第二十九話:秘拳『ハラワタ打ち』
マドモンキー狩りを止めてボス猿を討伐すると決めてからさらに一日、準備をして体調を整えた。
「さぁ、行くか。二人とも手はず通りに行くぞ」
「はい、お任せください」
(オー)
特にフクちゃんの負担は大きいかもしれないが、本人はやる気だ。頼りになるな。
霧の中に入り、ファスが敵を探る。ほんの10分程度でボス猿を見つけた。
「見つけました。11時の方角、200メートル先です」
霧のせいで5メートル先も見通せず、枯れ木などの障害物もあるってのに200メートル先の対象を見つけるとかとんでもない能力だな。すでに視力とかそう言ったものとは別次元の能力になってない? 心の中で戦慄しながら、指示を出す。
「了解、お供は何匹いる」
「4、5匹ですがボスが呼べばまだやってくると思います」
「散々狩りをしたってのにな。ファスは所定の場所に移動しといてくれ、フクちゃん、目印の糸は辿れるか?」
(バッチリ)
「じゃあ、道案内よろしく。じゃあ行ってくる」
「はい、ご武運を」
深くファスが礼をする。なんかいいなこういうの。
「あぁ、ファスもな。また後で」
そう言って、【ふんばり】を発動して泥の上を駆ける。フクちゃんは僕の背中で道を戻れるように糸を出してくれている。枯れ木から枯れ木へと飛び移り近づくと。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアア』
という遠吠えから、一気に木々をなぎ倒しボス猿が近づいてきた、こっちが近づいているのを察知したのか、さすがの索敵能力だ。ファスがいなけりゃ詰んでたな。
「フクちゃん。道案内よろしく」
(マカセテ)
全速力で来た道を戻り、そこからはあらかじめ用意しておいた道標になる糸を辿っていく。糸は細くフクちゃん以外に理解することはできないだろう。
群れを削られて怒っているのか、ボス猿が立てる音は真っすぐにこっちへ向かってくる。若干あっちの方が速い気がするな、間に合うか?
「フクちゃん、まだ遠いか?」
(アト、スコシ)
いきなり踏ん張りどころだな、気合を入れて足を動かす。
いよいよ音が近づき、ボス猿の影がうっすらと見え始めたその呼吸まで聞こえ始めた時に、目的の場所に辿り着いた。
「おっしゃあ!! フクちゃん任せた」
(リョウカイ)
フクちゃんを放り投げて全開の【ふんばり】で急停止、転身してボス猿の足元へ入り込む。
前回のように足払いをしようとすると、ボス猿は跳び上がり一回転して僕を飛び越える。すぐに向き直し構えるとボス猿もこちらをみて歯をむき出しに威嚇する。
相まみえ、一瞬の静寂。それを破ったのはボス猿だった。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
音がぶつかってくるような咆哮。仲間を呼ぶ気だろうな、マドモンキーの足はボス猿よりも遅い。
「そうはいくかよ」
呪いの霧と仲間のマドモンキーのことを考えるとこの戦いは短期決戦以外にありえない。
全力で踏み込み、突きを放つ。使うのは『衝撃を浸透させる突き』だ。咆哮の為に隙があったのか、それとも油断か拳はあっけなくボス猿の腹に当たり【掴む】を発動させる。
ボス猿は懐に入り込んだ僕に拳を放とうと振りかぶる。なるほどわざと打たせて、回避させないつもりだったのか。前回僕の攻撃が効かなかったのを覚えているのだろう。
だけどそうは問屋が卸さない。
拳から伝わる感触は木々を打つ感触ともマドモンキーに対して打った時とも違う、相手の内臓を鷲掴みにし引き千切るような感触。
しかし対象を【掴む】という性質の為に生まれる攻撃後の隙をボス猿は逃さず、攻撃を喰らいながら振り下ろされたボス猿の拳に吹っ飛ばされる。
