第三百九話:エルフ姫、奴隷になる
翌朝、ストレッチと朝稽古を皆でやる。戦いでの疲れは皆すっかりとれたようだ。僕もほぼ全快と言っていいだろう。トアとフクちゃんは僕等より一足さきに冒険者ギルドのテントへ出発した。
「じゃあ、僕等はミナ姫のとこ行くか」
「はい、戦場も大分片付いてきたことですし、砦の様子も気になります」
「久しぶりに真也君とお出かけだね」
というわけで僕達ものんびりとミナ姫の場所へ向かう。戦場跡地に開かれたフリーマーケットはまだまだ盛況なようで、むしろ安全が確認されたおかげか商人が増えているようだ。
叶さんが薬草を数種類買ったりしながら、狭い通路を進んで行く。右を見ても左を見てもエルフなので自分が浮いている気分になるな。小高い丘にある本陣のテントに到着する。
入り口で止められて、すぐに通される。どうやら新しいテントを作ったようだ。白く紋章が描かれたテントに案内された。
「お待ちしておりました。シンヤ様」
エルフのメイドに迎えられ中に入ると、白い衣装をきたミナ姫が突撃してきた。
「わぁ、シンヤ殿。ちょうどこちらから会いに行こうと思っていましたの」
「ミナ姫、下がってください。近いです」
ファスが睨みミナ姫はたじろぐ。
「ピィ……い、今は我慢です」
「姫様……へたれ」
「不敬ですのメレア……」
そのまま座ると、すぐにお茶とお菓子が出される。トアが入れた茶とはまた違う風味だ。
舌に障るような刺激がするが、すぐにかすかな甘みに変わる。
「それで、シンヤ殿はどうして来られたのでしょう?」
「昨日冒険者ギルドから情報をもらって、その件で情報を共有しようと思ったんです」
「レイセンのことですの? 私達も聞いております」
やっぱ連絡は来ていたか、まぁ、来ていない方が不自然か。
「実はそのレイセンのことで話したいことがあるんです」
ファスを見て頷く。昨日の推論をミナ姫に話す。【竜の瞳】の呪いを受けたのがファスである可能性、それを押し付けた人物が王族にいるかもしれないということを。
話し終えた後、ミナ姫はしばらく目を閉じて、すぐに開いてファスを見た。
「竜の呪いを受けて生き延びた存在がいるとは思いませんでした。……私もその考えに同意します。王族の中に【竜の瞳】の封印を解いてファスさんに呪いを押し付けた者がいる。どれほどの苦痛だったことでしょう……必ずそのエルフを探し出し、耳を切り落とします」
泣き虫姫は鳴りを潜め、施政者としての顔になる。
「姫様、軽々にことを進めていけません。【竜の瞳】のことは我々も知りませんでした……その意味を考えた方が良いかと」
「【翠眼】であるファスさんは王族の可能性が非常に高いですわ。そして竜の呪いに罹っていたことを考えるに、王族同士の問題であることは自明です。であるならば、私が責任を取らなくてどうします。そうでなければエルフの女王になる意味などありませんわ」
「……まずは先の儀を成功させて姫様の立場を盤石にすることが肝要かと」
「わかっています。しかし、そうなるとファスさんの立場が悩ましいです。王族として生まれがはっきりすれば改めて国に受け入れることもできますの」
「お断りします。生まれは知りたいですが、私はご主人様の一番奴隷ですので」
ファスはきっぱりと断る。ミナ姫は頷いた。
「そう言われると思っていました。その件も含めて手回しをしておきましょう。次に私達からお話したいことです。メレア」
ミナ姫が指示を出すと、メレアさんが呼び鈴を鳴らす。砂漠でも見た対になった鈴がなるやつかな?
