第二百七十七話:竜を騙る王【結晶竜】
―――ある魔物研究者の手記―――
リザードマンという魔物を知っているだろうか? 温かで湿度の高い気候を好む蜥蜴と人を合わせたような魔物だ。強靭な肉体を持つ脅威度の高い魔物だ。最も頻繁に目撃されるのが【大森林:ニグナウーズ国】のリザードマンだろう。広大な森の一角に彼らはコロニーと呼ばれる巨大な巣を作って生活する。狩猟をする為に定住はせず、獲物を求めて数年ごとに大移動する様は小規模なスタンピードを想起させるほどだ。
現地のエルフに言わせれば、リザードマンは吠えるだけで言葉も文化も持たない下劣な魔物とのことだが私はそうは思わない。冒険者をつれてコロニーを観察すれば彼らには明確な文化があることがわかるはずだ。もちろんそれは我々の倫理観には到底当てはまることではなく、わかり合うことは不可能なものだ。場合によっては同族すら喰らい、日夜決闘と称し仲間内で殺し合う彼等の在り方は蛮族も恐れるだろう。
しかし、その中にも同族を想う心や戦いに対する一連の儀礼のようなものは観察できる。彼等にとって闘争とはコミュニケーションであり、相手を尊重する行為ですらあるように見受けられる。彼らは戦うことに誇りを持っているのだ。
優れた身体能力と武器を扱う器用さは近隣諸国ではオーガ種並みの脅威であるが、ニグナウーズ国では大した脅威とはされていない。彼らはエルフの扱う魔術には無力であるからだ、無論奇襲をされて距離を詰められればリザードマンが優位ではあろうが、森に生きる民の目を躱すことは難しい。リザードマンは目が悪く、一方エルフは鷹のように鋭い視力を持っている。匂いが届かない遠方より魔術や弓で攻撃されれば折角の筋力も発揮できない。そういう背景もあってニグナウーズ国ではリザードマンは、群れると厄介だが対して脅威ではないと言われている。
無論、【魔王種】を除いてだが。
魔王種には二種類ある。一つは『個』としての能力を高めた魔王。もう一つは『群れ』としての能力を高める魔王。リザードマンの魔王種はどちらであるか……実は諸説あり定まっていない。
というのも過去に発生したリザードマンがどれも異なった性質をしているからだ。
単騎で多くの森を焼き尽くしたと言われる火炎を纏うリザードマン【サラマンドーラ】。
自らは戦わず、武器という概念をリザードマンにもたらしたと言われるリザードマン【膨れたビシャス】。
前者は『個』としての魔王、後者は『群れ』としての魔王である。どちらも史に残るほどに国に傷跡を残した魔王だ。
なぜこのようにまったく性質の違う魔王種が現れるのか、私は一つの仮説を立てた。
リザードマンの魔王種は『何か』の影響を受けていると、それは他の魔王種のように環境や地脈の魔力だけでなく、もっと……彼等だからこその文化や誇りに関係するそんな知性に由来する影響があるのではないかと。無論、こんなことを発表すれば一笑に付されるだろうが、彼等を観察していると感じずにはいられないのだ。
人である私が彼等のことを言語化することが難しいが、もし当てはまる言葉があるのならばそれは。
『憧れ』
と形容できるのではないだろうか。
――――――――
そのリザードマンはちっぽけな存在だった。体躯は小さく、牙は短い、ただ爪は固く、他のリザードマンと違う薄紫の鱗は魔力を弾く性質を持っていた。強さこそが価値であるリザードマン達においてそのちっぽけなリザードマンは落ちこぼれとされていた。弱いということは興味を持たれないと言う事、それ故に同族の諍いにも巻き込まれることなく彼は生き延びた。
群れの最下層で、捨てられた骨にこびりついている肉を食む日々。虐げられることすらない、存在しない者として扱われる屈辱。同族の決闘を見て、なぜ自分は弱いのかと問う。
自分にも強い体があれば、戦うことができるというのに。己の非力さを呪う日々は唐突に終わりを告げた。
小さなコロニーに冒険者達がやってきたのだ、降りかかる矢と魔術にリザードマンはなす術なく倒されていく。魔力を弾く鱗を持つ彼だけは何とか生き延び森に逃げ込むが、樹木の魔術を扱うエルフに囚われる。
「……なんということだ。魔術を弾く鱗……。まるで忌まわしい【翼のある竜】ではないか」
エルフの言葉はわからないが、そのまま囚われ連れて行かれた先で紫鱗のリザードマンはある物を見ることになる。
「……こやつならばカルドウス様の期待に応えられるかもしれない。エルフの天敵に、破滅と穢れを招く存在になるのだ。多くのエルフを殺し、森を侵し、封印を破壊する。そうして初めて賢者の末裔である王族を破滅させられるのだ」
鉄の檻に閉じ込められた紫鱗のリザードマンの前に立つエルフ、その前には直径一メートルはあろうかという巨大な眼球が置かれていた。脈動し、血走っている。まるで生きているようだ。それが何なのかは知る由もないが、近くにあるというだけで、気が狂いそうなほどの恐怖を感じる代物だった。
「カルドウス様に歯向かった忌まわしき竜王【腐黒龍:アビロトギヌス】の眼球よ。先の竜王戦争で賢者が封印していたが……一度盗まれ、それを私が横取りした。そして二十年かけてエルフが持つ心の穢れを注ぎ込んだ。賢者と竜王に対する復讐としてこれ以上のことは無いだろう」
何を言っているのかわからないが、物であるはずの眼球が意思を持ってこちらを睨んでいる気がして、リザードマンは狭い檻を恐怖に動き回る。しかし、すぐに樹木で動きを封じられ檻が開けられた。
「さぁ……受け入れよ。竜の力と我が主への祈りを……」
そして瞳に吸い込まれるように、リザードマンは意識を失い。そして夢を見た。
圧倒的な『竜』の力を、戦場で命を喰らい無尽蔵に溢れる力。吐く息吹は黒炎となり天を焦がす。エルフ達ですら戦うこともせず逃げ惑う。動物も魔物もただ傅くのみ。呪詛を振りまき、全て己の色に染め上げる【王】が見た光景を、瞳を通してリザードマンは見たのだ。
その牙に、その爪に、その鱗に、リザードマンは夢を見た。
そして、目覚めると小さかった彼の姿は大きく変わっていた。
通常のリザードマンが束になっても敵わない、見上げるほどに大きく、力に満ちたその体。
そうだ、自分は【王】だったのだ。どうして今まで気づかなかったのだろう。同族を支配し、エルフを殺し巨人族を殺した。しかし、満たされない。これが自分が憧れた戦いなのだろうか?
あの非力だった自分が求めた血の沸き立つ戦いだったのかと。【結晶竜】は霞んだ頭で考える。
カルドウスという上位者に囚われ、自分が操られていることはわかっている。しかし、それでも彼は望んでいた。この強い体で戦う瞬間を、もはや同族では敵になりえない。
ただ強者を欲す。それだけが自分に残った誇りだった。ダンジョン化の儀式に繋がれ、強制的に眠りについた後、眠りの中で彼は静かに感じていた。【竜】の残り香を、自分と同じく竜の力を持った何かが近くにいる。
儀式が破綻し、彼を縛り付けていた眠りが解かれた時。
その目の前には一人の人間がいた。小さくちっぽけな人間だった。されど、竜を騙る王は魂で確信した。
『こいつと戦う為に、今までの日々はあったのだ』と。
砦を崩すほどの悦びの叫びを受けて、ひるむことなく目の前の少年は静かに拳を握り構えた。
次回、激闘開始。
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