第二百八十八話:巨人の一撃
殺気漲る横が怖くて、人知れず震えていると頭上からイグラさんが見下ろしてきた。
「おい、アタシの【凶化】がもう切れる。聖女様のバフが乗っているうちに、一発だけかましたい、あのトカゲの首を前に持ってきてくれるかい……ゼェ……ゼェ…」
湯気が立ちそうな隆起した筋肉、苦しそうな呼吸。限界が近いことがわかる。
否、すでに限界を超えて戦っていたのだ。
「……もちろんです。デカいの頼みます」
「ああ、正直、動くのが億劫でね。任せたよ……」
イグラさんは目を閉じ、再び槌を肩に乗せ足を開き構える。防御を一切捨て、さらに敵から意識を切って集中を高めている。傍から見ても、びりびりと肌が震えるような力の集中。
「ファス」
「わかっています。ご主人様が対応できない部分の指示はトアが出してください」
「……前々から思ってたけんど、このやり方おかしくないだか? オラが指示だしするの違和感あるだ」
よくある流れなんだけどな。全体を見ることに優れているトアが指示を出すのが一番手っ取り早い。
僕は接敵しているからどうしても不意打ちや周囲の状況の変化が把握しづらいし、一歩引いた場所からトアが指示を出して、ギリギリの判断は僕がするのが一番バランスがいいのだ。
「もういいかいー?」
周囲から抜けてくるリザードマンを刻みながら、フクちゃんがこちらを向く。待ち切れないようだ。ため息をついて、トアが息を吸った。ちなみに、気の抜けた会話の合間にもファスと叶さんが魔術でリザードマンを捌いている。結晶竜は不意打の炎弾に予想以上に驚いたのか少しこちらを警戒しているようだ。
「ほいじゃあ……旦那様を先頭にフクちゃんはオラと中距離から援護を、後方はファスとカナエ。流石に号令は旦那様がするだよ」
「わかったっ。行くぞ皆っ! 尻尾の軌道に気を付けるように、イグラさんの前に結晶竜を誘導するぞっ」
「はい」「うん」「行くだっ!」「やっと、コロせる」
「ギィガアアアアアアアアアアアアアアア」
痺れを切らした結晶竜が、一歩踏み出してきた。
【呪拳】は……さっきのことがあるから、少し様子をみたい。となると……。
「ファス、叶さんっ!」
「後方のエルフ達にも魔術を使うように伝令を送るだっ!」
二人に呼びかける。【威圧】を展開し、結晶竜の注意を引き付ける。
背後で二人の魔力が膨れ上がり、イグラさんと一緒にいた巨人族がトアの指示を後方の部隊へ伝える。炎、岩、樹、泥、水、風、様々な魔術が降り注ぐ中をフクちゃんと一緒に潜り抜ける。
トアは僕等とファス達の間で、結晶竜の動きを観察しているようだ。
「アハハ、キレイだなー」
「確かに、カラフルだな。じゃあ、派手に魅せるか【魔術纏い:千輪菊】」
【空渡り】で飛び上がり、降り注ぐ魔術を【掴む】。それは弾だったり、刃だったり、鞭のようなものだ。魔術を武器として叩きつける。紫鱗種のリザードマンにやったことだ。色取り取りの魔術が目もくらむばかりに炸裂していく。
「ギィ!?」
「うぉ、体が軽い!」
「マスター、速い」
「先読みして、援護するのが精一杯だべっ!」
一瞬で数十の魔術を掴んで投げ、両腕に固定して殴る。加速した身体に感覚が追い付かない。
レベルアップだけではない……。魔力に対する理解というか感度が今までと比べ物にならない。今まで『熱』としてぼんやりだった魔力の流れがはっきりと理解できる。というかこの速度の中で的確に斧を飛ばすトアがヤバイな。
結晶竜の前腕を水の盾で受け止め、炎の拳で弾き飛ばし、岩を頭に当てる。
さらに手刀に乗せて、数十もの魔術を集中させてぶつける。
「ギィイイガアア!?」
魔力を弾くとはいえ、百を超える魔術を纏う『打撃』をぶつけれらた経験は結晶竜にはないだろう。
あまりの勢いに一歩退く。後方では、叶さんが悲鳴を上げていた。
「ちょ、真也君早すぎっ! 狙いがつけられないよ」
「適当で構いません。ご主人様が調整しますっ! 行きますっ【氷華:ホウセンカ】」
「任せてっ【星涙光鎖】」
僕の頭上でファスと叶さんの魔力が収束していく、それが形になる前に【掴む】ことで混ぜ合わせる。現れたのは巨大な氷塊と光の鎖。内側から漏れ出る光が杭のようだ。
「【魔術合わせ:星花大分銅】っ! うぬうぅううううわぁあああああああああああああ」
【ふんばり】で体を空中に固定して、巨大な光の鎖を握って、氷塊を振り回す。
「どぉおおっりゃああああああああああああああ!」
勢いのままに結晶竜にぶつける。衝突した氷塊は内側から爆ぜて光の杭が結晶竜を弾き飛ばす。
魔力もクソもない質量による暴力だ。
「今だフクちゃん!」
「イエス、マスター」
少女の姿から大蜘蛛へと変化したフクちゃんが糸を宙に固定し、空間そのものを死地へと変える。魔術の雨のなか宙にかかる白銀の幾何学模様の蜘蛛の巣。
その巣を駆けることができるのは蜘蛛の女王と、日頃修行で死ぬような思いでひたすら逃げ続けた僕のみっ(あれ、涙が……)!
