第二百九十三話:勝鬨って何を言えばいいんですか?
頭部だけの結晶竜が砕けて散っていく。抜け殻となった身体部分も崩れていく。
地響きが空を引き裂いて、見れば砦の周囲に生えていた結晶も崩れているようだ。
「ツルハシが……」
結晶竜の頭部に刺さっていた、ツルハシも役目を終えたと言うように砕けた。
「お世話になりました。本当に、助けてくれてありがとうございます」
モグ太の父親に黙祷を捧げる。貴方がどれだけ偉大だったかはモグ太を見ればわかります。感謝が尽きない。
「モグッ!」
鼻血を拭いながらモグ太がこちらへやってくる。
「モグ太、やったぞ。僕達の勝ちだ」
拳を合わせる。遅れてファス達もやって来た、ミーナさんも騎乗蜥蜴から飛び降りて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で走って来る。
「や”り”まじだわ”ぁああああああ。リザードマンの群れも散っていますのぉおお”」
「ミナ様、せめて顔を拭いてください。人に見せられない顔ですっ!」
「ヂーン……と、とにかく。これでやっと終わりましたのっ!」
『それはどうかな?』
うぶ毛を逆立てる嫌悪感。聞き覚えのある声だった。
振り返ると、案の定奴がいた。
「遅かったな……カルドウス」
細い体に頬まで裂けた口、捻じれた角を持つデーモンの魔王種、この事件の黒幕であるカルドウスが存在感無く砕けて塵になりつつある結晶竜の亡骸の前に立っていた。
「ご主人様っ!」
ファス達がすぐに横に並ぶ。結晶竜のとの戦いで今にも倒れそうなほど疲弊しているが、退ける状況ではない。後何分動けるかわからないが、コイツだけはぶちのめす。
「ミーナさんとモグ太は下がってください」
「な、なんですの!?」
「モグモ?」
構えを取ろうと思ったが止める。殺気を全く感じない。というより、この存在感の無さは幻像を相手にしているようだ。
「ファス、気配を感じないんだけど……アイツはここに存在しているのか?」
「いいえ。魔術で己を投影しているだけです。砂漠で見た姿よりもさらに希薄です」
ファスの目が凛と輝き、偽りを看破する。やっぱりそうか、【掴む】とかで無理やりダメージ与えられないかな。
『その通りだ……忌々しい竜の後継。貴様を見ると、反吐が出る』
「同感だな。戦わないのならさっさと失せろ」
『フム……では一言、負け惜しみでも残そうか』
木枯らしのような笑い声をあげながら、カルドウスは崩れる結晶竜の頭部へ手を翳した。すると、歪に歪んだ結晶が人型となって抜き出てきた。
「ア……アァ、カルドウス様……」
その声はレイセンだった。思わず構えるが、レイセンはもう自力では動くこともできずナメクジのように這うだけだった。
『我が臣下よ。女神の鎖は何とした?』
「……グッ、ガ、封印は解けませんが、仰せのままに使えるようにしております」
『ご苦労。これで一つ、吾輩は目的に近づいた……ヒハハ、然らば竜の後継。またいずれ……』
「カル…ドウス…様。慈悲を……」
レイセンの呼びかけには答えず。カルドウスは木枯らしのような嘲笑を残し、最初からいなかったかのように消えて行った。
残されたレイセンは苦痛に呻くのみ。……無言で近づこうとすると、肩を掴まれる。
振り返るとナナセさんだった。
「俺にやらせれてくれる約束のはずだ……これ以上は、あまりに見ていられない……」
レイセンをちらりと見るが、今度こそまともには動け無さそうだ。
「……わかりました」
向き直りファスの方へ歩き出す。背後で矢をつがえ、ガラスが砕けるような音がした。
「お疲れ様でしたご主人様」
振り返らず、ファスを抱きしめる。伸びた金髪が鼻をくすぐる。
「……疲れたよファス」
「はい……」
「会いたかった」
「私もです。寂しかったのですよ」
どうしてか、鼻の奥がツーンとする。数日だけファスから離れて、自分と向き合うことができて、そして僕は弱いと実感した。皆がいないとダメなんだってわかった。弱さを受け入れられた代償なのだろうか? 恥ずかしいことしているのに離れがたい。爺ちゃん、俺、ダメ人間かも。
十数秒ほどそうしていると、横から視線を感じる。
「ジーッ……」
「おわっ!」
ミーナさんが凄い目で睨みつけていた。ファスから離れる。メレアさんが必死に服を引っ張っているが、必死に踏ん張っている。
「な、なんですか?」
「意外と甘えん坊……ありですわっ!」
鼻息荒く宣言された。……別に甘えん坊とかじゃないです。
「……ご主人様、後でお話があります」
「誤解だ」
ファスさんから冷気を感じるぜ。どうやって切り抜けようか。
「マスターのあほー。僕もギューってして」
「当然だべ。オラ達だって頑張ったんだからちょっとくらいはご褒美が欲しいだ」
「うんうん、真也君成分が不足しているからね。久しぶりにのんびり過ごしたいなー」
「というか流石にそろそろ限界かも……」
フクちゃんの頭を撫でながら瞼が重くなるのを感じる。すでに疲労は限界を超えているのだ。
先程までの戦闘で溢れていたアドレナリンが途切れて、全身から痛みの信号が繋がって来ている。
視界が狭くなり今にも意識を失いそうだ。
「お待ちください。最後にお勤めがありますわ。英雄様」
ミーナさんがメイド服の裾を持って、優雅に礼をした。
「えと、なんですか? そろそろ気絶しそうなんですけど……」
「森の民は声を抑えておりますの、最初の勝鬨を挙げる名誉は貴方にありますから。貴方がこの戦いの勝利を告げなくてはなりません。メレア、準備はできていますか?」
先程まで涙と鼻水まみれだったのが嘘のように、ミーナさんが背筋を伸ばし指示をだした。
「はい、【拡声】の魔術を仕込んだ各戦場の虫達への術式を繋げました。王族の秘術を持って、発動できます」
「ご苦労様。それでは……【エガコ・ラガ・コムニカ】」
王族の秘術? 何それ? とか疑問がよぎるがミーナさんが無言で手を差し出してきたのでおずおずと握る。
「冒険者様、全ての戦場にお言葉をどうぞ」
メレアさんが促してきた。えっ、急にそんなのくるのか。
『えっと、うわっ。すごいなこれ』
声が周囲から聞こえてくる。なるほど……何言えばいいかわからなん! 助けてファス。と横を見るが、なんかめっちゃ目をキラキラさせてこっちを見ている。
「やっと、ご主人様の凄さが正しく評価されます。グスッ……」
なんか涙ぐんでるし、スタンピードや砂漠の手柄は無かったことにされているからなぁ。僕はよかったけどファス的には気にしている部分だったらしい。他のメンバーにも目線で助けを求めるが、期待の眼差ししか返ってこない。ええい、こうなりゃ自棄だ。
『この戦いは……僕達の勝ちだっ! 種族を越えて全ての森の民の勝利だっ!』
しんと静まる戦場。そして、地響きのような歓声が森に響く。
「「「エイエイォオオオオ、エイエイォオオオオ」」」
異世界でも『えいえいおー』なのか。なんて、間抜けな感想を抱きながら足から力が抜ける。
「エルフの民、いえ、この国の森の民はこの恩を決してわすれることはないでしょう。シンヤ様、王族として感謝を申し上げます」
……ミーナさんに抱きかかえられながら、再び僕は意識を失ったのだった。
えっ? 王族?
次回:後処理、そして勇者到着?
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