第二百八十六話:全員集合
半分崩れた鉱山砦、その瓦礫が隆起し道を作る。降り注ぐ魔術を小雨のように受け流し、戦場に降りた結晶竜は宿敵の姿を探す。しかし、砦内の結晶を破壊したために周囲の把握ができない。
「ギィ……?」
ただ、近くにいることはわかる。それならば、まずは目障りなエルフから片付けるのも一興。
強く地面を踏みしめ結晶竜は三度咆哮する。群れに出した指示は『殲滅』、頭数は減ったが、むしろ好都合だ。鉱山砦に回していた己の魔力を戦場に流す。
「「「ピギャアアアアアアア」」」
ファスの魔術から離れていた通常種のリザードマンの一団の身体が二回り大きくなり、紫の鱗が生える。【眷属】に自らの力を与える【魔王種】としての力である。
数が無ければ質を上げる。そして、結晶竜は向かってくるエルフの軍に突撃した。
一方、砦内では真也から白と黒のオーラが出て数分が経過していた。
オーラの噴出は止まり、ファスは膝枕で真也の頭を撫で続ける。
トア、叶、フクも真也によりかかり休憩をしていた。
そしてそれをジーッと見つめるミーナ、ジリジリとファスに近づいていく。
「……あの、もし?」
「何でしょう? 今、とても大事な時間なのですが?」
ジロリと、子供が見たらトラウマ間違いなしの眼力でファスがミーナを睨みつける。
「ピィ、す、翠眼。……い、いいえ。その、足が痺れるのでは? よろしければ私が代わりますわ」
「……結構です。これは私達の役目です。貴女が報告にあったエルフのメイドですね。ご主人様の一番奴隷のファスと申します」
アナスタシア姫に仕込まれた一分の隙も無い笑みでファスが挨拶をする。当然目は笑っていない。
その背後からは獅子が浮かび上がるようだ。一方、獅子はおろか兎を浮かび上がらせることが精一杯のミーナは圧倒されつつも顔を突き出す。
「わ、私もメイドにしてもらえるようにお願いしておりますの」
震えながらも言い切ったミーナにメレアは背後で拍手をし、ファスは笑みを深めた。
「その件に関しては、後でじっくりとご主人様とお話させていただきます」
重ねて描写するが、目は一切笑っていない。
「ん、マスターが起きるよ」
二人のエルフがにらみ合っていると、フクが真也の上に乗っていた。フクがそう言うとトアと叶も体を起こす。
「ん~。数分だけんど休めたべ」
「だね、私も酔いが収まったよ。というかファスさん代わってよ」
「いやです」
そして、皆の視線を集めている真也の瞼がぴくぴくと動いた。
※※※※※
誰かが泣いている。女性だ。両手を組んで額に当てている。僕は……体が動かない、何かが巻き付いているようだ。
『私は竜の泊まり木、どうか安らかに女神の詩を紡ぎ眠っておくれ』
僕の身体に鎖が巻き付いている。重たい瞼を微かに空けると、そこにいたのはファスにとてもよく似た女性だった。ファスをもっと髪を伸ばして、少し背を高くしたような印象だ。
僕は彼女を見下ろしている。祈りを捧げ、泣くその姿が悲しくて、でも僕は動けない。
そうか……これは、竜の見た光景……。あぁ、どうかファスに似た貴女よ、泣かないで。
僕の頬に何かが落ちる。これは……雫、いや、涙? 景色が歪み、意識が登っていく。
「……何で泣いているんだ。ファス?」
目を開けると、何度も見た深い緑の瞳から朝露のような雫が落ちてくる。
手を伸ばして拭うとすると、ファスが上から手を重ねた。
「おはようございますご主人様」
「……なんか懐かしいな。前はよくこうしてた」
牢屋での生活の時はいつも膝枕をしてもらっていた。
「はい、ご主人様はいつも無茶をしてばかりです」
「ボクはいつもここー」
フクちゃんが乗っかっていた。少女の姿ではなかったけどね。
