第二百七十九話:二つの想定外
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砦から戦場に響くその吠え声。リザードマンに相対するエルフ達にそれは絶望を想起させる。
絶対の自信のあった魔術を弾き、岩をも貫く矢を挫いたリザードマンの魔王種【結晶竜】。雄叫びだけでリザードマンの群れは勢いを増し、エルフ達は戦意を挫かれる。それはモーグ族も同じだった。
砦に残るモーグ族のほとんどがパニックになって右も左もなく走り回っていた。
「もっきゃあああああ」「もぐっぐもごおおおおお」「もにゅうううううううう」
(……コマッタ)
真也からモーグ族と上層の石化したエルフの救出を頼まれたフクだったが、流石に数十匹の走り回るモーグ族を前にして途方に暮れていた。ただ捕まえるだけなら問題ないが、パニックになったモーグ族を安全な場所に移動させるのは不可能だ。こうしているうちにも砦は激しく震えている。下で戦いが始まったのだ。
土台から伝わる振動は上層に行くにつれて激しくなる。もし天井が崩れて石化したエルフ達に当たれば、どうなるかは想像に難くないだろう。残された時間は少ないのだ。
「モグモっ!」
フクちゃんの背中で、メレアが出した蔓と糸に巻かれたモグ太が何かを喋る。
(まかせろ? うーん、わかった)
拘束を解かれたモグ太が、ツルハシを振りかぶり壁に打ち付ける。
「モグモッ!」
「モグ太。何していますの、逃げるように皆を説得するのでは?」
拘束されて、スカートはめくれあられもない恰好のままミーナが問いかけるが、モグ太は答えることも無く壁を叩き続ける。もはやボロボロになった父だったツルハシの澄んだ音が横穴に響く。
「モグ?」「モグニ?」「モグモグ」
パニックになっていたモーグ族達が足を止めて、その音の出所を見つめる。
「これは……モグ太さんは一体何をしているのですか?」
「わかりませんわ。メレア、いい加減に拘束を解きなさい。もう、大丈夫ですから」
「……信じますよ。ミナ様」
「むぅ、忙しいのに。早くマスターのとこ行きたい」
ようやく拘束を解かれたミーナがフクちゃんの背中から地面に降りる。フクも大蜘蛛の姿から少女の姿になる。三人の視線の先には一身にツルハシを振るモグ太が映っていた。周囲のモーグ族達が集まってきている。
その様子は先程までのパニックで走り回っていた様子とは打って変わって静かだ。ツルハシの音に合わせてモーグ族達が体を揺らし始める。
「モグ太のツルハシの音を聞いているようですわ」
「話してる。ちょっとわかる。お父さんのこと、マスターのこと、ミーナのこと、ボクのこと、全部ツルハシで伝えてる」
フクちゃんに言われてモーグ族達のその様子を見れば、これが対話であることがミーナとメレアにもわかった。これはモーグ族の『言葉』なのだ。
百の言葉よりも雄弁にツルハシの音が響く。弱い自分の冒険譚をモグ太は紡ぐ。
逃げ出した自分の情けなさ、仲間を救うために戻ったこと、友達と一緒に穴を掘ったこと。
今、この瞬間もその友達が戦っていること。
何よりもツルハシは叫んでいた。
自分はもう逃げ出したくないと。必ず友達を助けるのだと。
「モグモッ、モグモッ、モグモッ!!」
涙を流しながらモグ太はツルハシを振るう。その音は震える魂を伝える。
聖地を守護するモーグ・コボルト族。嘗て父親が命をかけて示した誇りを今こそ取り戻す時。モグ太を見ていた一匹のモーグ族がツルハシを掲げた。それに続き他のモーグ族もツルハシを抱える。
それはこの戦場で、最も弱い者達が立ち上がった瞬間だった。
「アハハハハハハハハ」
フクは笑う。多分マスターはこんなこと考えていない。多分これは誰にとっても想定外なのだ。
だからこそ、興味深い。好奇心が頭をもたげる、この流れは一体どこまで広がるのかと。
「メレアっ。私も逃げませんわっ。モグ太の気持ち、私も受け止めましたの」
「ミナ様っ! それはなりません」
「落ちつきなさいメレア、これは好機ですわ。私達には私達にしかできない戦いがあります。できることをしますの。シンヤ殿を援護します。モグ太っ、作戦を練りますわよっ! 地図は頭に入っていますの!」
「モグモっ!」
「石になったエルフは?」
フクちゃんの一言に一同は固まる。
「……か、考えますの」
「ミナ様……やはり脱出をするべきでは?」
(旦那様っ! フクちゃんっ! 聞こえるだか! 足の速い冒険者を引き連れて来ただよ。上層はリザードマンでいっぱいだべ。すぐに応援もくるだ。戦場にいるファス達にも狼煙で合図を送ったべ)
フクの頭に【念話】が響く、トアが念話の範囲内に入ったのだ。
「ん、もってますナー。流石マスター」
これで上層と下層でチームを分けることができる。トアはハルカゼと行動しているだろうから、牢屋の場所も迷うことはないだろう。
「ミーナ」
「どうしましたフクちゃん?」
「冒険者が来た。ハルカゼ、頑張った。石になったエルフはもうダイジョブ」
その一言を受け止めたミーナは一瞬沈黙し、眦を裾で拭う。
「……な、泣きませんわ。ここまで来たら、勝つまで泣きません。モグ太っ、モーグ族の皆さん、やりますわよっ! 結晶竜なんて怖くありませんのっ!」
「「「モグモォオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」
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砦から上がる狼煙、それは難攻不落の鉱山砦の背後からの奇襲が成功した合図だった。
戦場で翠眼を見開きファスはため息をつく。
地脈の流れが変わったのは明白だった。ご主人様が儀式を破壊したのだ。
「ご主人様っ!!」
想うだけで胸が暖かくなる。声に出せば我慢なんてできない。
翠眼のエルフは高度を下げる。下では叶が手をブンブンと振って合図を送っていた。その横では鎧を着たヒルゼン老人が笑みを浮かべている。
「まさか本当に砦の背後を突破するとは……戦場の指揮はワシとスーイに任せよっ! お主らはあの少年の元に行くのじゃ!」
「当然ですっ! 叶っ!」
「うんっ。酔い止めもバッチリだよ」
「掴まってくださいカナエ。途中まではリザードマンを吹っ飛ばしながら最短で近づいて、【空渡り】で移動します」
「ちょ、できれば安全運転でっ!」
二人が騎乗蜥蜴に乗って出発した。
……ファスは自覚をしていなかった。かつて、ラポーネ国のスタンピードで魔物を倒した時、幾百の魔物を屠ったことで自分達に起きた変化がその時とは比べ物にならない規模で起きていることを。
敵味方関係なく戦場の命を【生命吸収】で無尽蔵の魔力に変換し、リザードマンを狩り続けた【経験値】。それは真也に近づくことで【経験値共有】【経験値増加】と合わさって反映される。命そのものを煮詰めた燃え滾る溶岩のような力の塊がその身に爆発寸前まで蓄えられているのだ。
少年のことで頭が一杯の翠眼エルフと聖女はそのことに気づいていない。
……知らない所で真也君の胃痛の原因が増えていきます。
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