第三百十八話:【英雄】VS【勇者】
男二人の絶叫、太った軍服の男はゲラゲラと笑っている。
「うぁわあああああ、聖女様……どうして? そんなこと女神が許すわけがない」
滂沱の涙を流すルイスが、叶さんに寄って来ようとしたので間に入る。
宙野は膝をつき、ブツブツと聞こえない声で何かを言っていた。
「聖女は耐性が強いこと知っているよね。私は自分から契約を求めたの。……翔太君の前で真也君にキスもしたし、どうして何もないって考えたのか不明だよ」
「都合の悪いことは記憶から消したのでしょう。話が終わったのなら消えてください」
「しつこい男は嫌われるだよ」
「トアさん。すでに大嫌いなんだけど」
叶さんが僕から離れて杖を構える。ファスも油断なく周囲に気を配っていた。
宙野が地面を叩きつけた。【勇者】の力で響く轟音にミナ姫はビクリと身体をすくませる。
そして顔を上げた宙野は虚ろな目をしていた。
「そうか、じゃあ仕方ないな。でも、でも……許すよ叶、君を第二夫人に迎えてもいい。【聖女】のジョブは箔がつくからね。それと、ファスさん……君は本当に美しい……そうだな、愛人としてならありかもしれない」
首をグリグリと動かしながら、そんなこという宙野に女性陣の不快感は頂点に達した。
「あっ、もう無理。真也君助けて」
ついにお手上げと背後に下がった叶さん。うん、僕が彼女の立場でもそうする。
「叶さんは下がっててくれ。宙野、お前がどんなに望んでも皆は渡さない。というか自分が酷いこと言っていることに気づいているのか?」
「吉井、君には聞いてない。できそこないの雑魚が、叶が元の世界にいたならば彼女は俺の横にいたんだ」
「普通に真也君に告白してたと思う」
ちょっと信じられないけど、図書館で二人で話していた時から叶さんは僕に好意を持ってくれていた。……ただ、僕は死のうとしてしまったということだ。そういう意味ではこの世界にこなければどうなっていたかはわからない。
「いいんだもう、叶、失望したよ。だけど俺の元できっと母さんのような素敵な女性に戻して見せる。だけどそうなると……【祝福】が邪魔だな。まずは姫様からか、君は処女だよね」
「……なんなんですの!?」
ねっとりとねめつける視線にミナ姫の素が出てしまっている。うん、これ以上は無理だ。
付き人であるメレアさんとハルカゼさんも同意見のようで、前に出た。
【竜の威嚇】を発動させ、前衛として前に出る。場所が狭いのがやっかいだな。
「不敬が過ぎますっ! お引き取りを」
「ルイス、磨金、やれっ!」
宙野の号令で涙を流して項垂れていたルイスが顔を上げた。
「くっそおおおおおおおお」
ルイスが懐から革袋を取り出し、中から歪な鏡が取り出される。鏡に映されたミナ姫が身に着けていた装飾品にヒビが入る。
「装備破壊のアイテムですの!?」
「ウヒヒ、先に姫からか。【操り糸】っ」
宙野が磨金と呼んだ軍服が指先から赤い糸を出す。間に入り【掴む】でまとめて掴む。
「掴んだな? この糸は触った対象を操る……ぶひっ!?」
「非力だな」
糸から伝わる魔力が体を支配しようとするが、筋力で固定して【呪拳:浸蝕】と【呪拳:沈黙】を発動させる。結晶竜との戦いで得た、呪いの制御。糸を伝わせたオーラが磨金に纏わりつき、【スキル】を封じる【沈黙】の状態異常により糸が消えた。
「僕に触れるなら、覚悟した方がいい」
「【氷華:アヤメ】」
ファスの追撃で、足元から生える氷の葉が三人を串刺しにしようとするが、宙野が革袋から取り出した剣を振ると火の粉が舞い氷が溶かされる。ファスの氷が溶けるだと!?