足場を使った三次元での高速移動。砦では壁を使ったが、今はフクちゃんの巣を使う。
そして砦とは違い、ここにはフクちゃんがいる。糸の動きを読みながら、もがく結晶竜に拳を叩きつけ。姿勢を誘導する。よしっ、このままイグラさんの元へ……。
「ギュォオオ、バルヴァアアアアアアアアアア」
倒れた勢いを利用して、結晶竜が背ビレ部分を起点に回る。
その技は見たぞ。
「フクちゃん、尻尾だっ!」
(ちがう)
フクちゃんからの否定。尻尾ではなかった。結晶竜は回転しながら大口を開けて、周囲に粉塵を吐き出した。かなりの勢いでありとっさに防御するが、粉塵を吸うと咳き込み血が肺から溢れた。
「ガハッ! これ、結晶……」
吐き出された粉塵の正体は、砂のように細かな結晶だった。一吸いで肺がイかれた。
眼球からも出血して周りが見えない。だが、次に何をされるかはわかった。
結晶竜が糸を千切りながら、此方を向くのを気配で察する。この粉塵の発射はまるで工業製品とかを研磨するサンドブラストのようだ。あれを直撃で喰らったらやばい。
「旦那さぁまあああ! 【旋風刃】っ」
トアの声が聞こえた。さらに衝突音。トアが後ろから前線にきたのだ。
「砂漠の職人謹製のゴーグルに、粉塵マスクだべっ! ポーションで目を洗い流すだっ!」
声を頼りに投げられたゴーグルとマスクを受け取り、その場を離れる。
太ももにベルトで固定しているアイテムボックスから、ポーションを取り出し目を洗う。
すぐに視界が開けてきた。ゴーグルとマスクをつけて粉塵の中へ飛び込む。降り注ぐ魔術も、粉塵が舞う場所に当たると勢いがなくなり水に落ちた線香花火のように弱弱しく消えていく。そんな中でトアは【空渡り】を使いながら、紙一重で結晶竜をフクちゃんの巣から逃さないように立ち回っていた。
「できすぎだっ! トア、前衛を変わるぞっ!」
「了解だべっ。砂漠の装備を持ってて良かっただ」
「フクちゃんは粉塵は大丈夫なのか?」
(全然平気)
そういえば砂漠での遭難中に砂泳ぎとか色々身に着けてたな……。
「ギュオオオオ!」
口の中がズタズタだが、構っている暇は無い。このサンドブラスト(仮称)はめちゃくちゃ厄介だぞ。
「置き土産だべ【飛竜……大旋風】っ!!」
両の手斧が風を切り裂き辺りを舞う粉塵を旋風に巻き込んでトアが結晶竜にぶつける。粉塵が吹き飛ばされ一気に視界が開けた。本当にできすぎだ。そのタイミングを見計らったかのように僕の左右にファスと叶さんの魔力が集まる。
「【魔術合わせ:……これは、えと、なんだ?」
なんか練習したことない組み合わせが来た。だから、本番でいきなり知らない組み合わせはダメだって言ってるのにっ! ファスの鬼畜っ!
青白い光の輪が出現し、チャクラムのように回っている。その外側は真っ黒に染まり、広がろうとする光の輪を逆方向に押しとどめているようだ。
……なんだろうこれ? よくわからんけど、ぶつけていいのかな?
多分一つはファスの【闇斥】だろうけど、叶さんの【スキル】に光の輪なんてあったっけ?
ええい、迷っている暇は無い。トアが作ってくれたこのチャンスを台無しにするつもりはない。
「なんか知らんけど、喰らえぇえええええええええ!」
再び口を開く前に、白と黒の光輪を結晶竜に投げつける。
「ギィイイイイイイイイイ」
結晶竜が光輪を掴み、そのままミシミシと光輪にヒビが入る。
受けられたか……。と思っていると、光の中から牙と爪のようなものが生えて結晶竜に組み付き始めた。
「……そうなるんだ、チャクラムみたいだから投擲する感じだと……」
どういう組み合わせなんだろうあれ? 青白い爪や牙が円から絶え間なく出てきて、円の中心へ結晶竜を引き込んでいく。そして、円周の黒い部分が、急速に縮み……なんか嫌な予感。
轟音と共に、炸裂した。
「ぐぁわああああああ、そんな性質わかるかぁああああああああああ」
「な、なんだべっ!?」
「すごーい」
近い場所の僕とフクちゃんは盛大に吹っ飛ばされる。その中心にいた結晶竜も無事ではすまず。
巨体が二回転ほど転がる。その先にはイグラさんが構えていた。
「遅いよ。待ちくたびれちまった。まぁ、なんとか間に合ったね……」
消えかかった褐色の文様が再び濃く色づく。目を開き、体を捻り上げ、イグラは絶叫した。
「【金剛重撃】ィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
「ギュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
カウンター気味に入った渾身の一撃は、結晶竜を地面にめり込ませ。
地面が揺れるほどの衝撃を周囲に示したのだった。
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