体を起こす。両手は綺麗に治っていた。
「おはよう真也君」
「おはよう叶さん。久しぶりだね」
「本当だよ。これは埋め合わせをガッツリしてもらうからね」
叶さんが頬にキスをしてくる。横からトアが水筒を差し出してきた。
「薬湯が入っているだ、ついでにほぐした干し肉も摘まむだよ。旦那様」
肉の出汁と微かな苦みのスープを飲んでほぐされた干し肉を口に放り込む。
「助かる。お腹が減ったよ。冒険者を連れてきてくれてありがとうトア、助かった」
「わふっ。まったく、旦那様はいつも無茶ばかりだべ。ほれ、たまには頭を撫ででもいいだよ」
珍しく人前で甘えてくるので少し強めに犬耳ごと頭を撫でるとトアが目を細める。
……めっちゃ触り心地いいな。定期的に触らせてもらおう。
「マスターおはようっ!」
フクちゃんが勢いよく抱き着いてくる。フワフワの白い髪を撫でて小さな体を支える。
「おはよう。心配かけてゴメンな」
「マスターのあほー。でも許す、一緒にアイツをコロそう」
残った薬湯と干し肉を食べて、立ち上がる。手甲はまだ使えそうだが、鎧はダメだな完全にひしゃげている。
「っし! 状況は?」
気合を入れて辺りを見渡す、崩れて空が見える天井に周りにはこっちを見ている冒険者達がいる。
「はい、シンヤ殿。私が話しますわ。先程結晶竜が砦の後ろ部分を壊して戦場に出ましたの。今は冒険者を中心に距離をとりつつ、魔術で牽制していますわ。ただ、紫鱗種が出現して混戦になっています」
「……その情報を持って来たのは、斥候に行った虫使いの冒険者なんだが……」
のそりとガビジオさんが歩み寄って来た。その横にはナナセさんもいる。
「裏切り者はレイセンだった。アルタリゴノでお前等を疑ったこと謝罪する。奴も必ずこの戦場に現れるはずだ……ツケは払わせる」
弓を脇に抱いてナナセさんが頭を下げてきた。……そうか裏切り者はレイセンさん……えっ? マジ? 全然気づかなかった。トア、よくわかったな。トアを見るが、首を傾げられる。どうやって裏切者を見抜いたんだろ。
「その辺の話もしたいが不味い状況だ。結晶竜をイグラを始めとする巨人族が抑え、紫鱗種をそれ以外の兵で対応しているが、じりじりと押されている。どうするA級冒険者? 言っておくが、ここにいる全員は聖女様の力で回復済だ」
ガビジオさんが武器を掲げながら、挑戦的に笑みを浮かべる。
「当然、戦います。結晶竜は僕等で倒します。他の冒険者はガビジオさんが指揮をして紫鱗種に対応を、特にナナセさんは【信奉者】を警戒してください」
「わかった。弓にかけて、レイセンを見つけてやる」
「聞いたか野郎どもっ! 結晶砦を掘りぬいた英雄様のお達しだっ! 死んでもこなせっ!」
「「「オォオオオオオオオオオオオオオ」」」
いや、別に英雄って柄じゃないけどね。冒険者に混じって楽しそうに飛び跳ねるモグ太に近づく。
「モグ太。瓦礫を落としてくれてありがとう。助かった、あれがなかったら死んでた」
「モグモっ!」
ギュと握った手をモグ太が突き出してくる。友達のお呪い……拳を合わせる。
「私もやりますの、ご武運を……シンヤ殿」
「任せてください。じゃあ……皆っ、行くぞ」
「はい、ご主人様」「イエス、マスター」「さーて、いくだよ」「頑張るからねっ!」
ファスが杖を握り、フクちゃんが楽し気に両手を広げる。
トアが手斧でジャグリング、叶さんも髪の毛をポニテに結い直す。
この戦いの最後の舞台に向かうとしようか。
久しぶりに揃ったと思ったら、すぐにイチャイチャ……。
次回:竜VS竜
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