第二百八十一話:時間稼ぎ
地響きをあげる砦の内部、モーグ族達が一丸となって砦の一部を崩して結晶竜に瓦礫をぶつけていく。薄紫の結晶は濡れたように煌めき、砦全体が震えていた。
「マスター、ぐるぐるー」
「……」
重傷の真也を泡と糸で包んだフクが大蜘蛛の姿になって、自分の身体に真也を巻き付ける。両腕は折れていない指の方が少ないほどで、手首や上腕もボロボロでところどころ骨が露出している。軽鎧は無残に凹み、魔物の皮部分も破れていた。鎧の下からも出血があり、呼吸も浅く弱い。
フクが知る限りここまで真也が疲弊しているということは記憶に無かった。回復ポーションと【回復泡】では心もとなく、急いで叶に見せる必要があるだろう。
「シンヤ殿は大丈夫ですの?」
(マスターはダイジョブ……でも、早くカナエに治してもらう)
「わわっ、頭の中に声が聞こえますの。慣れませんわね。……カナエ、前に話していた【聖女】様ですわね。まずは時間稼ぎですわ。結晶竜が登ってくる前に瓦礫を落としながら上層のルートを確保しますわ」
「冒険者との合流を目標に動きましょう。安全第一です。まだ砦にはリザードマンが相当数残っているはずです」
螺旋状の階段を移動して、対岸のモグ太達がいる横穴へ向かう。
結晶化した部分を避けながら、穴が拡張されている。横穴の様子を一瞥したミーナが指示を飛ばす。
「結晶化した部分はモグ太に任せて、他のモーグ族さん達は別の場所を掘るのです。右側を掘っている方々は一つ上の横穴に移動して壁の裏側を掘るのです。もう半数は、そこと……そこを中心に掘れば崩れます」
「「「モグモッ!!」」」
大蜘蛛化したフクの背中に乗りながら、どこをどれくらい掘れば望む結果が出るのかをミーナが考える。下を覗き込むと、瓦礫が蠢いている。
「……すぐに、暴れて登ってきてもおかしくないですのに……動きが鈍いようですわ……」
思い返すのは数か月前、砦を破壊し作り替えた結晶竜の所業。あの暴威があればすぐにでも壁に生やした結晶を操作して壁を登るくらいは想定していた。相応の反撃があると思っていたのに結晶竜はされるがままだ。モーグ族を別の横穴に誘導しながらも下の確認を続けていると、瓦礫からその腕が突き上げられる。そして、結晶竜が再び立ち上がった。しかし、様子がおかしい。
「ギィイイイオオオオオ……」
「あれは……何かが纏わりついていますわ。メレアに流されていた呪いに似ていますの……」
粘度を持った黒いオーラが結晶竜に纏わりついていた。結晶の表皮に張り付いては滑り落ちている。それが結晶竜の動きを邪魔しているのだ。滑り落ちてもオーラは伸び上がり時に赤子の腕のように、時に細い蔓のように結晶竜を登ろうとしている。目、鼻、口、あらゆる隙間から侵入をしようとしている様子はあまりに悍ましい光景であった。しかし、今のところオーラの侵入は失敗しているようだ。結晶竜はうっとうしそうに体を捻っている。
「いいえ、ミナ様……アレは私に流された呪いとは比べ物にならないものです。似て非なるというよりは、より『濃い』何かです。まるで意思を持っているような……」
メレアが背筋を震わせる。そして、その呪いを発揮したであろう糸でグルグル巻きの真也に視線を移動させる。
「シンヤ様……貴方は一体、『なに』を結晶竜に放ったのですか?……」
「何にせよ。結晶竜の動きが鈍っている今がチャンスですわっ、瓦礫を落としながら上層を目指しますの!」
(ストップ、なにかいる)
フクを先頭にモーグ族を先導しながら横穴を目指していると、穴から何かがこちらに向かって放たれた。
「これは!? エルフの矢!?」
「下がってくださいミナ様っ【衝壁】」
メレアが魔力による防御を展開し攻撃を防ぐ。横穴から弓を持ったエルフ達が岩陰に隠れたのが見えた。下でモーグ族達に作業を指示していたエルフ達のようだ。
「あの裏切りエルフっ! 姿が見えないと思ったら、こんな場所に隠れていたのですね」
