第三百二十話:にがさない
息を吐いて深呼吸。あの炎の刃はヤバかったな。攻撃に勢いが乗る前に【ツルハシ】を当てなければどうなっていたかわからない。倒れる宙野は血を吐いてビクビクと震えているが、呼吸はできているし命に別状は……追加でガフッと血を吐いている。内臓がいかれてんな、何もしないとヤバいかも。しかし、コイツの処分はどうするかなぁ。
「お見事でしたご主人様」
ファスが上機嫌でやってくる。やっとファスの前で勝てたな。
「【勇者】は手足を氷漬けにして、ミナ姫に処分を任せましょう。それとも、この場で殺しますか?」
ファスの質問は僕の反応を探っているようだ。
「……正直どうすればいいのかわからない」
先程の攻撃はどれも殺意があった。コイツは今後も諦めず僕等を襲ってくるだろう。僕だけならばいいが、ファスや叶さんに危害を加えるつもりならば、ここで殺すという選択肢も……。もし、そうするなら、ファスにはさせられない。僕が……。
「お待ちください。流石にここで勇者を殺してしまうのは不味いですの」
ミナ姫がメレアさんとハルカゼさんに守られながらテントから出てくる。
「私が【勇者】に襲われ、我が国の……私の【英雄】がそれを止めた。これがもっとも美味しい落としどころですわ。ラポーネの第二王女に貸しを作りつつ、シンヤ殿の立場を補強できます。ここで【勇者】を殺すとその責を負わされ、逆に立ち場が危うくなりますの」
「同感だ。本性はクズだが、こいつは【勇者】としての人気が高い。下手に殺すと敵対する派閥にその責を取らされる。生け捕りにして、こちらの正当性を訴えるのが益だ」
物陰からナルミも現れる。……気配はしてたけど、そんなところにいたのか。
「貴族の茶番に付き合えと?」
ファスがミナ姫を睨みつけると、冷や汗を掻きながら目線をそらしつつ。
「冒険者としてのシンヤ殿への依頼主は私ですの……正直、さっきはとっても気持ち悪かったですけど」
と言い切った。
「では、せめてフクちゃんの毒を……ご主人様!!」
ファスの警告、目線から意図を読み取り【竜の威嚇】を発動し、【拳骨】で防御を高める。
6mほど離れた地面にシャボン玉が浮かび、パチンと弾けて大蛇が飛び出してきた。
「蛇っ!? うぉおおおおおおお!」
前に出て、口を開ききる前に【掴む】で影響範囲を広げて口を閉じさせる。そのまま蹴り上げて【手刀】で首を掻っ切る。危ないっ、なんだコイツ。
「転移のアイテムのようです……ミナ姫を中心に集まってください! 姫は耐性を持つ装備品を持っていません。連れ去られるわけには行きません! 叶、結界を張ってください」
叶さんを抱えたトアが【空渡り】でピンボールのように飛び出し、叶さんが杖を振って、青白い光の粒が周囲に満ちる。
少し離れた位置で血を吐いていた宙野がポーションを口に含み飲み込めず吐き出す。
「ガフッ……吉井……これで終わると…」
先程と同じようにシャボン玉が浮かび弾けると宙野の姿が消える。
「チッ、……教会の騎士とマガネも消えました。おそらく事前に転移のアイテムか【転移者】の【スキル】を仕込んでいたのだと思います。【精霊眼】で警戒していたのですが……転移はこの眼の弱点かもしれません。宙野が乗ってきた客車も見失いました。おそらく結界を張っています」
「いや、奇襲に気づいてくれて良かったよ」
僕は魔法陣が現れたことに気づくのも遅かったしな。ファスがいなかったら、ミナ姫が怪我をしたかもしれない。巨大な太鼓のような胴回りを持つ蛇を見てため息をつく。宙野を逃したのは痛かったが、全員が無事でよかった。
「……警戒を強めますわ。【転移】は簡単な術ではありませんから、事前に仕込みが必要ですわ。今後はこうはいきませんの……こ、こわかったですの……ふぇ……」
「大丈夫ですよ姫様、ほら鼻かんでください」
「ヂーン……ですわ」
緊張がゆるんだのか、涙目になるミナ姫をメレアさんが慰める。
「しかし、これで【勇者】は深手を負いました。最後の一撃にはご主人様の【浸蝕】が込められていましたから、ダメージは持続します。しばらくは地獄の苦しみでしょう。ご主人様の戦功を奪うどころではないはずです」
「……そうなの?」
自覚無かった。バリアを破るために【浸蝕】を意識はしていたけど、最後の【ハラワタ打ち】に呪いが乗ったのか。
「相変わらず、真也君の【スキル】地味だけどエグいよね……テントでルイスも毒状態だったし、一番軽傷なのは磨金かな? あの傷なら高級ポーションを使って【神官】系の【クラス】もいれば数日で治ると思う」
「逃したのは無念だべ。あの糸のスキルは【洗脳】系の【スキル】だと思うだ。厄介だよ、警戒が必要だべ……あれ?」
キョロキョロとトアが辺りを見渡す。
「どうしたのですかトア?」
「ファス、フクちゃんの姿は見えるだか? 匂いがしねぇだ」
「……見えません。まさか……」
※※※※※
エルフの兵士を振り切り逃げ出していく、騎乗蜥蜴に引かれる客車の中では数名の【転移者】が宙野達の治療を行っていた。
「グゥ、うがぁああああああああ」
腹を抑え水揚げされた魚のように動く宙野をなんとかしようと躍起になっている。
「宙野、動くな。だれか押さえろ【回癒光】……【スキル】がはずれるっ!」
「無理言うな。勇者だぞっ!?」
「高級ポーションが効かねぇ、どんな攻撃を喰らったんだ!?」
「眠りの香を嗅がせなさい。……【転移の宝玉】を四つも使うことになるなんてね」
苛立たし気に指示を出すのはシスター服を着ているセルペンティヌである。ルイスの話ではこの客車に乗っていなかったはずだが、いつの間にか乗り込んでいたようだ。爪を噛みながらブツブツと呟き続ける。
「まったく、せめてミナ姫だけでもこちらに引き込めば、状況をひっくり返せたものを……カルドウス様に申し訳がたたないわ。【竜の後継】……忌々しい老害共の置き土産が。やはり【竜殺しの鎖】が必要ね」
怒りで人の皮が歪み、頬まで口が裂けるが一瞬で元の美しい妙齢の女性の姿に戻る。
それを見ている小さな影が一つ。
(ニ ガ サ ナ イ)
転移が行われる瞬間にルイスの鎧に入り込んだフクが【上級隠密】を発動しながら移動し、客車の天井に張り付いていた。
【浸蝕】+【ハラワタ打ち】=生き地獄
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