「マジか!! 流石だな」
あの一撃を喰らいながらの反撃に思わず一言、すぐに立ち上がり追撃に備えると、ボス猿は血を吐いて苦しんでいた。だがその目は僕を見ている。まだまだやる気のようだ。
だがその隙を逃す彼女じゃない。
「ガァアアアアアアアア」
苦しむボスに側面からの黒い火球が直撃する。一切の調整をしていないその全力の火球は爆発しボス猿の巨体を吹っ飛ばす。ローブに迷彩を施し泥の中で隙を狙っていたファスによる援護だった。
吹っ飛ばされたボスはそれでも転がりながら泥を掴みファスに投げつける。間に入り拳で払う、泥で一瞬視界が塞がれ開けた時にはボス猿は逃げ出そうと飛び上がっていた。
(ムダムダ)
そしてその先にある糸に絡みつけられ、更に先に繋がる木々が絡みつく。周囲の枯れ木を使い一面に巣をはる準備をしていたのだ。ボス猿が入った瞬間に巣は閉じられる。そしてこの巣の狙いは逃走防止だけじゃない。
「キキィイイ」
(コロス)
ボス猿を助けにきたマドモンキー達が巣に絡まり動けなくなっていた。無論泥の中にも杭を複数打ち込み糸を張っている。フクちゃんの役割はこの場に群がったマドモンキー達の足止めだ。巣に絡まったマドモンキー達を恐ろしい早さで処理していく。フクちゃん……頼りになる子!!
ただしそれでもマドモンキー達は次々と群がってくる。土中から杭をすり抜けマドモンキー達は入り込んでくるだろう。早く決着をつけなくてはならない。
「ガァアアアアアアアア」
ファスがさらに火球を吐き出す。
糸とその先の木々に絡まり動きを制限されたボス猿はそれでも、力まかせに体をひねり回避する。
「ファス、僕が動きを止める」
「くっ、わかりました」
ファスに下がるよう指示し、突っ込む。ボス猿の突きを正面から受け止め踏ん張る。
「押し比べだ」
柔道では引き崩す技が多いが僕の学んだ武術は押し崩すことが多い。掴んだ拳を相手の隅(態勢が崩れる場所)に押す。ボス猿は拳をそのまま引き、もう一方の手で僕を殴ろうとする。横面打ちで受け、転身、脇に手を差し込み絡み投げる。
「おりゃあああああああああ」
相手が重すぎてこっちの身体まで倒れる。一瞬早く起きたボスが上から殴ってくるのを掴み三角締めをしようとするが力まかせにほどかれ投げられる。
「ガァアアアアアア」
そこにファスの火球が炸裂、再びボス猿は吹き飛ばされる。
それでも立ち上がったボス猿は口から血をはき、体の三分の一は火球により削られ焦げている。それでもまだ倒れない。
(マスター、ソッチイッタ)
複数体のマドモンキーが巣を抜け中に入ってきた。
「ファス、頼めるか!!」
「無論です!!」
ファスが距離を取りながら威力を絞った火球で迎撃していく、だが【息吹】のスキルは燃費が悪いしフクちゃんの耐呪もどこまで持つかもわからない。
「これで最後だ」
開手を中段に置いて、構える。ボス猿もこちらを威嚇し歯をむき出しにする。もう逃げる気はないようだ。
さっきボスに打った時に感じた感触、おかげでこの技の名前は決まった。カッコ悪いかもしれないが自分の中ではしっくりきている。
出し惜しみなしで全力で踏み込む。耳鳴りがするほどの速度で拳を固め懐に入る。
ボス猿は回避しようと体をよじるが、小さな火球がボスに当たり動きが止まる。ナイスフォローだファス。
「ハラワタ打ちィ!!」
つい技名を言ってしまった。打ち込んだ拳は今度こそ内臓をズタズタに引き裂いた。
口から血を吐きボス猿が崩れ落ちる。
喉から声にならない声があがる。異世界に来て初めての勝利だった。
「ご主人様! やりました!」
(マスター、スゴーイ)
なんて余韻に浸っている場合じゃない、フクちゃんを回収して【吸呪】しつつセーフティゾーンへ戻らないと、ファスの火球はあとどのくらい撃てるんだ?