「クソっ、磨金。【スキル】はどうなった?」
「だ、ダメだ。使えねぇ」
「吉井ぃいいいい! 【地喰……」
宙野が剣を振りかぶる前に糸が巻き付いて宙野を縛り上げる。フクちゃん、ナイスアシスト。
胴は防具がある。ならば、背中から回すような軌道の打ち下ろしの右を顔面に叩き込んだ。
「ぎゃぁいいい!?」
顔に触れる直前に見えない壁が邪魔をする。なんかのバリアか。
「オラァアアア!」
構わない、そのまま振り切る。歯をへし折る感触がして宙野がテントの入り口から外へと吹っ飛んだ。チッ、浅い。あのバリアは厄介だな。鎧を破壊するか防御を破る技が必要だ。
「ぶぎゃああああああ」
「殺しはしないだ」
横ではトアによって磨金が手足の腱を切られ、ルイスはフクちゃんの毒付きの糸でグルグル巻きにされていた。……うちの女性陣はマジで容赦ないな。残りは宙野だけだ。
敵は【勇者】、先程の剣は噂の【竜の武具】だろう。油断はしない。
「グッ、馬鹿なぁ、鎧の魔力壁を破って……俺の歯が……」
「ご主人様」
ファスが横に立ちこちらを見る。
「ミナ姫を守って奇襲に備えてくれ。リベンジしてくる」
「はい、今度は邪魔をさせません」
今度はファスの前で勝ちたい。合掌、そして中段の構えを取る。
「ハハハ、まさか俺に勝てるつもりか出来損ないの分際で、宴会芸人が【乱れ空刃】っ!」
複数の無規則な【空刃】、しかも剣の影響か炎を纏っている。背後に逸らすわけにはいかない。
「【四方無尽投げ】」
刃を【掴む】ことにより、別の刃の方へ投げぶつける。四方の体捌きを用いた【流歩】の運足。投げおろしが投げ始めの形に繋がる。無数の刃を一つも抜かさず相殺し、踏み込む。
「このっ【炎陣武刀】っ!」
炎の刃が六本展開して左右から切りかかって来た。砂漠で将司が使っていた【スキル】と同じ系統か。
「シッ」
【手刀】で受けながら、撃ち落とす。宙野が剣を振りかぶったが大技は出させない。
密着して【スキル】の発動をさせないように連撃でバリアの上から殴りつける。
「【瞬歩】っ!」
宙野が数メートル後ろに一瞬で移動し、剣を振り上げた。今度は止めれないか。
「死ねっ【天叫】っ!!」
「【ツルハシ】っ!」
【スキル】が発動し巨大な炎の刃が振り下ろされる。見るのはその力の核、刃筋の向き。
ギースさんが得意としていた諸手を振りかぶる姿勢から、【手刀】を振り下ろす。爆音と衝撃が響く中、宙野の刃を切り裂いた。多少火傷したが問題ない。踏み込んで、無手の間合いに入る。前に宙野と闘技場で戦った時は入れなかったこの場所に。
「この、離れろっ!」
「嫌だね」
手甲で剣をそらしながら、宙野の足を踏みつぶす。具足の上から骨を砕いた感触。
「アガッ、あ、足が」
【ふんばり】で固定。前のめりになった宙野へ入り身から頭突きで顎をかち上げ、鉤突きから上げ突き、バリアで阻まれるが衝撃はいくらか通るようだ。脇を締めて回転数を上げて連打を叩き込む。【呪拳:浸蝕】の効果でバリアが薄くなる。鎖骨を折り、鼻骨を砕き、喉笛に貫手を入れる。
「ぶふぇええ」
伸びた体に肘打ち、【掴む】で固定して背後に飛ばさずに殴り続ける。上腕を握りつぶすほどに掴み、残った片手で殴る。
この距離なら剣を使わせずに攻撃できる僕の方が有利だ。弱まったバリアの上から打撃を叩き込み続ける。宙野の集中が切れたのを見計らって固定を解除して呼吸投げ、少し間合いを開けて、今一度強く踏み込む。
「いくぞっ【ハラワタ打ち】ィ!!」
渾身の一撃、バリアの上から衝撃を体内で炸裂させる。
臓腑を引き裂く一撃を受け、宙野の手から剣が落ちた。
倒れる宙野を横にファスを見ると、油断なく杖を構えながらこちらを見ていてくれている。
「勝てたぞファスっ!」
拳を振り上げた勝利報告を、ファスは笑顔で受け止めてくれた。
もちろん、この二人の因縁やざまぁがこの程度で終わるわけがありません。
真也君は対人戦が得意すぎる……。
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