「チィ、外したぞ。どうしてメイドが地下から登ってきてんだよっ。あの化け物蜘蛛がこっちに来たら終わりだぞ」
「知るかっ! 監督もいないし、どうなってんだ! いいから弓を射ろ」
砦が振動しているせいか大声での会話をしている。どうやら結晶竜が起きたことを理由にここまで逃げていたようだ。
「フクちゃん、メレア、行きますわよ。あの横穴は次の瓦礫を落とす為に必要ですわっ。モーグ族は固まって防御陣形ですのっ!」
「かしこまりましたっ! 」
メイド服の袖を捲り上げ、ミーナとメレアが構えるも、フクは動かない。
一瞬二人が怪訝な顔するもすぐに念話が響いた。
(ダイジョブ、やっと来た)
「遅れたべっ!」
ミーナとメレアの横を風が通り過ぎる。否、それは二本の手斧だった。
小さな竜巻を纏う回転する手斧が横穴に入り込み、エルフ達を吹き飛ばす。
「「ギャアアアアアアアアアア」」
「あれは?」
(トア、ボクの仲間)
そのまま帰って来た手斧を掴んでベルトに刺したトアが向き直る。どうやら【空渡り】で一気に駆け下りてきたようだ。
「状況はフクちゃんの【念話】で聞いてただ。あんたがミーナさんとメレアさんだべな。ハルカゼさんからよろしく言われているべ。上層のリザードマンはほぼ制圧できただ。石化したエルフ達も今運び出してるだ」
茶髪をかき上げて、トアが二人に笑いかける。顔立ちは美人であるのに人懐っこい笑みは相手を安心させる。
「貴方がトアさんですのね。シンヤ殿がとても信頼していました」
「照れるだな。そんで旦那様は……」
(重症、カナエに見てもらわないと、ヤバイ)
「……だべか。頑張っただな旦那様」
笑顔を引っ込めて真也を包み血で滲んでいる糸玉を優しく撫でた後に、トアは凄まじい形相で下にいる結晶竜を睨みつけた。
「……ピィっ!」「……っ!」
あまりの迫力にミーナとメレアが硬直する。それほどに鋭い殺気だった。明確な殺意を持ったトアの視線は冒険者を良く知るメレアであっても動けなくなるほどである。
「……フクちゃん。よく耐えただ。オラ、久々にキてるだよ」
(ギリギリ……。皆と一緒にあいつをコロス)
「冷静にやるだ、旦那様がここまでなる相手だかんな。今は旦那様の為に一刻も早くカナエと合流を目指すだ」
(うん)
「……これがA級冒険者のパーティーですのね」
「私はA級冒険者を何人か知っておりますが、今ほどの殺気は受けたことがありません」
「ワフッ、驚かせてごめんなさいだべ。しかし、ファスもカナエも狼煙を見てこっちに来てくれてるとは言え、砦の背後に回り込むルートは二日はかかるだ。その間、旦那様無しで結晶竜をどうにかできるんだか……」
「シンヤ殿の回復の為に、【聖女】様と合流したいのですね。私達に任せてくださいっ! 秘密の通路とモーグ族達の力を合わせますっ」
「「「モグモっ!」」」
胸を張るミーナと後ろでツルハシを掲げるモーグ族達を見て、トアは深く頷く。
「まずは、結晶竜の足止めと砦の制圧だべ。それができれば、砦を中心に展開しているリザードマンは一気に崩れて、正面の戦場はエルフの勝ちに近づくだ。紫鱗種は一通り片付けたから、冒険者達で十分出入りを抑えれるべ」
そう言ううちにも壁の一部が剥がれて瓦礫が下に落ちて再び結晶竜が埋まる。そしてモグ太が飛び出してきた。
「モグモ?」
次はどこを掘れば良いと、走ってこちらに向かってくる。
「流石ですわモグ太。さぁ、皆、上層までの間にできるだけ瓦礫を落として結晶竜を足止めしますわ」
ミーナの指示が響き、モーグ族とモグ太がすぐに横穴に入ってツルハシを振るい始めるのだった。
トアは冷静にキレるタイプです。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。更新頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。感想が燃料です。一言でもいただけると嬉しいです。






