第二百八十話:溢れる呪詛とおまじない
通常の攻撃が通用しないとあれば【呪拳】を使うしかない。全力全開の呪いを解放する。
塞がったはずの傷口からドクドクと何かが漏れてくる。両の腕に纏わせた【呪拳】は黒いオーラが地面にまで滴る。それは泥のようで、血のようで、あるいは涎のように見えるかもしれない。
「……【鈍麻】【沈黙】【浸蝕】」
この呪いは『パッシブ』のスキル、つまり常時発動しているものだ。無意識に抑えていたものを、意識的に解き放つ。呪いと一緒に自分の中にある自分以外の感情が表に出てくるようだ。
『殺せ、侵せ、腐らせ、燃やせ、潰せ、切裂け、平伏せ』
頭どころか全身から声が聞こえる。メレアさんから吸い取った呪いが語り掛けているのか、それとも自分の声なのか区別もつかない。ただ、莫大な感情の奔流が呪詛となって溢れ出す。
「グゥルウウルルルルルル」
結晶竜は首を前に出して威嚇の構えを取った。まるでかかってこいと言われているようだ。
絶対の防御力に自信があるだろう。こちらの自滅を狙っているのか?
ムカつくなぁ。絶対に後悔させてやる。絶対に、絶対に、ゼッタイニ、ゼッタイニ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアア」
自分の声とは思えない叫び声をあげて、【流歩】で足元に潜り込む。
呪いを纏ったままに【掴む】と【ふんばり】で張り付いて、呪いを流し込む。
「グゥガァアアアアアアアアアアアア」
結晶柱を生やされて弾かれる。呪いは紫の鱗を滑って染み込むことは無い。
魔力だけでなく、呪いも弾くってか。追撃の尻尾を【空渡り】で躱す。
近距離で結晶柱、中距離で尻尾、遠距離で突進からの腕の振り落とし。テメェの技は見てんだよ。
【呼吸法】で意識を集中。吐きだす息すら黒く染められている。まるで、ファスの【息吹】のようだ。
「ハハハハ、僕って今どうなってんだ!?」
自分を省みる暇も必要も無い。ただ、目の前にいるコイツを殺せればそれでいい。
体に流れる血と呪いがそれを後押しする。
体が軽いや。
ヒット&アウェイ。尻尾の範囲よりも少しだけ遠い場所から、攻撃の隙間を掻い潜って、【手刀】で固めた貫手を打ち込み離脱する。指が折れようが構わないどうせすぐ治る。なんなら手が潰れたっていい。
痛みが流れて、血が噴き出す。それが悦びなのだ。ほら、さっきまで圧倒的だった結晶竜を押している。壁に押し付けて、ホラホラホラホラ。ひたすらに貫手を繰り返す。
気持ちいいな。
このまま、泥のように溶けて無くなりそうだ。それもいいかもしれない。
だって、こんなに心地よいのだから。足の筋肉が裂けるほどに走り回り、腕の骨を折りながら貫手を放つ。これでいいんだ。
『コロセ、シネ、コロセ、シネ、コロセ、シネ』
あぁ、体が軽い。この声に身を任せて、どこまでも……。
『……私は……止まり木…どうか……安らかに…』
「えっ?」
怨嗟の声を遮るように、不意に女性の声が聞こえた。澄んだ声だ。ひどく儚げでどこまでも真摯な祈りの声。どこか、ファスに似ているような……。
「ファス……って、痛ったああああああああああああああああ」
見れば、全身から黒いオーラを出しながら両腕は骨が露出するほどにボロボロだった。
なんでこんなことに!!?? 攻撃されたのか!? とっさに太もものアイテムボックスからポーションを取り出す。
手が動かないので【掴む】を使って、潰れた指先にポーションを掛ける。しかし、流石に重症すぎて治りが遅い。
「グゥガァアアアアアアアアア」
なぜか壁に張り付いていた、結晶竜が前の手をついて突進の構えを取る。
体は……動かない。紙一重で見切れるか……。
目の前に結晶竜の首が亀のように縮む、そして壁のような向かい合う正面のすべてから結晶柱を生やした。オマケに周囲にも結晶が生えて逃げ道を塞いでくる。【空渡り】は……体が動かない。
……躱す隙間は存在しない。
「グゥガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
油断も慢心もない、全力の突進。
どうすることもできず【拳骨】を強める。
せめて、ダメージを最小限にしようと身を縮めた瞬間。
ズボンと何かがすっぽ抜けた音がして。