今まで見たことのないエルフメイドがハルカゼさんと一緒にテントに入って来る。
「えっと、どなたですか?」
「【商人】のジョブを持っているメイドですの。ここでのことは絶対に秘密にするように【契約】をしております」
ミナ姫は、僕の前に一枚の紋様が書かれた紙を差し出した。
「約束と違うことは重々承知でお願いがあります。私を【奴隷】として仮契約をして欲しいのです」
「……先の話では儀式の後にということでしたが、何かあったのですね」
凍てつくような視線は変わらないが、ファスが確認をするとメレアさんが前に出てきた。
「はい、間者からの情報ですが、こちらの派閥であった信頼のできる貴族の一人が勇者一行と接触した後に寝返りました。無論【魅了】系スキルを無効化できる装備を身に着けていたうえです」
「勇者はここに来るまでに森ごとの貴族を抑えています。正直、私達の想定以上の洗脳と言わざるをえませんわ。【人形師】を始め、【転移者】を使っている可能性が高いですわ。であるならば、より強い契約で身を守る必要があります」
「姫様、そのことなんだけど一つ問題があるよ。真也君、【眷属化】について話していいかな?」
「うん、伝えるべきだ」
僕と契約したファス達に【竜人の眷属】がついてしまった以上、ミナ姫にも影響がある可能性は高い。そのことを伝えるとミナ姫は我が意を得たりと微笑む。
「やはり【契約】系のスキルを持っていたのですね。都合が良いですの。元より我らはカルドウスと敵対する立場ですわ【眷属化】が魔王種のそれと同様の配下に影響を与えるスキルであるならば、これ以上無い隠し玉になりますわ。メレアとハルカゼはすでに私と【奴隷】契約をしています。その上で私がシンヤ殿の【眷属】になれば、安心して勇者とやり取りができます」
……なんでこうも心が強いのか、元々芯が強いと思っていたけど貴族ってのは自分をリソースとして切ることに抵抗がないのだろうか。いや、自惚れるわけではないが一緒に戦って信頼をしてくれているのだろう。
「……勇者のクズにミナ姫が落ちた場合の危険を考えれば、納得はできませんが必要な処置です。あくまで仮契約ならば約束を反故にしたことにはなりません」
プクっと頬を膨らませているが、ファスは仮契約には概ね同意のようだ。
「私も賛成だね。翔太君がいつ来るかわからない以上、対策は今のうちにした方がいいと思う。私達にとってデメリットないから」
……今一度落ち着いて考える。人を奴隷にすることに抵抗が無いわけでは無いが、状況が状況だ。いや、ここまで来て状況がどうとか言うのも違う気がする。魔物との戦いとは別の命を懸けた戦いをミナ姫もしているのだ。僕ができることならすると決めたはずだ。
「わかりました。奴隷契約をします。……責任は取ります」
「当然ですの。ではハルカゼ、準備をお願いしますわ」
「かしこまりました」
ハルカゼさんがメイドに目で合図を送ると、メイドさんがナイフを取り出した。
「先に姫様に宣誓をお願いします」
「……えと、待ってくださいですわ」
「ナイフにビビッてどうするのですか……」
ナイフにビビる姫様にメレアさんがツッコみを入れる。締まらないなぁ。
やや逡巡する姫様だったが、意を決して指先を切って血を契約紙に垂らす。
「私、ミナ・コルヴィ・ニグライトはシンヤ ヨシイを主とし、奴隷として仕えることを宣誓いたします」
紋様が輝き紙面の上で歯車が動くように形を変える。
「シンヤ様、血と宣誓を願います」
次に僕か、ナイフで指を切ろうとするが……切れない。えっマジっ!?
全然刃が通らないんだけど!?
「真也君……ついにそんな状態に、人間辞めてるね」
なぜかキラキラした目で叶さんから見られる。
「流石ご主人様です」
「締まらないですの」
「いや、自分でもびっくりなんだけど。【手刀】で切るよ」
ナイフで切るのは諦めて【手刀】の先で指先を切る。
血が垂れると紋様がさらに形を変えた。
「宣誓ってしたことないんだけど……」
今ままでは宣誓を省略してたからなぁ。困った目でファスを見ると助け舟をだしてくれた。
「ご主人様の名前を言ってミナ姫を奴隷として認めるといったことを言えば大丈夫です。あくまで仮ですよ」
「わかった。えっと、吉井 真也はミナ・コルヴィ・ニグライトを仮奴隷として認めます」
さらに紋が動き、中央に僕の奴隷紋が浮かび上がる。メイドさんが確認し契約紙に手を置いた。
「両者の宣誓を持って仮【契約】が果たされたことを認める」
紙から紋が消えて、ミナ姫の胸元が光る。ファスの奴隷紋と同じ位置だ。
「ふぅ……これでひと段落ですわ」
「緊張しました」
「フフフ、これも時がくれば吟遊詩人に唄っていただきたいですの。幾久しく、お願いいたします。ご主人様ですの」
ニコニコと笑うミナ姫とは対照的にファスさんの冷気が強まり、僕の胃はキリキリと痛むのだった。
ナイフの下りでハルカゼさん辺りはドン引きしてそう。
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