第二百九十一話:誇りを穢す者
【ツルハシ】を叩きつけた縦の割れ目を中心に網目状にヒビが広がる。
「ヌゥウウウウウウウゥ」
このチャンスを逃してなるものか。刃のように展開された【呪拳】のオーラを全力で注ぎこむ。紫色の結晶に白と黒が少しでも深く染み込むように、深く楔を打ち込むように。
「ギィギイイイイイイイイイイイガアアアア!」
結晶竜に頭を振って弾かれた。額のヒビを隠すように、新しく結晶が生やされる。
根元が太く、犀の角のようだ。だが、その角の根元には僕の呪いが蠢いているのが色で確認できる。結晶竜は頭を激しく振って苛立ちを表している。結晶を砕いたってのに、まだまだ元気そうだな。
「何度でも繰り返すだけだ。皆、手を緩めるなっ!」
「イエス、マスター。今ならコロセル」
横にいた少女姿のフクちゃんが、笑いながら一本の糸を指先から振るう。
【切断糸】……フクちゃんの持つ糸の中で最も切れ味の鋭い糸が結晶竜の胸元をなぞる。甲高い音が響き渡る。
いくらフクちゃんでもそれで切るのは無理なのでは? と思ったが、日舞の様にフクちゃんは掌を動かす。
「えっと……力の向き?」
そう呟く彼女の指先からの糸を見て驚愕する。
「マジっ!?」
【切断糸】は一本の糸だ。フクちゃんから聞いたことがあるが、その切れ味の秘密は目に見えないほど小さな無数の『鉤』を擦りつけることによる摩擦だという。今、フクちゃんが振るう一本の糸は結晶竜の胸元に届いている。気づいたのはその長さだ、数百メートルはある、あるいはもっとかもしれない。そして凄まじい速度で流れている。恐らくは一ミリの狂いもなく、正確に同じ位置を長く速く糸が走っている。
最高強度の【切断糸】を高速で乱れることなく相手に擦り続ける。ついには糸は青く発火し、空中に真一文字の線を引いた。
「【不知火】ボクも技名言いたかったの。むふー、カッコイイ」
深く青い線が結晶竜の鱗に通る。否、切り通したのだ。
僕が空の修行とモグ太との穴掘りで習得した『刃筋の向き』を用いた技術を、フクちゃんは自分なりに物にしていた。フクちゃんもまた、結晶竜に対抗するための手段を模索し続けていた。
フクちゃん……恐ろしすぎる子。
なんて、ボーッとしている場合じゃない。これで二面から結晶竜にダメージを与えられる。
胸を張ってこちらを見るフクちゃんに拳を突き出して、二人で構え直す。
「攻防をスイッチしながら、【ツルハシ】と【不知火】で削っていこう」
「アイサイサー」
(察したべ。後方のエルフ達にもガンガン魔術を降らせるように伝令を送っただ)
(ご主人様の竜の気配を受けて、私の中の【竜魔法】も変化しているのを感じます)
(うん、私の【女神の奇跡】もなんかムズムズするよ。距離を詰めながら、攻めていこう)
(わかった。僕とフクちゃんが気を引くけど、気を付けて)
【念話】に返信し、フクちゃんと同時に飛び上がり、左右に分かれる。
結晶竜はフクちゃんにやられた傷に手を当てていたが、威嚇するように両手を上げ顔を上げた。
そして僕と目が合う。
「ギィ……」
不退転を決めた戦士の目だった。降り注ぐ魔術の雨の中、確かに結晶竜の覚悟を見た。
「……推して参る」
腕を振る一撃を避けて拳を叩き込む。足元に潜り込んで【掴む】を発動して転ばそうとするが、結晶柱を生やされてしまい剥がされる。その隙にフクちゃんが【切断糸】を首に当てるも、糸を巻き付けるように回転することで、糸を擦りつけられるのを止められる。【魔術纏い】で降る魔術を投げて目くらましを入れて、今度はフクちゃんが動きを封じる為に網を展開。
「【ツルハシ】っ!」
急所には届かないが、少しでも削る。膝裏に【手刀】を叩き込み、傷をつける。
ツルハシは一度よりも二度目、二度目よりも三度目が深く刺さる。
諦めずただ、この切っ先が命に届くまで執拗に振るうのみ。
「着いたっ。バフを撒きなおすよ【星光竜鱗】【星女神の竜舞】【星守竜歌】、まだまだ行くよっ! 新技【星辰の竜刻】っ!」
叶さんの声が響く。青い光が鱗のように四肢を覆い、頭の中が静かに集中される。僕の両腕の【呪拳】のオーラが青白い光に包まれていく。
最後に……叶さんの頭上に青白い光の弾がベン図か星図のような軌道を描きながら展開する。
と同時に呼応するように、手足の光の鱗の光が強まる。
「何となく使い方がわかるよ。星図が揃う瞬間を頂点にする時間限定の超強化っぽい。他のバフと重ねることもできるよ。魔力の消費が激しいから前衛二人だけでよろしくっ」
「助かる」
結晶竜の攻撃を躱しながら、殴りつけて牽制する。
「おぉー、すごーい」
「負けられません。行きます、がぁー…あれ?」
叶さんの横にいるファスが【息吹】を出そうとするが、プスンと煙しかでない。
ファスに限って魔力切れってのは無いだろうけど、どうしたんだろう?