そう確認しようとすると、マドモンキー達は止まっていた。戦闘形態を解いたフクちゃんがさっそくボス猿に牙を突き立て捕食しファスもこっちへやってきた。
「マドモンキー達はどうしたんだ?」
「ダンジョンから生まれた魔物はダンジョンが消える時に一緒に消えます。今このダンジョンは消えようとしているんです、なので……」
「なので?」
「お肉を早くはぎ取らないと!! フクちゃん、食べるのもいいですけど皮を剥いでください。道具がないんですから」
(アト5キロタベルノ、マッテ)
えぇ……ファスさん? まぁお肉は大事だよな。そういえば霧も晴れてきている。これでダンジョンを踏破したことになるのか、なんか忘れているような。
首をひねっていると、目の前でモゴモゴ泥が盛り上がり棺のような形の箱がでてきた。
「ファ、ファス、なんか出たぞ、なんだこれ?」
「わ、忘れてました。ダンジョントレジャーです。開けてみましょう」
そうかトレジャーの存在忘れてた。肉に思考が支配されていたからな。
開けてみると、意外と入っているものは少ない。背負い紐が付いた袋に、巻物が一つ、あとは湾曲した刃にトライバルの文様がついた手斧が二本だった。他には箱の底に石ころかと思ったらなにかの原石を見つけた。
「うーん、なんていうか金銀財宝みたいなイメージがあったんだけどな」
「そういったトレジャーもあるようですが今回は違うようですね。ダンジョンの規模が小さいということもあるでしょう。でもスクロールがついてますよ、これは大きな成果です。それに他の物も魔力の流れが見えます。特別な効果を持っているかもしれません」
「スキルを覚えられるんだっけ? 武器の鑑定とかはできないのかな」
「武器用の鑑定用紙が必要になります。道具は道具の鑑定紙ですし」
「とりあえず、全部持っていくか。ちょうど袋あるし」
スクロールと原石を袋に入れるとまるで広い空間に投げ入れたように消えた。これってもしかしてファンタジーでお約束のアレか?
「もしかして、アイテムボックスか?」
「す、すごいです。初めて見ました。大変高価な道具だったはずです」
さすが魔法のある世界。試しに取り出そうとして手を入れると。中に入っているもののイメージが頭に浮かんできた。選択すると手の届くところにものがあるようになり引き出せる。こりゃ便利だ。
「これって入れられないものとかあるの?」
「えーと、生き物は入れられないはずです。あとアイテムボックスによって容量があります。確か重さで決められていたはずです」
「よし、じゃあとりあえず入るだけこの袋に入れてみよう」
というわけで斧なんかも入れてみたがまだまだ余裕で入りそうだ。
「ご主人様、斧を出してください、とりあえずこの斧でボス猿を解体します」
「あっはい」
言われるがままに斧を取り出し、解体に参加する。
「うぇえええ」
「あの、ご主人様。休んでいてもいいですよ? というかこれは奴隷にやらせる仕事だと思います」
「いや、やらせてくれ。いずれ必要になりそうだしな」
内臓を取り出す作業で気持ち悪くなってしまったが。ファスが汗を流して作業をしているので休むわけにもいかない。フクちゃんも酸性の毒と牙で器用に解体を手伝っていた。二人ともたくましいな。
結局袋には100kgくらいの肉と皮が入り、余った肉や内臓は全てフクちゃんが食べた。マドモンキー達は溶けるように消え、そして霧の晴れた沼地を歩き進むと緑の森に戻り、フクちゃんとファスのナビにより河を見つけた。
「今日はここで休もう」
「そうですね、河を辿れば人のいる場所に着けるはずです」
(オナカヘッター)
「あんなに食べたのにか」
底知れぬフクちゃんの胃袋に驚愕しつつ、キャンプの準備を始める。今晩は宴だな。
ちなみに与えたダメージの割合はファス7、主人公3くらいです。火球が強いからねしょうがないね。
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