頭上から巨大な結晶の塊が振ってきた。そして結晶竜に直撃する。
「ギィィイイイイイイイイ」
突進の勢いのまま、盛大に結晶がはじけ飛ぶ。吹き抜けの広場に差し込む日差しが砕けた結晶に反射して、キラキラと光り輝いていた。おもわずあっけにとられてボーっとその光景を見てしまう。
「やりましたわぁああああああああああ」
「「「モグモォモオオオオオオオオ」」」
上層から、ミーナさんとモーグ族の声が反響して聞こえたと思ったら、腹部に糸が巻き付いて一気に引き上げられる。
「ぐへぇ」
そういえば、アバラも折れてたな。まだ治りかけだったみたいだ。
フクちゃんが糸で救出してくれたようだ。横穴まで数十メートルほど引き上げられる。
「マスター……ひどい傷。アイツ、コロス!」
フクちゃんが心配そうに【回復泡】を僕の身体に吹き付ける。その複眼が見開かれ、雪のような肌に青筋が走っていた。血走った目で糸を展開しようとする。
「落ち着けフクちゃん。正面からどうこうなる相手じゃない。それよりも、さっきの瓦礫は一体?」
這って横穴から下を覗けば、結晶と土くれの塊が動いている。その下にいる結晶竜はすぐに起き上がるだろう。
そして今の僕のコンディションは最悪だ。解放していた【呪拳】を抑えて身体を起こす。しばらくはまともに動けなさそうだ。ポーションを飲むが、やはり治りが遅い。こんなに、ボロボロになったのは初めてかもな。
「ん、あそこ」
フクちゃんが指さした方向を見ると、吹き抜けに無数にある横穴の一つにモーグ族が集まっていた。
全員がツルハシで横穴を拡張しているようだ。
「シンヤ殿っ! 大丈夫ですの、って酷い傷ですわぁああああああああああああああああ」
「叫ばないでくださいミナ様っ! この傷は……折れた後から何度も攻撃されたような……」
いや、うん……。結晶竜のせいみたいな感じの反応だけど、傷の感じから多分自爆っぽいんだよなぁ。記憶が飛んでる自覚があるし、最後に残った記憶が【呪拳】を全開で発動させた所だし。なんか、声が聞こえた気がするし。これまで【呪拳】を全開で展開してもそんなこと無かったんだけどなぁ。
「皆、避難したんじゃ……」
「嫌ですの!」
ムンと胸を張られる。フンスと鼻息を吐いて泣き虫のエルフは僕に顔を近づけた。
「私は、私達は、逃げる為にここに来たのではありませんの」
「ミーナさんはメレアさんを、モグ太はモーグ族を助ける為に来たんじゃないんですか? ここで危険を冒す必要はありません」
このまま秘密の通路を使って全員で逃げれば二人の目的は達成できるはずだ。
しかし、ミーナさんはさらに顔を近づけてくる。もう鼻の頭が触れそうだ。
「危険!? 私もモグ太も覚悟を持って来ましたわ。私達は『お友達』と『仲間』を助ける為にここにいますの。私達は拳を合わせるおまじないをしましたでしょ。私達はお友達ですっ! だから……一緒に戦いますの。私達にだってできることはありますわ。結晶竜がこの吹き抜けを作ったおかげで砦の構造は脆くなっています。崩れないのは壁を結晶で無理やり固めている為、それならば、土台を崩せば容易く落とせます。私の知識とモーグ族達の掘削力があれば図体の大きな結晶竜が壁を登るまでに、何度だって瓦礫をお見舞いしますわっ。モーグ族と私の力を見せてあげます! だから、貴方は休んでください。今、モグ太達が必死に穴を掘っています。頑張っています! 皆で生きて帰るのですわっ! なんなら【聖宝】でもなんでも使えばよいのです」
「上層に近づけばリザードマンが増えます。モーグ族じゃあ戦えない」
「ダイジョブ、冒険者達が来てる。トアもいるよ。ブクブクー」
追加の泡にまみれて手足の痛みが和らぐ。トアがいるなら、上層のエルフは大丈夫だろう。
「トアが……そうか、じゃあ、少し……休むよ…」
張りつめていた気が緩み、暗転する。気を失う直前、また声が聞こえた。
『私は竜の止まり木、どうか安らかに女神の詩を紡ぎ眠っておくれ、愛おしい竜達よ、いつか意思を継ぐものがきっと……』
やっぱり、どこかファスに似ている声だった。
第300部分です!! これからも真也君達の冒険をよろしくお願いします!!
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