「ギィイガ!? ……ギィイイ」
「スキアリ」
結晶竜も口を開けて、サンドブラストを吐こうとするが何も出てこない。こっちは【沈黙】が効果を発揮しているようだ。さらにフクちゃんの【不知火】が肩の先を切り落とす。
「ファス、大丈夫か?」
大声で呼びかけると、ファスは【念話】で返答してくれた。
(魔力は十分なのですが……何かが足りない感じです。今は【氷華】で対応します。カナエのバフが生きているうちに、攻めましょう!)
「了解」
「いっくよー」
「オラのことも忘れてもらっては困るだよ【飛竜斧】」
トアも合流して、全員で総攻撃をしかける。エルフの軍からの魔術も一段と激しさを増し、結晶竜を攪乱していく。叶さんの新しいバフスキルは身体能力に加えてスキルの効果も強化するようで、僕の【呪拳】や【ふんばり】【掴む】の出力も上がっていた。飛躍的に上昇している感覚に合わせるのがギリギリだ。
トアが手斧を飛ばして攻撃箇所を指示してくれるので、僕とフクちゃんが連携してタイミングが合う方が結晶竜を削っていく。無論、鎧のような【呪拳】は展開しているので紫の結晶が痣のように所々色を変えていく。【浸蝕】の効果が適用され始め、ヒビを塞ぐことができなくなり、拳も通るようになってくる。さらには【鈍麻】のせいで結晶竜の動きは鈍くなり、徐々に勝敗の天秤が傾いていく。
氷と光が動きを封じ、拳と手刀と糸が結晶を削る。
「ギャウ、ギィガアアアアアアアアアアアア」
それでも結晶竜は動きを止めない、爪で尻尾で牙で応戦をしてくる。どれも必殺の一撃であり、気を抜けば一瞬で串刺しだ。満足に動けない体で結晶の鱗を一枚一枚と剥がされる中にあってもひるむことなく向かってくる。その姿はいつかのラッチモと重なる。
そこからさらに数分の攻防。魔力を使い切ったのか、後方のエルフ兵による魔術の雨は止んでいた。周囲の状況はこちらの優位であり砦からの冒険者が到着し周囲のリザードマンを駆逐していく。騎乗蜥蜴が見えて、その背にはモーグ族達が見えた。モグ太とミーナさんもいるだろう。
あと少し……あと少しで僕等の勝ちだ。尻尾を回してきたので飛びずさり回避する。偶然生まれる攻防の隙間、僕とフクちゃんが距離を置いて着地した。叶さんが間髪入れず結界を展開し遠距離攻撃に備える。
「ギィ……ギィイイイイイガアアアアアアアアアアア!!」
やって来たのは攻撃ではなかった。ひと際大きな吠え声、次が最後だとそう言っていることが不思議とわかる。
最後の勝負をしようと挑戦状を叩きつけられたのだ。叶さんの頭上の星辰が揃い、僕の【呪拳】のオーラがひと際濃く色を付ける。ここが最高潮、合図はいらない。飛び上がり、結晶竜も答えて頭を突き出してくる。
「これで、終わりだっ! 【ツルハ……】」
「ヴァアエ? ギィ……」
向かいあい、お互いの最高の一撃をぶつけ合おうとした瞬間。結晶竜の中から小さな紫のリザードマンがボトリと巨体から抜け落ちていくのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
「まったく、所詮は紛い物か。せめてその体は使ってやる。」
地面から、半裸の男が浮かび上がる。その髪は白髪で、目は紅く染まり体を葉脈の様な線が走っている。口は頬まで裂け、凡そエルフの姿ではない。
「レイセンさんっ!?」
姿形が違うが、エルフのレイセンさんだった。このタイミングで現れるのか。
一本の矢がレイセンに向かって射られたが、彼はそれを苦も無く止める。
「ナナセか……残念だが、カルドウス様の加護を受けた私はこの程度の矢では死んでやることはできん。……冒険者殿、しばらくぶりだな」
地面に着地して、睨みつける。動かない抜け殻の結晶竜。そして足元に横たわる小柄なリザードマン。
その横に立つ鬼となったレイセンさん……いや、カルドウスの信奉者レイセンが立っていた。
「そのリザードマンが、結晶竜の本体ですか?」
「その通りだ。見込み以上ではあったが、期待以上ではなかった。貴様と同じように竜の紛い物だ」
そのままレイセンは倒れたリザードマンの頭に足を乗せて踏み抜いた。脳漿が飛び散り、その小柄なリザードマンは息絶えた。その爪の先は僕に向けられたまま……。
望まぬ決着。
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