閑話20:ミナ・コルヴィ・ニグライト
「それでは、今日は目覚めたご主人様とすることがたくさんありますので、失礼します」
「はい、またお邪魔しますの」
本陣での真也の裁きが終わった後、ファス達に連れられて真也は自身のテントへと戻っていった。
ミナ、ナルミ、メレアはその様子を見送る。そしてパーティーの姿が見えなくなった後、ミナはへなへなと崩れ落ちた。控えていたハルカゼが他のメイドと一緒にミナの元に駆け寄る。
「こ、怖かったですわ~。ふぇええええええん」
「よく頑張りましたミナ様」
滝のような涙を流すミナにメレアがハンカチを出す。その様子を見てナルミはため息をついた。
「フン、泣き虫姫め」
「だって、怖すぎですの……生きた心地がしませんでした。でも、これで可能性は繋がりましたわ」
「……ミナ様。本当によろしいのですか? あの者が確かに【英雄】であることは認めます。しかし、いくらなんでもミナ様が自らを差し出すなど、王族のすることではありません。ましてやミナ様は次代の王になられるお方なのです。褒美という体で『紐づけ』に女が必要ならば、他の者で良いでしょう。信頼できるものを望むのならば、メレアか……私でも構わないのではありませんか?」
ハルカゼが険しい表情でミナに問いかける。ミナはハンカチで鼻を噛んで、ゆっくりと立ち上がった。
「おやめなさいハルカゼ。私はシンヤ殿をそのように利用しようなどとは……いいえ、確かに私の立場を考えれば此度の戦で活躍したシンヤ殿を始め、翠眼、聖女、そして未知の効果を持つ料理人の存在は魅力的でしょう。打算が全くないとは言いません」
ミナは一度俯き、そして顔をあげる。その黄緑色の瞳は強い意思を秘めていた。
「ミナ様……」
「でもそれは、砦での『冒険』とは別ですの。あの時の私は一人のエルフとして、シンヤ殿を傍で見て、その働きに報いたいと心から思いました。依頼をこなしただけだと彼は言うかもしれませんが、彼は森の民の為にモグ太と共に結晶壁を掘りぬき、あの恐ろしい結晶竜と戦ったのですわ。そして今、この国に根深く食い込んだ闇を取り除こうとしてくれています。ならば【女王】としてどうすれば【英雄】に報いることができましょう? 私は自分が女であったことを幸運に思っています。古来よりエルフの女は【価値】の象徴。政治の思惑も私の立場も、全部まとめてシンヤ殿にもらってもらいます。私は結果として彼を利用するでしょう、それならば彼にも私を利用してほしいのです。……ラポーネの第三王女もそう考えていることでしょう。ここで退くわけにはいきませんの。姫としても女としても絶対に負けたくありませんっ!」
ミナの目からは涙が溢れる。しかし、それは弱さからくる涙ではない。強い意思が溢れて止まらないのだ。自分が自由に恋愛できる立場でないことなどわかっている。ならば、立場に準じた建前を作る。
本心を口にだせないのならば、行動で示す。
『黄緑の目とは……翠眼からは程遠い、優れた魔力を持たぬエルフの王族など恥だ』
『ミナ姫様は建築の勉強ばかりしていて困ったものだ。これでは妹様の方がずっと優秀では?』
『なぜ王はミナ様を後継にしてしまったのか、どうにかして止めれないのか』
ミナは他のエルフがそうであるように魔術の才能も持っていたが、それは特別優れているというわけでなかった。体が弱く病弱な代わりに強い魔力を持つエルフの王族と正反対の資質を持つミナは周囲の貴族から反感を持たれていた。健康な体を持ち精力的に勉学に励むミナが王になれば、それまで都合のいいように政に関わっていた貴族にとって都合が悪いことがある。そういった背景もあり、王の目が届かない所でミナは虐げられていた。娘を愛していた王とイワクラ家の助力、陰ながらミナを支えたメイド達がいなければとうの昔に心を潰されていただろう。
そんな彼女は周囲を恐れ、城に閉じこもりがちの生活を送る。ひたすら勉学に励み、詩、絵画、音楽などの様々な芸術や、歴史、算術、地政学、建築分野など興味がある分野に手を伸ばしていた。
魔力が至上の資質とされるエルフの社会において、ミナはあまりに異端の才能持っていた。
それは学びの才。海千山千の貴族を相手取って、学んだ成果を使い些細な矛盾を見つけ出しその不正を暴き、弱みを握ることでミナは父が授けてくれた自身の継承権第一位を認めさせたのだ。
しかし、それは彼女に野心があったというわけではない。ひとえにそうしなければ、命を狙われる立場にあるというだけである。できるだけ周囲と関わらず、自分と親しい人だけの世界で満足していたのがミナ・コルヴィ・ニグライトという少女だった。
その彼女が生まれて初めて『冒険』をした。姉妹ともいえるメレアを助ける為に、命を懸けて砦に向かったのだ。結果、真也と出会いその強い刺激はミナの閉じられた世界を広げてしまった。ナルミは幼馴染の変化を感じ、笑みを浮かべる。流石のアナスタシア姫もここまでは読み切れないだろう。
「フン、泣き虫姫がわがまま姫になったのか」
「ナルちゃんは意地悪です。もし、ナルちゃんが私の為にシンヤ殿と関係を持とうとしているのならば、不必要ですの」
涙を拭きながらのミナの言葉にナルミは眉を顰める。
「ぬかせ、私はそこまでお人好しじゃない。ただ……エルフの軟弱な男に飽きただけだ」
「お付き合いしていた男性なんていないはずですの」
そっぽを向くナルミの顔をミナが覗き込む。笹耳を赤く染めてナルミは言い返した。
「それはミナもだろっ!」
「クスクスっ。まさか、同じ殿方を気に入るなんて思いもしませんでした、面白いですわっ! そういう劇もたくさんありますのっ」
「とんだ悲劇だ」
「いいえ、間違いなく喜劇です。きっと楽しいことがたくさん待っていますわ。だから、絶対にシンヤ殿に私達を受け取ってもらいますの!」
満面の笑みでそう宣言した愛しい妹分をメレアは笑顔で肯定し、ハルカゼはため息をついて部下に指示を出し始める。
ニグナウーズの臥竜が野心を持つ、誰にも知られていなかった才能が首をもたげた瞬間であった。
なお、真也君の胃痛は加速していく。
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