移者に連絡を取りたいってことだね。【魔弓士】はともかく聖女とならなんとか手紙くらいなら渡すことができるよ」
「助かります。この恩は忘れません」
「なぁに、これくらいはお安いもんさ。これから大変だろうけど頑張りな、しっかり依頼をこなして一流になってくれりゃ言うことなしだがね」
「はい、頑張ります」
一礼をして、部屋を後にする。ナノウさんの予定をファスとフクちゃんが聞いていたことが気になったが、精神衛生の為に見なかったことにしよう。
とりあえず、解体場へ行って素材を引き取ってもらわなくちゃな。専属とかいう受付嬢さんにも挨拶したいし。悟志と桜木さんへの手紙も書かなきゃなぁ。そんなことを考えて歩いているとファスに話しかけられる。
「ご主人様、さきほど私を守ると言ってくれて、本当に嬉しかったです。でもそれだけじゃあ私満足できないんです」
ファスはそこでにっこりと笑って、こう宣言した。
「だからご主人様のことは私が守りますね」
(ボクモ、マスター、マモル)
負けじとフクちゃんも宣言した。まったく敵わないな。
というわけでファスの背景について少し説明しました。
当てになるわけない次回予告、主人公絡まれる、ファス魔術師になるの二本立てでお送りいたします(予告通りに進めれたことないけど)
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